3.勝浦と小湊、強襲②
観念した俺はふたりを本堂隣の母屋に案内。座敷でちゃぶ台にお茶を用意する。
「ずいぶん朝早く来ましたね」
「警察は逮捕するときには早朝に来るのよー」
「実は俺って朝食がまだなんですよ」
「私たちもまだ。自分たちのは持ってきた」
ふたりは揃ってラグビーボールみたいに不格好なおにぎりを出した。不器用なんですねわかります。でも頑張って作るのはすごいです。
うちも、母さんがいないから食事は主に俺が作ってて料理の大変さはわかる。
「んー守、檀家さんでもきてるのか?」
父さんが本堂の掃除から帰って来た。ふたりを見て固まる。
朝から檀家でもない若い女性をみたらそりゃ驚くわ。
「守、その方たちは?」
「船橋ギルドの職員の人」
「ギルドの……その、何かありましたか?」
「船橋ギルドで受付をやっております小湊京香と申します」
「同じく勝浦瀬奈と申しますー」
ふたりはすすっと名刺を出した。ギルドの人も名刺はあるのね。
「守の父で寺の住職をやっております司です。すみませんな、坊主は名刺など持っておりませんで」
受け取りながら白髪頭をペシっと叩く。場の空気を崩すときの父さんの手だ。
「して今日はどのような」
「守君がハンター講習に来た際にダンジョンでスキルを得てない様に見えて気になっていた」
「ほう、そんなことが」
父さん、胡乱な目で見ないで。頑張って演技したんだよ。
「ダンジョンに入らないとスキルは得られない。もしや、すでにハンターなのでは」
「じゃあそこから、どこでハンターになったんだろうってー」
「ダンジョンはハンター証がないと入ることができない」
「つまり、どこかに未登録のダンジョンがあると」
理詰めで追い込まれる。
そんなことまでわかっちゃうのか。恐ろしい。でもこれは、きっちりダンジョンを管理している裏返しでもある。
管理していないダンジョンはないという自信があるんだろう。それくらいしてくれないとスタンピードが怖くて生活できないんだけどね。
「なるほど、言い逃れはできなさそうですな」
父さんがにこやかに笑みを浮かべた。悟った仏様のようだ。後光が見える。
「ダンジョンはいつ発生しましたー?」
「守、説明してくれ」
勝浦さんが可愛らしく首を傾げた問いかけは、父さんにぶん投げられてしまった。保護者ー。
「ダンジョンができたのは、10日前くらいかな。墓地を掃除してたら知らない階段がありまして」
「「10日前!?」」
「ええ、それくらいだった、よね」
父さんをみれば「それくらいだな」と頷かれた。
「10日は想定外」
「そんな短い期間でレベル9になれるー?」
「無理」
「よねー」
小湊さんと勝浦さんがひそひそ話してるけど丸聞こえです。で、俺のレベルがバレてるのは何故ですかね。もしかしてこれがあるからふたりは来たのか?
「おほん。ときに小湊先生。先生はなぜ俺のレベルをご存知で?」
「特定秘密です」
先生、涼しい顔をしてますが額に汗してますよ。
ま、それは後で問い詰めるとして、今はダンジョン発生の話だ。
「見つけたすぐ後に骨が表に溢れそうになって、なんとかしました」
「骨?」
「溢れたってスタンピード?」
「はい。その数日後、青森の三沢でスタンピードがあった次の日にまた骨が溢れてきて、なんとかしました」
「またスタンピード?」
「三沢の次の日?」
小湊先生と勝浦さんは大きく目を開けて驚いてる。驚くポイントが別なのが興味深い。
「ここは寺で、幼稚園が隣接してます。ダンジョンができた理由はわかりませんけど、中から骨を表に出すわけにはいかないんです。絶対に。得たスキルで頑張って骨を何とかしました。ただ、ダンジョンができたことを黙っているとお咎めがあるらしいけどどうしよう。で、ともあれハンター講習を受けた次第です」
「説明されたけど謎が増えた。これも想定外」
「うーん」
小湊先生が天を仰いでる。勝浦さんは顎に指を当てて思案顔。
うちのダンジョンは普通ではないのか?
「ともかく、朝ごはんにしませんか? 腹が我慢の限界だと騒いでましてな」
父さんがふたりに声をかけた。さすが年の功。そして坊さんはコミュ能力が高い。
おにぎりだけでは寂しいのでふたりには昨晩の残り物の煮物と味噌汁を出しつつご飯だ。
「味がしみしみで美味しい」
「味噌汁が二日酔いの胃にしみるわー」
「同意しかない」
ふたりは酒好きのようだ。俺も父さんも酒はあまり飲まない。坊主は急に呼ばれる時があるからね。
「ごちそうさまでした」
「おいしかったー」
「俺が作ったんですよ。口にあったようでよかったです」
心証を稼いだぞ。コツコツ稼いでいかねば。
「守君がつくった?」
「お母様ではなくー?」
「あー、母は船橋のスタンピードに巻き込まれて……」
ふたりはハッとしてからバツの悪い顔になる。
「配慮なく悪いことを聞きましたごめんなさい」
「ご、ごめんねー」
先生がちゃぶ台に頭をつけ、勝浦さんは泣きそうになってしまった。
ギルド職員として思うところがあるのだろう。俺だってなんで母さんがって思うし、父さんだってそうだ。扱いは行方不明で、帰ってくることを信じて葬儀はしていない。
「帰ってくるって信じてるんで」
渾身の笑顔で返してやった。ふたりとも唇をかんでた。気にしないで。
「父さんは幼稚園に行くので、守、頼んだぞ」
「任せて……さて、ダンジョンに行きますかね?」
父さんと別れダンジョンへご案内だ。墓地を通り最奥へ。
「ここがダンジョンの入り口です」
「……狭い」
「入口の大きさはダンジョンの広さに比例するのよねー」
ほうほう。そんな法則があるのか。やっぱりギルドはダンジョンの知識を持ってるんだな。管理してるんだからそりゃそうか。
「ここが狭いんで、溢れた時もここを守り切れば俺の勝ちです」
「なるほど」
小湊先生が小さく頷く。
「さて、中に入りますか」
声をかけて収納から金剛杖を取り出す。プロテクターは、まあなくてもいいか。見るだけだしね。
「ちょっと待って。その長い木の棒はどこから?」
階段を降りようとしたら小湊先生に止められた。
「えっと、スキルです」
「スキル? 棒を出すスキル?」
「えーっと」
説明して良いものか。チートすぎてあまり話したくはないんだけど。チラリとふたりに視線をやる。
わかるよね? よね?
わかって欲しいなー。
「はい、私小湊京香はここで知ったことを他言しないと誓います」
「同じく勝浦瀬奈も誓いまーす」
ふたり揃って挙手して宣誓した。
でもその宣誓に拘束はないからねえ。
「破ったら私を好きにしていい」
「体には自信ありよー❤️」
「おふたりはぜひ約束を守ってくださいおなしゃす!」
肉食獣の目をして話されてもですね。かけてるものに裏がありそうでそっちのほうが嫌だわ。
「ダンジョン内で話しますよ」
さっさと中に入ってしまおう。13階段を降りる。
「ダンジョンに入りました」
「……墓地!」
「もしかしてー、骨ってあれのことー?」
墓地の大通りの少し先にゴブリン骨がいた。さっき掃除したのになぁ。
「ゴブリンスケルトンって魔物です。掃除してきます」
金剛杖を構えて駆け出す。すれ違いざまに杖を薙ぎ払って収納。はい掃除完了。ふたりの元に歩いて戻る。
「掃除終了です」
「骨が消えた」
「それもスキルなのー?」
「説明します。俺のスキルは【仏の懐】ってやつで、ぶっちゃけちゃうと無限収納です」
「「無限収納!」」
「触れたものをなんでも収納できちゃうみたいです。生き物も収納できるけど、死んじゃいますね」
「「絶句」」
「口に出したら絶句じゃないですよ」
「「びっくり!」」
実は双子なんじゃないかなこの人たち。