3.勝浦と小湊、強襲①
その夜の船橋ギルド付近の焼き鳥屋。ギルド受付嬢の小湊と勝浦がお疲れ会をしていた。ギルドの制服を脱いでふたりとも私服である。小湊はグレーのパンツスーツ、勝浦は紺のワンピースだ。向かい合ったふたりの前には山盛りの焼き鳥とジョッキ大の生ビール。ジョッキをぶつけて乾杯だ。
「「カンパーイ」」
「こみなっちゃん、今日の4人はどう見えたー?」
ぼんじりを齧りながら勝浦が問う。小湊の呼び方は『こみなっちゃん』である。
小湊は鑑定系のスキル持ちだ。鑑定系はユニークといえるほど希少ではないが珍しいものだ。
ただ、戦闘系ではなくダンジョンで戦えないのでハンターを諦めてギルドに就職した。ゆえに小湊は受付にいて、訪れてきた人物を真っ先に鑑定する役目なのだ。
「佐倉智美、四街道美奈子、柏葉子。あの3人はおそらくコモンスキル。問題はあの男子。すでにスキルを持ってた」
「あれ、やっぱりそうだったのねー。ダンジョンに入ったときに反応が薄かったしねー」
「瀬奈先輩も気が付いてた。? しかもレベルが9」
「ほぇ? モグリにしては高すぎない? レベル9って、良いスキルをゲットしたハンターが真面目にやってても半年はかかるわよー?」
「かなり高い。その割にはハンターについてあまり知らない印象」
「ふーん、ちぐはぐねー。でもどこのダンジョンに行ってるんだろー。ハンター証がないとダンジョンには入れないしー」
勝浦がグイっとジョッキを煽る。泡を残して全部飲み、ぷはーとジョッキを置く。いい飲みっぷりだ。
「未登録のダンジョンかしらねー」
「ありうる。というかそれしかない」
小湊も負けじとジョッキを口につけてコクコク飲んでテーブルにそっと置く。
「放置するのは危ないねー」
勝浦がつくねに手を伸ばす。小湊は鞄からメモ用紙を取り出しテーブルに置く。
「こんなこともあろうかと」
「さすがはこみなっちゃん! 船橋イチできる女子だわ! あ、生大追加で!」
「焼き鳥盛り合わせも追加で」
「はーい、生大1盛り合わせ入りまーす!」
注文を受けた店員が厨房へ叫んだ。
「余程いいスキルなのかもしれないむぐむぐ」
そうつぶやいた小湊がねぎまを齧る。小湊がスキルで見ることができるのはレベル、スキルの個数と有無と熟練度で、スキルの内容までは見れない。だが、その情報だけでもかなり有用だ。
「坂場守くん、二十歳ね。高校生じゃないとは思ってたけどー」
勝浦はメモを見ながらスマホと睨めっこだ。地図アプリで場所を特定している。
「住所は獄楽寺って寺なのねー。お寺の息子って感じかなー。東金より海よりにあるのねー。でもあっちにダンジョンができたって話はないねー」
「ハンターになれてないなら魔石は売れてないはず。昨日もすぐに帰った」
「おやおやー。そうすると、レベルが9になるまでの魔石はそのままってことー?」
「しかも、レベル9になっているくらい強い。つまり、有望なスキルを持っている可能性が非常に高い。将来が非常に有望」
「しかも、これで弱みも握れる、と」
ふたり揃ってフフフと笑う。ふたりの目は野獣のそれである。
「生大と盛り合わせデース!」
「あ、はい。先輩生です」
「まってたー」
店員が焼き鳥を持ってきたのでふたりは声のトーンを落とす。
「瀬奈先輩、彼は早急に囲うべき」
「そうねー、誰かに見つかっちゃうより先にコンタクトを取らないとねー。上司への報告は後回しねー」
「ちょうど明日は休日」
「いっちゃうー?」
「行くべし」
ふたりはジョッキを手に取る。
「極上の素材にカンパーイ!」
飲み屋でこんな会話がなされていることなど、守は知らないのだった。
翌朝、いつもの行事になりつつある墓地ダンジョンの間引きの時間だ。作務衣に着替えて墓地へ向かう。プロテクター類は収納に入ってるから現地で装着だ。【仏の懐】スキルが便利すぎる件。
「よし、入り口に異常は無し」
階段を降りてダンジョンに入る。ゴブリン骨が数体見えるくらいで異常はなさそうだ。収納して階下へ向かう。
2階もホブゴブ骨が数体とゴブリン骨が10体ほどだ。これが普通なんだろうか。
「いつもこれくらいなら俺でもなんとかやれそうなんだけど」
不安を抱えながら3階へ降りる。墓地を見下ろす丘の上に着いた。
「うーん、狼骨が多い」
墓石の周囲にたむろしてる。魔物の習性なのか知らんけど、生々しい行動はやめていただきたい。骨と思うから金剛杖で叩くとかできるんであって、もしあれが犬とかだったら俺にはできない。動物虐待とかたまにニュースになるけど、そいつらの心境が俺にはわからん。
「とはいえ、駆除せねば」
あれは害獣だ。慈悲などない。ヤッタルゼー!
3階の掃除を終え墓地に戻る。今日のリザルトはゴブリン骨15、ホブゴブ骨4に狼骨25だ。レベルは上がらず。一人前への道は遠い。
「さーて本当の墓地を掃除してから朝飯だ」
墓地の掃除は早朝と決まってて朝飯はその後だ。掃除を終えて墓地から本堂へ向かう途中、檀家用の駐車場に止まってる軽自動車が目に入った。名前は忘れたけど、ミツビシのちょっと前の車種で、後ろにエンジンを積んでる丸っこくてかわいい車だ。色も黄色で、カワイイで統一されてる感じ。
「檀家の人かなぁ。でもあんな車は見たことないな。にしても朝早すぎる」
気になりつつも本堂に行くと、本堂前で拝んでる見かけたことのあるふたりがいた。船橋ギルドの受付にいたふたりだ。ギルドの制服じゃなくて私服っぽい。
ちょっと固めなパンツ姿とほんわかスカートでふたりのイメージ通りな恰好で、とても似合ってると思います。
そんなことより、Youたちはなんでこんなところに?
「あー、みーつけたー!」
「目標確認」
ほけっと眺めてたら、見つかってしまった。
「その恰好は、ダンジョン帰りかなー?」
勝浦さんにまじまじと見られてる。そういえば、ダンジョン出た時にプロテクター類を収納してなかった。やべえ。
「あっちにダンジョン」
小湊さんは墓地を見つめてる。もうなんかバレバレっぽい。俺なんかミスったかなぁ。おとなしくしてたんだけど
そういえば、小湊先生には見つめられてたな。あの人、特殊なスキルがあるのかも?
「えっと、どのような用事でしょうか。お墓の購入ですか?」
すっとぼけておこう。ついでにお墓を売り込んでしまえ。
「あはは、面白いねー守くーん。お姉さん、そんな子大好きよー」
やべえ、勝浦さんには全くきいてねえ。
「お話がしたい」
小湊先生がじりじり距離を詰めてくる。背は俺より低いものの目が肉食獣で非常にコワイ。
「え、あの、何の話でしょう」
とぼけ続ける。ここで認めてしまうとダメな予感がする。最後まで粘ろう。
「守くーん、魔石、売りたいとおもわなーい?」
勝浦さんが天使の微笑みで近づいてくる。ぐぅ、魔石を売れないことをついてくるとは。
魔石を売るならどこかのギルドになる。ここから一番近いのは船橋ダンジョン。そして目の前の二人は船橋ギルドの職員。
うわ、詰んでるじゃん、俺。
「う、売りたいです……」
降参でゴザル。