074.5-賑やかな朝の時間-
紙は写真だったらしい。
まぁ、写真にもベッタリと血の跡が滲んでいて、特定なんて不可能な状況だけど……。
微かに読み取れる情報は、白っぽいような……赤っぽい髪を下ろした少女? と……その後ろにそっぽを向いた人物が写っているということ。
まぁ、血が付着しているから、何色かは判らないけど……。多分、寒色か黒系な気がする……。まぁ当てずっぽうに近いけど……。
うーんそれより、見れば見るほどこの写真に映る人が誰か解らない……判らないということは、僕の知らない人物という可能性がある……。うん、特定は無理そうだ!
僕はそんなことを考えながらも、特定困難な状況に、見切りをつけようと考え、身分証に写真を戻そうと手を伸ばす。
だけどやっぱり気になって──。
僕は写真をもう一度確認した。だけどやっぱり情報は限られていて、『僕と同じくらい又はそれよりも若い人物』ということしか解らなかった。
一先ず、日焼けはしていな──いと思いたいけど、していないと過程して、考えられるのは直近から離れていて数年前に撮られた写真──。判る範囲だとこれが最大値の情報だと思う──。
僕はそう考えながら悶々としていると、
「う〜ん? リーウィンおはよう……」
ヘレナが起きてきたらしい。
まだ寝足りなさそうに目を擦り、ムクリと上半身を起こしたあと、朝の挨拶を口にする。
「おはよ! ヘレナ!」
僕はそんなヘレナに、さっきまでとは打って代わり、元気よく挨拶を返す。
だけどヘレナはまだ寝ぼけているらしい。
「う……ん。おやすみ……」
そう言い二度寝の体制へ。
おはようって言ったあとにまたおやすみ……? ヘレナさんはなにを言っているのかな? 僕はキョトリと小首を傾げていると、ヘレナはパタンッと上半身を倒し、前屈する様な姿勢で寝息を立て始める。
そんなヘレナを見て僕は、
「ヘレナ!? そろそろ起きた方がいいよ!」
あ〜。やっぱり二度寝しようとする! そういえばルフーラもこんな感じだったな──。なんて思い出しながら、僕は心苦しいけど、布団を思いっきりはぎ取り起こそうと試みる。するとヘレナは、
「う……。あと、十分……いえ……五時間だけ寝かせて……」
体を丸くしそうこん願し始める。
「十分から五時間ってそれかなり伸びてるよ……」
僕はそんなヘレナに苦笑しつつも小言を漏らし、「ほら起きて」とヘレナを叩き起こした。
一時間後──。
「もう! リーウィンったら、無理やり起こさなくても!」
ヘレナはそうぷんぷんしながら、僕と一緒にリビングへ向かう。
「いや……。ヘレナがこんなに朝に弱いと思わなかったよ……」
ヘレナは本当に朝が弱くて、起きるまでに一時間は掛かった。
まぁ、一時間もかかるなんて。と思われるかもしれない。僕も嘘だよね? そんな気持ちが未だにあるから。
だけど問題は一時間も起きてこなかったことじゃない。きっとヘレナはあの時、まだまだ寝ぼけていたんだと思う。そのせいで危うくベッドを半壊させられそうになるし、フェルの尻尾を踏んづけて、フェルがパニックになるしで、散々な目に遭った。
だから僕が愛想笑いになるのも無理はないというか──必然的というか──。
「はぁ──」
そんなことを思いながら僕は溜め息を漏らしていると、
「仕方ないじゃない! 昨日は早起きだったし……。それに寝るのも遅かったんだもの!」
なんてヘレナは、僕に不満をぶつける。
そんなヘレナを横目で軽く見たあと、この様子じゃ、いつもは体たらくで昼過ぎまで寝ているに違いない。なんて僕は憶測を立て、肩を竦める。
そしてその憶測を確信へ変えるために、
「いつもはどうやって起きてるの?」
なんて聞いてみた。
だけどヘレナの口から出てきたのは、予想外の言葉──。
「いつもはオルヴァスが起こしてくれるわ!」
ヘレナは誇らしげに胸を張り、威張るような姿勢を見せてきた。だけどそんなヘレナの態度よりも、僕は初めて聞く名前に、
「オルヴァス……?」
キョトンとした顔で首を傾げる。
「私の傍付きよ!」
そんな僕にヘレナは少しムッとして、なぜ知らないの? そう言いたげな表情を見せたあと、オルヴァスとはを、胸焼けをおこしそうなほど詳細に語り始める。
その発言に僕は、あ〜、なんて思いながら、ヘレナと買い物に出かけた際、馬車の付近にお年寄りのお爺さんが居たことを思い出し、
「あーそう言えば……(そんな人いたな)」
あの人、オルヴァスさんって言うんだ〜。そんな感じで、ヘレナのオルヴァスさん自慢を聞き流した。
──にも拘わらず!
ヘレナは誰も聞いていないオルヴァスさんの話を、
「ほんとオルヴァスはとてもできた傍付きでね──」
自分の気が済むまで語り続けていた。
そんなヘレナの相手をしていたからか? 僕はまだ朝だというのにどっと疲れた顔をしながらリビングの扉を開け、
「はぁ……。母さんおはよう」
そう口にした。
そんな僕に母さんは、昨日の鬼のような形相とは違い、いつも通り態度で
「リーウィンちゃん、ヘレナちゃん、おはよう♡ 昨日はよく眠れたかしら?」
なんて僕たちに軽く確認し、優しく微笑む。
「はい!」
そんな母さんを見て安堵したのか、ヘレナは満面の笑顔でそう返す。
そんなヘレナを横目に僕は、
「まぁ……とても寝起きは悪かったけどね……ウッ──」
不満をぶつけるようにボソリと呟いた──と同時に、ヘレナの肘が勢いよく僕の脇腹にめり込んできた。
僕はそんなヘレナの肘拳に、悶絶するようにお腹を抱え必死に痛みを堪える。
ヘレナの肘拳の威力はかなり凄まじく、多分、骨の一本や二本、確実に折れたと思う。そんな痛みが脇腹から伝うようにズキズキと痛む。
だけど母さんは、その現場を見ていない。というかなんならその時、料理の盛りつけをしていた。だからか、
「あら? リーウィンちゃんお腹が痛いのかしら?」
そうキョトリと首を倒し、心配した声色で僕に確認する。
僕はそんな母さんに、心配させないようにと
「あっ、いっ、いや……だ、大丈夫だよ……?」
顔に冷や汗を浮かべながらもも苦笑じみた笑みを返した。
「あらそう?」
そんな僕の態度に安心したのか? 母さんは無頓着な振る舞いで、なら良いわ。なんて食卓にご飯を並べ始め、にこやかな笑みで、
「今日はソフレムッシユと野菜スープ。あとは、いつものモーニングティーよ」
なんて朝食のメニューを教えてくれた。
そのバリエーションの豊富さは感心するレベル。
クルトとルフーラの時は、通常のパンや色とりどりの野菜が盛られたサラダとモーニングティーだったはず。
ヘレナは初めての朝食だから気にならないと思うけど、前回とは違う料理の数々に、僕は口の中でよだれをジュワッと溢れさせた。
※ソフレムッシユ=イングリッシュマフィンのような、サンドイッチのようなもので、パンにベーコンや目玉焼きなどを挟んで食べるリクカルトの朝を代表する食べ物※
※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※
そんな食事が待ちきれなくなった僕の腹の虫は、ぐぅ〜と音を立て、皆で食事の前のクトロケシスへの祈りを捧げることに。
「天より愛されし全ての植物、生き物たちに最大の敬意を。リクカルトを見守るクトロケシス様に感謝と愛を──」
僕はそんな挨拶のあと、ソフレムッシュを口いっぱいに頬張り、
「んっ!やっはり、はーひゃんのごわんは、へかいひひはよ!(うん、やっぱり母さんのご飯は、世界一だよ!)」
なんて満面の笑みを浮かべ幸せを噛み締める。
そんな僕の態度に母さんは、
「こぉら〜、口の中にモノを入れたまま話さないの!」
そう軽く僕に注意を促し、嬉しそうに微笑んだ。
そんな僕と母さんのやり取りをヘレナは交互に見つめるばかりでなかなかソフレムッシュに手をつけない。
僕はそんなヘレナの様子に疑問を覚え、
「どうしたの?」
そう首を傾げながら聞くけど、ヘレナは
「うんん、なんでもないわ!」
そう言い、ソフレムッシュを手に取り、口に含んだあと飲み込む。
そしてフキンで口を拭き開口一番、
「とても美味しいですわ!」
なんて満面の笑みを浮かべ、母さんの料理を褒める。
「ヘレナちゃんはお世辞が上手なんだから〜」
母さんはヤンヤン。と言いながらも満更でもない態度で嬉しそうに顔を赤らめ、「おかわりもあるわよ?」なんてヘレナに勧める。
そんな平和な朝食の空間に不穏な影が──。
「オレサマ今、起きたガウ! 飯、寄越せガウ!」
ヘレナに尻尾を踏まれたあと、フェルは二度寝をしていたらしい。リビングのドアが勢いよく開いたかと思うと、かなり上機嫌な様子で、フェルが入ってきた。
その態度は、ヘレナが来ているから、今日は豪勢な朝食があるのは判りきっている! そう言わんばかりの横暴さが──。
そんなフェルに母さんは、
「あら〜。フェルちゃんおはよ♪」
普段と変わらぬ態度でそう言いながら、キッチンへと向かい、フェルのご飯の支度をし始める。
フェルが横暴な態度を取らなければ、もう少しだけ平和的な朝を過ごせたんだけどなぁ〜。僕はそんな不満を腹の中に抱えながらも、フェルらしいからいっか。なんて諦め、母さんの背中を見つめる。
するとフェルがなにを思ったのか、
「そーいえばおまえ、|血なまぐさい手帳型身分証アレ、どこで手に入れたガウ?」
声を潜め確認してきた。
多分、昨日の僕たちと母さんのやり取りを見ていて配慮してくれたんだと思う。
僕はそんなフェルに、空気読む時はちゃんと読んでくれるんだけどな〜。なんて思いながら、
「昨日、出会った謎の集団が落として言ったんだよ」
敢えて、タナストシアの名前は出さず、そう軽くフェルに説明し、
「ところでどうして手帳型身分証を抱えて寝てたの?」
なんて今朝の行動の理由を続けて聞いた。
あの行動に、なにか意味があるかもしれないしね!
だけどフェルは、
「ん? あ〜、血なまぐさかったガウけど、いい感じの抱き枕だったからガウ!」
あっけらかんとした態度で、あの行動の意味は特にないと漏らした。
「そうなんだね……」
僕はそう苦笑した。
そんな僕とフェルの会話が一旦、終わるのを見計らい、
「リーウィンそろそろ戻りましょ?」
ヘレナがそう口にし、僕の腕を軽く引っ張り、自室へ──。