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074-母さんの怒りとタナストシアの落し物-



「リーウィンちゃん……?」


 休憩を終え家に帰ると、静かに燃える炎のようにな声色で、母さんが僕の名前を呼ぶ。


 その顔はまさに鬼の形相。


 笑顔を張りつけた様に口角をピクピクと震わせ、怒りを内に押さえ込んでいるのが理解できる。


 多分、僕たちの帰りを今か今かと待ち侘びていたんだと思う。


「は……はい……え……っと……母さんどうしたの? そんな怖い顔して……」


 僕は声を上ずらせ、しどろもどろしながら目をあちらこちらに泳がせる。


 あっ、うん。かなり怒ってますよね。視覚、聴覚からして解ります……。


 そしてこのあとの流れも──。


「スゥ──、どうしたもこうしたもないわ! 散歩にどうしてこんなに時間がかかるのかしら!? それにその怪我はなに!?」


 母さんは目に見えない二本の角を頭に生やし、眉間に皺を寄せ怒りを顕にする。


 その姿は、まさに昔話にでてくるヘリストニャーゼにそっくりだ。


※ヘリストニャーゼの見た目は般若のお面のような顔で、頭と額に二本づつ角がついており、目を見開き、眉間に皺を寄せた顔をしている鬼婆のような姿※


「あ……、えっと……。ちょっと歩きすぎたから、休憩してただけだよ! それにこの傷も、木の枝に引っかけっちゃって……」


 僕は苦笑しながら、


「僕……、ドジなところあるでしょ? ね? ヘレナ」


 なんて続け、チラリとヘレナに目配せし、苦し紛れに助けを求めた。


「そ、そうなのよ! ほんとリーウィンはドジなんだからぁ〜」


 珍しく冷や汗をかき、目を右に逸らしながらヘレナは、僕の背中をバンバン叩きは笑顔を貼り付ける。


「へ、ヘレナ? 痛い、痛いよ!」


 気を取り乱しているからだと思うけど……。ヘレナの怪力は、どこでだって健在で、その力は腕が痺れるほど響く。


 そんな僕の声にヘレナは、


「あら、ごめんなさいね」


 なんて言いながら、僕の背中を叩くのを辞めるけど、これは絶対反省してないやつだ。


 僕はそう考えながらも、胸の内で嘆息する。


 そして、そんなヘレナの暴走を食い止め安堵していると、母さんは、ゴゴゴッ──という擬音が聴こえてきそうなほど剣幕な顔をしながら、


「そんな鋭利な刃物で傷つけられた様な怪我が、木の枝に引っ掛けてできたですって? そんな木がどこにあるって言うのかしら……?」


 そう怒声を浴びせる。


 だけど手をグーにして、僕への怒りを必死に抑えているようにも見えた。


「ま、まぁそんなことよりも……」


 ヘレナはそう言い、「家に入りません?」なんて愛想笑いを浮かべ、母さんに提案する。


 でもその提案は今じゃない。今、そんな提案をしたところで火に油を注ぐことになる。


 だけどヘレナは動揺しているからか、そんなこと気づきもしない。


 そんなヘレナの一言に、母さんの怒りは頂点に達したらしく、


「そんなことじゃないわ! リーウィンもヘレナちゃんもそこに座りなさい!」


 そう声を荒らげ僕たちを床に座らせる。


 そのあとは──、小一時間ほどみっちり説教されたのは言うまでもなく……。


 僕もヘレナもその間ずっと、


「はい……。すみませんでした……」


 と言い続けるしかなく……。


 足は痺れるし、ヘレナは目に涙を浮かべて不貞腐れるし……。色々と大変だった。まぁ、僕たちが悪いんだけど……。うん……。


 ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※


「もう危ないことはしないこと!」


 母さんは説教を終え、最後にそう言うと、僕を優しくぎゅっと抱きしめる。


 そして涙ぐんだ声で、


「またあなたが、どこかで気を失っているかもって思うと気が気じゃなかったわ……」


 なんて本音をポツリと漏らした。


「ごめんなさい母さん」


 僕はそんな母さんの背中を優しくトントンッと叩き、「次からは気をつけるね」なんて約束をした。


 まぁ、こういう時は次から絶対やらない! って言った方が効果があるんだろうけど、絶対やらない。なんて魂の使命こん願者(ドナー)である以上、断言できない。だからこういう他なかった。


 母さんもそれを理解しているからか、それ以上はなにも言及せず、「約束よ?」なんて寂しげな笑みを浮かべた。


 きっと、魂の使命こん願者(ドナー)のことなんかも理解して、譲歩してくれたんだと思う。


 そのあと母さんは、僕の傷の手当てなんかをしてくれて──。


 そんな優しさしかない母さんに、僕はやっぱり頭が上がらないな。なんて思いながらも、「ありがとう」なんて一言、ヘレナと一緒に自室へ戻ろうとした。


「あっ、リーウィンちゃん?」


 そんな僕を母さんは呼び止め、


「早めに寝るのよ?」


 夜更かし厳禁! と僕たちに釘を刺す。


「はぁい!」


 僕はそんな母さんに、さすがに疲れてるし夜更かしなんてしないよ。なんて内に零しながらも返事し、自室へ戻った。


 部屋に戻ってすぐ、時間を確認すると、時刻は深夜、○時を優に超えていた。


 もうこんな時間か──。そう思いながらも僕は、


「ふぅ……。今日は大変な一日だったよ……」


 タナストシアにつけられた傷を包帯の上から撫で、独り言のように呟く。


 そんな僕の独り言を拾うようにヘレナは、


「ほんとね……。でも収穫もあったじゃない?」


 そう言い身分証らしきナニカが入っている、僕の右ポケットを指さす。


「あ……。これ明日、起きたら中身の再確認しよっか」


 僕はそう言い身分証らしきナニカを枕元に置き、「そろそろ寝よう」とヘレナに促した。


 本当は、母さんの部屋に行って欲しかったけど、怒られた手前、行きにくいんだと思う。ヘレナは当たり前のように僕の部屋に居座るから、今回は特別に一緒の部屋で寝ることにした。


「おやすみなさいリーウィン」


「おやすみヘレナ」


 僕たちはそんな言葉を交わしたあと、電気を消し布団に潜る。


 疲れているからか、横になった瞬間、眠気が僕を襲い始める。


 ほんと、今日は疲れた。明日、起きたら筋肉痛になってるかも? それくらい激しい動きや精神をすり減らせるほどの恐怖を味わった。


 タナストシアとの対戦を思い出し、僕はもう二度と彼らに遭遇しませんように。そんな願いを胸に目を閉じた。


 何分くらい経ったんだろ? あ〜もう少しで夢の世界へ──ウトウトと夢心地になった瞬間、


「ねぇ、リーウィン? まだ起きてるかしら?」


 ヘレナが声を潜め、僕に話かけてきた。


 ヘレナ、まだ寝てないんだ。そう思いながらも僕は目を瞑ったまま、


「うん……起きてるよ……」


 そう返事し、起きていることを知らせた。


「今日は本当に、色んなことがあったわね……」


「そう……だね」


「今日は本当にありがとう」


 ヘレナはしんみりとした態度の中で、急に改めたように僕に感謝する。


 どうしたんだろう? なにか悪いものでも食べちゃったのかな……? でも母さんのご飯に変なものが入るわけないし……。なんて僕は寝ぼけた頭で考え、


「……なにが?」


 解らないしと、ヘレナに素直に確認する。


 そんな僕の疑問にヘレナは、


「い、色々よ!」


 なにに対しての謝罪なのか? 濁しながら少し語気を強めた。


「あー、うん……。よく判んないけど、気にしないで?」


 僕はそう言いながら、大きな欠伸を一つ。


 そろそろ睡魔も限界だ……。気を抜けば、瞼が勝手に閉じていく──。


 まだヘレナは話し足りないのかな? 僕、起きてられるかな? そんなことを考えながらも、まぁ寝ちゃったら仕方ないよね。そう答えを導く。


 そんな眠気と戦っている僕とは裏腹にヘレナは、


「今日はね……リーウィンに話したいことがあったの……」


 しんみりした雰囲気でポツリと続けた。


「なに?」


 長くなるのかな〜。なんて考えながらも、頑張って起きようと目を開く。だけどそんな反発は意味をなさず、僕は目を瞑ったまま、ヘレナの話に耳を傾ける。


「あのね、リーウィン……私……リーウィ──」


 だけど僕の記憶はそこで途切れた。


 ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※



 ピヨピヨピヨッ──。ピヨピヨピヨッ──。


 次に目を覚ましたのは朝だった。


「う、う〜ん!」


 僕は目覚ましを止め、上体を起こし大きな伸びをしたあと、カーテンを開ける。


 ポトッ


 それと同時になにかが僕の身体から落ち、床へと転がった。


「ん?」


 なんだろ? なにか落ちたよね? あれ?! 枕元に置いていた身分証に似たナニカは?


 僕はタナストシアの落し物と思われる証拠品が、忽然と消えていたことに訝しげ、首を斜めに傾けながら床を覗き込む。


「ぐへへ……。姉ちゃんもっと酒持ってこいガウ……うにゃうにゃ……」


 床には、ヨダレを垂らしながら寝言を漏らすフェルが転がっていた。


 ちなみに身分証に似たナニカは、フェルが大事そうに抱き抱えていた。


「フゥ──」


 良かった……。そう安堵の息を漏らしながらも、なくなったのかと少しドキッとしちゃったよ。なんてフェルに怒りを覚えながら、僕はそっと身分証に似たナニカをフェルから取りあげ、中を確認する。


「名前は──って、あ〜」


 Vorという文字がうっすらと確認できる。


 その下には、微かにアともカとも読めそうな文字が。それ以外は血で滲んでいるからか読みとることができない。


 多分Vorは、次の文字が血で滲んで読み取れないけど、十中八九nameと書かれている可能性が高い。


 Vornameとは『名前』を意味する言葉──。


 この憶測が正しければ、これが身分証になり得る。だけどこれだけじゃ人物は特定できない。他になにかないかな? 僕はそう思いながら、血で滲み、ところどころベッタリと紙同士がくっつき開かない手帳型の身分証をパラパラと捲った。


 ヒラッ。


 手帳型の身分証をパラパラと捲っていると、なにか紙の様なものが床に落ちる。


 ん? なにか落ちたけど……なんだろう? 僕は疑問を抱きながら、床に落ちた四角形の紙に手を伸ばした──。


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