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073.5.5-タナストシアが消えたあとに-



「ちょっと、休んでから家に戻ろうか」


「そうね……。それがいいわ」


 僕たちはそんな話をしながら、大きな木の幹に体を預け、休息を取り始める。


 静寂の中、お互い疲れきって言葉は発さない。


 だけど、別に居心地が悪いなんてことはなくて、この空間も悪くないな。そんなことを考えながら静寂を楽しみ空を見上げていた。


 そんな星空を見上げながら、タナストシアとの戦闘を思い返す僕。


 死と隣り合わせといわんばかりに、夜の静寂を切り裂き激しい攻防を繰り広げた僕たち。


 だけど僕たちの攻撃はあまり意味を成していなかった気がする。どれだけ攻撃を加えようとも、実態を持ち合わせていないように空を切るロザルトの鞭。


 その鞭が地面を叩き、ようやくナニカに触れたという実感が湧く。


 そういえば、タナストシアと戦うきっかけってなんだっけ? 僕はそう思いながら記憶を辿り、戦犯が自身だと気づく。


 僕が落ちていた小枝に気づかず踏み折り、その音に反応し現れた犬。その傍らには男性の死体が。全ての元凶はそこから始まった。


 ……そういえば──!


「そういえば……。茂みにあった死体ってどうなったんだろ?」


 僕は独り言のようにポツリと呟き顎に手をやる。


 そんな僕の独り言をヘレナは聞き漏らさず、


死体(そんなもの)があったの?」


 驚いたように目を丸くしながらも、興味津々に「確認しに行きましょう!」なんて僕の腕を引っ張り、どこだったかしら? と辺りをキョロキョロと見渡す。


「はぁ──、はいはい」


 僕はそんなヘレナに呆れを含む息を漏らしつつ、「こっちだよ」そう言い、茂み付近へ向かった。


 だけど──


「えっ──、なくなってる……」


 死体があったと思われる場所には、ここに死体があった! そういわんばかりに、大量の血が落ちている。でも肝心の死体はどこを探しても見当たらない。


 考えれるのはタナストシアが持ち帰った。その可能性くらい。


 でもそれは、ただの憶測に過ぎない。


 血の跡だけが生々しく残った殺人現場。


 死体もなければ、証拠となり得るものはなにも存在しない。


 なのに、ここでなにが起こったのか? 少し黒ずんでいる血の跡が物語っている様な気がした。


「そういえば……。私が撃った、タナストシアもいつの間にか居ないわね……」


 ヘレナが最初に撃った タナストシアは、ちゃんと血を流し絶命したはず……。


 なのに、その場所には血の痕跡すら消えてなくなっていた。


 そういえば──。


「──それから現れる時も去る時も、風のようにスっと姿を現し、消える。連中らがいたという証拠は、なにも残さないと言われているのだわね」


 なんてマリアンさんが言ってたっけ……?



 僕はそんなマリアンさんの言葉を思い出しつつ、ナニも残さない……? そこに疑念を覚えながらも、ヘレナとお互いの顔を見合わせ、狐につままれた様な顔をする。


 タナストシアに出会ったこと自体、夢でも見ていたかの様な、でも本当だったんだ。と言わんばかりに、なんとも言えない疲労感だけが僕たちに残り続けている。ほんの少しの休息で、幾分マシになったとはいえ、直ぐに抜けるわけもなく。


 そんな疲労感を無視するように、僕はマリアンさんが教えてくれた情報を整理し始める。


 あれ……? ふと思ったけど、どうして、マリアンさんはそんな詳しい情報を得ることができたんだろう? もしかしてマリアンさんもタナストシアの一員だったり……? いや、それは九割方有り得ないか……。普段からなにをしているか解らないけど、教会関係者が殺人集団の仲間なわけがないよね? それに僕自身、三度遭遇している。


 そのどれもが命を奪われずに生還できている。まぁ一度目はカルマンが助けてくれたから、っていうのが大きいかもしれないけど、残りの二回はなぜか見逃して貰えた。マリアンさんも僕と同じく悪運が強かっただけとか……。


 僕はそんなことを考えながら、ふとヘレナが最後に撃ったうさぎの存在が脳裏を過ぎり、


『あっ! そう言えば』


 二人、同時に声を上げる。


「ヘレナから先に言っていいよ」


「いえ、リーウィンからでいいわよ」


 そんな譲り合いが数度行われるけど、どちらも話そうとしない。


 ただただ時間だけが無駄に過ぎ、埒があかなくなったところで僕が口を開く。


「多分、同じことを思ったと思うんだけど、ヘレナが最後に撃ったタナストシアの近くに、なにか残ってたりしないかな? って思って……」


「まぁ……、私もそんな感じのことを言おうと思ってたの!」


 そんな僕の発言に、ヘレナは少し目線を右に逸らしながら、それを悟られないように歯を見せ笑う。


「確認してみよう!」


 僕はヘレナが嘘をついていることを理解しながらも、敢えて触れずそう言ったあと、うさぎが居た付近へと戻り現場を確認する。


 そこにはまだ乾ききっていない血溜まりが──。


 血の跡が残っていたり、残っていなかったり……。かなり適当な感じだけど、ここにも意図があるとか……?


 僕はそんなことを考えながらも、ここで戦闘があったんだぞ。夢でもなんでもないんだぞ。そう告げているような血の跡たちに、ゴクリと唾を飲み軽く全身を震わせた。


「……あれ?」


 血溜まりは薄暗くて良く判らないけど、どこか違和感を放つ血溜まりに、僕はなんの躊躇(ためら)いもなく手を突っ込む。


 血溜まりは水とは全然違い、空気で乾燥したみたいに、パリパリになった箇所とゼリーのような粘っと気持ちの悪い箇所が存在している。その感触がリアルに僕の手に伝わり一瞬にして気持ち悪さが込み上げてくる。


 それと同時に、僕の眉間は自然とシワが寄る。


 そんな僕を見てかヘレナは、


「どうしたの?」


 僕の顔を覗き込み、そう確認する。


「なにか落ちてた」


 僕は血溜まりの中から赤く染った手帳の様な物を拾い上げ、ヘレナに見せる。


「なにかしらこれ?」


 そんな疑問を抱くヘレナとは裏腹に、


「なんかどっかで見たことが──」


 僕は手帳の様なものをマジマジと見つめ、どこで見たっけ? なんて、記憶を辿る。


「あっ!」


 数分後、手帳のような物がなにか? 僕は思い出し、


「確証はないけど、これに似たものを以前、教会関係者が持っていた気がする……」


 自信なくそう口にした。


「えっ? どういうことかしら?」


 それを聞いたヘレナは目を丸くし、僕に詳しくと急かす。


「未確定事項だからね?」


 僕はそこを強調したあと、


「教会の身分証って言うのかな? 魂を遣う者(シシャ)魂を導く者(セイト)なんかを、証明する身分証に似ている気がするなって……」


 そう続けた。


「えっ? じゃあ、タナストシアは教会の関係者ってこと……? ローブが似ているのもそのせい?」


 なんて僕に聞きながら、ヘレナはこれは大スクープだわ! そう言いたげに目を大きく見開いた。


「解らないけど、その可能性もあるかな……。ただ、僕もはっきりと覚えているわけじゃないから、違うかもしれないけどね」


 そんなヘレナに苦笑しながらも僕は、曖昧な回答を続けたあと、「教会に罪をなすり付けるための工作かもしれないし」と、別の可能性も示唆した。


「ほんのひと握りの可能性としても、もし仮に! 教会関係者のモノだったら大収穫よ!?」


 ヘレナが興奮気味に『教会の黒い噂が見つかるかもしれないわ!?』なんて夢物語を口にする。


「もし仮に教会関係者のものだったら、かなり信頼問題にも影響が出ると思うし……。あまり考えたくはないかな……?」


 僕はなぜだか解らないけど、カルマンの顔を思い浮かべ、違いますように。そう祈りを捧げ複雑な笑みを浮かべた。


 そんな僕の心情には、もし教会とタナストシアが裏で繋がりがあるならば、このリクカルトと言う国全体が大混乱に陥る可能性がある。


 そんな心配があった。


 まだ確証を得れる段階じゃないし……うん、誰にも言わない方がいいかな。あっでも、ルフーラにだけはこっそりと伝えて意見を聞く方がいいかも? 明日、ムーステオに行って聞いてみる? でも毎回、ムーステオにいるわけじゃないと思うし……。ルフーラの家も知らない……。どうするのが最善なんだろ? 僕は顎に手を添え、真剣な表情で熟考を続けた。


 そんな僕の態度を不審に思ったのか? 


「どうしたの? そんなに怖い顔して……」


 ヘレナは顔を覗き込み眉尻を下げた。


「あっ……ううん。外に出てからかなり時間が経っていると思うし、母さんがきっと怒ってるだろうな。……って思って……」


 僕は目を泳がせながら、ヘレナを巻き込む可能性もあるし、今は僕の中だけに留めておこう。そう結論づけ、とっさに嘘をついた──。

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