070.5-満月の狂気2-
「成程……。たまたま、ここに、足を踏み入れた、と」
そんな僕とは裏腹に、雄鹿の骨を被った連中の一人が、骨の上から顎に手を添える動きを見せ始めた。
僕はそんな態度を見せる一人に、もしかするとこの人はまだ話が通じる人かもしれない。そんな希望を見出した。
だけどそれと同時に、とあることに気づく。
どうやら黒いローブを身に纏った連中は、武装集団らしい。
暗がりでよく目を凝らさなきゃ気づかなかったけど、モルストリアナが持つとされるような大きな鎌を持ち、いつでも攻撃態勢は整っている、そう言わんばかりに殺気を振りまいている。
僕はそんな連中を横目に、どうするか。二人に目を向けた。
ルフーラとクルトは近い場所にいるから、最悪問題ない。
僕と二人の距離もせいぜい三十メートル離れている程度だから、ヘマしなければ……いや、僕のことだ。
絶対ヘマをする。ということは……。最悪二人だけでも逃げてもらえれば問題ないのか。
多分だけど、あの山羊の骨を被った人物の仲間。もしかすると、また僕をさらいに来ただけかもしれない。
不幸中の幸いか、今回は山羊の骨を被った人物は見当たらない。それならば僕たちにも勝機があるかもしれない。
一先ず、人数だ。人数次第でどうにか出来るかもしれない。
僕はそう思い、見える範囲の人数を確認した。
見た限り四十から五十……。いや、こんな時に僕の目がどれだけ役に立つのかも判らないんだけど……。ルフーラに確認するにしても、少し離れすぎているから今は辞めておこう。
それに四十から五十くらいの人数がいると仮定した場合、三人じゃ部が悪すぎる。
僕は二人をどうやって避難させるか? それだけを必死に考え画策した。
だけど現実は、そこまで悪状況ではなかったらしい。
お互い全く動く気配を見せない。多分、相手側も僕たちの出方を伺っているんだと思う。
十分、二十分と冷戦状態で、睨み合いを続けた。
「そんなに警戒しなくても、今日のところは見逃してあげますよ」
そんな中、先に動いたのは連中の方だった。
ノイズ混じりな声で男か女かも判断できない。だけどそう言ったあと、戦闘をする気は毛頭ない。と、鎌を持ち戦闘態勢でいる連中らに武器を下ろすよう指示を出し始めた。
「えっ?」
どうしてそんなことを? そう思ったけどすぐに別の思考に切り替わる。
そんなことを言って油断させようとしている? そんな邪心が脳裏に過ぎり、僕は鞭を握る手を強め、手汗を流す。
そよそよと少し冷たい風が僕たちの間を通り抜け、緊迫感を募らせていく。
それはなにかよからぬことが起こる前触れだ。そう言いたげなようにも感じ取れた。
手汗とは別に、背中に気持ちの悪い汗が一つ垂れた瞬間、
「光を恐れ、彼の者を闇から解き放つのか? (あいつらを逃がす気か?)」
どこかで聞き覚えのある、意味の解らない言葉を発する人物が、鎌を構えながら、雄鹿の骨を被った人物に語気を強める。
「主が居ない今、ここで下手にことを荒らげることは、今後の計画に支障を来す恐れがある」
どうやら雄鹿の骨を被った人物は、骨と肉が半々になった狼の被り物をしている人物の言語が理解できるらしい。
特に困惑する様子も見せず冷静な物言いで、叱責し始めた。
「我が邪眼は、血肉に飢えている。真なる力を解放すべきは今! (いつでもあいつらを殺す準備が出来ているんだ。殺るべき時だろ!)」
「今は我慢の時よβ」
「盲目の堕天使は、封印されし血脈を開放する。さすれば御霊と共に(主が居ない今、我らが力を示さなければ、主の力を思い知らすことが出来ない)」
「黙りなさい」
そんな会話を続ける連中たち。
「βが何を言っているか解らないけど、α様を勝手に殺すのはこの私が許さないわ!」
そんな仲間割れをしている中、どこからともなく兎の骨を被った人物が声を発し、余計に揉め始める。多分、私と言っているあたり女性かな? αが誰かは判らないけど……。
「あの……」
なんだろ。長くなりそうだなこれ。
一瞬にして緊迫した空気が崩れていく。
僕はその連中に苦笑しながらも声をかけようと口を開いた。
「白き風よ、我らを在るべき場所へ導け」
だけどその瞬間、仲間割れの会話を聞くのに嫌気がさしたのか、ルフーラは本を開き、魂法を唱え始めた。
ルフーラが唱えたあと、直ぐに本から竜巻の様なものが現れ、僕たちを包み込み──。
※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※
「っていう感じでしたね……」
僕はマリアンさんにそう説明を終えた。
「ふ〜ん」
聞いてきたのはマリアンさんなのに……。そう言いたくなるほど興味なさげな態度に、なにを期待していたのか? なんて僕は肩を竦める。
「特に面白みの欠片もなかったのだわね。聞いて損をしたのだわね!」
マリアンさんはそう言うなり、飽きたらしい。おもむろに立ち上がり「で、何回?」なんて脈絡もなしに聞いてくる。
僕は一瞬、なんのこと? そう思ったけど、その前にルフーラが「三回」そう睨みを利かせながら答えた。
あっ、そういえば取引中だったんだ! 僕はようやくそのことを思い出し、ヘレナの様子を伺った。
ヘレナは顎に手を添え、その回数で問題ないのか? そう言いたげに考えたあと、首を横に振る。
そして、「私も三回が無難だと思いますわ」なんて口にする。
そして、ルフーラとヘレナは僕とクルトに視線を向ける。
「えっ? にゃんのことか判らないけど……」
クルトはそう言いながら、「僕も三回で良いと思うにゃ!」なんて適当な態度で答えた。
そして残すは僕一人。別に回数なんて何回でも良いと思う。
だけど、ここで適当な数字を言ったところで意味はない。僕は三人に同調するかの様に、「僕も三回で良いと思う」そう口にした。
マリアンさんはそんな僕たちに「あっそう」と一言、サンルームをあとにする。
そういえばマリアンさんの話に集中していたからか、フェルの姿がどこにも見当たらないような……。
僕はマリアンさんが出ていったと同時に、フェルを探し始める。
机の下やティーポットの中、色んな場所を軽く探したけど、フェルは見つからなかった。
まぁきっと、帰ったんだろうな。僕はそう思いながら気にせずヘレナたちと会話を楽しむ。
それから数分後、カルマンがサンルームに戻ってきた。
「あっ、カルマンおかえり! そういえばフェル見なかった?」
僕はそんなカルマンに笑顔で声をかける。
「オレサマ、ここにいるガウ!」
どこからともなくフェルは、当たり前のように声を発し、テーブルの上に着地する。
「どこにいたの?」
「ずっとここにいたガウ!」
「いや、いなかったでしょ?」
「うんにゃ! オレサマここにいたガウ!」
なぜそんな見え透いた嘘をつくのか僕には判らない。だけどフェルは変な魂を守護するモノだ。
どうせ皆と違った言動をするのがかっこいいとでも思っているのだろう。
僕はそう考え、流すことにした。
「そういえば、トイレ長かったけどなにしてたの?」
「ん? あー……」
「オマエ、う○こしてたガウか? やーいやーい!」
僕がカルマンに話を振ると、フェルがすかさず茶々を入れる。
が、それはカルマンを怒らせるもの。フェルはカルマンからこっぴどく殴られ、頭に五つほど、大きなたんこぶを作っていた。
まぁ自業自得だし、僕は助けなかったけど。
そんなこんなであっという間に時間は過ぎ、楽しい時間を過ごせた。
そしていつの間にか僕の胃痛も収まっていた頃、この仲良くなった会の仕切り直しとカルマンの快気祝いはお開きになり、会計を一括で済ませ、
「俺はこっちだ」
「私はこっちね」
「じゃあ」
クルトを除く僕たちは、ムーステオの前で別れ、帰路へ向かった。
その道中、「オレサマ面白いものをみたガウ!」なんてフェルは僕に声をかけてきた。
だけど普段通り、お小遣いをもらおうという算段だということくらい、僕は理解している。
だから僕は、「へー」なんて適当に返しながら家へ向かう。
そんな僕の態度にフェルは、「聞かなかったこと、後悔するガウ! もう教えてやらないガウ!」なんてもったいつけながらも、珍しく寄り道をしようとせずまっすぐ家へ帰った──。