070-満月の狂気-
タナストシアと出会した時。その日は数百年に一度の満月が見れるという特別な日だった。
僕とクルトは以前から見たいと言っていたルフーラの提案を受け、外で月見をしていた──。
「本当に奇麗だね」
丘は僕たち以外、誰もいない。きっと、カップルの聖地と呼ばれる二つ目の候補だった場所に集中しているんだと思う。
広々とした丘にポツンと三人。仲良く母さんが事前に持たせてくれたバスケットから、クロワッサンを取りだし食べていた。
そよそよと少し肌寒くも感じるけど、心地よい風が丘の上を走り抜け、皆して月を眺める。
そんな中、僕は息を飲んだ。
蒼白く光る月はなんというか……普段とは異なる。
まぁ、あまり夜空を眺めることはしないから、ここが違うね。ここが〜。なんてだいそれたことはなにも言えない。ただの感覚にすぎないんだけど、この月はいつもと全然、違って見えた。
「にゃんか、いつもより大きく感じるにゃ!」
今なら月を捕まえれるんじゃないか!? なんて子供の様なことを言い、ぴょんぴょんと飛び跳ねるクルト。
きっとクルトも、僕と同じような月に見えているんだと思う。
「そんなことしても、月は捕まえれないよ」
そんなクルトをみてルフーラは、なにしてるの。そう言いたげな呆れた表情で『クルトらしいね』なんて口角を少し上げ笑う。
その笑みはどこか優しくて、そして月光の下だからか、幻想的にも見える。
「そんにゃことないにゃ! お月にゃんは絶対、僕が捕まえてみせるにゃ!」
だけど、そんなルフーラとは対照的に、嬉しそうな表情で飛び跳ねることを辞めないクルト。
その姿はどちらかというと……小動物のような……そんな愛らしさを僕は感じた。
「転んで怪我しても知らないから」
なんて冷たく言うルフーラを他所にクルトは、
「転んでもルーにゃんが起こしてくれるんでしょ?」
そう言い悪戯っ気を前面に出し振り返ったかと思うと、クルトは眩しいほどの笑顔をルフーラに向けた。
その笑みは月光に照らされる一輪の向日葵のように、太陽と間違えて月に顔を伸ばしているように華やかに見えた。
そんな愛らしい笑みを浮かべるクルトと目があった瞬間、ルフーラはパッと顔を逸らし、恥ずかしそうに月に目を向ける。
(結構、良さげな雰囲気だな……)
僕はそう思いながら、二人と少しだけ距離を取りつつ、
「ルフーラが、外で見よって言わなきゃ、この月は見れなかったね!」
なんて感謝した。
「別に」
ルフーラはどこか照れた様にもみえる横顔で、目だけを一瞬、後ろに向け僕を見たあと、直ぐに月へと視線を戻す。
やっぱりルフーラって丸くなったよな〜。いや、丸くなったっていうか……これってもしかして、いわゆる〔ツンデレ〕というモノなんじゃ!?
僕がルフーラに対して丸くなったとか、ツンデレなんじゃ? と思うのは、今までの行動からだと思う。
ルフーラの天邪鬼な性質はまだまだ健在。だけど、今までクルト以外には心を開かない節があった。
そんなルフーラが段々と背伸びをしない。素の自分を見せてくれている気がしている。
もしかすると、無意識的にもルフーラは、僕に心を開いてくれているのかも? そんな自意識過剰なことを考えてしまう。
まぁきっと、僕の自意識過剰にすぎないのは確定みたいなモノなんだろうけど……。
僕はまるで親にでもなったかのような気持ちで、二人と距離を離し遠目で見守りながらも、月に視線を戻し鑑賞会を楽しんだ。
それから数十分後──。
「にゃ、っくしょん!」
僕たちが蒼白く光る月を満喫している最中、肌寒くなってきたからかクルトが、独特なくしゃみをし始める。
「そろそろ帰ろうか」
僕はそれがお開きの合図だと直感し、立ち上がった。そのあと、お尻についた砂なんかをはらいながら帰る準備を始める。
「え〜」
だけどルフーラは、もっと月を眺めていたかったらしい。もう少しだけ。そう言いたげに瞳を揺らし、仏頂面をする。
だけど昼は暖かいとはいえ、夜は冷える。
このままじゃ二人とも風邪をひいちゃうかもしれないし……。
僕はそう思い、
「クルトが風邪を引いちゃってもいいの?」
なんて真剣な表情で、ルフーラを脅すように声を低くしてみた。
「……帰る」
ルフーラは、僕のその表情を見てムスリと不貞腐れた態度を見せるけど、クルトの体調を考え渋々帰る支度を始める。
なんだかんだといってルフーラは、クルトが絡むと折れてくれる。今回の月見でそれが解ったから、今後はもう少し仲良くなれるかも? そう思いながらクルトにも帰るよ。なんて声をかけ、帰る支度を整える。
数分後──。
帰る支度も出来たし、「忘れ物ない?」そんなことを二人に確認していた時。
ガサガサとなにかが動き回る音が微かに耳を伝う。
僕は一瞬、怯みつつも周りを警戒し、
「なんだと思う?」
そうルフーラに意見を求めた。
「判んないけど……。動物だとしたら足音が少し可笑しくない?」
ルフーラは複数の足音に、注意しながら周りを見渡す。
だけど、見渡しても誰もいない。
暗闇を照らす月光ですら、捕らえることができない足音の主。サラサラと風が地面に生えた草花を優しく撫でるだけ。
それなのに、緊張が一瞬にして走り抜けていく。
もしかするとメテオリット? そんな考えが脳裏を過り、もしそうだったらどうする? どうするのが最善だ。そんな思考をしながら警戒を高める。
「にゃにか来るにゃ!」
僕がどうするのが得策か? そう考えているとクルトは、猫が威嚇した時と同じ様なポーズを取り、感情と連動する尻尾をブワッと逆立て始める。
「皆、準備して!」
僕は無意識に指揮を取ったあと、ロザルトの鞭を具現化していた。
もしかすると、二人を危険な目に遭わせまいという意識がそうさせたのかもしれない。だけど、これは成長の証かも。
僕は周りを警戒しながらも、二人が本とハンマーを具現化し、戦闘態勢を整えことを確認したあと、ゆっくりとした歩みで二人に近づいていく。
あともう少しで二人と合流できる。そう思った瞬間、あんなにも大きく僕たちを照らしていた月が、厚い雲に覆われる。
それが合図だったのか? なにか不穏な雰囲気を漂わせる気配に気づき、僕はハッと後ろを振り返り、
「誰!?」
そう語気を強めた。
「おまえたちは何故、この場に足を踏み入れた?」
そう聞いたと同時に、立派な角を生やした鹿の骨を被る人物が口を開く。
多分、角の感じからして雄鹿だと思う。
いや、そんなことどうでも良い。
それよりも僕たちはいつの間にか、黒いローブを身にまとった連中らに囲まれていたらしい。
メテオリットじゃないだけマシ。そう思っていたけど、かなりの人数がいると思う。
いつから囲まれていた? そう考えても、判るはずがない。
あのガサガサという音から? いや、それが解ったとしても以前、僕をさらった人間と同じような装いをした人間が、目の前に複数いるという事実は変わらない。
「ただ、月見をしに来ただけです。それよりも、あなた達は誰なんですか!?」
僕はそんな思考をしながらも、淡々とした口調でこの場にいる理由を告げた。