069.5-怪しい連中の噂〔後編〕-
「交渉成立ってことで良いのだわね?」
マリアンさんの確認に、ヘレナはコクンと頷く。その合図でマリアンさんは、動物の骨を被った連中……。タナストシアの話を始めた。
「タナストシアはヘレナが調べた通り、夜にしか行動をしないと言われているのだわね」
「どうして夜だけなんですの?」
「これは憶測に過ぎないのだけど、夜なら身を隠しやすいからなのだわね。黒いローブは夜の闇にまぎれることが出来るし」
「じゃあ、白い服を着て昼間にも行動できるんじゃないの?」
「できると思うのだわね。もしかすると、昼間も普通に活動しているかもなのだわね」
淡々と話をするマリアンさんに、程よいテンポで質問を投げかけるヘレナとルフーラ。
二人はマリアンさんの憶測に、特別疑問を抱く様子は見せない。だけど僕はなぜか引っ掛かりを覚えてしまい、
「うーん」
なんて無意識に唸っていたらしい。
「どうしたの?」
「えっ?」
「なんか唸ってたじゃん」
二人がなにを言っているのか理解できなかったけど、僕、唸ってた? そう思いながら首を傾げる。
「なにか気になる節でもあるのだわね?」
「いや……えっと……」
「ウダウダと考え込まれるのは鬱陶しいのだわね。気になるなら、早く話せなのだわね!」
マリアンさんは、僕の態度にイラッとした様子で語気を強め始める。
「ヒッ、ご、ごめんなさい。えっと……。昼間は、タナストシアとしては活動していないんじゃないかな? って思って……」
「どうしてそう思うのだわね?」
僕の発言に、マリアンさんが真っ先に食いつき理由を確認し始める。
そのあとを追うように、ヘレナもルフーラも僕の方に視線を向ける。
「えっと、それは……。骨を被った怪しい連中、タナストシア? の服が気になったというか……。マリアンさんは黒いローブと着ている服を知っているような口振りじゃないですか?」
僕は、実際に出会さない限りそれは知らないはず。それに、ある程度の街灯で尚且つ視界が良好の場合のみ特定可能。
そこを指摘したあと、
「本当にローブだとして。ローブは教会関係者が主に着るモノ。だけど、白と黒は存在しない。まぁ、カルマンは特例みたいだけど──」
僕はそう続けながら、白は神を表し黒は悪魔を象徴する。リクカルトに住む人間なら知らない人はいないほどの常識を口にする。
だけど皆、僕がなにを言いたいのか? 全く理解していないように首を傾げるだけだった。
「なにが言いたいのだわね?」
そして、僕の話は前置きが長い。そう言いたげにマリアンさんは、鋭い睨みを利かせ始める。
「えっと……。タナストシアはモルストリアナを彷彿とさせる鎌を持っていた。そこから考えるに、悪魔に堕ちたモルストリアナを崇拝している可能性が浮上しますよね? 悪魔の敵は神や神聖なモノ。タナストシアを悪魔崇拝者集団だと仮定して、神を表す白いローブを着てまで活動すると思うかな? って」
僕は、自身の思い過ごし。考えすぎかもしれないけど……。そんなことを考えながら、眉を下げ胸の内にある疑問を口にした。
「まぁ、タナストシアも一般人が集う集団の可能性もあるし……。昼間は仕事をしている。なんてことも有り得るわね」
そんな僕の疑問に、ヘレナはそう言い顎に手を添える。
「我はただの憶測を立てただけ。そんな部分までは判らないのだわね。それにあんたの着眼点は良いと思う。だけど今はそれを考える時じゃないのだわね。その疑問は後回しにして、さっさと続きを話すのだわね!」
マリアンさんはそう言い、組織の人数は正確には判らないけど、α・β・γ・δ・ψ・ωとと呼ばれる六人が存在する。ということを口にする。
お泊まり会の時に出会した相手は三人。そして、αという単語は聞いた。だから目新しさは感じないけど……。
僕はそう思いながらルフーラを横目で確認する。
ルフーラも僕同様に、「六人」いるという部分に疑問を感じたのか、かなり険しい表情でなにかを熟考している。
「その六人のみで構成されているんですの?」
そんな僕やルフーラとは反対に、ヘレナは山羊の骨を被った人物にしか出くわしていない。あまりピンッと来ていない表情で、マリアンさんに確認した。
「その他にも人間はいるみたいだけど、詳しい人数は判らないのだわね。指揮を取るのは決まって六人のうちの誰か。なんて言われてるのだわね」
マリアンさんはそう口にしながらも、百人以上はいるんじゃない? なんてまた自論を並べた。
「どうして、古代文字が使われているの?」
そして熟考を終えたのか? ルフーラが口を開いた。
「さぁ? そこまでは知らないのだわね。でもきっと、古代文字なんて調べなきゃ解らないんだし、なにかを隠すためなんじゃないのだわね?」
マリアンさんはそう言うと、ロザルトティーの香りを嗅いだあと、紅茶を嗜む。
「よく判りませんけど……。その言葉自体に意味はない。と言うことですの?」
「まぁ、そうなるのだわね」
そう一言、マリアンさんはティーカップをソーサに戻し、口をつけた部分を指で軽く拭き取る。
さっきまではしなかった行動だけど、なにか意味が有るのかな? なんて思いながら、僕はマリアンさんの行動を興味本位で注視した。
そのあとも淡々とマリアンさんは話を続ける。だけど、カルマンもクルトも結構な時間が経っているのに、帰ってくることはなかった。
あの二人、なにしてるんだろ? そう思いながらもマリアンさんの話にまた耳を傾ける。
「服はさっきも言った通り、黒いローブ。被っている動物の骨は、兎や鹿、狼に山羊。それから蛇もいるって聞くわね。だけど面白いことに、一人だけ骨を被らない人物も存在するらしいのだわね」
マリアンさんはあくまで〔ただの噂〕と強調しながら、かなり内部の事情を知っているような口振りを続けた。
「その人物は誰なんですの!?」
そして、そこまで詳しく知っているならば──っ! なんて希望を見いだしたんだと思う。ヘレナは興奮気味に机をバンッと叩き、マリアンさんに確認する。
「さあ? 我が知っているとでも思ったのだわね?」
だけどそんなヘレナとは対照的に、マリアンさんはとても冷めた眼差しでヘレナを睨みつけたあと、鼻を鳴らした。
その目はなんというか……。なんでも他人に頼るな。そう言いたげで、背筋が凍りそうになった。
「そうそう。リーウィンが言っていた通り、タナストシアの連中は、まるでモルストリアナを崇拝しているような容姿をしている。だから、動物の骨を被っているのも、そこから由来すると思われるのだわね。それから現れる時も去る時も、風のようにスっと姿を現し、消える。連中らがいたという証拠は、なにも残さないと言われているのだわね」
マリアンさんがそんな会話を続けていると、サンルームの扉がゆっくり開き、
「モルストリアナがどうしたんだにゃ?」
なんて、クルトが戻ってきた。どうやらお客さんが増えていたらしく、ちょっと手伝いをしていたらしい。
「一度、言ったことを復唱するのは面倒なのだわね。モルモットにあとで聞くといいのだわね」
マリアンさんはクルトを横目で睨みつけながらも、僕たちの質問に答え、そして色んな情報を提供してくれた。
だけどあるタイミングを境に、投げかける質問全てに「知らない」と答え始めた。
面倒くさくなってきたのか、それとも飽きたのか。それは定かじゃない。
だけど、もし答えるのが面倒くさいならば無視をする手もあるはず。だけど、マリアンさんは律儀に『知らない』と答え続ける。
そう答えるのには、なにか意味があるのか? 僕たちになにかを知らせようとしている? そんな疑問が渦巻いていく。
そして、僕の中でマリアンさんには別の意図がある。そんな勘が働いた。
「他にはもうないの?」
「そうなのだわねぇ〜。あるにはあるけど、なにがいいか──」
マリアンさんは、なにやら考える素振りを見せる。
僕はそんなマリアンさんを何気なく横目で確認した。そんな僕とマリアンさんは一瞬だけ目が合うとニヤッ。と気味の悪い笑みを僕に向ける。
「えっ?」
背筋がゾッとするようなその笑みに、僕は無意識に声を発し、慌てて口を手で塞ぐ。
「どうしたのだわね?」
そんな僕の態度にマリアンさんは、キョトンと小首を傾げる。
「あ……、いや……。なんにもないです……ごめんなさい……」
さっき僕が見たのは錯覚? そんなことを考えながらも、悟られない様、愛想笑いで返した。
「あっそう」
マリアンさんはそう言うと、ロザルトティーを一口、飲みソーサにカップを戻す。そして、
「そうなのだわ! あんた達がタナストシアに遭遇した時のことも教えてもらいたいのだわね!」
なんて興味津々な態度で口にする。
僕はルフーラに目配せし、話していいか? 確認したあと、
「あの日は、数百年に一度、月が綺麗に見える日。って、ルフーラから聞いたのが始まりだった気が──」
そう言いながら、あの日の記憶を遡った。
経緯は確か、ルフーラの一言と、クルトの無茶ぶりから始まった──。