069-怪しい連中の噂-
「あれから、動物の骨を被った連中の話を、私自身でも調べてみたのだけど……。なぜか、夜にしか現れないらしいわ!」
ヘレナはそう切り出す。
するとクルトもおもむろに立ち上がり、「店の様子見てくるにゃ」なんて、休憩を貰ったばかりなのにいそいそとサンルームをあとにした。
夜にしか現れない……。メテオカフェで聞いた噂と同じような……? 僕は顎に手を添え考える。
あの時聞いた噂は確か──
「近頃この周辺で、不気味な格好をした連中がウロウロしているらしいのよね」
「え〜。なにそれ怖い〜!」
「なんでも、その連中は夜にしか現れないとか……!」
そんな話だった気がする。
そんな話を思い出していると、マリアンさんはなにか心当たりでもあるのか?
「あんた、動物の骨を被った連中……って言ったけど、もしかして〔タナストシア〕のことを探っているのだわね?」
ロザルトティーを一口飲んだあと、ふぅ。と、溜め息とは違う息を吐き、咳払いをしたのち僕たちの視線をヘレナから|マリアンさん(自分)に向けさせる。
「タナストシア……? よく解りませんわ。そのタナストシアは、どう言う連中ですの?」
ヘレナは少し困惑した表情を浮かべつつも、どこか好奇に満ちた目で喰い寄る。
「どうして、あんな野蛮な連中のことを知りたがっているのだわね?」
マリアンさんはティーカップをソーサに戻しながら、「あんな連中に関わったところで、もろくなことにもならない」と続けながら、ヘレナの話す連中が〔タナストシア〕だと確信している様な口振りで話を進める。
「あんた、なんか知ってる訳?」
ルフーラはど警戒心を剥き出しのまま、マリアンさんを睨みつける。
だけど、ルフーラはこの手の話に一切、興味がないはず。なのにどうして食いついたのか? 僕は少し驚いた。だけどきっと、クルトが危ない目に遭わない様に、対策を考えるためだろう。
ルフーラの頭の中はいつも、クルトのことを考えている節がある。
そう考えれば辻褄が合う。そう思えた。
「別に隠すことでもないし、教えて上げても良いのだわね」
マリアンさんはそう言いながら、なにかを企んでいるらしい。不敵な笑みを浮かべる。
「えっ、ほんとですの!? お願いしたいですわ!」
「そんなにグイグイ来られると鬱陶しいのだわね!」
目をキラキラと輝かせるヘレナとは裏腹に、マリアンさんは、とても迷惑そうに眉間に皺を寄せる。
「あら申し訳ないわ」
ヘレナは軽く口元に手を当て、大人しく自分の席に座り直し、話を聞く姿勢へ。
「ただし、教えたところで我に、なんのメリットもないのだわね。交換条件を飲むなら、教えて上げても良いのだわね!」
「その件 条件とはなんですの?」
「まだ内容は決めていないのだわね。あんた達が必要になった時、手を貸してくれればそれで良いのだわね」
「それ危ないヤツじゃないの?」
マリアンさんの発言に、ルフーラはすかさずに口を挟む。
ルフーラの言う通り、マリアンさんの提示する交換条件は、不明点が多すぎる。
まだ決めていない。必要な時に手を貸せ。そんな明確性のない条件を飲めば、こちら側にデメリットしかない。
例えば、臓器を提供しろ。そんな道徳心の欠片もない後出しをされても、約束はフォルトゥナ教会で効力を持ってしまう。
正式に契約書を作成しなくとも、口約束だけで十戒の効果は発動する。
条件を決めず先に情報開示をして貰い、それはできない。なんて拒否しようものならば、最悪、物理的に首が飛び兼ねない。
仮に、自分のために死ね。なんて言われでもすれば、たまったもんじゃないという話。
ここは慎重に見極めなければいけないところ。ヘレナはどうするのか? 僕はヒヤヒヤしながら、ヘレナの言動を注視する。
「その条件に見合った話が聞けるのかしら?」
ヘレナは貿易商の娘ということもあってか、ビスティ街の時同様、冷静な態度で話を聞く姿勢へはいる。
が、そこにはどこか威圧的な雰囲気が漂い、下手なことを言えば条件は飲まない。話も聞かなくて良い。そんな意思を感じ取れる。
「勿論なのだわ」
「なら私からも条件を出させてもらうわ」
「内容によるけど、聞いてあげても良いのだわ」
マリアンさんは取引になれているのか、ヘレナと同様に冷静な態度を見せる。
二人の間には、見えないヒバナが飛び散っている。そんな表現が合いそうなほど、ピリついた空気へと変えていく。
※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※
「まず一つ目、その条件ならば万一、私たちに死ねと命じることも可能なはずですわよね? 命に関わる協力はしない。
二つ目、臓器売買や裏の仕事には手を貸せない。
三つ目、手を貸す内容を取捨選択できること。
四つ目、話を聞いてその話が私たちに提示した条件以下の価値だと感じれば取引は無効。これが私が提示する条件よ」
ヘレナは、僕の心配を他所に、しっかりとした条件を提示した上で、マリアンさんの様子を伺う。
「まだケツの青いガキの癖に、しっかりとした取引内容を提示してくるのだわね」
マリアンさんは感心した態度で、どこか余裕の表情を見せ、クスッと笑う。
「なにか異論でもあります?」
そして、強気な態度を貫き続けるヘレナ。
別に僕はこのやり取りに参加しているわけではない。だけど……どこかピリついた空気に呑み込まれそうな感覚に陥る。
僕はこの交渉がどういった方向に進むのか? ドギマギしながら息を呑んだ。
「良いのだわ。ただしその条件だと我には旨みが殆どないのだわね。だから命に関わらない程度の協力を、何度かしてもらう。この条件を付け加えるのだわね」
「その回数は具体的に、なん回ですの? まさか、無限に……。なんて考えていませんわよね?」
「フッ。頭が弱そうだと思っていたけど、あんたのこと見くびっていたのだわね」
マリアンさんは、ヘレナのことを見下す物言いで鼻を鳴らす。
「三回」
その会話を聞き、ルフーラが話に割り込む。
「その三回の理由は、なんなのだわね?」
マリアンさんは、ルフーラの意見も聞いてあげても良い。そう言いたげな態度で、鋭い眼差しを向ける。
「三回以上だと少ないように見えて多い。無理難題でも僕たちが取捨選択して選べる様に丸投げされるのも困る。一、二回だと命に関わらないと言いつつ、昏睡状態くらいの案件を投げてくる可能性がある。その過程で死んでも死人に口なし──。三回が一番妥当だと思う」
「モルモットの周りには意外と、まともな子がいるのだわね」
そう関心した態度を貫くマリアンさん。そして少し、なにかを考える素振りのあと、
「じゃあ、我の話を聞いてから回数を決める。にするのだわね?」
と続けた。
「それだけの情報を持っているってこと? 余裕の表れ?」
そんなマリアンさんに、警戒心むき出しのままルフーラは鋭い眼光をむける。だが、ヘレナは少し考えたあと、
「話を聞かせてもらえるかしら?」
そう口にしたあと、ルフーラに少し黙っててと合図した。それを見たルフーラは、まだなにか言いたげな様子だったけど、グッと飲み込むようにコクリと頷き、口を閉ざした──。