68.5.5-仲良くなった会と快気祝い〔後編〕-
そんな僕たちの様子を見てクルトは、にゃははと乾いた笑い声をあげる。そして、フェルの注文をテオさんに伝える為か、そそくさとサンルームから出て行った。
僕はそんなクルトの背中を見つめながら、
「仲良くなった会なのに、クルトはずっと仕事してるなぁ……」
僕はそう心の中で呟いた。
だって、今日は仲良くなった会でもあるわけで……。クルトだけ仕事をしているのはなんか不平等というか……。休憩とか貰えないのかな? なんて寂しさを覚えてしまう。
「ほう? 今日は俺の快気祝いも兼ねているんじゃなかったのか?」
そんな心の声は無意識に漏れていたらしい。カルマンは、嫌味ったらしく鼻で笑いながら僕を蔑む。
「えっと……、そうだけど……」
僕は自身の発言のせいでまた問題に発展するのは嫌だ。そんな気持ちを抱え、ウルウルと子犬の様なつぶらな瞳で、ごめんねと許しを乞う。
これをした理由はとても簡単。意外とカルマンは、僕のウルウル攻撃に弱い。最近、なんとなくだけど理解し始めたんだ!
「……」
カルマンは、どこか呆れを覚えるような顔を見せ、
「その顔を辞めろ」
そう言い僕の頭を殴ったあと、顔を背けた。
「いでっ……もぅ、カルマン!」
僕は頬を膨らませムスリとした顔を顰めた。
その内では、この暴力男め! ほんと、いっつも、いっつも僕のこと殴ってきて! ヘレナと同じ穴のムジナじゃないか! どうせ照れ隠しなんでしょ! そんなのせずに、もう少し優しくしてくれてもいいと思う! そんな不満を垂れながらカルマンをキッと睨みつけた。
そんな僕を見てヘレナは、
「リーウィンって、ほんとそういうところだけは、要領いいわよね」
褒めているのか違うのか判らない表情でクスリと笑う。
だけど僕にはその意味が解らない。別にこんなことで要領が良いとかないと思うんだけど? そう思いながら、
「そう?」
キョトンと小首を傾げた。
そんな僕の反応が面白いのか、
「うん! そのうち男の人も誑かしそうで心配だわ」
僕の反応が面白かったのか、余計にクスクスと笑顔を見せた。
だけど、なんだろ……。心配さてれいない気がする……。ていうか、どちらかというと面白がっているような……。そう思いながら再度首を傾げる。
そんな僕とヘレナのやり取りに、
「リーウィン、魔性の男って奴だね」
ルフーラはそう言い鼻で笑う。
「ルフーラ、それなんか意味違う気が……」
「なにが違うの?」
「だって、魔性の男っていうのは上手く他人の心に入り込み、利用する人のことでしょ?」
僕はそう言い苦笑する。そんな僕にルフーラは、
「まんまじゃん? なにが違うわけ? |カルマン(猛獣)を制御できるみたいだし、合ってると思うけど?」
軽く溜め息をつきながら「無自覚?」なんて鼻を鳴らした。
「うーん……違うと思うけど……」
僕はそう言いながら首を捻り、訝しげる。そして、とある事実に気がついてしまった──。
そう。僕はカルマンに殴られたのに、誰も心配していない。ということに──。
ていうか、心配の欠片はどこにもない! 逆に皆面白がっている気が! えっ、なにこの人たち!? 薄情すぎない!?
それに気づいた僕は、そんな不満を内に吐き連ねながらもあからさまにムスリと不貞腐れた。
だけど、やっぱりそんな僕には誰も目もくれず、
「そういえば、マリアンさんはどうして?」
ヘレナはティーカップを口につけながらチラリとマリアンさんに視線を向け、そう声をかけ始めた。
「たまたま店前で出会したから、一緒にお茶をすることを許してあげたのだわね」
そんなヘレナの質問に、マリアンさんは当たり前の様子でそう誇らしげな態度を見せる。
出会したのは事実だけど、勝手に着いてきたのはマリアンさんなんだけどね。僕はそんな小言を心の中に落としていると、ルフーラがぽつりと口を開き、
「前みたいなことしないでよね」
マリアンさんを冷たい目で睨みつけた。
マリアンさんはそんなルフーラのことなど気にも止めない様子で、ロザルトティーを口に含みながら
「おまえの態度次第だわね」
なんて、高圧的な態度を見せる。
その様子は、ルフーラが少しでも気に入らない態度を取れば、前回同様のことをしてやると言っているようにも思える。
そんなマリアンさんに僕は、
「はははっ……はぁ──」
苦笑を漏らした。
まっ、僕がいくらなにごともありませんように。って祈ったところで、問題が次から次へと試練のごとくやってくるわけで……。はぁ──、そんなこと考えてたらなんか余計、胃がキリキリと痛んでくるや……。
そう思いながら何度目かもう覚えてないけど、テーブルの下でお腹を摩っていると、
「あっ! そう言えば!」
ヘレナがなにかを思い出した様子で声を上げる。それと同時に、
「紅茶、持ってきたにゃん♪」
クルトがフェルの頼んだ紅茶と、僕が零してしまった紅茶、それから注文とは別に、新しいティーポットを一つ余分に持ってサンルームに帰ってきた。
クルトは馴れた手つきで、
「こっちがアールグレイとアッサムのブレンドティーで、こっちが──」なんて説明をしながら、ティーカップに注いで行く。
そしてそんな説明を終えると、ルフーラとヘレナの間に空いていた席に腰を下ろし、
「少しだけ休憩貰えたにゃ♪」
そう言い自身のティーカップに紅茶を注ぎながら笑顔を見せる。
「ねぇクルト、ロット変わった?」
クルトが参加するなりルフーラは少し安心したのか、普段通り口を開いたかと思うと、僕には理解できない単語を発する。
「良くわかったにゃ♪」
クルトはにこやかな笑みを浮かべ、偉い偉いとルフーラの頭を撫でる。
ルフーラは恥ずかしそうに
「辞めてくんない?」
なんてクルトの手を優しく払い除けるけど、その顔は少しだけ頬を赤く染めている様にも見えた。
だけど直ぐ、それを隠すようにルフーラは、
「そういやヘレナ、なんか言いかけてなかった?」
なんてヘレナに話を振りながら、顔を普段通り真顔に戻して聞く。
「そうそう! そうなのよ! ルフーラって、記憶力はあるのね!」
ヘレナは無自覚だと思うけど、バカにしたような言い方をしながらルフーラを褒め、
「私たちが会った、骨を被った連中の噂を聞いたから一応、共有しておこうかと思って……」
そう濁しながら口にした。
するとカルマンは一瞬だけ顔を曇らせたかと思うと、次は大きな欠伸をし、おもむろに立ち上がる。
そんなカルマンの行動に疑問を抱いた僕は、
「どうしたの?」
ティーカップを両手で包むように持ちながら首を曲げた。
そんな僕の質問に、カルマンは口をポカーンとさせながら、
「ん?」
そう首を捻ったあと、すぐに理解したらしい。
「トイレだ」
そう言い、サンルームの扉の方へ歩いていく。
「ふ〜ん」
僕はそう一言、そんなカルマンの行動なんて気に止めることなく、ベルガモットアールグレイの香りを嗅いだあと口に含み、喉を潤した──。