068-快気祝いと仲良くなった会-
あれから、特に変わったこともなければ、平凡な日々を過ごしていた僕。
だけど、前日にふと、カレンダーを見て胃が急激に冷えて行く。
明日は、ヘレナに仲良くなった会の仕切り直しをしようと言われた日。
そして、僕がカルマンに、快気祝いをしよう! と言った日でも──。
僕はどうしようか。なんて徹夜しながら考えたけど、なんのアイディアも思い浮かばず──
憂鬱な気持ちを抱えたまま、待ち合わせ場所である教会へ、カルマンを迎えに行った。
どうしよう……。僕のせいでまた、喧嘩にでもなっちゃったら……。でもカルマンを待たせる訳にも行かない……。
そんなことを考えているせいか、胃がキリキリと痛み、吐き気が一気に込み上げてくる。
帰る? いや、そんなことすればカルマンに呆れられる。それに、ヘレナから文句を言われる。
そんな気持ちを抱えながらもカルマンと合流した。
「はぁ──」
そしてカルマンと合流するなり、僕は鬱々とした息を吐き出した。
そんな僕にカルマンは、
「おまえ、今にも死にそうなくらい顔がげんなりとしてるな」
なんて言いながら顔を引きつらせ笑う。
「そう?」
「あぁ、顔面蒼白で、軽く押すだけで倒れそうだな」
そんなカルマンに、僕はお腹を押えながら
「うーん……。ちょっと、色々と考えすぎて……。胃が……痛い……」
そう苦笑する。
そんな僕を見てカルマンは、
「なにを悩んでいたのかは知らないが、俺の快気祝いなんだろ? おまえがそんな顔をしていると、こっちまで気が滅入る」
そう言いながら僕の背中を強く叩く。
どうやらカルマンは、今日を楽しみにしてくれていたらしい。僕の背中を叩く強さで、それが嫌と言うほど伝わってきた。
「いでっ。あ〜、うん。そうだね……」
そんな嬉しそうなカルマンとは裏腹に、背中を強く叩かれたせいか胃のキリキリ感が悪化し、眉間に皺を寄せる僕。
「はぁ──。そんなに体調が悪いのか?」
そんな僕にカルマンは、呆れたような溜め息を一つ。少しだけ心配した声色で聞いてくる。
だけど、ここで大丈夫とも無理とも言えない。
「うーん、どうだろ?」
僕は微笑しながらそう答えるので精一杯だった。
「なんだそれ? ……まぁ、そんな状況じゃ別日に。と提案したいところだが、こう見えて俺も忙しい。今日以外は時間を取ることも難しい」
「そっか……」
カルマンってそんなに忙しい人だったんだ……。そんなことを考えながらも、これは腹を括るしかなさそうだ。そう理解し二人でムーステオへ向かった。
その道中、
「そう言えばカルマンって、私服あるだね」
なんて、たわいもない会話を振った。
だってカルマンは基本、白いローブしか着ない。ということは、私服を持っていないと思うじゃん!?
だから少しでも気を紛らわす為に聞いてみた。
「一応は持っている。だが着るのが面倒だ。それに礼服の方が動きやすい」
「カルマンらしい答えだね!」
「そうか?」
「うんっ! 白のローブも様になって良いけど、僕的にはその黒い……シックって言うのかな? そっちの方が大人っぽくてモテそう!」
僕はそう言いながら笑顔を浮かべる。
多分だけど、高圧的な態度さえ取らなければ、彼女の百人や千人は直ぐにできると思う。それくらい普段と違った魅力がカルマンから溢れている。
だけどカルマンは、
「フッ、女なんざなんの役にも立たない。邪魔なだけだ」
なんて言いながらバッサリ斬り捨てた。
そんなカルマンの発言に、僕は内心、|カルマン(この人)は、ずっと女の人から言い寄られ、それが当たり前であり煩わしいと感じるんだろうな。なんて思いながらも、モテるなんて僕とは無縁の世界すぎて、なにさなにさ! 普段からモテてるからって、澄ましちゃって! そんな不安を抱えてしまった。
まぁ、それを口にしなかっただけ賢いと思うからちょっと毒を吐くくらい良いよね?
そんな事を隠しながらも僕は、その後も色んな話をしながらムーステオに向かった──。
※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※
「おや? 実験動物なのだわね!」
ムーステオの前に着き僕が腹を括るため深呼吸していると、マリアンさんもお茶を嗜みに来たのか、店の前でばったりと出会した。
「えっ……?」
一瞬、モルモットなんて言うからなんで急に? そう思いながら首を斜めにしキョトンとしていると、カルマンが反応を示し、
「……ババアか、なぜここに居る?」
そう返事しながらマリアンさんのことをババア呼びにして蔑む。
「どこへ行くのだわね?」
そんなカルマンの言動は毎度のことなんだと思う。マリアンさんは特に気に止めず、目的地を確認し始めた。
そんなマリアンさんとカルマンを交互に見ながら僕は、できればムーステオに行く、なんて言わないで欲しいな。なんて思いながら胃がギュッと掴まれる感覚を無視し、ハラハラした気持ちで見守った。
そんな僕の態度に気づいてくれたのか、カルマンは横目で僕を見たあと、
「どこでも良いだろ」
そう、素っ気ない態度をみせた。
そんなカルマンの回答に、心の中でふぅ──。なんて安堵の溜め息を漏らしつつホッとする僕。
だけど、そんな安堵は束の間、
「ふ〜ん。我も丁度、|ムーステオ(この店)に入るところだったのだわね。仕方ないから我と一緒に入ることを許可してやるのだわね!」
マリアンさんは高圧的な態度を見せ、ムーステオに早く入ろうと急かす。
もちろん、僕もカルマンも一度も目的地が〔ムーステオ〕とは言っていない。なのにどうして、ムーステオに行くと解ったのか? そんな疑問を抱えつつ僕は二人を見守った。
「今日はリーウィンのために時間を取ったんだ。おまえには用がない」
「あんたの用事なんて知ったこっちゃないのだわね!」
「うるさい、黙れ」
お互い一歩も譲る気配を感じさないまま、ムーステオの前で口論し始める。
そんな二人を白い目で見ながらヒソヒソと声を潜めなにかを話す通行人たち。
そんな周囲の様子に気づいた僕は、胃をキリッと痛めながらも、このままの状況が続けば営業妨害になるに違いない。そう考え、
「まぁ……。どうせ目的は同じみたいだし、入るだけならいいんじゃない?」
なんて二人を宥めた。
そんな僕の内心は、まぁ一緒に入店するだけだし、ヘレナたちと合流する前に、胃痛を悪化させるのだけは御免! 問題になりそうな芽は早めに摘み取るが吉! そう考え、僕は二人の腕を引っ張りながら、ムーステオの扉を潜った。
「リーにゃんおはようにゃ♪」
ムーステオへ着くや否や、クルトが待っていました! と言わんばかりの笑顔を振りまく。
あ〜、なんだろう。クルトの笑顔はどんな薬よりも効きそうな気がする。
そんなプラシーボ効果のおかげか? 僕は一瞬、胃痛を忘れかけた。
だけど直ぐに痛みはぶり返す。クルトがマリアンさんを認識した瞬間、驚いた様な嫌そうな微妙な顔をしながら、
「どうしてこの人が?」
なんて小声で抗議してきた。
「偶然、店の前で出会しちゃって……一緒の席になることはないと思うし、少しだけ我慢してくれる?」
僕は苦笑しながらもクルトにそうお願いした。
クルトは「それなら……」なんて一言、直ぐに仕事モードに切り替え、僕たちを新しくなったテラスへ案内する。
新しくなったテラスは以前、木製の床だった記憶がある。
だけど、ヘレナやほかの要因で壊されることを懸念したんだと思う。石の床に変わっていた。
「どうして石床にしたの?」
「木だと、ヘレにゃんがまた壊しかねにゃいでしょ? マスニャーが、魂力や自然災害でも壊れにくい石床を特別発注したんだにゃ」
クルトはそう言いながら、マスターであるテオさんが痛い出費だ。なんてボヤいていたことを教えてくれた。
僕自身、テオさんのことは詳しく知らない。だけどクルトの話を聞くからに、とてもおおらかで優しげな人なんだと思う。だけど、内心かなり怒っているのかもしれない。僕は少しだけ、罪悪感に苛まれることとなった。
まぁ、テオさん自身、表に出てくることは基本ない。
僕はチラリとカウンターの方に目を向け、胸の内で「ごめんなさい」と謝罪したのち、テラスに目を戻した。
テラスは以前よりも風通しがもっと良くなり、新しく雨の日でも使える様にかな? ガラス張りのサンルームまで用意されていた。
ていうか、なんか前より広くなっていない? 気の所為? そう思いながら皆はどこ? なんて周りをキョロキョロ見渡した。
「こっちだにゃ!」
そんな僕に気づいてか、クルトはガラス張りのサンルームを指差す。
それを見た僕は、ガラス張りだし太陽光を吸収して、蒸し暑くなっているんだろうな。なんて考えながらも、カルマンに小声で「行こっ」と声を掛け、サンルームの扉を開けた。
扉を開けると、僕の予想とは裏腹に、心地よい温度の冷風が歓迎してくれた。
「えっ!? 思っていたより快適そう……どうして?」
僕は驚きのあまり、そうクルトに確認してしまった。
「冷却用の魔水晶をい〜っぱい使って冷やしてるにゃん♪」
クルトは「驚いたかにゃ?」なんて続けながらも、してやったり! そう言いたげな笑みを浮かべ嬉しそうに感情と連動する尻尾をフリフリさせた。
そんな僕の声に気づいたヘレナは、
「リーウィン遅いわ! ……って、あら? どうしてここにあなたが?」
一瞬、怒気を強めたあと、驚いた様子で目を丸くする。
「えっ?」
僕は一瞬、理解できずに恐る恐る振り返り、ヘレナが驚いている理由に気づく。どうやら、マリアンさんが僕たちのあとに着いてきてしまったらしい。
さも当たり前の様子でカルマンの前に立ち、来てやったぞ。と言わんばかりの仁王立ちを決め込んでいる。
なんで着いてきたの……? そう思うけど、
「って、なんであなたまでいるのよ!?」
ヘレナはカルマンの姿を認識するや否や、語気を強め怒りを露わにする。
そのせいで、僕の本音は置いてけぼりに……。
「えっと……」
マリアンさんはこの際どうでも良い。だけど、カルマンとヘレナには、今日だけでも仲良くしてもらいたい。そう思いながらも事情を説明しようと口を開く。
だけど──。
「なんでおばさんが居るの?」
だけど問題は他にもあった。そうだった、ルフーラとマリアンさんは以前……。はぁ──。どうしてこうも問題が立て続けに起こるの!? 僕はそう思いながら口を閉ざし、キリリと痛むお腹をさりげなく摩った。
カルマンに冷たく当たるヘレナとは反対に、カルマンがいるのは別に良いけどマリアンが気に食わないと、マリアンさんを睨見つけるルフーラ……。
これをどう収めるか。僕がそう思っていると、
「おば……。フッ──。その通りだな」
珍しくカルマンが声を殺しながら笑い「ババアだってよ」なんてマリアンさんを詰る。
マリアンさんは、「誰がババアなのだわね!」とカルマンを睨むも、今日はヤケに大人しい。
なにか理由があるのかな? 子供っぽかったり、大人っぽかったり……。よく解らない行動の裏になにか理由がある気がする。
そう思いながらも僕は、微苦笑しながら
「まぁまぁ……。皆、一旦落ち着いて」
そう宥め、僕のミスで仲良くなった会とカルマンの快気祝いが被ったこと、マリアンさんのムーステオの前で出会い、一緒に入店したということを説明した。
まぁでも、ここにいるメンバーは皆、個性が強い面々ばかり。僕の説明なんて誰も聞いていない。皆、それぞれ不満気な顔を見せ、僕の頑張りは紙くずの様にクシャリと丸められ、ポイッ。
そして、それに輪をかけるようにカルマンが、
「なんでも良いんだが、席に座っていいか?」
なんてマイペースな態度で、ドサッ。と無造作に腰を下ろす。
まぁ、僕が約束を取り付けたんだからそこは問題ない。それに、ヘレナ以外となら関係は無に等しい。だからここは想定内。
だけど、マリアンさんは問題の芽になりそうなんだよね。クルトに別の席へ案内してもらうべきなのんだけど──
「我も仕方がないから、同席してやるるのだわね!」
相変わらず偉そうな態度を見る。
ですよね……。こうなったマリアンさんは違うところでお願いしますね。って言っても聞いてくれない! どうしよう……。そう思っているとマリアンさんは、
「コホンッ」
咳払いを一つ。僕に、レディーへのマナーをする様に。と、睨みを効かせ始める。
内心、カルマンとヘレナですら手がつけれないのに、ルフーラとマリアンさんのことまで考えなきゃいけないのか。なんて気を揉みながらも致し方ない。
僕は渋々、椅子を引きマリアンさんにも座るように促した。勿論、ルフーラとの距離は離して。
そんな僕の気苦労にも周りの視線も気に止めずマリアンさんは、
「ありがとうなのだわ」
気を遣う素振りを一切見せず、さも当たり前というように椅子に腰を下ろす。
なんだろ……。まだ始まってもいないのに、なんかどっと疲れた……。僕はそう思いながらもカルマンの近くの席へ腰を下ろし、テーブルの下でお腹を優しく摩る。
そんな僕にヘレナは、
「どうして私の近くじゃないのよ!」
なんて文句を垂れながら、カルマンを睨みつけ好戦的な態度へ。
「僕がヘレナの隣に座ったら、クルトはどこに座るの? カルマンの隣? 流石に、知らない人の隣は座りたくないんじゃないかな?」
僕は苦笑を浮かべながらも、二つしか空いていない席的に、ここに座るのは妥当だと説明した。だけど、そんな説明じゃ納得しないヘレナをどうにか落ち着かせる。
その心根には、暴君ヘレナ様は今日はおやすみしてもらおう。という気持ちが非常に強い。
ここで暴君ヘレナ様が降臨してしまえば、もう収拾がつかなくなるのは目に見えているし……。