067-カルマンへの報告とアリエル-
皆と協力しあって、ネコ型のメテオリットを倒した数週間後、僕は報告がてら、カルマンのお見舞いの為、教会に足を運んだ。
「えっと……。リーウィン・ヴァンデルングですけど──」
あの時だけの特別待遇かもしれない。そんなドギマギした気持ちで僕は、案内役のケルヴィムに自分の名前を伝える。
「リーウィン様ですね! しばしお待ち下さいませ」
だけど、そんな不安は僕の杞憂だったらしい。
ケルヴィムはにこやかな笑みを浮かべ素早く手続きを済ませ、僕をカルマンが居る病室へと案内してくれた。
この迅速な対応からして多分、ヌワトルフ神父は、いつでも僕がカルマンのお見舞いに来れる様に、手配をしてくれていたんだと思う。自分の名前を伝えるだけで、案内してもらえる様になっているのはとても驚いたし、至れり尽くせりだなぁ。なんて考えながらも、ふと疑問が浮かぶ。
どうしてカルマンが、教会にいることを伏せようとしたんだろう? ヌワトルフ神父様からの指示なのかな?
でも、普通に会わせてもらったし……。 どういうこと?
そんなことを思いながらケルヴィムの背中をボーッと眺めていると直ぐにカルマンの元へたどり着いた。
「こちらになります」
カルマンは目を覚ましたからか、緊急治療室ではなく、魂を導く者が泊まるのか、貸し出し用に用意されている部屋へ移されていた。
「──っから! 鬱陶しいと言っているだろ! このクソ女!」
「そんなこと言わないでくださいよ〜ぉ♡」
そんな声が部屋の外まで聞こえている。
ガラガラ
「おっ、お邪魔しま〜す」
カルマンの罵倒からして、多分あの人だな。なんて思いながら僕は部屋の扉を開け、中でなにがおきているのか確認する。
「おい! いい所に来た! こいつをどうにかしてくれ!」
「えぇ……」
カルマンは押し倒されながらも必死な様子で僕に命令する。
そんなカルマンを押し倒している目の前の童女……。アリエルは以前、カルマンを付け回していた子だ。
「無理……かな……?」
僕は苦笑いしつつ、二人の様子を静観することにした。
「ほっんと、空気が読めないんだから! まぁ良いところに来たわ! あんたも手伝ってー」
アリエルは僕を見るや否や、なにかを手伝えと言う。
だけど、多分……。手伝えばカルマンから、手伝わなければアリエルから、酷い仕打ちを受けるに違いない。
僕はそう思い、どちらの協力もしないことにした。
ドスッ──
そんな二人を静観していると、カルマンがアリエルの鳩尾に蹴りを入れ、アリエルが怯んだ一瞬の隙をつき扉の近くまで大きく後退する。
「ところで、どうしてこんな状態になってたの?」
めちゃくちゃ元気になってるじゃん。そんなことを思いつつも僕は、カルマンに状況説明を求めた。
「退屈な場所から出ようとしたらいきなり、クソ女が襲いかかってきたんだ」
あっ、成程……。脱走を止めようとしたってことか……。うん。アリエルもなんか大変そうだなハハッ……。
カルマンの野良猫みたいな行動に、僕は乾いた笑いを胸に落としながらも、同情するほかなかった。
「アリエルちゃんも、大変そうだね」
そして僕はそんなアリエルに同情と労いの言葉を送った。
「ほんと、ご主人様はアリエルがいないとダメなんだから! す〜ぐ脱走を図るのよ!」
アリエルはそう言いながら、カルマンにまだ安静にしておくように。と釘を刺す。
「アハハハ」
僕はアリエル物好きだな〜。なんて考えながら、カルマンのことをしっかり監視してくれるのは有難い。そんな感謝の念を抱いた。
「ところで、今日はなんの用だ」
カルマンはアリエルに襲われない様にか、気を張りながら僕に聞いてくる。
「報告と見舞いかな?」
僕はそう言いネコ型のメテオリットの討伐を、カルマンに報告した。
「おまえ、一人で倒したのか?」
カルマンは驚いた表情で目を丸くしたあと、僕によくやったな。なんて嬉しそうに褒めてくれた。
「えっと……それが……」
僕は褒めて貰った手前、言いにくいんだけど……。と言葉を濁しながらも、危機一髪の所でヘレナたちが助けてくれたことを話した。
「おまえ、女や歳下に守られるとかダサすぎないか?」
カルマンはその事実に、呆れた態度で肩を竦め鼻で笑う。
「ははっ……。ごもっともな御意見で……」
内心、いつも通りのカルマンに安堵しつつも、弱々しいカルマンの方が良かったな。なんて少しだけ、ほんの少し、思っちゃったのは内緒かな。
「なになに〜? アリエルの知らないところでご主人様を独占してたわけ? ご主人様はアリエルのモノなんだから取らないでよね!」
アリエルはそんな僕とカルマンを見て、殺気の様なものを振り撒きながら、僕を睨みつけ、カルマンに抱きつこうとする。
だけど、カルマンは心底嫌そうな顔をして足蹴にしていた。
「そんなことないけど……」
そんなアリエルの問いかけに僕は、目を泳がせながら否定する。
実際のところ、別に独占はしているつもりはない。だけど多分、アリエルより僕の方が、カルマンと一緒にいる気がする。
それに、カルマンと一番仲がいいのは僕がいいな。なんて、そんな願望を胸に抱いてしまったから、強くは否定できなかった。
そんな僕とアリエルの会話を聞きながらもカルマンは、
「おまえな……、とっとと出ていけ。そして俺の前に現れるなクソ女」
大きな溜め息をつきながら、アリエルを邪険にし始める。
多分、アリエルが居なくなればまた、脱走を企てるんだろうな。と思いながらも、なにも言わず僕は、二人のやり取りをただただ巻き込まれないように傍観することに。
二人の掛け合いは、終わることを知らない様子で延々と続いていたけど、
トントンッ
そんなノック音と共に、メイド服を着用し、顔にソバカスが付いた少しつり目の変わった女性が部屋へ入って来きて、
「カルマン様。ゴミ……いえ、荷物を回収しに参りました」
微妙に言葉を言い直しをしたあと、胸に手を当て軽くお辞儀をする。
そして荷物ってなんだろ〜。なんて思っていると、アリエルを肩に担ぎ、綺麗な身のこなしで病室を去っていく。
アリエルは、
「いやぁ〜! ご主人様〜、助けて〜」
なんて言いながらジタバタと暴れつつも、メイド服の女性に問答無用で連れて行かれ、それをさも当然の様な態度でカルマンは見送っていた──。
※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※
そんな嵐のようなアリエルが居なくなると、途端に部屋は静かになり、僕は
「さっきの人は?」
カルマンにそう話しを振った。
だけどカルマンは、
「あいつは|クルエル(ソバカス女)だ」
とか何とかいって、話が噛み合わない。だけど、これもいつものこと。僕は特に気にせず、
「えっと……。僕でもソバカスがついた女性ってことはは判るよ……? あの人の名前は……? カルマンとはどんな間柄なの?」
興味と言うのかな? 少しの好奇心で話を振り続けた。
そんな僕にカルマンは、
「なんだおまえ、あいつが気に入ったのか? ソバカス女はソバカス女だ。それよりもおまえ、他の女に尻尾を振ってると|ヘレナ(バカ女)にまた、腕の一本や二本へし折られるんじゃないのか?」
なんて、鼻で笑う。
ていうか僕はどうしてメイド服を着ているのか? そこら辺が知りたかっただけで……。っていうか、なんでここでヘレナの名前が出てくるの? 僕は小首を傾げながらも、
「なんでそこでヘレナが……?」
「はっ? おまえ、あのバカ女と付き合ってるんだろ?」
「なんで……? ていうか、ヘレナのことは友達として好きだけど、異性としてはよく解んないし、どうしたらそんなに変な認識になるの? そもそもすぐ感情的になってモノを破壊するし、腕を折るし……」
僕は、一瞬だけ訝しげるように小首を傾げながらも、ヘレナのことを好きになることもなければ、ヘレナもそんな目で僕のことを見ていないよと笑顔で返す。
そんな僕の様子を見ながらもカルマンは、僕がヘレナの話をしている時、少し眉間に皺を寄せたり、困惑した表情を浮かべていたけど、
「そうか──」
そう一言、フッと鼻で笑い、
「おまえらしいな」
なんて意味の解らないことを口にした。
僕はそんなカルマンの言動が理解できず、
「なんで笑うのさ! それに僕らしいってどういうこと!?」
ムスッとしながら不満げに唇を尖らせた。
そんな僕にカルマンは、
「いや……。おまえは、まだまだガキなんだな。と思ってな」
そう言ったあと、笑いながら僕の髪をわしゃわしゃとして、鳥の巣を作り上げようとする。
「ちょっと! 髪がボサボサになるじゃないか! ていうか! 皆、僕のこと子供って言うけどもう立派な大人だよ! それに、僕が子供ならカルマンも子供じゃないか!」
僕はガキだなんて言ってくるカルマンに「お返しだ!」と言い脇腹を擽り、反撃する。
そんな僕の反撃に、カルマンは一瞬、驚いたように目を丸くしたあと、
「お、おい。それは反則だろ……ははは。ほんとマジで……はは……勘弁してくれ……」
クネクネと体を逸らし、僕の手から逃げようとする。
そんなカルマンの態度に、僕は、へ〜、カルマンって脇腹が弱いんだ〜。そんなことを考えながら、擽り続けていると、力強い腕で僕の手を握り制止された。
それが終了の合図になり、
「もう子供って、言わないでよ!」
僕はそう言い、ぷくりと頬を膨らませた。
そんな僕とは正反対にカルマンは、
「はぁ……。一生分笑ったかもしれない。久しぶりに笑って顔の筋肉が疲れた……」
疲れきったように溜め息をついたあと、
「子供でいいんじゃないのか? なぜ子供でいるのが嫌なんだ?」
なんて愚問なことを聞いてきた。
なぜってそりゃ……。子供は親がいないとなにもできない。
母さんの愛情を誰よりも貰ってきた僕だけど、ずっとこのままでいるのは良くない気がする。
それに皆──。
僕はそんな思考を脳内で展開させながら、
「そりゃ嫌に決まってるじゃん! 皆が大人になっていくのに、僕だけ取り残された感じがして寂しいというか……」
そう、ボソリと呟いた。
「その考えがまだまだ子供だな」
そんな僕の発言に、またカルマンは僕のことを〔子供〕とからかう。
僕はそんなカルマンに「子供ってまた言ったな!」なんて脇腹を擽ったりして楽しい時間を過ごした。
まぁ最終的には、カルマンに頭をおもいっきり殴られて、たんこぶをつくる羽目になったんだけど。
そんなたわいもない戯れをしたあと、カルマンは、
「そう言えばこの前、おまえが持ってきてくれた茶だが美味かったぞ」
なんて、話は自然と紅茶の内容に──。
カルマン自身、キームンはたまに飲むけど、僕が持って行った茶葉は、その中でも一番美味かったと絶賛してくれた。
少し奮発して、良い茶葉を選んで良かったなと僕は思いながら「どういたしまして」と笑顔で返し、
「カルマンって紅茶とか好きなの?」
と自然と返す。
「まぁな。リクカルトに住む人間ならば皆、紅茶が体液のようなモノだろ?」
カルマンはそう口にした後、直ぐに顎に手を添えなにか考えたあと、
「……あ、いや訂正する。おまえが最初に入れてくれた茶は嫌いだ」
そう訂正した。
……なんの事? 一瞬、そう思ったけどすぐにピンッと来た。
僕がまだ、カルマンに苦手意識を持っていた時に、内に潜む悪魔に唆され、少し苦めのお茶を淹れたことが一度だけあった。
多分、カルマンはそのことをまだ根に持っているらしい。
だけどあれはわざと苦めに淹れただけだし──。そう思いながら、
「あれはカルマンが、最悪だったからわざと淹れたんだってば!」
僕は、普通に入れると美味しいんだよ。とクロムティーについてそれはもう、うざいと言われる程、熱弁した。
「ほう……」
カルマンは僕が熱弁している間、頭に見えないはずの怒りマークをつけなが僕のことをジトーっとした目で睨みつけていた。
それを翻訳するならば、
あれはわざとだったのか? ほー。それでいいのか? そんな言葉が隠された無言の圧だ。
「あれはカルマンが悪いんだからね!!!!」
僕はそんなカルマンにたじろぎながらも、僕は悪くない。と開き直った態度で言い訳を並べ続けた──。