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062.5-カルマンのお見舞い2-


「あの……ちょっといいですか?」



 僕は恐る恐る、ケルヴィムに声をかける。



「本日は、如何なさいましたか?」



 怯えた態度の僕にケルヴィムは、ニコリと愛想笑いをし、要件を確認する。



「えっと……。魂を遣う者(シシャ)である、カルマン・ブレッヒェンのことなのですが……」



 そんなケルヴィムに、ええいままよ! 僕は成り行きに身を任せるかの如く、勢いだけでそう口にし、そして最後は勢いが失われていった。



「──っ!」



 だって、僕がカルマンの名前を口にした途端、さっきまでにこやかな表情をしていたケルヴィムは、ピクリと顔を強ばらせ、目を逸らすんだもん……。



「えっと……。以前、教会の前で倒れていたと聞いたので……。その……、お見舞いにと思い……」



 そんな反応をされれば、僕の勢いなんて直ぐになくなってしまう。だって明らかになにか隠そうとしているというか──。



「申し訳ございませんが……、カルマン様は現在、教会にいません」



 なにかを隠すような態度でケルヴィムはそう一言。



 ならどこにいるのか? 僕はそう思い、スウッ──と息を吸い、



「な──」



 そう声を発そうと口を動かした。



「おやおや、どうしたのですか?」



 だけど、誰かが僕より先に状況を察知したのか、それとも偶然か。後ろから声を落とした。



「ヌ、ヌワトルフ神父様……っ! 本日は、本殿にいらっしゃらないとお聞きしていたのですが!?」



 ケルヴィムはサッと立ち、ヌワトルフ神父に敬意を表するため胸に手を当て、お辞儀をする。



「カルマンが目を覚まさなくて、はや数週間──。様子を見に来ただけですよ」



 ヌワトルフ神父はそう言い、長く伸びた白い髭を、癖の様な手つきで触り、ケルヴィムににこやかに伝える。



 ヌワトルフ神父の言い方的に、カルマンは教会にいるってこと……?



「カ、カルマンは教会にいるのですか!?」



 僕は、そう思うといてもたってもいられず、不敬だ。そう思われてもいい。カルマンに会えるなら──。そんな気持ちで声を発していた。



「おや……? 確か君は──」



 ヌワトルフ神父は、僕の顔を見てどこかで会った様な気が……。と、思い出そうとする素振りを見せながら、白い髭に手をやる。



「えっと……。祈りの間で……」



 勢いのまま不敬な態度をとってしまったから怒られちゃうかな……? 僕はそんな不安を抱えながらも声を(ひね)り出すようにボソボソと答える。



「あぁ。最近物忘れが激しくてね、済まないね。あの時、ルフーラ君と居た少年だね? あなたの名前を尋ねてもよろしいですか?」



 だけどそんな僕の考えとは裏腹に、ヌワトルフ神父はとても落ち着きのある、優しい声で僕の名前を聞いてきた。



「えっと……。僕はリーウィン・ヴァンデルングと申します」



 僕は祈りの間以来、初めて対談するヌワトルフ神父に、緊張しながらも名乗りをあげたあと、敬意を表するため、胸に手を当てお辞儀した。



「あなたがリーウィン君なのですね。とても素敵な名前です。リーウィン君のことは、たまにカルマンが、嬉しそうな顔でマリアンに話しているところを目にしていました」



 そう言い、カルマンは感情をあまり表に出さない子だけど、僕のことを話す時だけとても嬉しそうに、子供の様な表情で話しをしている。なんて、子供を見守る親のようなに目尻を下げ教えてくれた。



「そう……。なんですね……」



 そんな話を聞き、僕はなぜだか解らないけど、カルマンに心を開いてもらえてるのかな。そう思うと同時に、自然と涙が頬をつたっていた。



「おやおや。どうして泣いているのですか?」



 そんな僕の涙に驚きの色を見せつつも、ヌワトルフ神父は落ち着いてください。なんて言いながら、涙が止まるまで優しく背中を(さす)ってくれた。



 そんな優しさしかないヌワトルフ神父に僕は、胸をじんわりと暖かくしながらも、涙の理由を紡ごうと、口を開く。



「あっ、えっと……」



「そう言えばリーウィン君の要件はなんなのでしょう?」



 だけどその前に、ヌワトルフ神父は口を開き、僕の要件を聞く体勢に入ってしまった。



「えっと……。カルマンのお見舞いに来たのですが……」



 僕は怪しまれないために、カルマンが教会の前で倒れていた。と聞いたから教会にいるかもしれないと思い来たこと。だけどカルマンに会わせて貰えそうにないことを伝え、ヌワトルフ神父にお見舞いの品を託そうと持っていた紙袋を差し出す。



 本当は自分で渡したいけど……。会わせて貰えないなら、仕方ないよね……? そんな諦めがあったから。



「それを私は受け取れません」



 だけどヌワトルフ神父は、僕の行動理由をすぐに察したのか、にこやかな笑顔で受け取り拒否した。



「あ……、そう……ですよね……」



 僕は、カルマンの居場所も教えてくれない。お見舞いの品も渡して貰えない事実に、胸が張り裂けそうで涙が目に溜まっていく。



「そう悲しそうな顔をしないでください」



 ヌワトルフ神父は、僕の肩に優しく手を置き、慰めようとしてくれる。



「えっと……、カルマンのこと……心配で……、居たらいいな……。なんて教会に来てみましたけど……。居ないっていうし、居場所も判らない。それにお見舞いの品も……受け取り拒否されて……」



 張り裂けそうなほど苦しくなる胸を堪えつつ、上手く回らない頭で僕は、必死に今の気持ちをヌワトルフ神父に伝える。



「リーウィン君。なにか誤解をさせてしまったようですね。私は、お見舞いの品を拒否した訳ではありません」



 ヌワトルフ神父はそう言い、僕の肩を優しくポンポンと叩いたあと、話を続ける。



「私は、カルマンを厳しく育てすぎたせいで、彼にとても恨まれています。彼を大切に思う品を私が渡すことで、彼はそれを捨ててしまうことでしょう。それに、彼の大切な友人を無下にすることもできません。彼の大切な友人だからこそ、自分の手で届けて貰いたい。そう思うのも、()である私からすれば、当然だと思いましてね」



 ヌワトルフ神父はゆっくりとした口調で、僕に経緯や胸の内を語ってくれた。



「えっ……、それってつまり……」



 僕は涙を浮かべながら、ヌワトルフ神父を見て、期待を胸に抱く。



 本当は、下手な希望を胸に抱くなんて非効率的かもしれない。だけど、期待を胸に抱かずにはいられなかった。



「はい。特別にカルマン(かれ)に会う許可を与えましょう」



 そして、僕の期待通りヌワトルフ神父は、そう言うとケルヴィムに、この子をカルマンに会わせてあげなさい。と指示を出し始める。



「あっ……えっ、えっと……」



 ケルヴィムはそんな声を発し、少し困惑しつつも、



「カルマンの大切な友人ですよ? 無下にしても良いのですか?」



 そんな威圧にも似た言葉とは裏腹に、ヌワトルフ神父は優しい声でケルヴィムに語りかける。



 だけどケルヴィムはそんなヌワトルフ神父の指示にビクリと肩を揺らし、



「て、手続きをするので少々お待ち頂けますか?」



 僕にそう聞いてきた。



 僕はコクンと頷き、数分後──。



 面会の手続きをしてもい、カルマンがいる場所へと案内してもらった。



 ガラガラ



「こちらが、カルマン様の治療室になります」



 案内された部屋の扉を開けると、酸素マスクを付けられ、腕には沢山の管が取り付けられたカルマンが、眠っていた。



 その管の先にある液晶は、ピッ──、ピッ──。と、正確なリズムで心拍数を表示している。



「カルマン……」



 僕は近くにあった椅子に腰掛け、そう呟く。



 だけどその声にカルマンが反応を見せることはない。



 それでも酸素マスクが白く曇ったり消えたりするから、視覚的に生きているぞ。そう教えてくれている。



 良かった……。生きてる……。



 その光景が、不安だった気持ちが少しだけ楽にしてくれた気がする。



 だけど、目は覚めて居ないらしい。どうしたんだろ……。



 目を覚まさないカルマンの手を握りながら、複雑な心境で早く目を覚まします様に。と祈っていると、ガラガラと扉が開き、



「カルマンは、いつ目が覚めても良いくらい、様態は安定しているんですよ。ですが、今までの疲労などで気枯れが死の一歩手前まで来ていたのでしょう。一向に目を覚ます気配がないのです」



 そう言いヌワトルフ神父が部屋へ入ってきてカルマンの元へと近づく。



 気枯れは僕が治した。



 だけど、全てを治しきれていなかったのかもしれない……。



 この力で目を覚ますことはできないんだろうか?



 僕はそう思いながら、カルマンの手を優しく握り続ける。



「僕の知っているカルマンは……、とても無茶ばっかりして……大怪我をしても、擦り傷だって言って……一人で……突っ走っちゃって……」



 僕は、カルマンの手を握りながら、ヌワトルフ神父にそう話し始める。



「大怪我……?」



 ヌワトルフ神父はいつの話? そう言いたげに不思議そうな声を落としながら、白く伸びた髭を触る。



「あ……、えっと……。信じてもらえないかもしれませんが……、僕は……その……」



 僕はルフーラから、教会に神に選ばれし子(シト)だということを知られるな。そう言われていたけど、ヌワトルフ神父が悪い人だなんて思えず、神に選ばれし子(シト)であり癒しの力を持っていることを口にしようとした。



「う……っ」



「……っ! カルマン!?」



 だけど、『それは言うな』そう捉えることができそうなタイミングで、カルマンの口から声が微かに漏れ、指がピクッと少しだけ動いた……気がした。



 僕はそんなカルマンの様子を見て、とっさに名前を呼び顔を覗き込む。



「ん……?」



 その声に反応するかのように、カルマンは薄っらと目を開け、ここはどこだ。と確認する様に目だけを動かす。



「カルマン……っ! 漸く目が覚めたんだね!!!!」



 僕は涙を浮かべながら、あと先考えずにカルマンをギュッと抱きしめた。



 カルマンは、そんな僕の態度に困惑した様子で酸素マスクを取り、僕の頭をポンポン弱々しく叩いたあと、『大袈裟だ』なんて優し気な声を落とす。



「……。カルマンも、そんな顔ができる様になったのですね……」



 そんなカルマンを見てか、ヌワトルフ神父は驚きを含む声色で、そんな言葉を落とした瞬間、



「……クソジジイ……!っ」



 カルマンは、僕の腕を力強く振り解き、ヌワトルフ神父に罵声を浴びせ始めた。



 その姿は普段とは異なり、目を見開き、憎悪なんかを抱えるかのように険しい顔を見せながらカルマンは、「出ていけ!」なんて荒々しく叫ぶ。



「ゲホ──ゲホッ、ゲホッ」



 そして急に大声を出したせいか、背を丸めながら咳き込む。



 だけど咳き込んでいても弱いところなど見せてやるか! そう言いたげに鋭く冷めた目付きでヌワトルフ神父を睨みつけている。



「カルマン! 落ち着いて! 急に大声なんか出すから……」



 僕はそう言いカルマンの背中を優しく摩り、深呼吸する様に指示する。



「済まないね……。私はもう行きます。目を覚ましてくれて本当に良かった」



 ヌワトルフ神父は、僕にそう一言声を掛け、寂しげな背中を見せながら、部屋を出ていってしまった。

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