061-小さなメテオリット-
「今日の目的である、皆と仲良くなった会を仕切り直そ!」
僕は、あまり二人を刺激しない様、注意を払いながら、クルトに「紅茶、美味しそうだね!」なんて無難な会話を投げる。
クルトは少し考えたあと、
「この飲み比べセットはね──」
そう言いながら僕に紅茶の説明を始める。
茶葉は、普段マスターであるテオさんがセレクトするらしいんだけど、今回はクルトがセレクトしてくれたらしい。
なんでも、このダージリンのファーストフラッシュと、セカンドフラッシュの中でも特別優れた物を選んでくれたとか……。
セカンドフラッシュの香りは、今まで嗅いだことのない程、透き通ったフルーティーな香りがし、ファーストフラッシュの方は若々しい青葉の香りが漂う。でも未熟という感じはなくてどこか優しく爽やかな香り鼻を通り過ぎ、僕はついうっとりしてしまった。
「そういえば、マリアンさんが、最後になにか言っていたけど、なんて言ってたか解るかしら?」
ヘレナは、マリアンさんと一番、席が近かった僕なら聴こえたんじゃないかしら? なんて話をぶり返し始める。
「えっと……」
僕はそんなヘレナの質問にどう答えようか悩んでいると、
「あの人の話は辞めてくんない? ほんとあの人、無理」
なんてルフーラは本を拾い戻ってくるなり、鋭い視線をヘレナに向ける。
「ルフーラもまだまだお子様ね〜」
そう言いながらヘレナは、「大好きなものを貶されて嫌な気持ちになったのは解るけど、もう居ない人のことをいつまでも根に持ったってしょうがないじゃない」なんて宥める。
「ルーにゃんの気持ちも判らにゃくもにゃいし、ヘレにゃんの言い分も判らにゃくもにゃいけど……」
クルトはそう言いながら少し間を開け、
「でも初対面で、こんなに嫌味な態度をとる人の話は、今日は聞きたくにゃいかな……」
そう、申し訳なそうに言う。
少し仲が良くなった気がした僕たちだけど、ヘレナの発言で少し距離ができてしまったらしく、少し不穏な空気が漂い始める。
パリンッ
それと同時に地が轟き、ヘレナの前に置かれたティーカップが、なんの前触れもなく割れた。
「わわわっ! ヘレにゃん大丈夫かにゃ!? 今、雑巾と新しいもの持ってくるにゃ!」
クルトは持っていた紅茶とポットを一旦、僕たちの席に置き、大慌てで雑巾と、新しいお茶を作りに行った。
「さっきの地響きなに!?」
僕はそう言い、周りの様子を確認する。
「さぁ? 私が解るとでも?」
ヘレナは少しムスッとしながらも、クルトが置いていた紅茶ポットと、ティーカップのセットからティーカップだけを取り、紅茶を注いだあと、テーブルの下になにかの気配を感じ取ったのか、
「ところで、リーウィンの足元にいる、翼の生えた犬……? はなにかしら?」
下を覗き込みながら僕に聞く。
「え?……」
僕は翼の生えた犬……? そんなことを思いながら、キョトンと、自分の足元を確認する。
犬と言われればそう見えなくもないけど……。多分これはコウモリじゃないのかな?
そう思ったけどコウモリとも言い難い。
頭には赤々とした角を生やし、翼の先端にも手のようなものを生やしている。なんというか……得体の知れない生き物という方が正しいのかも。それが舌をだし僕の足元でちょこんと座っていた。
僕とその得体の知れない生き物は数秒、目を合わせ、お互い固まって動く気配がなかった。だけど、先手を取ったのは得体の知れない生き物。
バンッ──。
得体の知れない生き物は徐に口を開き、椅子やテーブルを破壊していく。
どういう構造をしているのか? 全く解らないけど、その得体の知れない生き物は、なにもしていない。
ただ口を開けただけ。
ヘレナはそのタイミングで、ティーカップとポットを持ったからか、ヘレナの紅茶だけは無事で、その他の紅茶は全て床に叩きつけられるように落ち、シミになって広がって行く。
「ちょっと、ほんと迷惑なんだけど? なに?」
ルフーラは、本に水滴がついていないか確認しながら、周りを確認し、現状を把握しようと務める。
「そんなの、解るわけないじゃない」
そんなルフーラとは真逆でヘレナは、そう言い呑気に紅茶を嗜んでいる。
「あんた、もう少し周りを確認しなよ……」
そんなヘレナのことを心底、呆れた。と言いたげな表情を浮かべ、ルフーラは大きな溜め息を漏らした。
「だって……」
キュー!
そんな会話をしていると、急に、得体の知れない生き物が、テーブルの下から勢いよく飛び出し、目に見えない音波の様なものを放ち始める。
その音でテラスは勿論のこと、色んなものを壊していく。
「今日は、次から次へと変なこと続くけど誰か厄日だったりする訳?」
ルフーラはそう言いながら、本を避難させ、耳を塞ぐ。
音はかなり甲高く、キーンと頭が割れそうなほどうるさい。
「そんなの知る訳ないでしょ! それに、厄日なんてある訳ないじゃない! また、本の知識に感化でもされたのかしら?」
ヘレナは甲高い音に不快感を抱いているのか、語気を強め、ルフーラに八つ当たりするような態度を見せる。
「一先ず、コウモリの様なモノをどうする? 多分一番怪しいのは、アレだと思うんだけど……」
僕は得体の知れない生き物を見ながら、皆に意見を乞いどう対処するかを考える。
「持ってきたにゃ……、にゃぁぁぁぁぁぁ!?」
その最中、クルトは雑巾と新しいお茶を持って帰ってきたけど、状況がさっきよりも悪化していることに気づき、開いた口が塞がらない。その言葉がピッタリな様子で固まる。
「アレは誰の魂を守護するモノにゃ! ここは魂を守護するモノを外にだすのは禁止にゃ!」
クルトは、ハッ。と、我に返り感情と連動する耳と尻尾を逆立て目を釣り上げ、怒りを顕にする。
「僕たちじゃないと思うけど? 多分、メテオリットじゃない?」
ルフーラはこんな時にも関わらず「やっぱりソレ、スムーズな動きしないよね」なんて呑気な態度で、感情と連動する耳と尻尾を見て苦笑する。
「皆! あの生き物を、メテオリットとしてやっつけるにゃ!」
ルフーラがそう言うと、クルトはかなりご立腹な様子で僕たちに、指示を出す。
「いや……、ちょっと待って!? どうやって倒すの?」
「そんにゃの決まってるにゃ! 気合いだにゃ!」
クルトは、ドヤッと聞こえてきそうな顔で胸を張り、ルフーラに仇を取ってくれ。と他力本願な態度で、全てを投げる。
「はぁ……。流石に、アレは気合いじゃどうにもならないでしょ……」
ルフーラは溜め息をつきながら、僕たちにクルトをどうにかしてと目で訴えかけてくる。
「とりあえず、出来ることをしようか……」
僕はそう言い、魂をロザルトの鞭に具現化した。
鞭には具現化できるのに、どうしてあの蛇腹剣のようなものには具現化できないのか?
なにか条件があるとか?
僕はそんなことを考えていた。
「なにそれ?」
ルフーラは、僕が具現化したロザルトの鞭を見て目を丸くする。
「それはロザルトの鞭ね」
ヘレナはこの状況にも関わらず、ティーカップとポットを片手づつ持ちながら、呑気に紅茶を嗜みつつ、他人ごとの様に説明する。
「いや……、そういうことだけど……。そうじゃなくて……」
ルフーラは困惑した表情を浮かべ、溜め息を漏らしながらも、ヘレナに説明を求めた自分が間違いだった。そう言いたげに眉をひそめた。
「それよりもヘレナ! この状況で呑気に、お茶なんてしてないで手伝ってよ!」
僕はロザルトの鞭で得体の知れない生き物に翻弄されながらも、ヘレナに協力要請をだす。
だけどヘレナは、
「そんな弱い生き物、リーウィンの力だけで充分よ」
とかなんとか言い、全く相手にしてくれない。
「どうして弱いって判るの!?」
「だって、私が戦いたいと思わないもの!」
どういう理屈なんだよ! そう言いたい気持ちを抑えつつ、ヘレナの態度に僕はげんなりしながら、一人で戦うしかない。と腹を括る。
キュー!
得体の知れない生き物はそう一声鳴くと、また口を開き周りの物を破壊していく。
だけど、どうしてかヘレナの方には一向に攻撃する気配を感じさせない。
「ヘレナに当てないように攻撃してない?」
僕は、石などを投げて応戦してくれるルフーラに耳打ちしながら聞く。
「たまたまじゃない?」
ルフーラはそう言いながらも、四の五の言わず先ずは追い払おうよ。なんて面倒くさげに言う。
そう言われると、なにも言い返せない。
先ずは、目の前の敵をどうにかしなければ……。僕とルフーラは、得体の知れない生き物に翻弄されながら、必死に攻撃を続けた。
キュイキュー!
得体の知れない生き物が、さっきとはまた違った鳴き声で鳴くと、急にヘレナが持っていたティーカップがペキッ。と、音を立て割れる。
まだヘレナの持っていたティーカップの中に紅茶が残っていたらしく、ヘレナの服に薄茶色のシミを作りながら広がっていく。
「なにするのよ!」
ヘレナは服を汚されたからか、紅茶タイムを邪魔されたからか解らないけど、瞬時に魂をハンドガンに具現化し、得体の知れない生き物に向かってなんの躊躇いもなくトリガーを引く。
ドーンッ──
ヘレナの打った銃は、普通のハンドガンよりも大きな銃声を鳴らしながら、得体の知れない生き物を撃ち抜いた。
キュ……キュキュイン。
得体の知れない生き物は、そう弱々しく泣いたあと、地面に落ち、体勢を立て直そうと奮闘する素振りを見せる。
撃ち抜かれているのに、まだこの生き物は動けるのか? そんなことを思っているとクルトが、
「積年の恨みにゃ!」
なんて、口にしながらこれ見よがしに、赤い角を踏みつける。
が、どれだけ踏みつけてもその角は折れることがなく、得体の知れない生き物が、苦しそうにキュッキュと鳴き叫んでいた。
「なんにゃー! こんにゃもの、こうにゃ!」
クルトはそう言いながら全体重をその角に乗せるようにジャンプして力を加える。
ペキッ──。
なにかガラス片でも踏みつけた様な甲高い音が耳を掠め、その音を皮切りに、得体の知れない生き物の角はペキペキと音を立て、そして最後には赤い液体をクルトの靴に撒き散らしながら、灰のように消えていった。
「えっと……」
なにがなんだったのか? そんな気持ちが強く、別に僕とルフーラ要らなくなかった? そんな気持ちに支配される。
呆気なく終わった仮称、コウモリ討伐に僕もルフーラも呆気に取られ、現状を把握出来ず、ただただ呆然と立ち尽くすほかなかった──。