060-マリアン・セラフィム-
そんなこんなで、不思議なことが立て続けに起きたとある日の土曜日。
あれから、何度も正気を失ったカルマンと対戦した時に、でてきた武器をだそうと試みても具現化できずにいた。
だけどそんなことを言っている暇も今日に限ってはない。
僕は祈りの間で、皆と出会った日に約束した〔仲良くなった記念会〕に参加するため、ヘレナから事前に告げられた時刻に合わせ、ムーステオへ向かった。
カランカラン。
「いらっしゃ……。リーにゃん! やほだにゃ♪ 皆、もうきてるにゃ♪」
約束の時間まで十分以上余裕があったけど、僕が一番最後に来たらしい。
皆、僕が来るのを楽しみに待っているようだった。
「ごめんね。待たせちゃって……。というか、皆どうしてこんなに早いの?」
僕は、クルトにテラスへ案内してもらったあと、僕よりも先に来ていた二人に聞いた。
「楽しみすぎて、早く目が覚めてしまったのよ!」
「僕はさっき来たばっかり」
「僕は店員だからにゃ♪」
「ハハハックルトが一番早かったのは僕でも判るよ」
また変な冗談をなんて僕は思いながら笑う。
「それがだにゃ? 僕が一番じゃなかったんだにゃ〜」
クルトは、勿体ぶったように悪戯げな笑みを浮かべ僕に返事する
でも、クルトより早く来たってことは、ムーステオが開店する前から来ていたってことになるんだよね……?
クルトは確かムーステオの二階に住んでいたはず……。
僕はそう思いながら
「え? 誰が一番早く来てたの?」
なんて食い気味に確認した。
「私も、クルトさんが一番最初だと思ってたわ!」
僕とヘレナはそう言い、顔を見合せながらハッ。として、ルフーラの方をみる。
「正解だにゃ〜♪」
クルトはそう言いながら嬉しそうに笑う。
「えっ……。でも、さっき来たって言ってなかった?」
僕は意味が解らず、訝しげる様にルフーラに聞いた。
「うっ、うるさい」
ルフーラは恥ずかしそうに顔を赤く染め、僕たちのことをギロリと睨みつける。
特にクルトを凄く睨んでいて、その目からはどうしてバラすの? なんて、幻聴が聴こえてきそうな程だった。
「でも、私が来た時にはいなかったわよ?」
「それは僕が教えた本を、買いに行ってたからにゃ♪」
クルトはこんなに早くから居ると、ヘレナや僕にからかわれるよ。なんて冗談で言ったら、ルフーラはそれを真に受け、以前クルトが教えたという本を買いに行ってくる。と言い、一旦ムーステオから離れたと、笑顔で教えてくれた。
「クルトって、本当に口軽いよね」
ルフーラは、小さく溜め息をつきながらほんと迷惑なんてボヤく。
「あら? あんなに行くのが面倒くさそうだったのに、クルトさんよりも早くお店に来ちゃうなんて、意外と可愛らしいところがあるのね」
そんなルフーラをからかうような態度で、ヘレナはクスクスと口に手を添え笑った。
「うるさい……」
ルフーラは恥ずかしそうに、買ってきたばかりの本を開き、顔を隠しながらヘレナに悪態をつく。
「ルーにゃんは、僕に会いに来てくれたんだよにゃ〜?」
そんなルフーラにクルトは嬉しそうにぎゅっと抱きつきほのぼのとした空間が。
前まではルフーラとクルトは、とても仲の良い男友達。という感覚で見ていたけど、今となっては男女なんだよな〜。なんて考えながら二人の様子を眺める。
二人って仲が良さげだけど、付き合ったりしてないよね? クルトはルフーラのことをどう思ってるんだろ?
なんとも思ってないとか? いや……うん。クルトは誰にでも抱きつくし、無感情とかありそうだよね……。そんなことを考えていると、
「別に違うし……」
と、ルフーラはクルトに「邪魔、あっち行って」なんて邪険にしながらも照れ隠しする。
ルフーラはもしかすると天邪鬼なのかな? なんて考えながら、「ヘレナにもう注文はしたの?」なんて話を自然な形で変える。
多分、ルフーラもあまりこの件を根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だろうし。そんな同情心から。
「私は、クイーンオブチェリーよ♪ リーウィンはなににするの?」
どうやらヘレナはクイーンオブチェリーという茶葉を相当気に入ったらしい。
当たり前のように口にしたかと思うと、逆に質問を投げ返してきた。
「うーん……。おすすめってなにかな?」
「そうね〜。クルトさん。オススメって、なにがあるのかしら?」
「おすすめにゃら……。昨日、入荷したファーストフラッシュとセカンドフラッシュの飲み比べセットが良いにゃ!」
クルトはそう言い、三つの茶葉農園と、香り、渋み、水色を五段階の肉球マークで記した紙を渡してきた。
「これを見ても、よく判らないんだけど……。これで、クルトのおまかせでもいいかな?」
「了解だにゃ♪ ダージリンの常識を覆してあげるにゃ♪」
クルトはそう言い、上機嫌で頭に音符でもつける様に、テラスのドアを開け、なにか思い出したかのようにまた戻ってくる。
「そうにゃそうにゃ! マスニャーに言ったら、テラスだけ貸切に出来たにゃ♪ 僕は、仕事と兼任で、たまにいるくらいしかできにゃいけど、ゆっくりしていって欲しいにゃ!」
クルトは要件は伝え終え、店内に戻ろうとする。
ガチャッ
それと同時に、誰かがテラスに入ってきた様だ。
「あー! お客様! 今日は、テラスは貸切にゃ! 店内の方へ案内するにゃ♪」
クルトはそう言いながら、どこか見覚えのある……。幼女を店内へ案内しようとする
「おやおや? こんなに天気が良くて気持ちのいい日に、店内で紅茶を飲むなんてとても寂しいのだわね! 今日は、どうしてもテラスで飲みたい気分なのだわ! 少しだけだから、我にも使わせるのだわね!」
だわ……。あー。僕はその語尾で誰が来たのか理解し、自然と苦笑いが零れる。
「あっ、えっと〜」
僕はマリアンさんっぽいけど、どうする? そういう意味合いを込め、ヘレナとルフーラに目配せして聞く。
〔私は別にどちらでも良いけど……?〕
〔僕は、少しだけなら良いけど……。でもルフーラは嫌じゃないかな?〕
僕は、ヘレナと目だけで会話をする。
「……? 二人とも見つめあって、なにしてんの?」
だけどルフーラは、キョトリとした表情で僕たちの様子に疑問を抱く。
「ルフーラ……」
僕はルフーラの発言に肩をがっくしと落とし、溜め息を漏らし、
「えっと……。ルフーラ、こちらの幼じ……、マリアンさんのこと知ってるか……。マリアンさんも、テラスを少し使いたいって言ってるんだけど、どうする? って話をしてたんだよ」
「えっ? 二人で見つめあってただけじゃないの? 僕には聞こえない……。念話みたいなものでもしてたわけ?」
ルフーラはそう言いながら、目をぱちくりさせる。
どうやらルフーラは、なんでも知っている様に見えて、人間の機微やちょっとした仕草には鈍感なようだ。
僕の知らないことを沢山知っているから、そういうちょっとした機微にも敏感なんだと勝手に思い込んでいたけど、意外と完璧じゃないんだなと、なぜかホッとした。
「どうするの?」
ヘレナはルフーラの話を無視し、あまりマリアンさんを待たせるのも良くないわ。なんて言いながら、ルフーラに確認をとる。
「別に好きにすれば?」
ルフーラは、興味なさげに僕の邪魔をしなければ、なんでも良いと言う。
「では、私もテラスを使って良いのだわね! お嬢さん、我はロザルトティーが飲みたいのだわね!」
マリアンさんは、僕たちがまだ了承もしていないにも関わらず、僕たちが座っている席に相席し、中性的な格好のクルトに〔お嬢さん〕とクルトの性別を事前に知っていた様な口振りで、飲み物を注文をする。
「えっと……」
僕はテラスを使うだけだと思い込んでいたから、まさか相席するとは毛頭思っていなかった。
そして、どうするべきか困惑した表情を浮かべ、眉を下げる。
「お客様! こちらのお客様の迷惑になりますので、別の席にお願いしますにゃ!」
クルトはまだ店内に戻っていなかったからしく、そんな僕の様子をいち早く察知し、マリアンさんに別の席へ行くように促す。
「あら? まだ居たのだわね。注文をしているのだから、早く持ってくるのだわね!!」
だけどマリアンさんは、どうせ三人とも知り合いみたいなもんなんだし。と、細かいことは気にするべきじゃない。なんて小言を垂れながら、クルトを冷たい目でキッ。と睨む。
クルトは、蛇にでも睨まれた様に、ビクッと肩を揺らし、逃げる様に店内へ戻って行く。
「我のことは覚えていると思うから、紹介は要らないのだわね?」
マリアンさんは、そう言うと今日はどうしてこの店に聞いたのか。と、たわいもない話をしてくる。
「えっと……今日は……」
そう言いかけ、ヘレナに目配せする。
マリアンさんは教会の人間だし怪しい人物ではない。
だけど勝手に仲良くなった会をしている。とは言いづらい。
「友達記念会。みたいなものですわ」
ヘレナは軽く溜め息をつき、僕の代わりにマリアンさんの相手を買ってでる。
「そうなのだわね。どこで知り合ったのだわね?」
マリアンさんはそんなヘレナに関心を向けるのではなく、なぜか僕の方を見ながらどこか興味有りげに確認してきた。
「おばさんには関係なくない? 魂を守護するモノの間の主だからって、プライバシーにまで入り込まれるのは、迷惑なんだけど?」
そんなマリアンさんの態度にルフーラは、ぶっきらぼうな態度で本を読みながら、どう見ても幼女にしか見えないマリアンさんに罵声を浴びせた。
だけど、どう見ても幼女の姿のマリアンさんに「おばさん」と言うのは、多分マズイんじゃ……。と思いながら、ルフーラとマリアンさんをハラハラした表情を浮かべ交互に見ていると……、
「誰が、おばさんなのだわね!」
案の定、マリアンさんはとても怒った表情で、テーブルをバンッと叩き、ルフーラを睨みつける。
「おばさんにおばさんって言って、なにが悪いわけ? 見た目は幼いけど、普通に考えて一端の子供が教会の、しかも魂を守護するモノの間の主になれるわけないのは明白じゃん? それとも、おばさんって図星だから怒ってるの? 大人気ないんじゃない?」
ルフーラはわざとなのか素なのか解らないけど、マリアンさんを挑発する様な言葉を発し続ける。
「……。クソガキの幼少期が、残念だったのは仕方ないとは思うけど、本なんて読まずに、もう少し周りに目を配った方が良いのだわね!」
そう言い、マリアンさんはルフーラが読んでいる本を取り上げ、本のタイトルを確認する。
「なにすんの?」
一瞬だけルフーラは、今にも殴りかかりそうな勢いを見せたものの、すぐに冷静さを取り戻しマリアンさんを睨みつける。
「罪と罰〜偽りの愛〜ね。本のセンスは悪くないけど、子供が読むにはまだ早いと思うのだわね」
マリアンさんは、ルフーラから取り上げた本のタイトルを確認したあと、嘲笑うかの様な態度で、本をポイッと、テラスから投げ捨てた。
「年齢なんて関係ないでしょ? 用がないならとっとと帰ってくれない?」
ルフーラはガタッ。と、立ち上がり、本は無事かと心配そうな表情を浮かべ、マリアンさんに噛み付く。
ルフーラは今、内心、腸が煮えくり返りそうな感情を抱えているはず。
なのに手を出さず、冷静さを保とうとするその姿は、大図書館で、カルマンと掴み合いの喧嘩をしていた時とは違い、成長したんだな。なんて関心を覚えてしまう僕がいた。
これがカルマンならきっと、今頃、大騒動になっているんだろうな。なんて想像し、いなくてよかった。なんて胸を撫で下ろす。
まぁ、意識を失っているから来たくても来れないと思うけど……。
「興が冷めてしまったのだわ」
マリアンさんはそんなルフーラの態度に溜め息を漏らし、
「ようやく、都合の良さそうな〔モルモット〕を見つけたのに」
なんてボソリと呟きながら席を立った。
ガチャンッ。
「にやぁぁぁぁぁ!?」
それと同時に、クルトが僕たちと、マリアンさんが頼んでいたお茶を持ってきて、危うく零しそうになりながらも、回避する。
「ごめんなのだわね。用事を思い出したから帰るのだわ! お金はちゃんと払うから安心するのだわね」
マリアンさんはそう言い、クルトの肩をポン。と、軽く叩きながら店内へと消えていった。
「僕、あの人なんか苦手かもにゃ……」
クルトは、マリアンさんが頼んだロザルトティーをどうしよう……。なんて困惑した様子で見ながらポツリと零した。
「僕もあの人嫌い。ていうか、教会関係者は皆嫌い」
ルフーラはそう言い、マリアンさんに放り投げられた本を取りにテラスの柵をヒョイッと乗り越えた──。