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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
王城
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八 湖の主 

 彼にこっぴどく説教され有栖は意気消沈し外を眺めていた。確かに迂闊であった。景色を見ながら彼女はそう思う。空から茜が差してきている。

 白銀の彼の言い分を理解できた。だが彼の気持ちがよくわからない。迂闊なのはそう。なぜそこまで言うのか。口を酸っぱくするという表現が彼には適切だ。


(一緒にいられるのは嬉しいんだけど)


 唸り声をあげてしまう。季節はいまだ夏頃だろうか。この国の夏はそこまで熱くない。まとわりつく湿度もなくほどよく乾燥している。有栖の故郷のように四季があるのかは未だわからないが。

 分からないことはもう一つあった。それは服だ。彼女がこちらに飛ばされてから、服は用意された物を着ていた。用意周到とすら思えた。いったいどこから出てきてるのか。思い悩んでいると、不意に背後から扉が開く音がした。



「なにをしている」



 振り返ると白銀の彼が戻ってきていた。彼は眉間に皺が寄っていまにも溜息をつきそうな顔でいた。それが己の所為で有栖は理解した。思わず顔を伏せてしまう。彼はその様子を見て溜息をつく。



「こっちへ来てくれ」


 

 そう言って白銀の彼は手招きした。だが有栖は足踏みする。もう一度溜息をつく。



「来いと言っているだろう」



 彼は手を下ろすと、足早に近づいて抱きかかえた。



「目を瞑っていた方がよいかもしれない」



 注意した彼の言葉を受け、有栖は目を瞑ろうと閉じかけた刹那の瞬間。白銀の彼の足元が眩く光っていた。それと同時になにか口ずさんでいるのが耳に入ってくる。



「来い、来い、我が求めに応じてここへ来い」



 なにかを求め、現世へ呼ぶ言葉。起きている事と関連しているとすぐにわかる。それは魔法の詠唱なのだろう。やがて風を肌で切っているの感じた。確かな風切り音と、涼しく心地よい高空の風。空にいるのか。


 思わず目を開けるとそこは王都の上空であった。



「いつの間に・・・」



 驚いて周囲を見渡す。そこは感じたとおりの空だ。あの口ずさんでいた言葉はやはり魔法の詠唱だったのだと確信した。足元に目をやれば赤い竜の背に二人はいた。それと同じくして彼が口を開く。



「平気か?」



 何気ない気づかいにこくりと頷く。それを見て白銀の彼は嬉しそうにしていた。そうして王都を越え、王都郊外らしき外郭の街すら越えて、目的とおぼしき場所へと着いた。


 そこは王都にすぐ近い、湖に浮かぶ小島。人などはいなく、夜に船の目印となる灯台が立っているだけ。水運が盛んに行われているのが船の数からわかる。湖の大きさに有栖が目を奪われていると、彼が誇らしげにしていた。



「とても大きな湖だろう?我が国でも最大だ」



 昔は海とさえ間違われていたとも言う。王国の誇りと喧伝する者さえいる。それは彼にとっても同様のようだ。


 この小島から見下ろせる湖と王都。その光景は圧巻で、いつぞやの空から王都を見た時の感動が、再び襲っている。格子状に区画割りされている巨大な王都。王都を駆け巡っている水路や水堀や王都の傍の川が注がれる湖。ここからでも有栖には人の営みが見える。様々な種族の魔族がここにいる。



「私は迷ったときはここで過ごす。ここに来て過ごしていれば迷いや雑念が晴れていく。するべきことを示してくれる」



 そこで悟る。ここは彼にとっても自分が行く道を示す場所なのだろう。この場所、この光景こそ命に代えても守るべきもの。それが王という不相応な地位に就いている、この白銀の王のすべて。



「私は弱く、また王に相応しくない怪物だ。だがこの王都を、この国を守らなければならないのは変わらない」



 そう言った彼はやはり誇らしげだ。誇らしくも、それしか縋るものがないとも言いたげだ。そんな彼を有栖はただ見上げることしかできない。確かにこの景色は己を思い出させてくれる。ただ移りゆく景色を寄り添い眺める。時間さえも忘れて。



「坊やよそろそろよいか?」



 声をかけられた彼は少々不機嫌に、竜の方へと目を向ける。声の主はというと、やれやれといった風に頭を小さく振っている。有栖が竜へと視線をやると目が合った。じろじろと見定めていく。居心地が悪い、と感じているとそれが彼にも伝わったのか竜の方を睨んでいた。


(仲がいいのか、悪いのか)


 抱き寄せて、視線から守ろうとする。そんなこと構わないのか竜は話を続けていく。



「儂の自己紹介がまだであったな。儂はズメイ。この湖と同じ名を持つ者にして、王家と盟約を結ぶ湖の主である」



 ズメイは高らかに、宣言するように言う。湖の主にして、王家と盟約を結ぶもの。王国を守護する赤竜。生物という理から外れた存在。人々は彼を聖獣とも呼ぶ。王家の権力の証の一つ。この竜と契約をできぬのなら王にはなれない。そんなことを彼がズメイの後につらつらと説明しいく。


 有栖はそんな説明を聞きながらズメイを観察していく。大きさは大木ほどぐらいだろうか。その姿はまさに神話や伝承に言い伝えられている竜そのもの。一対の羽に四つの手足。そしてズメイという名前。有栖はその名前に聞き覚えがあった。


 スラヴにおいて竜の名前。少女は疑問を抱いてしまった。なぜ同じ名前なのか。自分がこの世界に来たのに関連しているのか。



「こいつは私が幼いころに盟約を結んだからか、(じじい)にでもなった気でいるのだ」



 彼は迷惑だと言外に匂わせる。ズメイは「また言っておるわ」と意に返していない。長い付き合いなのだろう。故に両者はとても距離感が近い。だからこんな軽口ともいえる事を言い合える。

 有栖はそんな二人を目にしていると小さく笑ってしまった。ほんの小さく、僅かに口元を押さえて。白銀の彼は有栖のそんな様子に驚きつつも、嬉しそうに頬を緩ませる。



「お熱いのうお主ら」



 ズメイが冷やかしを浴びせてきた。浴びせられた彼は「うるさい」と眉間の皺を深くしていた。


 このおしゃべりな竜を彼は信頼しきっているのか、王城にいるより感情が豊かでいる。ズメイは爺という立場に徹っしてか、気にしてすらいない。

 

 彼にとって信頼できる相手というのが伝わった。ここまで信頼を置き、砕けているのは王城ではあまりない。王城でも信頼を置いているの確かにいる。だが立場もあって、ここまで砕けたやり取りをするのはいない。そのことが彼とズメイの関係を推し量ることができた。



「ところで有栖よ、お主は契約をせんのか?」



 この竜は何気なく名を呼ぶ。驚き、ズメイを直視した。契約という言葉を聞いた瞬間に、白銀の彼はは顔色を変え、改めて有栖を守ろうと一歩前へ出る。その様子を見て竜はどこか得意げに鼻を鳴らす。出し抜いてやったぞと言いたげだ。

 いったい何故。名乗るどころか会話すらしていない。だというのに何故、目の前の竜はわかったのか?心当たりが一つだけある。しかしあまり考えたくない可能性だった。


(もしかして私と同じ・・・)


 彼女の思考は、硬質なごつごつとした声で遮られた。そこから先の思考を止めるように。



「同じではないぞ。儂は精霊に近い存在だからの。自然が教えてくれのだ。だから感情や意志、他者の記憶さえも読み取れる」



 目の前の竜にはすべてお見通しらしい。彼女の直感がそう告げていた。人智を越えた事すら可能であると言う。まさに古のおとぎ話の竜。

 目の前の存在は人が使役するには強大すぎる。だから盟約なのだろう。主従のように付き従うのではなく対等な関係。ではこの竜は何との契約を促しているのか。


 有栖が契約という意味について詮索しようとすると止められた。彼の方へ目をやると何も言わず首を振っていた。

 

 

「有栖は何とも契約しない。魔力の無い者がするのなら相応の代償が必要だ」



 彼は論外だと断じる。彼は言う。契約とは血の誓約だと。魔力をその身に宿す魔族が、魔獣や聖獣、妖精などの人外たちを従わせる事のできる魔法の一種。そして魔力を持たぬ者は魔力の代わりとなる代償が、必要だ。それは契約しようとする存在の格で左右される。例えば髪。古来より神秘が宿るとされた。もしくは目。目は神聖なものとも、邪悪な力を有するとも伝承されてきた。他には体の一部。血の誓約の名の通りに、血肉を使い契約することもあり得る。


 だからこそ止めようとするのだ。白銀の彼の中にある、止めたいという必死さが有栖にはわかった。こんな彼をあまり見たことがない。城の中を歩くことさえやんわりと止めただけにすぎなかったのに。



「だが妃にするのだろう?ならば納得させねばならぬのは、わかるであろう?」



 ズメイが目を細めて言う。この竜は王家と盟約を結び、長い年月を王国と共に歩んできた。だからこそしきたりや慣例などを理解しているのだ。民衆が受け入れる王妃像すら手にとるように分かっている。それは人外でしかない存在が、記憶をもとにした思考。



「私、あなたの為ならなでもするよ?」



 彼は渋い顔で「今日戒めたばかりではないか」と言い聞かせようとする。どこまでも有栖の身を案じているのだ。彼女とてそれには気づいていた。知っているのに知らないふりをしていただけで。あまり良いことではないという自覚すらあった。だが彼によりかかろうとしている。求めている人が違う誰かであるかもしれないという考えを、捨てきれずに。


(これくらいできないと私は居ることはできない)


 彼の真意を読み切れていないが故の誤り。そんなことは求められていないというのに。

 


「私がいいと言っているのだ。そんなこと考えなくてよい」



 やさしく有栖は抱きしめられる。彼のできる精一杯の思いやり。不器用ながらも有栖の事を想っている。ズメイもそれを感じ取り、二人を見るだけ。この竜は所詮己は人外と区別している。そこからは何も喋らなかった。これ以上は当人同士の問題。人でなく、生物ではなく悠久の時を生きる己は踏み入ってはいけないとズメイは線引きしていた。


 空は既に黄昏を通り越して星が現れはじめていた。やがて二人は王城への帰路につく。複雑な思いを抱きながら。

 

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