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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
妃への道
52/57

二十三 円卓

気が付けば五十話を超えました。これからもゆっくりと更新していきます。感想があれば気軽にお寄せください。

「陛下には困ったものです。疑いようのない逆賊を、まさか事実上の不問とするとは」


「帯同しておきながら、なぜ宰相殿は何もできていないのですか」


「そもそも陛下の行動を諫めるのも、あなたの責務でしょう」


「流された、などという言い訳を並べられても承伏しかねるというものです」



 朝議はとうに終了し、高官での今後の協議をしている。帰還した主君の口から伝えられたのは、機密にしなければ国を揺るがす問題。

 イルーシで人間が目撃されたという報告は、王城内を極限の緊張下へと導いていた。最近の王は人間にうつつを抜かし、腑抜けているともとれてしまう対応ばかり。だからこそ、今回の処理については期待している者も多かった。毅然とした対応で王としての威厳が示され、王城内で燻っている不満をわずかでも解消できると踏んでいたのだ。

 それが朝議で説明された内容はおいそれと納得はできぬものであった。いくら妃の親類だろうと、絶対に許されない行いをした人間を、事実上の無罪放免などとは納得できる者のほうが少ない。


 城内の高官が一同に集まっているので、城内の部屋でも有数の大きさを誇る、円卓の設置されている議事堂、円卓の間と呼ばれる部屋で行われていた。円状に配された席は、かつでの黎明期に隔てなく意見を取り入れるための会議が始まりである。

 最も上座は当代の王の席であるため空けられ、その両脇から席が埋めらている。宰相の席はその両脇の右で、反対の左側には軍事大臣の席。



「どうなのですか、宰相殿?あなたが承知したからこそ、陛下の望む形になったのでしょう」



 宰相とは、国の文官の中で最上位の地位。意思決定の多くを宰相であるベフデティに相談され、後に可否を決めてきていた。そうであるなら宰相にも一定の責任は伴い、非難される対象でもある。イルーシへ帯同した高官の中で、最高位の彼が口を挟まない了見ではないため。



「有栖様の妹というのと、陛下はある約束をしたそうです。何があっても無下な扱いはしない、そう陛下自ら約束したそうです」


「それで了解しろとは、お主は正気か!もしものことがあった時、どうしていたというのだ!」


「そうだぞ、それでは陛下に付き従って行った意味がないではないか!」



 そこから次々と非難され、およそ一人の声では響かない堂内であるのに大きなざわめきを形成し、それがたった一人へと向かっていた。さらには王の両翼と言ってもいい軍事大臣に、同意を求める者さえ現れる始末だ。


(ふん、騒いだところで何になる。まずはこれからのことが先決だろうに)


 連座で姉である者を処刑するべき、と意見のできない時点で取り合う気すら起きない。今から決定を覆すなどともできぬなら、これからの方策を話し合った方がよほど建設的だ。


 そうしてようやく黙っていたウィンディゴが、静かに口を開きだす。こうした会議の場にはあまり口を挟まないが、今回は別である。



「陛下が自らした約束を、それもわざわざ人間にした約束を平気で無かったことにする。それでは末代までの恥ではありませんか。どれだけ秘密にしようと後世の者はどう思いますかな、我れらが陛下を」



 組んでいた腕は解き、片手で角を触って反応待っていた。孤軍となっていた宰相に同調されたのは誤算で、閉口するしかなくなる。



「仔細はグーロウスから全て及んでいます。私は何も異論ないと思いましたし、今もそう考えております。留守居役を仰せつかった身としては、最良でなくとも最善であったと捉えていますので」



 確かに王の身の安全を考慮すれば、許されざる行為だったかもしれない。それでも大事なく、王本人も不問とするとしていた。あくまでも主君の意向に沿うウィンディゴにしてみれば、それで終わりだ。それ以上は些事でしかない。



「すでに終わったことを糾弾するよりも、今後どうするかを議論するのが、建設的であると私は考えております」


「で、ですがそれでは此度の責任の所在が・・・・・・」


「この円卓はそのような下らない、幼稚な討論をするために開かれる訳ではない。いつまでも醜態を晒すのでは神祖様に不敬であり、円卓に相応しくないとされましょう」



 ぴしゃりと、この武人にしては珍しい冷徹な物言いで場を沈静化させた。そこからは議論はするすると進んでいき、今なお問題とされる妃についての議論へと移る。

 人間と明かすかは中々結論が出なく、いたずらに時間だけが浪費されていった。王の顔色を窺ってからと言う者から、妹が起こした事の責任を連座であるとして取らせるべきと言う者といった、両極端な意見ばかり。



「公表するにはそれなりの資質を示してもらわねば、いたずらに動揺させるだけです」


「その資質の定義が曖昧なまま発表したのでは、よくないのでは?」


「では試すというのか、陛下も納得させて」



 方々から「それは」と漏れ聞こえてくる。さすがに許されると思っている者は誰もいなかった。王は妃とすると一方的に宣言した人間の身の安全について、病的なまでに気を遣っている。人間であるとしても弱い彼女は、儚く散る花と言って差し支えない。花と形容するのは気が引けるのが、一般の魔族の感覚だが。



「器量はまだまだわからぬこともありますが、思慮深さや妃に求められる品格は持ち合わせていると私は考えております」


「それは妃に推すと言っておられるのですか」


「もちろん有栖様は由緒正しい家の生まれでなく、さらには人間です。それでも宰相殿をはじめ、この場の皆様方も見たでしょう?陛下の弟君であるガルム様を身を挺して庇ったことを」



 先ほどまで沈黙を再開して、議論に耳を傾けるだけであったウィンディゴはここぞで流れを一変させる発言をした。


(図っていた。進展がないと分かるまで待っていたというわけですか)


 武人気取りをするだけの実力を持ちながら、流れを読んで適切な手を打てる。戦でも必要でこそあるが、このような場でも発揮できる。宰相にしてみれば厄介で、先日のイルーシでの一件を思い出す。



「有栖様が庇ってなければ、陛下は実の弟の血に汚れた王というが悪評が流布されていてもおかしくはなかった」


「だから認めろと?」


「判断は、あの方が妃足りうると見極めてからでも問題はないでしょう」



 余裕綽綽で議論を導いていく様は、老獪な策略家さながら。まだまだ壮年である彼だが、その手練手管はただ出世街道を歩んだだけの男ではないと証明している。

 巨大な岩のような体に、大きなへらのような角。顔をはじめとし、体中には大小様々な傷を作ってもいる。戦こそ遠のいてこそいるものの、不穏分子は各地で度々問題を起こしているため、その鎮圧の最前線に赴くことも珍しくなかった。比較的武辺者が出現しやすい彼の種族の中でも、武闘派とされているほどには。



「多少お転婆な面こそありますが、妃の地位に十分な品格を備えています。思慮深く、身分や種族の隔てもない。それは陛下の目指す在り方でもあります。たとえ人間だとしても一考の余地のある方でしょう」



 今まで強情に反対してきた面々も、しぶしぶだが賛同していく。潮流を形作り、その利を最大限活かしきる。まったく食えない、油断できない面を時折ちらつかせているのだ。武辺者であるとして一歩引いた位置にいるのも珍しくないのが、さらに食えない。それがやりづらく、鬱陶しいさえできた。


 このままウィンディゴの思うままに流れるのもそれはそれで都合が悪い。妃とすることを既定路線とされれば、後々の反論の余地を塞がれることは目に見えていた。ならば、その流れを利用する。



「では、有栖様には契約をしてもらいしょう。形骸化しているとはいえ、ズメイ様に引けを取らない獣との契約を妃となる方に課すとありますので」


「しかし・・・・・・」



 部屋中が言い淀み、次第に驚くほど静かになっていく。静寂を破る者は誰も現れない。



「この際、危いなどと言ってる場合ではないのは陛下でもわかっていることです。ならば多少危険な橋を渡ってでも、盤石なものにするほうがよいのでは?」



 そこで結論は出た。命を賭けるだけの理由もある。早く公表できなければ、体制側である者全員に立場を危うくする。反乱分子の動きに勢いをつけるようなことになるのは避けたいというのが、この円卓に出席者の総意だ。


(ここで死ぬのならそれまで。相応の獣との契約を結べたのなら、それでもよい)


 どちらにせよ利益はある。切羽詰まっているのには変わりなく、ことは早い方がよい。





 宰相と軍事大臣は退室し、彼らの部下も多くが既にいない。残ったのは元老と称された政府高官。彼らを束ねる議長格は苦渋を飲んだ顔でいた。



「宰相殿は我らに同調してくださっているが、軍事大臣殿は違うのだな」



 元老院とは現在の王の祖父の代に新設された、ある種の諮問機関。二十人ほどの構成員で、領地を拝領している公爵の一定の年齢に達した者たちを意見役として取り立てのがはじまり。



「ウィンディゴ殿は陛下やガルム様を実の子や弟のように思っています。そんな方が、陛下自ら言い出した決定に口を挟むことなど、天地がひっくり返ってもないでしょう」


「それは不敬ではないのか?恐れ多くも、神の生まれ変わりと言えるお方を子や弟などとは」


「今は揚げ足取りをしているときではない。元老院としての今後を大まかに決めるべきだ」



 不敬であるならばそうだ。二千年以上続いた王家の嫡流であり、神の代弁者。いつからか代弁する竜神と同列と見做されだした。王家の足元が固まった時には誰が言うでもなく、共通の認識となって、諸侯から民草に至るまで広まって。

 元老院に属する彼らもまた、その認識である。決して心酔こそしてはいないが、叛心などあってないようなもの。体制側であると自認し、享受している利を最大限にする努力を厭うことなどない。厭った瞬間から地位を失うのは既定路線となってしまう。



「我々はできることをやるだけだ。陛下のご意思など、この際二の次である」



 どよめきながらも、元老院に属する全員が異論なく賛同した。彼らとて追及されれば危うくなるのは承知で、手をこまねいたまま何もしなくとも状況はよくならない。

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