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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
妃への道
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二十一 変わらぬ想い、変われた想い

 一旦、ジョシュアは軟禁される運びとなった。といっても地下牢に入れ、罪人としてではない。あくまでも未来の妃の妹として丁重に扱え、と白銀の王が厳命したので王族用の部屋の一室でとなった。



「どうしたって時間はかかるものだろうけど、それにしても長く感じちゃう」


「きっとすぐに出してくれるよ」



 かれこれ二日ほど、部屋から一切出られていない。それでも有栖への配慮をロボは忘れず、妹と水入らずの時間を作ってくれた。それでも覚悟はしていたからか、不満を言うでもなく、甘んじて受け入れていた。


 轟音で周囲の兵を纏めてやって来た宰相のベフデティは、経緯を聞き仰天し卒倒しかけて、すぐにでも牢に入れるべきと主張していた。それには護衛役を任せられていたグーロウスも同調していたが、主君であるロボが固辞したため、折衷案としての軟禁となってしまった。



「まあ、仮にもこの国の王様にあんなことしでかしておいて、何もないなんてのは虫が良すぎよね」



 気を張らず、冷静ならがも穏やな様の妹は有栖にしてみれば新鮮この上ない。抜け出そうとすればいつでも城から出ていけるのかもしれない。力づくで抑えていられるなどとは、あの場にいた者は誰も思ってもいない。見張りを少し厳重に立てるだけでは焼け石に水でしかない。


(やっぱ揉めてるのかな)


 成り行き次第では有栖にも波及してしまう問題ではある。妹の、家族のした行いの責任を追及されるのは至極当然だ。有栖自身もそれなりに腹はくくっている。



「何かあったら私も一緒だから」


「姉さんまで。司祭様にも姉さんにも、私が勝手にしたことの責任なんてないのに」


「ゲールさんも、それだけジョシュアのことを気にかけているんだよ」



 むっすとすね気味にそっぽ向いた。彼女にしてみれば全ては自分で決めたこと、としているのだ。こぢりんまりと


 軟禁されている部屋を概ね王城の王の部屋と似たつくりをしていた。城自体の大きさから、小さくなってこそいるが。二部屋を扉一枚で結び、片方にしか廊下と繋がる扉はない。部屋の外には固定で四名の兵が配され、即応できる兵を兵舎に十人規模の交代制を敷いている。

 一般的に見れば厳重だが、不足気味だ。拳の威力は砲弾にも迫る、魔族でもごく僅かな者にしか再現は無理だろう技を持つ者が相手なのだから、無理もない。


 ぼそりと「まあ、ありがたいけど」と言う横顔は嬉しそうで、安心していた。こうして姉妹らしいやり取りをできているのも、周りのおかげだとよくわかっている。



「ところで、姉さんはあいつが本当に好きなの?」


「そ、そうだよ。い、いきなり、どうしたの」



 いきなりの質問、それもなかなかに答えづらいものに有栖は面食らった。赤々とした顔になった姉を見て、ジョシュアはまた拗ねてしまう。



「別に答えたくないら、いいわ。姉さんの中で整理ついているのなら、それでいいもの」



 特にいらないというのも本音で、あわよくばというだけらしい。ふくれっ面とまではいかないが、ジョシュアは年頃の少女らしい姉の振舞いにどこか妬ましそうにしていた。



「好きかって言えば好きだけど、そんな面と向かって聞かれると、ちょっと恥ずかしい」


「なるほどねぇ」

 


 調度品のこじんまりとしたテーブルに両肘を置き、興味深そうな相槌を打つ。心中に未だ一物を抱えてか、にやにやと茶化すでもなく、にこりともせずに姉を凝視している。特徴的な碧眼はいつになくぎらつき、何かをくっきりと見定めようとしているよう。



「姉さんが誰かを好きになるなんて、思っていなかったもの」


「そんなに意外?私がロボを好きになったこと」


「ええ、意外も意外。それにしきりに名前で呼び合うなんて、だいぶ仲睦まじいのね」



 やはり妬ましそうにし、ぷいっとまた顔をそらした。軟禁とはなっているが、ロボ本人は義理の妹としているので、そこまで不便を強いられているわけではない。食事は三食きっちり提供され、部屋の外にこそ出られないが、それだって特段困ってなどいないらしい。


(私ってそんな風に見えてたんだ)


 人らしさの欠如は自覚こそあったが、他者のが自らへ抱く印象など、有栖は考えてこなかった。



「父さんも母さんもびっくりするわよ、姉さんが恋をしたなんて」


「こ、こ、恋?」



 慌てだす有栖に、ジョシュアは怪訝そうになる。



「え、今までわかってなかったの?」


 

 目をぱちぱちとさせ、信じられないとしていた。まさか己の姉がここまで鈍感だとは、と。


 有栖自身もこの感情が恋である定義はしていなかったのだ。好きであるとは気づいていたが、恋をしていると意識してこなく、ジョシュアの一言でやっと知ってしまう。好きという想いが先行し、恋という考えはなかった。



「本当に言ってるの?好きだとは知ってたけど、それが恋をしているから、とは思ってなかったてこと?」


「う、うん。好きなのは最近になって理解できたよ。でもこれが恋っていう感情でもあるっていうのは、わかんなかったの」



 前髪を掻き上げ、小声で「まじかぁ」とどことなく困り果てながら言う。年頃の少女らしい思考すら持ち合わせていない、鈍感すぎた姉に困惑している。

 


「姉さんがそこまで鈍感だったなって、想像以上だった。でも、姉さんが心から好きって思えたあいつが私は妬ましいの」



 驚きつつも、本心を吐露する。やはり嫉妬している。会話や、態度の節々から妬ましいという感情を滲ませていた。それが有栖にはよくわからない。


(この子の向ける感情が時々わからなくなる)


 先日の一件もジョシュアの内心を、読み違えてしまったがために起きてしまったこと。



「どうして、そこまで私を特別だと思うの?」



 妹は並々らぬ感情を、姉へと向けている。それは有栖もこの数日間で痛感していた。



「いつも誰かのために動けて、傷だらけになるのも厭わない。それは私が今まで見てきた人の中でも、とびっきり特別。姉さんは自分で思ってるほど才能ない訳でもない」



 ジョシュアから見ても有栖は別格であったらしい。常に姉と比較してきたであろう彼女が言うのだ、恐らく周囲の人物からもそう映っていただろう。



「でも私は姉さんに人らしさっていうのを、あげられなかった。知ってもらえなかった。だから、あいつが妬ましい」


「私が人らしくなった、きっかけだから」


「――うん。七年も一緒にいたのに、ありふれた幸せすら私はあげらなかった。それどころか、姉さんを怒らせ、悲しませた」



 向き合っていた目を伏せ、ジョシュアは申し訳なそうにしていた。彼女の原動力となっていた想いは、実に単純である。人から外れつつあった姉に、人並みの幸せな日々を送ってほしく、そのためにどんな悪意からも守っていこうとした。



「あなたの今までは無駄じゃない。私がロボと一緒にいられるのも、こうして楽しく話せるのも、それはジョシュアがいてくれたからだよ」


「姉さんがそう言ってくれるなら、私もそれだけで嬉しい。姉さんが」



 姉妹であって、本当の姉妹ではない。だが、二人の間の絆は本物だ。



「この国で生きていくつもりなのは、痛いほどはわかったわ。でも何かあったら私が助けるから、気兼ねなく言って」


「ありがとう、ジョシュア。もし何かあったらそうするね」



 微妙なわだかまりの消えた二人は、やはり仲の良い姉妹だった。なんてことのない、ささやかなる時間。

 見ないふりを続けた己には、過ぎたる妹。有栖の中でも変わりそうにはない。そうであるが、有栖にとって世界一の誇れる妹である。もったいないほどの。





「陛下、どうか納得のいくご説明をお願いします」


「二日前にも言ったであろう。それに昨日も言った覚えがあるぞ。説明は十分したと記憶しているが、まだ何かわからないと申すのか」


「このままなかったことにしろなどと、簡単には納得のできない問題ですので」



 イルーシで渦中の人間は、有栖の妹だった。姉とは似ても似つかない、金色の頭髪と碧眼の瞳。そして負けん気の強さと、それを突き通すだけの実力を持っている。人間の中で類まれな存在。

 それだけでも厄介この上ないというのに、明確な敵意を持って殴りかかってしまった。それがあるために看過などできない問題にすら発展してしまっている。たとえ、王本人が許したとしても、あってはならないことであるため。



「あの人間は陛下に楯突いたのもそうですが、軽い怪我すら負わせたのです。国賊として、即日処刑しなければならない罪人であるは明白であります」

 


 この二日間、手早く処刑すべしという意見ばかり。妥当な判断ではあるが、彼は断固として譲れなかった。愛する人の大切な妹。それだけでたとえ賛同する者が一人でも、頑なになれる。彼にしては個人的すぎる動機。



「お前たちが罪であると言うのはわかる。しかし、あれは私が自ら許した。故に彼女への処罰はもとより、グーロウスにも処罰の必要などない」


「人間であることを差し引いても、逆賊であるのは疑いようのない事実でもあるのです」



 くどくどと並べられた理由を、白銀の王は長机の最も上座に座して、ただ黙って臣下の言葉に耳を傾けていた。眉間に皺が深く刻まれている。



「お前たちの考えは承知している。その上で、私は彼女の怒りを甘んじて受け入れたのだ。それを後から否定するのでは、私はでまかせを吐いたことになる」


「だから、お許しになると」



 まだ不服そうな視線のベフデティを説得するように、白銀の王はゆっくりと、その身に眠る激情すらも御して、静かに説き伏せようとする。



「そうだ。その場の口約束といえど、土壇場で約束を違える私は卑劣漢も同然だろう。それが王がすることか、王の器たりえるというのか。否、そのようなことをする者が王などとは片腹痛い。故に私は処刑など認めぬ」



 代表していた宰相はもとより、列席した者全てがそこでそれ以上の抗弁できなくなった。そうして軟禁下からの解放と、建前上は保護観察とした。もちろん内密な決定であり、表向きは処刑したと公表される。数多の兵士も目撃したので事実をそのままは伝えられない、と判断されたため。落とし所としては順当ではあった。


 王の退室後、緊張間からほど遠い緩んだ雰囲気に会議室は包まれる。あまり使用されてこなかったの部屋であるのは、古臭くも新品同然の調度品たちが、それを物語っていた。



「陛下はお変わりになりましたな」


「変わった?」


「変わりましたとも。以前のあの方ならば、正しいと思う持論を誰が反対しようと聞かずに、押し通してたでしょう」


 久方ぶりの主君への感想を城代は漏らす。懐から葉巻を取り出して上部を切り、魔術具で火を丁寧につけ、口に咥える。



「宰相殿もお一つ、いかがです?珍しい、東方からの交易品ですぞ」


「ヴイード様のお心を無下にするわけではありませんが、遠慮しておきます」


「はは、あなたはお変わりないですね」



 愉快そうに髭を揺らし、口に含んだ煙を吐いていく。一息をつき、話を再びはじめた。



「お変わりなるぐらいに、陛下はそうとう気に入られているのですね、あの人間の姫を」


「頭が痛くなるほどには」



 苦々しくするベフデティの真正面で笑みを隠すことなく、嬉しそうに葉巻を吸い続ける。地位は宰相であるベフデティの方が上であるが、ヴイードと呼ばれた男は先の王の代からイルーシの城代を務めていた。そのため宰相もそれなりの敬意を払って応対している。



「ここにいる兵はどれも口が固く、人も少ないですから、外に漏れ出る心配はありません。ですが、王城ではそうはいかないでしょう?」



 煙を周囲に浮かべ、にやりと言う。腹の探り合いなどではなく、ただの雑談。二人にしてみれば児戯ですらない。



「そうですね。徹底して秘匿はしていますが、いつ話が外に出てしまうか。いつ公然の秘密になってしまうか。まったく悩みは尽きません」


「ウィンディゴの奴が文で言っていましたが、対面してみるとさすがに驚きました。あの陛下が妃を、それも人間とは」



 さっぱりとしていながら、中央の動向には注意を払っているのだ。葉巻にしても東方地域との接点があることを、暗にだが示していた。実に食えないが、野心を欠片も感じさせない情報の開示。切り札として温めておけるものを惜しむことなく、ついでと言わんばかりに出している。この都市で燻ることを良しとし、中央に煙たがられない範囲で動いているらしい。

 イルーシに配置されている兵は少ないが、王城は兵だけでも悠に三千は超す。非常時の備えから普段の警備まで、滞りなく行うための最低限の人数。小高い台地そのものを城としているため、それだけでの人数でも最低限になってしまう。そんな大所帯でいつまでも隠すことなど、土台無理な話であった。



「ふぅむ、ならばいっそのこと公にしてみては」


「なぜ、そのようなことをしなけらばならないのですか」


「噂が広まり、公然の秘密なってからでは遅い。誘導できる時機を逸するぐらいならば、初期の動揺を許容し、こちらが誘導しやすくすればよいのです」



 言うは易し。だが、現状で考えられる策では最善であるかもしれない。情報の優位性を失わないためにも、公然の秘密となってからでは手遅れとし、先手を打つ。

 宰相にも理解できなくないが、それでは認めることになってしまう。正解であると納得するのと同時に、否定したくもなる。



「王都では既に、誰が妃かという話題がそこかしこで話されているそうです。遠からず、人間であると知られてしまうでしょうな。そうなれば苦しくなるのは陛下であり、我々です。その意味、宰相殿ならばわからないことはないでしょう?」


「一考はしておきましょう」



 最後にヴイードは「いりますか?」と聞いて、もう一本懐から取り出す。いらぬと言われても嫌な顔一つせず、髭を揺らすだけ。葉巻を吸い終わったころには部屋には一人しかいなく、満足気な初老とまではいかない人物が残されていた。

 

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