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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
王城
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五 願いの行方

 前代未聞の出来事が起こり、王城はいつになく忙しそうにしていた。あまにりも突飛すぎた行動の反応は大なり小なりではあるが、王城勤めの高官たちは頭を抱えそうになっている。それでもなんとか翻意させようと奮起しているのは、白銀の王が目下からの意見を頭ごなしに否定しないのが常なため。


 そこは玉座の間。普段は朝議と謁見以外では使われない特別な空間。



「陛下、どうかご再考いただけないでしょうか」


「そうです!人間の娘を妃になど前代未聞すぎます!!」



 これを許すようなことがあれば決してよくない結果をもたらす。宰相でさえ意見の一致で普段であれば協力しない者たちと共に口を揃えている。

 しかし意思は固く、どのようなことを言われようとも揺らがない。この王にしては珍しい、あまり見ない光景。一部はそれで尻すぼみに声を小さくしていく。



「くどいな。何度も言わせるな」



 強情に、翻意する気はない。白銀の王のそば近くに控えていた宰相が目細めて窘めるように口を開く。



「陛下、気まぐれも大概にしてもらわねば困りす」


「気まぐれだと?私がそんなことをすると、お前は思うのか?」


「これがもう少し現実味のある話なら思いませぬ。ですが違います」



 剣呑な流れに変わってゆく。心臓の弱い者であれば卒倒しかねない状況だ。長い付き合いの彼らであるので、お互い言わんすることは自然と伝わってくる。だからこそ譲れない。このまま意地の張り合いになるかと思われた時、宰相が折れる。



「ならば、せめてこれからのための提案をさせてください」



 戴冠直後にある布告をした。身分に隔てなく、立場を気にすることなく提案し意見せよと。出し抜かれたとは思わない。反対されるのは目に見えていたし、なにかしら動いてくると構えていた。しかし宰相である神経質なベフデティのことだ、痛いとこを的確に突いてくるはず。反論の余地を与えぬような。この提案は有栖と白銀の王にとって不利なものだろう。


 彼はすこしだけ不貞腐れたように、玉座の背へともたれへとよりかかる。それがどうしてかは心の内で理解しながら。





 有栖はあの出来事から王城の中の探索を始めていた。そのことを白銀の彼に伝えると渋い顔をされたが。守備兵たちにはなにかを言い含められていたのか、止められるばかりだった。

 それでも動かずにはいられなかった。己のせいで迷惑をかけていると思うと、部屋でじっとしていることなどできない。


 探索してわかったことがいくつかある。この世界はおよそは近世あたりだろうという事。技術水準はあまり高くはない。けれども技術を伸ばす方向性の違いからなのか、年代を照応しようとしても、別の部分で合致しない。そして何より有栖の元いた世界にはないものがいくつもある。


 例えばランプ。火種や燃料などがない様に見える。照明すべてが特殊な物だ。内装の細かい装飾も、本では見たことないようなもばかり。


 今いる王城でさえ、それを感じられる。王城は小高い丘そのものを城にしている。大規模な掘削を行った巨大な建物は、城に住む者だけで一つの町を成せる規模だ。地上からの高さも相当なものなので、周囲の景色を遠くまで見渡せる。この城は別世界だと知らせてくれる。有栖の中で異世界の象徴の一つだ。


(靴がないってのもすこし不便)


 靴がそもそもない。たしかに種族ごとに足の形が異なるのなら、そうしたほうが合理的だろう。このすこしの間でさえ、両手では数えられない種族を見た。


 なにかできることはないかと考えていると、人にぶつかってしまった。巨大な壁すら連想できた、偉丈夫という表現が的確な男。



「す、すいません」



 咄嗟に謝る。謝った瞬間に相手は片膝をつく。それは謝意を表明するのと同時に、有栖の倍はある体躯は計らずとも見下ろすことになってしまうため。偉丈夫は腰を低くし、じっと見つめ続けてくる。


 ぶつかった相手はそんな有栖をしばらく値踏みするように観察していた。守備兵は気配をできるだけ消し、両者を窺っている。恐る恐る伏目がちに有栖は相手を確認した。

 第一印象は、筋骨隆々という言葉が服を着ているだった。そして、ヘラジカ。傷だらけでもある。顔に大きなものが二つ、小さなものでも五つも。手足に至っては無数に。服装は守備兵が来ていたのを、とりわけ豪華にしたようなもの。青みがかった深緑色の生地に詰襟と肩章、規則正しく配置されたボタン類。これがこの国の軍服なのだろう。それもこの国では上から数えた方が早い高位にいるのは、火を見るより明らであった。腰の横には実戦志向の刀身が分厚い湾曲した刀剣が帯刀されている。屈強な肉体であるからこそ、最大限生かせる得物。武人。身なりを分析しても、直感的にもそうだとわかった。


 そこで値踏みを終えたのか、自ら名乗りだす。人間である有栖を敬い、失礼のないように。



「我が名はウィンディゴ。以後お見知りおきを」


「ど、どうも。湖上有栖です」

 

「ところでなぜこのような場所に?人間のあなたはこの城、いやこの国では浮いているのです。あなたを快く思わない者も少なくないのですよ」



 思わぬ言葉だと思い、有栖はきょとんとする。そんな小動物のような彼女を導くように、ゆっくりと歩きだしていた。少し歩いて着いた場所は先日落ちかけた中庭。建物の上にあるので空中庭園と言う事もできるだろう。

 中庭の中心には、大きめのティーテーブルと、いくつかの椅子。彼はそこに腰を下ろすように促してきた。有栖が遠慮していると、子供をあやすように諭してくる。



「仮にも主の伴侶となるお方に、無礼な行いはできませぬ」


「なんで私にそこまでするんですか?利点になることはなにもないですけど・・・・・・」



 尋ね終わると有栖はっとした。ついでてしまったのだ。目を逸らして目の前を窺っていると、大きな角の偉丈夫は驚きを隠せない様子だ。しかしすぐに取り繕う。



「ただのお節介ですよ。私はお節介焼きなのです」


「お節介?」


「そうです。ですが貴方は陛下の伴侶。貴方が嫌というなら私はそれに従います」



 ウィンディゴはそう言うと、静かに立ち上がって有栖の頭を撫でていた。無礼だとはわかってのこと。それでも道に迷う幼子に道を示すために。


 その手に有栖は不思議と安心できた。この人物もまた自分という、一人を見ている。まだ会ったばかりなのに、信用できるのもそのせいだろう。

 偉丈夫は孫の相手をする好々爺のような優しい口調で、有栖に言い聞かせる。不思議と怯えや、気後れといった感情が薄くなっていく。



「別に嫌ってわけでは・・・」



 彼はそれを聞くと、有栖に向けて破顔してみせる。



「ならば今後もこうして老人のお節介に付き合ってください、有栖様」



 やはり、この人は打算的に動くこともできるはず。なのに彼は信念からなのか、それとも性に合わないという理由からなのか。有栖にはわからない。だが信頼できる人、というのはわかった。そんな時、愛らしい声で有栖と老人と名乗った偉丈夫のやり取りに加わってくる者がいた。



「こんなところでなにをしているのかしら?」


「姫様は何故、こちへ?」



 そんなウィンディゴの疑問にシェリルは微笑みながら、椅子に腰を下ろす。すこしだけ有栖が呆気にとられているとくすくすと笑い始めていた。


 シェリルの振る舞いに彼は慣れていると言わんばかりに、呆けることなく、逆に「お早くお答えしていただきたい。」と無言で訴えていた。 



「そう急かさなくても、答えるわよ。私たちお茶をする友達なの」



 それを聞くと、偉丈夫は納得したようにまた跪く。やはりあくまで自分は王族の臣下で、王の剣という様子だ。 

 シェリルはそこから何故話していたのか、どのような話をしていたのかを聞いてすこし考え、妹を諭す姉のように話し始める。



「たしかにウィンディゴの言う通りよ。あまり一人で王城を出歩くものではないわ」



 王城で生まれ育った彼女だから、有栖の身を案じているからこその忠告。



「これは友達としてではなく、姉上になる方でもあるから言ってるんですよ」



 姉上。確かに白銀の王は有栖に妃にする宣言した。ならば有栖が姉という事になる。彼女の体のどこかが、締め付けられるのを感じていた。そして妹。その言葉が別の感覚を感じさせる。


 有栖の姿に二人は互いに目配せしてしている。それを見て長い付き合いなのはなんとなく察した。そうこうしていると白銀の王がしかめっ面で迎えに来て、部屋に戻った。





「変わったお方ですな」


「そうね。儚げなのに、どこか似ている。そんな人よ」



 しかしあの瞬間はなにがあったのか。値踏みはとうに終わっていた。はずだった。値踏みの時に見えなかった姿が見えてしまった。過分すぎる地位にいるという思いが強い。そういったものが溢れだしていたはずだったのだ。

 それなりには人を見る目が養われた、とウィンディゴには自負があった。幾多の戦場を駆け、権謀術数渦巻く王都に長らく身をおいて嫌でも身についたもの。

 だが目の前の方はあの一瞬だけ、別のなにかに見えた。人間や魔族という括りですらない生物の理から外れた瞳。


 その目の人物を彼は一人だけ知っていた。



「姫様はなぜそれほどまで、気に入っておられるのですか?」



 偉丈夫は主の一人はどう思っているのかふと考える。幼少期から面倒を見てきた、三人のうちの一人。



「少し危ないとこが見え隠れする人だけど、あの人しか兄上と同じ目線にはなれないわ」


「それは姫様はもとより、ほかの兄妹方もですか」



 その言葉にシェリルは多少曇りを見せつつ、



「そうよ。兄さんと同じものを見れるのは私たちにはできないから・・・・・・」



 と濁すように呟く。

 やはりどこか寂しそうで、自分の無力さでとうの昔に諦めたようだ。シェリルがこんな顔をしているのを、ウィンディゴは久しく見ていない。この姫に幼いころに仕え始めてからずっと、聡明な方だと思っていた。そんな彼女ががそこまで言うとは。やはり王は飛び抜けているのだろう。


(自分と似たもの引き寄せるとは、あの方も因果なのものだ)



「あまりご自分を卑下するものではございません」


「ありがとウィンディ」


 



 部屋に戻った彼の様子はどこかおかしかった。自分の言い付けを守らない有栖に腹を立ててだろうか。



「お前はどうしてわが身をかえりみない」



 その言葉はすごくとげとげしく、部屋に入るまで溜め込んでいるの吐き出しているようだった。城の中の守備兵や側近たちはそんな彼の雰囲気に気圧されていた。すこし申し訳ないと思ってしまう。しかしそれだけでなく、もっとなにか別のことを抱いていると有栖は気が付く。



「だって私はあなたに助けられた。だからあなたの役に立ちたい。」



 それは本心から。妃になるとか、自分の事などはどうでもいい。

 白銀の彼は有栖に居場所を与えた。なにもなかった彼女にそばにいてよいと言ってくた。それだけで十分な理由になる。


 

「だ、だから私はあなたのため・・・・・・」



 言い終わる前に彼はそっと持ち上げ、抱きしめる。何を思ったのか。有栖が白銀の彼を見ると静かに微笑みかけてくる。

 彼が抱いているのか感情は有栖にはわからないことも多い。喜怒哀楽が小さく、昔から見ている者でさえわかりずらいという、魔族を統べる王。この世界に来る前ならば、わかっていた。


 そこで闇に沈めていた記憶が這い上がってくる。まだ幼かった日の夜。鏡に映った、人ならざる己。虚ろで深淵のような瞳をした少女の顔。


(なんでこの記憶が)


 どうして。わからないことだらけ。彼を見ていると、想起させられた。


 暗くなった顔の有栖を、白銀の彼は慮る。



「ありがとう。しかしそれ以上は言うな。それを聞いたら私は、有栖に何をするのかわからなくなる」

 


 そう言ってもう一度抱きしめて、蝶や花を扱うようにベッドへと下ろしていた。

 白銀の彼について有栖はわからないことが気になりだした。前まではこんなことなどなかった。役に立てればそれでよかった。彼についてわからなくなって、気づいた。もっと知りたいということに。この人の、彼のことをもっと。


 いつもの表情に戻った白銀の彼はベッドへ横になった。次第に眠りに誘われてゆくのを自覚したのか、目を瞑りだす。部屋の照明が彼の指先一つで消える。

 有栖は眠りについた彼に悟られないよう、静かに肩まで寝具をかける。


(でも私は彼のために、まだなにもできてない)


 やはり言葉一つで人は変われない。自覚もある。だが彼の役に立つことは今後必ずあるだろう。ならばそれまで生きれるようにはなると、誓った。

 外の星に、有栖は願いをかけた。「どうか彼に幸せが訪れますように」と。自分の胸にその願いを刻みこみながら。

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