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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
妃への道
38/57

八 対等な

「どう?気分転換になった?」



 独りよがりであったかと些かの後悔をしながら恐る恐る、訊く。相手の方も一抹の不安や有栖の思惑を計りかねて戸惑っている。



「なぜ翆鳥族である私にここまで気遣って・・・・・・?」

 

「それが関係あるの?」


「私たちの種族は多くの種族からは差別の対象なんですよ?」



 本人の口からそんな言葉聞くのがどんな意味を持つか。それがわからない有栖ではなかった。眼前の姫が過去からここまで受けてきた扱いはいかほどか。少なくとも自分がおいそれと触れていい話ではない。そう有栖は思った。自身も触れてほしくない傷があるように、この姫にもあるのだ。



「彼女の翆鳥族は古くから魚獣族と密接に関わってきた種族なんです」



 水瓶を持ってきたお針子が有栖に教える。あくまでも公平に一切の私心を挟まず。

 魚人族。それは魔族社会のヒエラルキーにおいて最下層とされている種族。水、特に海と深く結びついている彼らは、多くの魔族から軽蔑の対象である。魚獣と大雑把な括りであるのも、所詮は下等な種族、とかつてより扱われてきた証左。そして、彼らと関わってきた種族もまた等しく差別の対象である。学んでいた内容ではあるが、改めて有栖には看過はできそうにない。元の世界にいた頃から変わらないだけだとしても。



「私はただお節介でもいいから助けたいと思っただけなの。それにね、本当は差別されるべき人なんかいないの。それを受け入れなけばいけない世の中だとするなら、私はそんなの認めない」



 力強く否定しきった有栖を姫は奇特であるといった視線で見つめていた。



「変わっていますね。初めてです、そんなこと言ってくれた方」


「そういえば自己紹介まだだったね。私、有栖」


「私はシェバといいます、有栖様」



 気分の悪そうな顔つきは消え去り、シェバと名乗った姫はにこにこと笑っている。対等な間柄は、こちらへ来てから、初めてであったかもしれない。シェリルは自ら妹として振舞っており、コルキスはあくまでも付き人という姿勢を崩さないのだ。

 シェバは感嘆しながら、有栖をまじまじと見て呟く。



「それにしても有栖様はすごいですね」


「すごい?」



 小首を傾げる有栖を羨望や尊敬が混ざった目つきでシェバは見つめていた。



「有栖様は陛下のお近くにいてもしっかりとし、物怖じせずにいましたから。私では震えが止まらなくなっていました」



 だからあそこまで落ち着きがなかったのか。民衆も貴族も重臣たちも等しく慄き、尊敬される存在。有栖は慣れ切った白銀の王には貴族には畏怖の対象である。そんな中で有栖だけは恐れることなく時に抗弁していたのは、それだけで特異点じみた存在になるのだ。



「この国を統べる御方の妃となるべきは、有栖様のような方こそ相応しいのだと、私は思います」


「褒めすぎだよ、そんなすごい人じゃないのに・・・・・・」



 有栖がこそばゆくなってしまうほど、褒めちぎられていく。弁舌は徐々に熱を帯びていき、見違えるほど饒舌にシェバは語っている。



「私は父の言うままに花嫁候補に立候補しました。自分の意思ではなく、王侯貴族に生まれてしまった者が抗うことなど無理だと諦めて」



 人の外見は異なっても、その中身はどこでも変わらない。権力闘争を勝ち抜くため、あらゆる手段を正当化して、実行する。王族や貴族として生を受けてしまえば、一生を縛られて生きていくしかない。有栖には縁遠くとも、白銀の王と生活していればそれぐらいはわかってしまう。



「だから、有栖様はすごいんです。たとえ一人しかいない人間であっても、臆さず陛下と同じ目線で歩けているのですから」


「褒めすぎだって・・・・・・。私はただしたいことをしてるだけなのに」


「今もそのしたいことで助けられている者がいるんですよ」



 シェバの顔はぱっと見の印象とは真逆の人物であった。顔つきこそ吊り目がちと大きな嘴でいかついものの、仕草や言動はたおやかで身分に相応しいものである。

 有栖が姫らしい物言いに見惚れていると、シェバは周囲へ目をやっていた。



「有栖様の仰る通りでここは落ち着きますね。整理され、きちんと保管されている本の匂いも心地が良いいです」



 王城のすべての書庫は保存の魔術が常にかけられ本の劣化を防いでいる。それが関係してか書庫内では常に魔力で満ちており、廊下や他の部屋とは隔絶した空気をしていた。多様な年代の書物でありながら、特有の鼻につく匂いはしない。新品同然とまでいかないが、著しい劣化がないからこそのもの。有栖はこの独特の空気感が好きである。



「よくこちらへ来るのですか?」


「最初はこの国の勉強のために使っていただけどね」


「有栖様は勉強熱心でもあるのですね」


「本当に褒めすぎだよ・・・・・・」



 シェバはずいぶんと過大に評価してくる。邪な思惑などははなく、尊敬や自分にはないものとする羨望から。


(でも話してら安心する)


 貴族の子女として権謀術数を学んだだろうに、構えることなく警戒せずに会話できる。一見すれば害はなさそうでも、腹に一物あるというのは常に頭の片隅に置いておくべきだ。それでも目の前の姫に有栖は不思議と安心して話せた。






 王城の廊下を見回りの兵たちが委縮しながら通っていく。白銀の王が書庫の前で不動の姿勢で中の様子を伺っていたのだ。伺っている先は王城の書庫の中でも比較的平易な書物が集められた、王家の初等教育に用いられる部屋。白銀の王の幼少期の思い出の多くもこの書庫でばかり。


(お人好しにもほどがあるが)


 脇の甘い面もあるが、同時に彼女の長所である。種族の隔てなく、生まれた家すらも関係ない。白銀の王はしばらくしない内にその場を離れ、自らの執務室へ戻った。



「陛下、緊急の報告が」


「うむ、入れ」



 息を上がらせた伝令の兵に入室の許しを与え、伝令の報告を聞き始める。



「イルーシの市街地で、人間が目撃されました」


「本当か?見間違いでないのか?」



 あまり信じられない。それが白銀の王の率直な感想だった。国境沿いの街ならまだしも、イルーシはズメイ湖湖畔の都市。どうやってそこまでたどり着いたのか。 


(今はそんことはよい。どうするべきかだ)


 もうすでに握りつぶすことはできないだろう。じきに対応の協議のために宰相が来る。



「複数の証言があり、確実に一人はいると思われます」



 二人以上いる線も捨てきれない。国境からズメイ湖付近までは距離があり、長旅になったはずだ。あまり長い潜伏は持ち込める食料も限りがある。それならしばらくは警戒の目を要所で光らせばよいだけ。


 白銀の王は一拍のおいた後に、鋭い矢すら思わせる指示を伝令兵に行った。



「戻ってこう伝えよ。気取られぬように市街地の警備を強化しろ、くれぐれも騒ぎならぬようにと」


「それだけでよいのですか?」


「構わん。何か言うようであれば、この私直々の命令だと説明せよ」



 伝令の兵は一礼した部屋を出ていく。魔術での伝令網の構築は王都と遠方の都市から順繰りと行っており、構築完了まではまだ時間がかかっていた。しかし、なんとも時期が悪い。花嫁争いで今は王都を離れることが不可能。花嫁、つまり妃にする者など候補を出す前から決まっている。それでも体裁を繕い、姫たちを着の身着のまま生家へ帰すのにも時間を要する。人間の処遇も同様。


(くだらん野心を眺めるのは気分が悪いが)


 それでも有栖が決めたことだ。白銀の王としても協力は惜しまない。居心地の悪いであろう環境に彼女を縛りつけてしまっているのだから、これしきのことは我慢するしかないとしている。

 政務の手を止め、これからのおおよその段取りを思案していると、宰相がやって来た。



「陛下、伝令からの報告お聞きになられましたか」


「すでに命令をし、送り返したところだ」



 どういった指示をしたかを伝えると、特に文句などを言ってこず、同意であると意思を示す。



「私も概ね同意見です。陛下のご判断は問題ないですが」


「なにかあるのか?」


「バレッタから帰還してくる近衛隊を再編し、まとまった規模で派遣、警備を更に厳重にするという手もあります」



 王都から派遣でき、即応となると選択肢は狭まる。今はウィンディゴが軍事大臣と近衛隊隊長を兼任しているので、基本は副隊長が実働部隊を指揮する。


(バレッタの守備強化に派遣した兵が帰ってくるとはいえ)


 場合によっては命がけの任務も課される兵士たちに与えるべきは、主君である王からの労いなどではない。十分な休息と危険に見合う路銀や物品などによる恩賞。いくら命を捨てる覚悟を持ち、王に絶対の忠誠を誓う者でもそうだ。



「それでは王都の守備が手薄になる。それだけならば問題はないが、実働した兵たちの疲労もある」


「あまり得策ではありませぬな」


「副隊長含めた帰還してくる兵たちには、まずは十分な休養をとらせるのだ。褒美も働きに見合った分を渡すのだぞ」


「はい。すでにそのように手配してるので問題はありません」



 宰相もいたずらに労力をかけるやり方は好まない。それに王都で身動きをとれないのは主君と同じ。とにかく時期が悪すぎた。もみ消すには現地に赴かなければいけない。何事も時間がかかる。



「花嫁争いなどという、茶番は早く終わらせたいものだ」


「軽口もほどほどにしてください。ただでさえ人間に肩入れしすぎだと、内外から突き上げが激しいのですから」


「わかっておる。濡れ衣を着せて、までなどとは考えていない」



 口実さえできれば、さっさと終わらすことができる。だが、ある程度の納得する口実ができないままでは、終わらすこともできない。言いがかりと捉えられるのは避けて然るべきだ。白銀の王にしても多少の哀れみもなくはない。家に縛れられて生きていくしか道が示されずに育ってしまっただけなのだ。


 元々は厳正な審査を重ねてのことであった花嫁争いは、今となっては王に気に入られることが重要視されている。血筋などはそれに付随するものでしかなく、基本は貴族の子女であるから特に問題はなかった。妃に擁立しようしているのが人間である有栖であったので、拗れてしまっているだけである。

 最近スランプ気味で投稿がいつにも増してのろまになっています。すみませんが、気長にお待ちください。感想や疑問に思ったことは、気軽にどしどしお書きください。

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