七 大食堂
大食堂の存在を有栖は以前から一応は知っていた。それでも使うことのない部屋でもあったので、一応でしかない。有栖の食事は基本白銀の王の部屋で完結している。最初は白銀の王が手ずから運び、目付け役兼身の回りの手助けをコルキスが任せられてからは、彼女が持ってくるようになった。食事の内容は基本的には洋食風である。
本来はそれなりの人数での使用を想定してか、大食堂の扉も大広間や謁見の間ほどでないにしろ両開きで有栖の背丈の倍以上の、巨大きな扉だ。開いた先もやはり大広間程でないにしろそれなりの人数を収容できそうだ。すでに白銀の王と三人の姫が席についていた。厳かな刺繍が施された純白のテーブルクロスを敷いた長机には、食器類だけしか置かれていない。
花嫁候補として扱われている姫は有栖含め五人。あと一人がまだ来ていない。王のすぐ近くで控えていた宰相が何か口を開こうとしたが、白銀の王の声にかき消された。
「遅かったな。さっさと席につけ」
白銀の王はそう言い、自身の一番近い席に座れと促してくる。ほかの姫は長机の真ん中付近に固められ、有栖だけが白銀の王のそばに席を用意されていた。
やがて有栖が遠慮がちに席につくと、ほどなくして次々と料理が運ばれだした。まるで有栖だけを待っち、後は眼中にないと言わんばかりである。
(私のために?)
曲がりなりにも、昨日の願いを叶えてくれているのか。運ばれた銀食器にはパンケーキらしき料理がのせられていた。それを切り分けながら、有栖は白銀の王を窺ってみる。口に運ぶ一瞬のわずかな間を縫って。
「・・・・・」
わずか数秒だけ視線を上げた時、白銀の王と有栖は目が合ってしまった。彼は何を思って一瞥したのか。すぐに逸らした彼女には真意はわからずじまい。目が合ったのを知らないふりをして朝食を口に入れ続ける。小麦粉より癖のある風味は元の世界ではあまり口にしたことのないもの。付け合わせは刻まれた玉葱らしき野菜と胡瓜に似た野菜の酢漬け。なぜだか知っている気がして、見知らぬ異国の料理。
一言も発することなく黙々と食事をしていると、離れた位置に座していた姫の一人が口を開く。
「シャフール姫はまだ起きてこないのですか?」
「はい。どうやら昨夜あまり眠れなかったご様子で」
無言の主に代わって宰相が答える。何とも言えない目をして部屋中を一瞥していく。先日の東洋風の美女はどうやらまだ寝ているらしい。有栖にまたずきりとした感覚が走っていく。
「それにしてもまさか陛下と朝食を共にできるなんて、とてもうれしいですわ」
「あら、私も同じですよ。陛下が私たちとお話する機会を作ってくださって。それに朝食にブリーンをお出ししてくださるなんて、陛下のお気持ちが伝わってきますわ」
三人の姫のうち二人の、兎とラクダ似の姫たちがここぞとばかりに会話を試みる。白銀の王は反応することなく食事を世間話どころか、味の感想すら述べずに黙して食すだけ。眉間の皺はいつになくほどに深く、いつにも増して仏頂面だ。
王の顔色を逐一確認しながら、兎にも似た姫は話を続ける。
「そういえば、我が国の宮廷お抱えの名工が陛下にぜひ献上したいという一品があるんです。よければ一度お越しに」
あわよくば王に気に入られるため、きっかけづくりには余念がない。小さい好機を、なんとしてでも逃さまいとしているのだ。
食器同士の当たる音を微かに鳴らして、白銀の王は手をついに止めた。三人いる姫のうち一人は王との食事に委縮しきって話すどころではなく、なんとか平静を保っている。そんな姿を他の姫は嘲笑交じりの目で見ていた。魔族においての差別についてはまだわからないことも多い。できればわかりたくもないのも有栖の本音であったが。
(ハシビロコウ?)
大きな嘴で正面からの印象こそ恐ろし気な雰囲気だが、白銀の王の細かな動きにさえ震えてしまっている。
「それよりも、我が国の魔道具職人の会心の出来という一品が」
「くだらん」
「え・・・・・・?」
手を止めてから目を瞑って何事かを考えていた白銀の王はただ一言で空気を一変させた。
「今は食事中だ。これ以上くだらん話で私の気分を悪くするな」
部屋中をじろりと見まわし、また手を動かしだす。これには二人の姫も口を噤んでしまった。歓迎などされていないとそれでわかってしまったのだ。白銀の王は不機嫌そう朝食を平らげていく。健啖家とまではいかないものの、朝からそこそこの食いっぷりである。少女が相変わらずちらりと見る機会を計っているうちに食事を一番に終わらせていた。どすどすと音を立てて大食堂を足早に後にする。出ていく瞬間、白銀の王の視線が少女へ向いていた。
(結局何も話せなかった)
会話を行うのを有栖は避けてしまっていたはずだ。だというのに今の彼女の心中は真逆である。どうしてこうなってしまっているのか。
その後も三人の姫のうち二人が食事を終え、大食堂を出ていく。残ったのは人間の少女と顔を青白くさせている鳥顔の姫。
「あ、あの、大丈夫?」
「え、いや、その」
「気分が悪いなら、気分転換になる場所知ってるよ?」
料理が喉も通らない状態となっているのには、他人であると割り切っても不憫で仕方がなかった。己の今の立場からくる余裕などではなく、単純な助けたいという純粋な思い。
残ってしまった姫を連れだって有栖はいつもの書庫へ向かった。気分転換になる場所など王城でも限られ、彼女が知っている中では二つほど。うち一つは季節の関係で無理なので自然と絞られた。書庫は王城内でも独特の雰囲気である。劣化防止の魔術をすべての書庫にかけられているらしいが、そんなことは少女にはわからない。ただ気分転換には最適な場所だとできただけ。
「どう?気分転換になった?」
独りよがりであったかと些かの後悔をしながら、恐る恐る訊く。相手の方も一抹の不安や有栖の思惑を計りかねて戸惑っている。
「なぜ翆食堂の存在を有栖は以前から一応は知っていた。それでも使うことのない部屋でもあったので一応でしかない。有栖の食事は基本白銀の王の部屋で完結していたのだ。最初は白銀の王が手ずから運び、目付け役兼身の回りの手助けを任せられてからはお針子が持ってくるようになった。食事の内容は基本は洋食で、時々少女の見知らぬ品が出てくることもある。
本来はそれなりの人数での使用を想定してか、大食堂の扉も大広間や謁見の間ほどでないにしろ両開きの少女の倍はある大きなものである。開いた先もやはり大広間程でないにしろそれなりの人数を収容できそうだ。すでに白銀の王と三人の姫が席についていた。刺繍が施された純白のテーブルクロスが敷かれた長机が置かれて。
花嫁候補として扱われている姫は有栖含め五人。あと一人がまだ来ていない。王のすぐ近くで控えていた宰相が何か口を開こうとしたが、白銀の王の声にかき消された。
「遅かったな。さっさと席につくのだ」
白銀の王はそう言って自身の一番近い席に目くばせする。ほかの姫は長机の真ん中付近に固められ、有栖だけが白銀の王のそばに席を用意されているのだ。
やがて少女が遠慮がちに席につくとほどなくして次々と料理が運ばれだした。まるで少女だけを待っていたように。
(私のために?)
少女は彼にせめて話だけでもしてほしいと願った。それを叶えてくれているのか。パンケーキらしき料理を切り分けながら有栖は白銀の王を窺ってみる。口に運ぶ一瞬、気取られない範囲で。
「・・・・・」
わずか数秒だけ視線を上げた時、少女は白銀の王と目が合ってしまった。彼は何を思って少女を一瞥したのか。すぐに逸らした有栖には真意はわからずじまい。向き合う勇気などとうに失っていた。目が合ったのを知らないふりをして朝食を口に入れ続ける。小麦粉より癖のある風味は元の世界では口にしたことのないもの。付け合わせは刻まれた玉葱らしき野菜と胡瓜に似た野菜の酢漬け。なぜだか知っている気がして、見知らぬ異国の料理。
一言も発することなく黙々と食事をしていると、離れた位置に座していた姫の一人が口を開く。
「シャフール姫はまだ起きてこないのですか?」
「はい。どうやら昨夜あまり眠れなかったご様子で」
無言の主に代わって宰相が答える。何とも言えない目をして部屋中を一瞥して。
「それにしてもまさか陛下と朝食を共にできるなんて、とてもうれしいですわ」
「あら、私も同じですよ。陛下が私たちとお話する機会を作ってくださって。それに朝食にブリーンをお出ししてくださるなんて、陛下のお気持ちが伝わってきますわ」
三人の姫のうち二人の兎とラクダ似の姫たちがここぞとばかりに会話を試みる。白銀の王は反応することなく食事を世間話どころか、味の感想すら述べずに黙して食すだけ。眉間の皺はいつになくほどに深く、いつにも増して仏頂面だ。
王の顔色を逐一確認しながら、兎にも似た姫は話を続けていく。
「そういえば、我が国の宮廷お抱えの名工が陛下にぜひ献上したいという一品があるんです。よければ一度お越しに」
あわよくば王に気に入られるためのきっかけづくりには余念がない。小さい好機をなんとしてでも逃さまいとしているのだ。
食器同士の当たる音が微かに鳴らして、白銀の王は手をついに止めた。三人いる姫のうち一人は王との食事に委縮しきって話すどころではなく、なんとか平静を保っている。そんな姿を他の姫は嘲笑交じりの目で見ていた。魔族においての差別についてはまだわからないことも多い。できればわかりたくもないのも有栖の本音であったが。
(ハシビロコウ?)
大きな嘴で正面からの印象こそ恐ろし気な雰囲気だが、白銀の王の細かな動きにさえ震えてしまっている。
「それよりも我が国の魔道具職人の会心の出来の一品が」
「くだらん」
「え・・・・・・?」
手を止めてから目を瞑って何事かを考えていた白銀の王はただ一言で空気を一変させた。
「今は食事中だ。これ以上くだらん話で私の気分を悪くするな」
部屋中をじろりと見まわし、また手を動かしだす。これには二人の姫も口を噤んでしまった。歓迎などされていないとそれでわかってしまったのだ。白銀の王は不機嫌そう朝食を平らげていく。健啖家とまではいかないものの、朝からそこそこの食いっぷりである。少女が相変わらずちらりと見る機会を計っているうちに食事を一番に終わらせていた。どすどすと音を立てて大食堂を足早に後にする。出ていく瞬間、白銀の王の視線が少女へ向いていた。
(結局何も話せなかった)
会話を行うのを有栖は避けてしまっていたはずだ。だというのに今の彼女の心中は真逆である。どうしてこうなってしまっているのか。
その後も三人の姫のうち二人が食事を終え、大食堂を出ていく。残ったのは人間の少女と顔を青白くさせている鳥顔の姫。ただし、青白い印象は毛並みからくるからかもしれないが。
「どこか悪いの?大丈夫?」
「え、いや、その」
「気分が悪いなら、気分転換になる場所知ってるよ?」
料理が喉も通らない状態となっているのには、他人であると割り切っても不憫で仕方がなかった。己の今の立場からくる余裕などではなく、単純な助けたいという純粋な思い。
残ってしまった姫を連れだって有栖はいつもの書庫へ向かった。気分転換になる場所など王城でも限られ、彼女が知っている中では二つほど。うち一つは季節の関係で無理なので自然と絞られた。書庫は王城内でも独特の雰囲気である。劣化防止の魔術をすべての書庫にかけられているらしいが、そんなことは少女にはわからない。ただ気分転換には最適な場所だとできただけ