表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣国のツァーリ  作者: のろま亀
妃への道
33/57

三 花嫁候補

「随分と性急ですね」



 王城へ次々と入来している馬車の列を眺めてお針子は呟く。規律正しいそれは、手配通りの計画的な行動に他ならないことだ。


 花嫁争いを催すので、我こそはという者は王城へ参集せよ。その布告が王自らの印付きで発せられたので、王都どころか国中は祭りごとでも起きたかのような、活気で溢れていた。もう妃をとってもおかしくない歳の王。その絶対的な君主が、公に花嫁を選ぶと言ったのだ、活気づくなというほうが、無理難題である。諸侯などは夜会の件を知っているので、複雑な気持ちであったが。


(みんなに慕われているんだ)


 もう何回目かわからなほど、思い知った、揺るぎない事実が、有栖を突き刺さす。自身が妃になど、いいのか。たとえ肯定してくれる人がいくらいようと、いつまでも彼女は思ってしまう。自惚れることなどできない。所詮は人間は人間、としか見られないだろう。みすぼらしい人間の小娘が、白銀色のまさに神の子孫と言えた王と、釣り合う事などないのだ。彼女には深紅の瞳も、色素自体がない毛もありはしない。


 魔力漂う空気は曇り空を助長させ、視覚に入る色の明度から暗くしていた。暦上ではもう冬。厚い雲を吹き飛ばしそうな木枯らしが、窓硝子を揺らしている。


 王城内を有栖が目的もなく歩いていると、近寄ってくる人影があった。



「あなたが人間の姫ですね?お会いできてうれしいです」



 その人物はすらりとして、鼻腔にはふわりとした柔らかな香りが入ってくる。甘く、蕩けるような声の響き。有栖とは何一つ、一致する要素のない、異性の情欲を、自由に掻き立てることができるであろうもの。たとえ王城といえど、ただの廊下で出会ってしまうのが憚られる。二人ほど従者を連れた、どこぞの諸侯の姫。


 とても美しい、それが目の前の姫への有栖の感想だった。魔族の美醜について学習途上であるが、誰の目にも明らかな美しさを、目の前のトラに似た人物は持っていた。通常のトラよりは濃い、オレンジにも近い橙色の体毛。橙色の補色となる鮮やかな青なのが実に綺麗である。ドレスの都合、露出させている腹回りも、かなり厳重に管理されているのは一目瞭然だ。



「ど、どうも」



 驚きながらも、有栖は会釈し返す。にこやかな笑顔で妖艶な美人は、彼女へと近づいた。



「人間なのにこんなに、可愛らしいなんて」


「えっと、どうも・・・・・・?」



 とても敵いっこないわ、と聞き取れる独り言。どこか含みはあるが、とりあえずは何かを起こしてきそうではない。


(例えばこの人が妃になったら、どうなるんだろう・・・・・)


 あの偉丈夫には、妃となってほしいと願われてしまった。そうはあっても、有栖自身にはなる資格はないとしてしまう。



「花嫁争いとは言ったものの、最終決定権は陛下にありますから、その意味ではあなたは一歩先んじているんですよ」



 くすりとからかってくる。諸侯の姫らしく、あまり王城では目にしない煌びやかな宝飾品で、身を飾りつけている。宝石類にあまり知識のない有栖が見ても、高価な物ばかりなのは一目でわかった。



「それにしてもグルカスの姫までいるなんて、奇遇ですね」



 褐色の美人は、有栖の背後にいるお針子へ、視線を合わせて言った。グルカス。一度聞いたことのある単語。いや、この世界の大まかな情勢を知れば、おのずと導かれる。グルカス王国。マスカヴィア王国から西方の端に位置する、金羊族と称される種族の、衣服や織物を特産としている国。金羊とコルキス。なぜかぴったりと結ばれてしまう。



「偶然です。私は陛下と有栖様のお針子ですので、今回の花嫁争いとは関係ないです」



 主人に秘していた事実を暴露されても、まったく気圧されずに、跳ね除けてみせた。それだけでコルキスが、ただの名家ではない環境で育ったのだと、知らしめている。


(私に気を遣っていたの?)


 お針子は害意など、最初から持たずにきていた。あくまで王に召し上げられたお、専属の針子として、有栖や白銀の王へ従ってきている。引け目も思惑もなく。



「国一番の裁縫職人に師事していた頃に、陛下が見出してくれたんです」


「それは幸運なことで」



 何を指して幸運、と言っているのだろう。有栖のあずかり知らない事情が、二人にはあったのだろうか。半ば置いてけぼりの彼女を庇うように、コルキスが前へ出ていく。それは、主を守る従者だとも取れる行動。



「あらあら、そんなに警戒しなくとも、私からは何もしませんよ?」


「あなたが何かするなどは思っていませんよ」


「それならどうして人間の姫の前に?」


「あなたに教える必要が?」



 剣呑な流れへと移ろいでいく。有栖はいきなりの事態に、終始狼狽えるだけであった。


(えぇ・・・・・・?)


 いきなりすぎて、目の前の姫の敵意を感じずにいた。どうしてこうなっているのかすら想像できない。



「こんなところで立ち話なんて、いかがしたんですか?」



 ぞろぞろと三人の姫が、供を連れ立って一団を成していた。城内の広い廊下からすれば、一部分を塞ぐしかなくとも、有栖にはやたらと大きな大群に見えて仕方がない。それぞれが、きらりとして誰かの目に留まる、大なり小なりの宝石を身に着けている。


 夜会の時は、有栖を見た瞬間から諸侯は我を忘れてざわめいたので、身構えていたが、特にそんなことは起きなかった。覚悟していたことではあるので、拍子抜けだともいえた。流石に知った上で、今回の花嫁争いに身を投じたからであるからか。



「人間の寵姫にご挨拶をと思いまして」



 慣れきった優雅な物言い。これぞまさに高貴な人物と、有栖でさえ思ってしまった、真に妃に相応しいほどの佇まい。この場でその振る舞いができないのは、自身だけ。そんな苦しく、不思議と悔しい気持ちが胸中を席捲する。



「ではご機嫌よう」



 それから有栖は部屋に戻った後も、上の空となっていた。時間の流れにすら頓着せず、ここ数日の中でも最もひどい、心をどこかへ置き去りにしてきしまったかのような状態。



「どうした」


「うん」



 白銀の彼が政務を終えて帰ってくるまで、有栖はただ外を眺めていただけである。硝子越しに、ゆっくりと一日を推移していく、王都の風景。夕焼けが彼女すら、ほんのりと赤く照らしているときだった。



「どうしたと言っている」


「うん」


「まったく困った奴だ」



 振り返らずに、ただの定型文を発音する機械になってしまっている。白銀の王は小さい溜息をついて、窓辺に張り付いている有栖を抱えあげて、ベッドへ運ぶ。



「何かあったのか」



 そこでようやく心を拾い上げ、白銀の彼へ澄んだ瞳を向けたていた。



「私、お妃さんになっていいの?」



 挑戦状ともされた上奏には、怖気づかずにいた。それがたかだか数日で、変貌してしてしまっている。蛮勇を発揮してみせた、王妹にさえ莫迦であると責められても、泰然自若として頑なになっていた少女はもういなくなっていた。ただ自身の意義に怯えている、年相応の姿に変わり果てて。



「お前はどうしたいのだ」



 もう戻れないのはわかっている。だとしても、何が正しくて、正しくないかすら、定かではなくなってしまっていた。


(私は、私は)


 改めなくとも、知っていたというのに。



「私がお妃さんにならなくても、一緒にいれる道はないのかな?」


「お前は何を言って・・・・・・」


「わかってるよ。でも私以外の誰かを、お妃さんにしたらって思うの」



 そこで白銀の彼は押し黙った。暗くなっていく部屋の中で、深紅の瞳だけが輝き、有栖を捉えて離さなず。



「それでどうなる」


「え・・・・・・?」



 そこで有栖の思考は停止しかかってしまう。どうなるかなど、聞いたところで、なににもならないはずだというのに。彼の真意がいまいち読み切れなくなってした。そんな彼女に白銀の彼は、色彩豊かに険しさをつくっていく。



「他の姫を妃にすればお前はどうなると言っているのだ」


「私のことなんて・・・・・・」



 口ごもりながらいるのに、白銀の彼は一刹那目を閉じ、有栖に語りかけようとしていく。



「お前がいれば私に問題などない。それにお前が一緒にいると、言ってくれただろう?私にはそれでいいのだ」



 再び有栖を据えた瞳は、欠片の疑いもない。彼女が妃になるに足ると、彼自身は確信しているらしい。


(私はそんな立派な人じゃないのに)


 民衆に慕われる、王の伴侶足り得るのか。期待し、願われてしまったが、それは正しいのか。慕われもしていない人間がなって、どうなる。有栖には何もない。



「それじゃ、ロボの立場が」


「くどいぞ、もう終わった話だ」



 白銀の彼はぶっきらぼうな仕草で、自らの手を有栖の顔に当て、口を塞ぐ。千差万別の魔族であるが、彼の白銀色の手は掌だけで、彼女の顔を覆い隠せるほど大きい。白銀色の左腕が寒さを感じさせる季節には、温かくしてくれるはずだった。だというのに、やけに寒々とした気分になっている。


(私はどうすれば?)


 特別な出自もなければ、常人の域を出ない才能しか持ち合わせていない。果たして、この平和な争いの勝者となれるのか。有栖は一抹の不安を払拭しきれずに、ゆっくりと落ちていく意識に、抗うこともせずいく。彼女の胸の底から湧き上がってくる感情に、蓋するように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ