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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
王城
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二十七 城

 がたり、がたり。少女と白銀の王は、馬にも似た黒色の生物の引く馬車に揺られていた。



「この生き物はなに?」


「これは水棲馬といって、ズメイ湖のような湖の畔に生息する魔物だ」



 この土地の生物は高度な知能を持つ魔族と、魔族と共通の始祖を持つとも言われる、魔物がいる。それは有栖のもといた世界の、人間と猿に近しい関係だろう。とはいえ、枝分かれしたのは大昔も大昔で、最古の記録が編纂された時点で、もう魔物は共通の祖先を持つ、別種として扱われていた。

 

 この魔物もまた、始祖は同じだとしても、今は別として利用されている。この世界の生物については、有栖はかじった程度の知識しか、持ち合わせていなかった。


(黒色の水棲馬って)


 この世界の成り立ちについて、謎が深まる。元いた世界では生きながらに死んでいた。だが、本を読むのはやめなかった。本を読めば未知の世界が、彼女にとって未開であったものが切り開かれていく。その中で特に伝承、伝説の類が彼女の目を引いた。世界中に散らばる、多様な伝承。


 水棲馬。この単語ですぐに繋がった。ケルピー。エッヘ・ウーシュカ。細かな差異こそあれど、水棲の人食い馬。湖の畔ということは、どちらかと言えばエッヘ・ウーシュカであろう。白い馬なのが基本だが、異説では黒色だとも。



「こやつらは魔力の溢れる地では大人しいが、魔力が薄い地で生まれた個体などは、人間どころか魔族ですら食う」



 対面に座っている白銀の王は腕組をしながら、魔物についての解説をすしてくれる。


 なぜ有栖が白銀の王と共に、馬車に揺られているのかというと、視察のためであった。


 王都マスカヴィア西方の、国境近くの城塞都市ヘレニアの視察。かつての大戦での主戦場の一つ。そのこともあって、不穏分子が隠れているとも噂されている。国境沿いの都市の中でも指折りの規模だ。とはいえ、かつての戦争が尾を引き、旧市街と新市街の二つに分かれてしまっている。ここもまた、学んだ都市の一つ。


 馬車の移動となると、ある程度の大きい舗装された道が必要だ。この国では王都から四方に、延びている街道がそれにあたった。それも主要な街道は歩道と車道の区切りがされている。石畳の敷き詰められた、馬車がすれ違える幅の道。古代ローマですでに舗装路を造っていたのだから、おかしな話でもない。加え、この世界には魔力に魔術、魔法といったモノすら存在するのだ。使いようによっては不可能というわけではない。



 王都に対して、出城ともいえた位置にヘレニアはある。大きな街道を通行していくとなると、必ず通る場所に築かれていた。とはいっても国境近くの都市なので、距離自体はそれなりにある。



「私から離れるな」



 目的の地へ来て早々、白銀の王は少女を連れ立って城塞の築かれた山の頂上へ来ていた。


 城塞自体は二つの小高い丘陵そのものを城としている。麓の一部を囲むように街が形成され、さらに外側に城壁が築かれていた。川の結節点であり、見るからに水資源は豊富だ。


 そこは城塞を構成する二つの丘陵のうちの一つ。かつてはこちら側を主郭としていたらしい。防御施設としては優秀であっても、周辺地域統括の政庁としては年を追うごとに手狭となり現在では倉庫代わりとなっているそう。そのため建物もあまり多くなく、景色がよく見えた。



「ここがどうしたの?」



 白銀の彼の意図がまったく読めない少女は思わず訊いてしまう。


 確かにこの城からは、都市の築かれている平野部がよく見えるが、あくまでもよく見えるだけ。大きな都市の所在する地点なだけあり、平野に建物が広まっているが、王都ほどではない。



「あの山を越えれば、人間の国だ」



 指をさした先には険しい山々が連なっていた。さらにその先には国境がある。それは少女の知識ですらわかったこと。



「おまえは故郷に戻りたいとは思わないのか」


「それって・・・・?」


 

(そうか、ロボは気にしてるんだ)


 視察はじきにしなければいけなかったろう。それでも、わざわざ有栖を共だったのは、彼として思うところはあったから、らしい。



「私の故郷にはもう戻れないいから。だから、大丈夫だよ」


「そうか。すまなかったな」



 本当に申し訳なさそうに、有栖へ謝っていた。尻尾だってだらんとして、意気消沈といった具合だ。ふと、後方の気配がした。



「陛下、ここへ来ていたのですか」



 足音一つもなしに、接近したのは、見たことのない人物だ。


(ヤマネコみたい)


 ぱっと見は、そうだ。薄茶色の毛並みに、いくつかの黒模様。有栖の世界にも、酷似した生物はいたが、その生物からくる可愛らしい印象と、顔立ちに深く彫り込まれた精幹な印象を両立させていた。


 見知らぬ男は、軍でそこそこの高官であるのか、王城にいた兵士と恰好を共通しながら、随所が豪奢になっている。刀剣を腰から下げてもいる。



「リーガスか久しいな」


「陛下こそ、変わらず元気そうで何よりでございます」



 リーガスと呼ばれた人物は、にこりともしない。



「横のおわす方が、噂の人間の姫ですか?」


「そうだが、何かあるのか」


「いいえ。私は陛下の決めたことに、異など唱えませぬ」



 隠し事なく、本音からのもの。明らかな不満すらなく、主君の決定こそ、絶対としているようだ。有栖に向ける目も歓迎こそないが、嫌悪や侮蔑でもない。無関心といってもいい。政治に口出ししない武人、軍人と潔く割り切っているからか。



「あまり見張りの少ない場所へ行かないでください。たださえ近頃は不穏分子の動きが著しいく・・・・・・」


「わかっておる」


 

 面倒くさそうに白銀の王は諫めを受けながら、手を振ってやめさようと試みる。



「陛下を城内の者たちがお待ちです。お早くお戻りに」



 リーガスは主君の意向を尊重し、それ以降は近くに忍んで控えていた。


(この人もいい人だ)


 最前線には最適な人選だ。忠誠心は王城の高官にも劣らない、もしもの事態を想定しての配置。刀剣を常に携行しているのも、秘められた主君の意思を汲んでのことか。


 こんなにも、白銀の彼は王として慕われている。再度考えさせる。白銀の彼の傍にいるということを。


(私は何回も、騒ぎを起こした。どれだけ彼を困らせてる?)


 本当にこんな不相応の願いを、抱き続けていいのだろうか。有栖には逃げるなどは、できない。逃げたとこで、彼女を受け入れてくれる人も、場所はどありはしない。ここしか、白銀の彼としか有栖は人として生きれないだろう。それでも、ずっとこの場所を陣取っていることが、彼のためになるのか。それだけが懸念であった。

 

 視察はまだ始まったばかりである。滞在はおおよそ三日ほど。

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