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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
王城
25/57

二十五 下手人

 大勢が、どよめきを形成する謁見の間。横に控えた宰相。その場を一声だけ統べる者が見下し切っている。



「さて下手人よ、弁解はあるか」



 王である白銀の彼が、拘束された弟を見やって。隣にはその愚弟を、取り巻き共々叩きのめし、ひっ捕らえた軍事大臣ウィンディゴがひれ伏していた。謁見の間にはその左右に城中の、朝議に出席する立場の家臣が並でいた。口々に「どうなるやら」と戦慄している。王子は外聞なく泣き喚くのをやめない。



「あなたは弟が可愛くないのですか?」



 息子が拘束された一報を受け、王城へ早馬で来た、王の母は届かない叫びを甲高く鳴らす。



「下手人、なにか言え」



 とり合う暇なく、処刑は決定事項。たとえ母が抗弁しても。なのでなにも言えない。良くも悪くも小賢しくない、性根が真っすぐな王子では。兄を止めることなど、もってのほか。



「陛下、せめて恩情を。弟の、親族の血に染まるなど、あってはなりませぬ」



 守り役としてのせめてもの懇願。彼にしてみれば、王子は子供同然なのだ。王や姫に対しては、あくまでも守り役に徹していた。だが、その歳らしい純粋な幼子であった王子は、いっとう可愛かったようなのだ。白銀の彼にもわからないでもない。


(だが、ここで遺恨を残せば次が明白だ)


 さりとて引くことなどできない。ガルムが企んでしまった時点で。



「陛下、陛下、せめても命ばかりは」


「おまえが口を挟むことではない」



 もう口答えもするな。白銀の王は冷酷な、統制を利かせるだけの装置と化していた。


(もう、こうするしかない。最後になってほしいが)


 白銀の王は血を流すの好まない。それでも、必要に迫られればそうするしかない。有栖と誓ったことに反するとしても。手段は他にない。王としてすべきこと。こうしなければ、王としての示しが、体裁が保てなくなる。


 白銀の彼に先日の夜の有栖と交わした会話が、不意によぎった。



「どうしても助けられない?」



 華奢な小動物におもえた彼女の、親切心からの発言であった。


(まだ少ししか関わっていないだろうに)


 己にはないもの。弟ではあった。だが、それ以上の思いいれなどない。いや持ってはいた。持ってはいたが、そんなので王である彼は判断を鈍らせない。この王にそうさせるのは、一人たりともいなかった。



「あやつのことは、お前にはどうでもいだろう?」


「でも、それじゃロボが・・・・・・」



 彼女はそこで俯いた。それで終わった。彼女の言わんとすることが王は察せられなかった。


 白銀の王の目の前の弟はまだ幼児のごとく泣いている。



「泣いてばかりでは、わからんぞ」


「あ、兄上・・・・・・・・・」



 実に情けない。王の弟らしからない、無様すぎる実態。



「もうよい、私の手で終わらせてやる」



 王族としての矜持を弟の栄誉を残すために。彼が考え得る最善。玉座から立ち上がった彼は、朱に染めた道を歩き出そうとしていた。



「ガルムを殺すつもりですか!?」



 二人の母であるハティがなんとかその歩みを絶とうとするが、徒労に終わる。事前に言い含めていた衛兵が制したのだ。



「母上よ、私はあなたが止めようとやめませぬ。なぜなら、私は王なのですから」



 これからの、血に塗れた王としての道を、より良いものとするためにも。この犠牲は無駄にしない。無駄にした瞬間から己は、白銀の彼は王でなくなるのだ。真なる化け物になる。その時こそ、反乱を甘んじて受け入れよう。ここから犠牲にする弟の、その他の者への、せめてもの手向けであるから。


 王弟に手が届く距離まで来ていた、刹那、大扉を隔てた廊下から騒ぎが発生していた。門番が慌てているのか。視線を離せなくなっていた者たちの注意が逸れるほど。



「そんなの、絶対に駄目だよ!!」



 大きい音で、その体躯の倍以上の扉が開け放たれていた。その体に似合わぬ、力強さで。有栖が侵入してきたのだ。追い縋った門番が、すぐそばで放心していた。





 先日の夜は上手く言い表せなかった。助けたい、と個人的に思えるほど関わってもいない。助けたいとも言われていない。言われればやるが、あの王弟は人前で助けを求めるなどしないだろう。


 ともあれどうすればいいか。少女には手立てがない。


(でも、それはきっと)


 それはきっと白銀の彼の、王としての道筋を固定しかねない。犠牲に報いるために。それが彼にとって良いのか。


(駄目だ、そんなのはロボが、王にしかなれなくなる)


 あの城下での、一人の青年と称せる彼は一切なくなるだろう。ただの国を統治する機械や、装置の類になってしまう。それは有栖、望む彼でもない。わがままであっても、成っては駄目なのだ。なぜかは言葉にできないが。


 ならばもう動くしかない。有栖は決心して、扉を叩いたのだ。



「お前の出しゃばる事ではないぞ、有栖」



 いつもよりさらに厳かで、恐怖を駆り立てる、辛そうな白銀の王。鉄面皮といった面持ちなのは、ここ二日ずっとだ。片手で宰相を制しいていた。



「私はたとえどんなことでも、あなたが間違おうとしているのなら正すだけ」


「間違い?なにが間違いなのだ、言ってみろ」



 有栖はゆっくりと彼らへ、近づいていく。思考は限られた時間を有効活用するために、高速稼働させている。いまを切り抜ける最善手を、と。


 やがて彼の間近まで接近した。白銀の王の瞳は彼岸の花のよう。そこで彼女は絶句した。その面差しが似ていたのだ。いつかの己に。いつかの、無心の怪人になっていた自分に。


(そうだ、やっぱりそんなんだ。そうならとめなきゃ)


 もう形振りなど、有栖には構ってはいられない。



「あなたは!ここでこの子の、弟の血で汚れればきっと取り返しがつかなくなる。だから、駄目なの、絶対に!」



 いつかの自分に、手を差し伸べる人はいなかった。ならば今はどうだ。今はいるではないか。そう自身を勇気づけていく。



「私は、私が隣にいたいと思えるのはそんな王様じゃない!王様なら好きなようにすればいいじゃない!」



 涙目で、いまにも崩れてしまうのを、有栖はなんとか奮い立たせていた。その魂の叫びを受けても、白銀の王は己を律す。



「決まったことだ。私が自ら手を下して、自ら収める」



 もう止まることはない。そう観念して、王弟に軍事大臣、国母たる王の母をはじめ、場の全員が息を呑む。



「駄目!」



 その中に一人、異分子がいた。魔族の常識を、無意識下の掟を介さず、後付けでしかない人間の少女が。王とその弟の隙間に割り入っていた。



「処刑するなら、私もしなきゃ公平じゃないでしょ?」



 白銀の王の、想いを踏みにじる行動。有栖は後悔はした。後悔はしたが、これしかないとも諦めて、実行した。頑なに、梃子でも動くことはないだろう。


(ごめんね、でもこれしか)


 両手を広げて背後の王子を守っている。ここで引けば、彼女は己をこれ以上、肯定できなくなる。有栖の背中に、視線が一つ増えていた。



「私の好きしていいのか?」



 そこで鉄が解け落ちた。いつもよりかは若干温和になっていた。人が詰めて狭くなった、本来は広々とした部屋中をねめつける。


 白銀の彼に文句を上げる人物はいないだろう。宰相も、けたたましく抗議した母さえも。



「いったん、これを預かる」



 白銀の彼は足早に謁見の間を少女を運んで後にした。



「なぜあそこで来た」



 部屋で白銀の彼はは開口一番に有栖を詰問する。一歩間違えれば、なにがあったかわらない。



「でも、ああしないと駄目だったから・・・・・・」



 有栖としても、後ろめたさがないというわけではない。白銀の彼の想い、を逆手にとる行為に打って出たのだ。ベッドで背中合わせにしながら、胸の内で詰まらせる。


 突然、頭上に気配がした。



「すまんな、お前にそんなことさせて」



 ぽふっとした擬音の、柔らかな感触。それがせめてもの、謝礼らしい。そんなことでしか謝意を伝えられない己を恥じてか、手が離れない。


(いいんだよ、あなたはそれで)


 またそうする。何回あっても、何十回でも。



「いいの、ロボの思う通りにすれば」


「そうか、ではそしよう」



 白銀の彼は、迷いを捨てた。有栖にもそれはたちどころにわかった。


(よかった。これでロボはもう・・・)


 もう白銀の彼が、道を踏み外すことはないだろう。それはいつかの自分を、助けることだ。もし、踏みはずしそうになっても、また身をもって止めよう。有栖は静かに決意を固める。





「では、王子ガルムの処遇を発表する」



 空間を強張らせる、兄の地響きだとも言えた、重量級な詞。自分は謀ひとつできない、不出来すぎる弟だ。ウィンディゴに押さえられ、ひれ伏しながら思う。そうだとも。いつもこの弟は思わずにはいられなかった。


(僕はなにをしていたんだ)


 兄の真意に、気が付けずに。たかだか半年にも満たない、自分の数十分の一に過ぎないの、あの人間は、小柄な少女は知ったのだ。なぜ。


(そうか、あの子は)


 なぜ気づけなかったのか。



「王子ガルムから継承権を剥奪し、居城とその領地を没収とす」



 当然だ。そうさせることを未然だが、起こそうとしたのだから。



「またひと月の謹慎の後に、軍事大臣補佐と処す」


「なんてこと!?」



 母は地団駄を踏んで、部屋を後にした。それでもガルムは受け入れる。彼はもう満足だ。


(僕はとんだ思い違いをしていたんだ)


 王の器などではなかった。そんな誰しもがわかることは、どうでもいい。兄に似ない優男は、晴れやかである。  


 幼少の、いまでは黄昏だとしていた、いつしかの記憶。あの兄は近しい者を焼き焦がす太陽だった。自身はあの太陽に憧れるしかできなかった。彼方を見据えた、彼方しか見ていなかった兄に。ガルムはもう忘れかけていた。あの何気なく助けられた時。


 まさに太陽。陽光なんて生易しくない、日輪そのもの。それを知ってから、自然と距離を置いてしまっていた。知ってしまえば焼き焦がされるしかないから。



「なにか、異論があれば言え」



 短い弟への思いやり。本人にはいらなかったが、母がいなくなればこれだから、つくづく可愛げない兄だとガルムは苦笑いしそうになる。



「なにもありませぬ。篤い恩赦、大変痛み入ります」



 面を上げるのを許されたガルムは胸を張り、凛とした笑顔を兄に向けた。


(兄上とあの少女に幸多きことを)


 焦がされるどころか、それにすら等しき少女。あの助けられたとき、悟った。あの人間こそ、王にしかなれない、兄を愛してくれるただ一人。


 かつての景色と一致した、あの光景。それでよかったのだ。


(兄上を助けることが、目標だったはずなのに)


 それだけでよかったのに。

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