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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
王城
18/57

十八 語らい

「さて、これからどうする?」



 ピロクを平らげた有栖を確認して、ロボが立ち上がる。彼女としてももどうするか、悩んでいる。ほかの食べ物を食べようにも、あまり長続きはしないだろう。

 とりあず歩いてみよう。歩いていれば、なにかしらに出会えるだろう。そう決めて、立とうとする。


(あれ、力が・・・・・・?)


 足で大地を踏みしめる、はずだったのだ。踏み込もうとして力が入らなかった。前に倒れてしまいそうになり、すんでのところでロボが受け止めていた。有栖は唖然とした。予兆などなかった。体に異常など、ないというのに。

 


「ご、ごめん。いきなり力が入んなくなって」


「いいのだ。もう少し、ここにいよう」



 二人はまた長椅子へと腰を下ろす。有栖はは抱き寄せられて、ロボへとよりかかっていく。



「私はな、お前に謝らなければならないのだ」


「謝る?なにを?」


「お前の秘密を受け入れる準備をしていなかったのだ。私はただ幸せだったから。それでいいと勘違いしてしまっていたのだ」



 ロボの腕は強くありながら優しい。彼はあの五日間に何を思っていたのか。



「だから、お前には何も聞かなかった。怖かったのだ、その秘密が私には受け入れ難いものかもしれなくて」



 彼は言う。有栖は何もかもを受け入れてくれた。愛も、願いも、自身の真実すら。だが、それは強要ではなかったのか、そうするしかなかったのではと苦悩した。



「私はお前に任せると言った。体よく逃げていたのだ。有栖と向き合うことに」



 孤独な王の独白。有栖にとっての五日間はロボという、彼と彼女だけの名前を考案するのには十分すぎる時間だった。この名前を、また彼と話したときに言おうと心を躍らせた日々だった。


 彼にとっての五日間はどうだったのか。それは自分を見返し、苦悩した日々だったのだ。少女の、有栖の秘密に敢て触れないでいた、自分を知ってしまったのだ。それが彼女の意に沿うものだったものだとしても。自分がその意に反して聞いておけば、こうはならなかったのではと。



「だから有栖よ、私にお前についてもっと教えてくれ。生まれ、育った風景。そこでの生活。そして持っている秘密も」



 一言、一言をかみしめながら、ロボは言う。



「私は知りたいのだ。妃となり、私の傍をゆくお前についてもっと」



 抱き寄せながら、泣きそうな声を隠さずに話す。有栖はただ受け止めていた。



「帰ったら絶対に話そう?夜が深くなるまで、たくさん」



 白銀の狼王は静かに頷いて約束をする。


(私の秘密か)


 懸念は残っている。またいつ聴こえはじめるかなど、有栖には予測がつかない。倒れるかもわからない。それでも、その気持ちを彼は呑み込んで、自身の判断に委ねようとしていた。彼女にはそれだけでよかった。待つ場所をくれた。いつまでも、黙すことなどしてはいけない。



「とりあえず、もう大丈夫だけど、また危なかったら言うね」



 大丈夫ではなく、もしかしたら頼るという旨の返事。たとえ王城に戻っても。きっとそうするだろう。

 それだけで彼は嬉しかったらしい。またせわしなく尻尾が動いている。この王都で過ごす時間は、彼には楽しいのだろう。王城内ではほぼ見なかった姿に、有栖まで嬉しくなってくる。



「さて、行こうか有栖」



 今度はロボがリードして、二人は石畳を確かに歩いていく。覆面越しの彼がうっすらと微笑している。やはり、それは王城であまり見ない。


(私と彼は傍目にはどう見えるんだろう?)


 親に連れられる子供か。それとも兄妹か。なぜこんな想像をしているのか。自身が何故こんなことを、気にしたのか、わからぬまま。いまの有栖にはただ心地の良い感触だけがあるだけ。

 また記憶にノイズが出た。誰かのいつかの記録。自分のモノではないはずなのに、有栖にわずかな羨望が湧いていく。そうだ、この記録は誰かのモノなのに、自分だけが知っていることに、満足感らしき気分すら彼女にはあった。



「どうかしたか?」



 歩きながら、心ここにあらずといった有栖に、ロボが気が付いて後ろを振り向いていた。心配そうな口ぶり。



「ちょっと考えごとをしてただけ」



 ごまかして、はぐらかす。彼とてそんなのお見通しだったが、また何事もなく前を向いて少女と共に往来を進んでいく。


 街の喧騒。様々な種族の、幅広い年齢の魔族がいる。それは人種などという狭い括りとは、比較にできない。多種多様な外見で、あまりにも広い魔族という、種族の人々がこの国に、この(みやこ)にいる。

 美しい。有栖が人生でここまで美しいと思えた共同体ないだろう。だが、彼女の元いた世界と同じなのだ。やっと知れた。分かり合おうとするから、理解し合える。彼と彼女もそのうちの一つ。



「あでっ!」



 そんな時、有栖へ子供らしき魔族がぶつかってきた。背丈は彼女の肩ぐらい。彼が前にいてわからなかったのだろう。

 石畳の上で尻もちをついている狐にも似た少年を、少女はすぐさま起き上がらせようとした。が、彼が即座に手助けしていた。



「怪我はないか?痛いところは?」



 巨大な体躯に似合わぬ、慣れきった対応。



「ありがとう、お兄ちゃんとお姉ちゃん」



 つぶらで純真な眼差し。子供は目に入れても痛くないとはよく言ったもので、この子も全くそうだ。



「二人は王族かなにか?」


「どうしてそう思ったの?」


「王様と同じに見えたから」



 時として、子供はなにもかもを当てる。7歳までは神のうちと、有栖の故国には伝わっている。それよりか上だろうが、やはり怖いものである。

 有栖は子供に合わせて多少屈みながら、なんとか言い逃れをしていく。



「違うよ、私はただの通りすがり」


「そっか。王様と一度ぐらいは話してみたいな俺」



 心底残念そうに少年は言う。それを聞いて横の彼へと目をやるが、布越しなのもあって有栖にはなんとも言えない。


 そこで大事な事でもあったのか、狐の少年が慌てて走り出そうとした。どうしたのかと、止めるが、なんとしても少年が行こうとしていると、探す人物が追ってきていた。

 やっと合点がいく。そうか逃げていたのだ。少年は咄嗟に二人の間に飛び込んで、隠れていた。追ってきていた人物の背丈は、有栖より一回りほど大きいぐらい。二人が少年を助けたとは露知らずに、通り過ぎていき、やがて人混みへ消えていた。



「お前、やはりどこぞの貴族か」



 自分との間に入られ癪にさわったのか、苛立たしげになっている。有栖はそんなロボを宥めていく。



「ま、まあ、仕方なかったから。だから、ね?」



 赤い覆面からの憤慨を受け、怯えていた少年は、少女の影に隠れた。


(これぐらいだっけ、あの子も)


 その行動に有栖には驚くことなく、少年を撫でてなぐさめている。どこか手慣れていて、自分より下の兄妹でもいるのかと見る者には思わせた。



「そこまでして、助ける道理があるのか?所詮は行きずりだろう」



 どんなわけか、ロボは妬ましそうに赤い布の端から少年を見下ろす。確かにただの通りすがっただけの、関係だ。それ以上の思いれなど、有栖にもない。だが助けを請われれば、それに応える。その単純な理由なのだ。



「ほら、私と手をつないで」



 二人の間に有栖は入り手をつないで前へと促す。そこで大人気ないと自覚したロボは不承不承で、大きな掌を伸ばす。

 なぜこんなにも親切にするのか、と少年は疑問を呈してきた。そこまでする意味などないかもしれない。だが己の利で助ける、助けないの判断をするのでは未来を閉ざしてしまう。それを人はお節介と言うのだろう。



「お節介、だからかな」



 見ず知らずの子に、ここまでする意味など、それぐらいでいいのだ。幼くとも貴族なのだろう。だから新鮮だったらしく、有栖を瞳で捉えて離そうとしていない。

 子供らしい無垢な眼で、身の上を語っていく。人間とは未だ露見せず、ただの魔族だと、騙したまま。



「俺を探していたのは、従者なんだ。貴族の末子とはいえお守ぐらいは付けられるから」



 どうやら外出中に従者の目を盗んで逃げていた結果、ぶつかって現在というわけらしい。


 普段は王城に出仕する将来に備え、座学と武芸の鍛錬に勤しむ生活。それがこの少年には退屈でしかないという。嫌いというわけではない。やったところで、出世など自分より秀でた兄たちより見込めないし、そんなことしたって無意味なだけで。

 自嘲気味で、子供らしくない、貴族の子弟らしい考え方。血筋こそが大事で、それ以外は二の次と、子供にすら言い切らすことに、有栖はこの国においてのもう一つの真実を認識した。



「誤っているな。この世は血筋などでは決まらないことしかない」



 自重していたロボは、我慢ならないと、子供相手であったが窘めていく。たとえ有栖が庇おうとも、止まる事はないだろう。



「人は生まれをえらべず、どうしても付きまとう。だが抗おうと努力はできて、評価してくれる人も必ずいる」



 強く反論をいっさい許さない。王としての彼はその信条の元に、(まつりごと)をおこなうのだ。最初から諦めていれば、苦しまなくていい。諦めてしまうことも、悪ではないのだ。だが、既に諦めた人が、後続の行く手を阻むことなど、許されないのだ。



「己を磨くのだ。たとえ血を吐き、地べたを這ってでも。諦めるのはそれからでも遅くないだろう」



 聞いた誰もが感銘を受けたであろう、雄弁でこうあってほしいという望み。人の一生など長いのだから、そうあってほしい。白銀の彼の、ロボの王としてのせめてもの願い。


 少年はそこで沈黙した。なぜこの男はここまで言い切ってくるのか。



「あんたやっぱり王城の人間だろ。それも王族とかじゃないのか」



 確信をもっている。今度こそ言い逃れなどできない。自然と三人は止まった。なにも示しもせず、十人十色といことわざが、まやかしであるかのように。この少年は知ってなお、語彙を訂正しない。二人が身分を偽る事情を察して、あえてそうしていたのだろう。



「あまり暴れないでくれよ」



 そう言うと少年の目の前へ出て、持ち上げていた。そうして持ち上げられた少年は、片方の肩に乗せられる。少年は彼の忠告どおり、暴れることなく、ただその大きい体に身を委ねている。



「何が見える?」


「何って普通の光景じゃん。ただ一日を流れに任せて生活する人だけしか・・・」



 そこで言い淀む。ロボの言いたいことがわかったらしい。この道は大きくはない。だからこそ、わかったのだ。道を往き、品物を買う人。商売に精を出す人。それらの人々の表情、生き生きとした目。



「誰一人いないとは言わないが、誰しもが自分の生まれに絶望した者ばかりではないだろう?」



 商人をするのも、買い求めるのも、諦観をもってしているのではない。そんなのではここにいないだろう。この少年もそうだ。抗おうとして有栖とぶつかり、ここで話している。たとえそんな意図などなく、ただ衝動に突き動かされて、ここにいるとしても。



「そうだ、私はこの国の王だ。お前のような身分でも、さらに下の身分だとしても、等しく私は愛す。生きようと、自分を越えようと、努める人々をこよなく愛するのだ」



 なにも言い返すことなく、少年はロボの言葉に傾聴している。それは王の講釈だからか。勝手にすべてを知った気になり、人生を惰性的に生きるしかないと見切ってい自身を、恥じたからか。それとも王がそんな風に接していると、思いもしなかったのか。



「テンコっていいます、陛下」



 名乗られたのだから、名乗り返さなければ無礼である。そう叩き込まれてきたのだろう。諭されて恥ずかしく、王の肩に乗っているという状況は不躾でしかないのだと理解して、いまになって降りようと藻掻いている。ロボはからかうようにくすりと笑う。



「ははは。いまになって降りようとしても無駄だぞ」



 覆面で相変わらず感情が読みづらいが、表裏なく楽しげだ。たとえそれが王と打ち明けた少年、テンコ相手であっても。

 白銀の王も複雑なのだ。王であり、紅き夜を彷徨い討ち果たされるべき怪物であって、彼の愛する人間の少女だけのロボ。様々な顔を持ち、それらは一側面でしかない


(楽しそうで・・・・)


 狐の少年を片手で支えながら、ロボは有栖を片手で抱えあげる。



「い、いきなりどうしたの!?」


「いいのだ、お前もいつ倒れるかわからないだろう?」



 そう言って腕を座面代わりに有栖を座らせる白銀の彼はいつになく大胆だ。そんな二人へ、テンコはもじもじと、恥ずかしそうに畏まって伺う。



「お二人はいったいどのような関係で?」



 想像はついているが、と言外に潜ませて。ロボはその場に停止して、有栖は押し黙っていた。質問者はまずいことでも訊いたか、と小さく震えて待つだけ。ロボは一呼吸をおいて、横目で有栖を逐一確認しながら話す。



「有栖は私の妃だ。私自身で選んだ、ただ一人の」



 言い切ってみせたその言葉に含まれた意図はなんだろうか。狐の少年はそれを聞いて、瞬きを絶やさなずに二人へ交互に目をやっている。


 傍目からは、親子ほど離れているかもしれない。魔族の変装しているのでなおのこと。実際有栖に白銀の彼の年齢などは不詳だ。それを判別できるだけの、出会いをしておらず、外見の判断基準がまだ正確ではない。声質から辛うじてわかりはするが、それは大まかにだ。

 有栖の見立ててでは高くても、四十代手前。低くて三十前ほどだが、それでも彼女とは十以上も離れることになる。


(なんでこんなの意識してるんだろう)


 胸の中で渦巻く情動に有栖は戸惑う。王城を出て白銀の彼とのつかの間の休養が心に染み入った。目的も決めず、これといった決まりもなく、その場限りの人たちと、心を通わす。それだけなのだ。それだけで、ここまで情緒が揺り動かされた。


 遠くから必死に探すだれかが、人の波に逆らい、現れる。それはテンコを探し、有栖たちの横を駆け抜けた、少年の従者。どうやら黒衣の大男が肩車をしているのを発見してから、肝が冷えていたのか。目立つのを承知でそうしていたので、早晩来ることなど、手に取るように見抜いていた。



「さらばだ、若き我が臣下。お前が足掻き苦しんだ先で待っているぞ」



 ゆったりと舗装路に足裏がつく。慌てて主人の安否を手足の先まで検める。自分の保身ではなく、本心から身を案じて。客観的には不審な人物が、幼い主人の相手しているのだ、捜しあてたときは、気が気でなかっただろう。それが、この少年に愛をもって仕えているのだと、理解させた。

 有栖はその光景で、テンコを愛す人はいるのだと思えた。たとえ、この人物しかいなくとも。主従でしかなく、いつか少年と生き別れてしまうかもしれなくとも。


(あっ・・・・・・)


 テンコとともに、下ろされたばかりの有栖がばたりと倒れていく。まただ。体の隅々まで入れれた力が、なくなっていた。即座に立ち上がろうと、四肢を踏ん張っても、現状を維持するのがやっとだった。大丈夫かと、心配したテンコの従者が来て。



「人間!?若様、私の後ろへ!」


「え、なんで、どういう・・・・・・」



 ついにバレた。倒れたはずみで被り物が崩れ落ちかけ、素顔がさらけ出されていた。周囲が一瞬で強張り、有栖に突きつけられる。怯え、恐怖、軽蔑、色彩のように有栖に向けられる。テンコの嘘だと言っている瞳が、彼女に鮮明に事態をわからせた。少年は愕然とし、その場で立ち尽くすだけ。



「有栖!」



 一瞬で呑み込んだロボは有栖を庇い、拾い上げて周辺一帯を煌めきで覆い隠す。白銀の青年にしても想定外でしかなかったが、咄嗟に判断を下した。ここでズメイを出せば、たちどころに正体が露見するからか、王都内での跳躍の繰り返しを選択して城まで逃げるという算段を。

 路地に逃げ、また飛ぶ。それの繰り返し。それは魔術の一種だろうか。一つ言えたのはその合間でも油断せず、周囲の警戒に怠らずに、少女を第一に想っていたということ。


 少女と白銀の彼はひと騒動こそ起こしたが、無事王城に戻った。まだ日は沈んでいなかった。夏であるのに暑くもなく、陽射しで身を焼くこともない。魔力が常に薄ぼんやりと漂っているこの国においては、たとえ夏でも気温はあまり上がらない。

 城に帰還してから宰相が詰めよってきたが、白銀の彼はいなして有栖をすぐにベッドへと運んだ。彼女が大丈夫と言っても聞かず、しばらく安静にしろと言い残し、執務室へ戻った。


(私は何も知らなかったんだ)


 夜会で分かった気でいた。自らに向かう嘲りを。だが、それは貴族の、それも上位の比較的人間を見たことある者たち。民衆は違った。王都で過ごす大多数は恐れている。姿かたちが異なりすぎる、人間である彼女を。知る努力を怠っていた。それだけで、いいのだと思い過ごしをしていた。それでは駄目なのだ。見識をさらに広げなければいけない。


(私がこの立場にいるうちは)


 有栖は戻ってから意識を失うことなかったが、軽い咳がつきまとっていた。

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