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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
王城
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十七 王都

 王都マスカヴィア。そこは二千年以上続く、繁栄の都。古を生きた王族の祖先が、王城の建っている丘から始めた集落は、やがて魔族の生活圏ほぼすべてを支配するようになった。重要だったのは細長く広大な平地と見まがうほどの、いくつかの山や丘陵で囲まれた盆地。かつては農地がそこら中に点在したが、文化の変遷と共に、すぐそばのズメイ湖の水運の集積地として水の都へとなっていった。海の近くない都市でありながら、巨大な湖を擁し、水運も盛んである。


 栄華を誇る都。まるでそうなるのを予見していたがごとし、好立地。代々王家は攻めてきた勢力を迎え撃ち、撃退してきた。外敵侵入の経験を元に、王都の構造は見事な区画割をされ、民家や商家、貴族に重臣の屋敷の類すら防御に活用していた。またその地を流れる複数の川と、人工的に敷設した水路と水堀を王城の重要な防御機構としている。街自体は王城を囲むようにあり、湖と平行状に延びた大きな道が、延びている。そしてその道沿いに立ち並ぶ街並みと、いくつもの小道。

 

 王国の歴史を編纂した著名な歴史家は言う、この誇りある王都こそ、国そのものと。





 有栖と白銀の彼は王城から抜け出て、王都の中を歩いていた。大通りではない、数多の小道の一つ。しかし小道といっても、それは大通りと比較してである。十分な余裕をもって歩ける道だ。往来人は少なくないので、人の波が形成されていた。よそ見すればたちどころに、ぶつかるだろう。

 さて、何故このようなことになっているのかというと、それは前日に遡る。



「王都へ出たくはないか」



 白銀の彼が言いだしたこと。そう言いだした理由は、有栖には定かではない。



「嫌なら、それでも・・・」


「行きたい!行ってみたい!」



 食い気味の有栖にい、ささか白銀の彼は後悔した。ここまで元気になっていれば、外にも出歩けるだろう、と安堵しながら。

 有栖とて不安もある。だが彼が愛してる国を、一部でも見てみたかった。自分も肌身で感じたい。この国の今を生きる人たちを。生活の実情を。

 という訳で有栖は魔族の変装を、白銀の王は市井に下りていくの相応しい恰好をしていた。



「でもその恰好・・・」



 おかしそうにくすくすと有栖は笑う。白銀の彼の恰好は赤い布の覆面で隠し、上下ともに黒づくめ、同色の外套を羽織っていた。それがおかしかったのか、有栖は王城を発ってからずっと微笑を絶やさない。きゃらきゃらとした笑みを絶やさないのだ。


 白銀の彼は最初こそ気が気ではなかったが、やがて恥ずかしくなり窘めていく。



「いつまで笑っている。それよりこれからどうするのだ?」



 彼としても王都には案内したい場所がいくつもあった。だが、今はあくまでお忍びの外出。あまり目立つことはできない。腕を組み、有栖は大袈裟に案じてみせる。



「どうしよっか・・・。とりあえず、歩いていたらいいんじゃない?」



 なにをそこまで無邪気にさせるのか、白銀の彼は測りかねていた。体格差が著しい二人。いまでさえ有栖を見下ろす形で歩いている。なので、お互い余計わかりづらいのだ。



「そういえば、なんて呼べばいい?ほら、おまえとかあなたとかじゃ、もしもの時にわからないから」


「呼び名か、考えたこともなかったな」



 考えたことすらない。以前、有栖に言っていた事実。彼女なりに、その意味を探っていた。では自分がつければいい。この五日間思案して過ごしていたのだ。彼をいつまでも、不変に憶えられる名前を。



「考えたんだよ、私だけが呼べるあなたの名前を」



 無関心そうに、ずんずんと前進していく白銀の彼に、有栖は少し不貞腐れる。それでも、二人の歩調は変わらない。体躯のはるかに大きい彼が有栖に合わせていた。



「名前の候補はいくつかあるんだけど、どれがいいかな・・・?まずね、ロボっていう」



「それでよい」



 即答。雑ですらある、言い切った物言い。不満を表しすように有栖は止まる。



「本当にそれでいいの?」



 微かに怒気をにじませ、こぶしを強くに握っている。彼もそれに気づき、歩むのををやめた。



「お前が私のために、熟考してくれた。私にはそれだけでいいのだ。はじめに言ってきたのは、自信もそれなりにあってなのだろう?」


「そうだけど・・・」



 まだ納得がいかないのか、口をとがらせるように言う。無邪気で、王城内では見せなかった一面。いままでの小動物然としたのも、凛とした振る舞いも、慈愛で受け入れる姿勢、そして今の様子。すべてがこの有栖という人間の少女。この複雑さが、彼と関わるほどに強くなっていく。

 有栖は不満である。こんなにあっさりと、雑に決めていいのか。それは彼にしか決めれにことだと、理解できていても。だから彼女は異論を強引に押し通すことができない。



「そこの二人!買っていかないかい?」



 通りかかっていた二人に通りの左右を並ぶ店の一つの店番から声をかけてくる。アクセサリーなどの雑貨を扱う店というのは一目で把握した。有栖と白銀の彼は言われるがまま、近寄っていく。

 あまり興味はなかったが、親切そうな声に引き込まれていた。呼んだのは亀にも似た、背が高くない男。



「うーん?親子なのかい?」



 店主はあまりの身長差に、じろじろと訝しんできた。有栖がいくつかの変装のうちの中で選んだのは、彼と同じ種族になれるもの。真っ白で、黒が主体の彼の恰好とは対照的な色。いくつかあった中で即決したのだ。

 親子。それを聞いて思うところがあったのか、二人はむっとする。



「まあ、そんなのはいい。何を買うんだい?お嬢ちゃんは小さいからまけとくよ」



 商売は勢い、と言わんばかりになかったことにして、どれを買うか催促しくる店主。有栖にはめぼしい物はなく、無言でいる。断って離れるか。そう目配せしようと、被り物で見えずらい彼の横顔見上げると、なにかあったのか吟味していた。一枚深紅の布で面を隠した白銀の彼は指さす。



「これをもらえないか」



 欲したのは、小さな指輪。その大きさから自分用に買ったのではないのは、容易にわかる。代金の路銀を払い品者が手渡される。店の主は差しだされた白銀色の腕が印象的だったのか、受け取った手を凝視していた。さっそく雲行きが怪しい。



「あんたもしかて・・・・」



 二人にに緊張が走っていく。いきなりバレたか。



「貴族様かなんかかい?」


「う、うむ」


「いやなに、そんなの隠すことでもないよ。いまは王侯貴族でさえ、そこらの街で買い物していくぐらいなんだから」



 危ないところであった。どこぞの貴族と思ってくれて好都合であった。


(とりあえず、もうすこし用心しよう)


 そう心の中で有栖は誓った。彼もなんとか平静を装って手渡された品を懐にしまいこむ。立ち去っていく二人に店主は丸っこい手を振り、快く見送っていた。



「ところで、なんでそんなの買ったの?」



 何気のない有栖の問いかけ。白銀の彼には言いにくいことだったのか、口ごもっている。それは彼女にも布越しでもわかった。

 


「・・・そっか、言えないならいいよ。ほら、行こ?」



 白銀色の、光を反射した腕をひっぱって有栖は駆けだす。彼も曳かれながら彼女へついていく。やはり親子に見えるだろうか。それとももっと、別の関係だろうか。


(昔読んだ本みたいな、二匹みたいかも)


 内臓をチクりした感触にぼんやりとなる。棘を飲んでしまったみたいに。彼女がロボと名付けた白銀の彼と歩いていると、徐々に霧散していく。暫しの時間歩いていると、鼻孔をくすぐる嗅ぎ馴染みある匂いがした。


(この香ばしい、小麦の匂いは・・・)


 パンだ。王城ではライ麦に風味の近い品種らしかったが、これは元いた世界で広く食べられている小麦のパンと瓜二つ。有栖は現代で慣れ親しんだパンを目の前にして、はしゃいでしまう。彼の是非も聞かず、とことこと店の方へ誘われていく



「お、どれにするんだい?」



 店の主人は気さくであった。この者もまた商売が上手そうにあれやこれや解説いしていく。



「いやぁ、運がいいお嬢さんだ」


「運がいい?」



 はて?、と首を傾げてた有栖に続けざまに言う。



「ここに並んでいるのはつい、さっき焼いたばかりなんだよ」



 ただのパン以外にも、様々な焼き菓子や、果物が混ぜられたパンが並んでいる。焼きたてという言葉を示すように、焼いたばかりの小麦粉特有の香りがあたりを彩っていた。その中でひと際目立つ位置にパンにも似た食品がある。



「あの、これはなんですか?」


「これかい?ピロクっていうんだよ。中に野菜とか挽肉を詰めて焼くんだ」



 まさか、こんな品まであったとは。焼き菓子ならともかく、中に詰め物をした食べ物。これは明らかにピロシキだ。有栖の故国でも有名な外国の料理。前々から文化の進化の方向性については考察していた。結論らしきものが今有栖には出た。

 それはそうと、おいしそうだ。どんな味か。は掻き立てられた知的好奇心を有栖は爆発させて頼む。



「これ、ください!」


「あいよ。そっちの人はいるのかい?」


「私はよい。それより店主、代金だ」



 ずいっと手をだす。素っ気なく渡されると、代わりにピロクと言われたものが彼の手に置かれる。数は二つ。あまり大きくなかったので、危うげなく鎮座していた。



「二つ?私はいらんと言ったはずだが」


「いいんだよ、かわいらしい嬢ちゃんへのおまけだ。ここの横に軽く食べれる場所があるから、そこで食べるといい」


「そうか、感謝する」


「せっかくなら、あんたにも食べてもらいがね。この国では貴重な白麦も使っているのに」



 この国では貴重。はじめて知った。ちらっと覗く。無表情だった。赤い布を覆面としている白銀の彼は、いつにも増して無表情に思える。

 無言で有栖へと持たせて、その場から座れる場所に足を運んだ。いくつかの長椅子がある。まだ店を開いたばかりらしく、有栖とロボの二人以外には利用者はいなかった。

 その椅子の一つに並んで腰かけて食べ始めていく。



「おいしい!」



 はじめての彼と一緒の食事に有栖はこの上なく嬉しそうである。半分ほどまで食べ、彼へもう一つをあげようとする。白銀の彼はいるともいらないとも言わずに、覆面で顔立ちを隠したまま、体を向けてくるだけ。



「いらないの?おいしいよ」



 天真爛漫な笑顔に気圧されたロボはたじろぐ。



「白麦を使ったものは私の好みではない」


「貴重なものなのに?」



 そこで有栖はハッとした。そうか、そういうことにして王城で出なくしているのだ。彼は基本贅沢をしない。自室も調度品はほぼない。寝具と両開きのクローゼットぐらい。食事もそうなのだろう。雑貨屋も王侯貴族すら来ることもあると言っていた。


(それでも、今は一緒にこの味を分かち合いたい)


 それでもなんとか食べさせようと、有栖はそわそわとする。

 


「・・・・・・?」



 なにもわからず、顔を不用心に近づけた時。そこからは一瞬。覆面を搔い潜り、白銀の彼の口へピロクを押しこもうとする。押しのけるのはできただろう。だが彼はもうしかたない、そう観念して狼に似た口の中に消えていった。



「どうかな、ロボ?おいしい?」



 何気なく、名前を呼ぶ。彼が即決した名前。遠い地のの荒野を駆け抜け、最後まで己が貫いた、誇り高い狼の名。本人も呼ばれてまんざらでもないのか、味わって噛み潰す。



「私は黒麦でよい」


「でもたまにはいいでしょ?」


「たまには、な」



 この国においてもパンは主食だ。それは毎日出される料理でわかった。だがライ麦パンとして、あとの品もあまり多くなく、質素で栄養第一。服飾品も飾ることをしない。質素倹約を自らしているのだろう。

 王女であるシェリルにしたって同様だ。最初の茶会以降に出されている紅茶はどこか庶民的だった。お茶菓子にはこだわりを持っているのか、いつもおいしかったが。


 王と王女が質素倹約を心がけているからか、王城の者で過度に着飾っている人物などはいなかった。それは主君たちの行いを蔑ろにしないためだろう。



「ロボはいい王様だね」



 彼女はまた、彼にあげた名前を呼んではにかむ。納得いかずに口ごもっていたのが嘘のようだ。



「・・・・・・・ところで名前の由来などはあるのか?」



 ロボは嬉しそうなのを誤魔化すために訊く。それでも尻尾は抗えず、ぱたぱたと振られていた。振り動く白銀色の尻尾は有栖にはたちまちに知られ、忍び笑いをされる。

 白銀の王ははふくれっ面でそっぽを向いた。そこで有栖は咀嚼し終わってから話し出す。



「由来はね、私が小さい頃に読んだ本からなんだよ。気高く、最期まで仲間を想い、囚われの愛する人を助けようとした王様の名前」



 有栖のもといた世界に存在する故郷ではない、海の向こうの国であった実際の出来事。幼いころに読んだ、人を欺き人の手にかかり、命を落とした狼の話。

 まだ幼かった彼女には、文字から想像できた世界へある種の羨望すらあった。それは騒々しい現代ではなく、ただ雄大な自然で生きた一つの命だったから。



「そうか、私には過分な名だ。この名前に相応しい王になれる努力はしていこう」


「大丈夫。らきっとなれる、あの偉大な王様みたいな人に」



 有栖は小ぶりになったピロクを頬張る。頬張りながら慮っていた。


(彼をロボと言うなら、ブランカは誰だろう)

 

 いつか、この人にとってのブランカが来るまでは自分がせめても支えよう。なんとしてでも。まだ自分には時間があるから。そう胸に秘めて。思い耽っていると、いつのまにか食べ終わっていた。

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