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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
王城
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十五 王妃顔見せ 終いに

 結局、彼の足枷であり、どうすることもない弱みであろと、改めて思い知らされた。足元をすくわれたのには、なんとも考えていない。頬も足もすぐに消えた。

 それを行った理由が問題である。どうしてその行いを、実行したのか。彼を貶めるためか。それか自身を、貶めたかったのか。有栖は自身には価値を見出してなく、己だけで済む問題なら構わない。だが、間接的に彼の権威を失墜させるためならば、どうすれば埋め合わせできるか。


(なにもできない。わたしにはなにも)


 有栖は重々しく中庭へ向かう。外の空気を吸えば、なにか変わるのではとおもって。柱から誰か覗いている気がしないでもないが、そんなのに彼女は気にも留めない。ただ窓を物憂げな顔つきで見つめていた。



「有栖様?すこしお時間いいですか?」



 黒色に近い紫、至極色といえた毛並みの、山羊にも似たお針子だった。先ほどから後をつけてきていたのは、彼女だったようだ。二人は先日に使った衣装室へ向かう。

 お針子は先日のドレスの感想について、聞きたかったらしい。そんな小さな事で、わざわざ自分に声をかけたのか。有栖にはよくわからない。ドレスについての感想を隠すことなく、事細かに喋っていく。コルキスはやはり輝いていた。仕事が好きで、誇りをもって臨んでいるのだろう。話が進む毎に、増すその光は不思議と眩しくはなかった。ただ無邪気である彼女の、おかげだろうか。



「ところで、なにかあったのですか?」



 話が一区切りついた頃、切りだした話題。それが本題なのだろう。有栖にはすぐ理解できた。昨夜に起きたことを、正直に話す。



「なるほど。陛下の権威を失墜させることであったなら、取り返しがつかない、と」



 ふむふむ、と話を聞いて顎らしい部位へ手をあてている。



「大丈夫ではないのですか?たぶん有栖様を、その座から下ろすためのもので、陛下への叛心ではなく、有栖様一人に向けられたものだと、推察します」



 あくまで恐らくは、とつけ置きして。コルキス曰く、王の前で諸侯たちは人間を妃になど烏滸がましい、と高らかに言い切ることはできないと、言う。あくまで動揺し、悲鳴のような声をあげることはあっても、正気な状態で王へ面と向かい、言う事はこの国の諸侯にはいないという。なので間接的な、回りくどい手段に訴えるしかなかったのだ、とお針子は考察した。


 では、どうやったというのか。有栖の話を聞いた瞬間から、なにかあたりをつけていたのかすぐに説明しだす。



「おそらく魔術の一種です」



 魔術。有栖にとってはどこか現実味がない話のはずである。それでもすんなりと受け入れられた。己がそれに近い、得体の知れない異能を、持ってしまっていたからか。それとも、先日のズメイを呼ぶのを。見たからか。



「魔術は便利ですが、できる人は貴族であっても運です。普段から魔力と共に生きる私たち魔族は、それ故に無意識下で扱うので、意識して使うことを不得意とするのです。それに扱えたとしても軽くしか、できません」



 だからこそ希少で、それが名家の出とあればたとえ非嫡子であっても後継とする。それこそが魔族においての、鉄の掟。統一まで骨肉の争いを行った種族の、誰しもが心に決めたこと。力ある者こそ、正義。



「だから恐らく、陛下は即刻出てきた人物にあたりをつけて、魔術を扱ったときに生じた残滓をかぎ分け、確信したのでしょう」



 魔術を扱ったとき、ほんのわずかな跡が残るという。それはそう言い伝えらてるだけで、実際にはほぼ見えないらしい。なので魔術師の端くれでも、最奥を極めし仙人でも、等しくわかることでもあり、わからないこと。

 なぜここまで知っているのかを、有栖は疑問に思う。その疑問は、コルキスの核心を突く問い。突かれた本人は、すこしはぐらかして答える。



「魔術に才能ある父がいたんです。それで昔に自分も才があると思われ、教育の一環として、散々教えられたんです」



 その言葉は、辟易した言い方。それだけで彼女の、実家に対しての感情が軽くでも読み取れた。いままでのコルキスには、なかった表情。

 そうして目をかけられ、頑張って教育を受けていたが、次第に才能がなことが明るみになっていき、人は離れていった。やがて分散していた興味は、既に後継者候補と目されていた兄へ、向いていったらしい。

 そんなことを、臆すことなく話してくれる彼女に、有栖はわずかな羨望を抱いていた。わが身にはできない。自分を理解し、すぐに口にできることを、今の自分に誇りにもてていることにも。そして、有栖はとあることを訊く。



「人の心を読む魔術とかも、あるんですか?」


「人の心?私の記憶では、ないはずですが・・・。なにか知っていたのですか?」


「それならいいんです」



 その質問はいったいどんな意味をもつのか。微かに怯えている少女に気づき、励ますように言う。



「有栖様は、すこし臆病なんですよ。自分にも他人にも」



 有栖は自他に対し、強い境界線引いている、お針子はそう分析した。あまり要領を得ない。ピンときていのはコルキスも読み取り、すぐに話を終わらせた。



「追々でいいと思いますよ。今はただそれだけ、憶えておいておくだけで、いいんです」



 そう言って、有栖の手を取って胸へとあてるだけ。彼女はとりあえず、心に閉まっていく。これで、いいのだろう。目の前の彼女は、朗らかに微笑んでみせた。そうだ、きっとこれでいい。少女にそう思わせた。


(いつかわかるかな?)


 わかればいいな。有栖がひとときのやさしさに浸っていると、扉のほうから物音がした。扉をノックする音。すぐ後にきた聞き慣れた声。



「有栖よ、ここにいるのか?」



 有無を言わさずに入らず、確認を取るその声の主は、白銀の王だった。すぐさまコルキスが、代わりに答え、扉を開く。入口には白銀の王が仁王像のように、地を強く踏みしめ佇んでいた。お針子は己の主君に対し、にこにこと受け答えしてた。



「ほら有栖様、陛下がお待ちですよ」



 背中を押すように促す。彼女に取られた手は、信頼させるあたたかみがあった。優しいお針子は送り出さしていく。



「どこへ行くの?」



 コルキスに快く送り出され、有栖は彼へと付いて行った。その間、無言であったので、どうしらいいのか戸惑っていた。白銀の王は聞いてもなお、無言でいた。


 そうして、突然止まった。有栖は反応しきれず、彼へと衝突していた。少女より遥かに巨大な体躯は、揺るぐことなく、受け止めている。



「丁度良いな。掴まっていろ」



 なにもないただの廊下が、光へと包まれていく。その光景は有栖には覚えがあった。また目を瞬間的に瞑り、風を感じだしたときに開ける。空にいる。先日と同様に。



「この間に訊き忘れていたことがあった。空は好きか?」


 

 屈託がなく純粋な問いかけ。有栖も空へ上がってなにもかも吹っ切れて元気よく答えた。



「好きだよ。どんな時でも、どんな状況でも」


「そうか。それはよかった」



 お互い日常で被っていた、昨夜の夜会から続いていた、仮面を放り出すように。等身大で対等な友人のごとく、気心の知れた甘えられる、唯一の存在同士に、無邪気な姿を見せあう。


 いつかの湖の小島へ到着した。時間はあの日と同じ、夕暮れ。静かに、王城の背の地平線は、王都のその先へと沈みく夕焼けがあった。その風光明媚な景色は、やはりよかった。有栖がそう思い、白銀の彼へと顔を向けると、彼も同じことを考えていたのか、自然と目が合っていた。



「どうした」


「王様こそ、どうしたの」



 素っ気ない言葉を、互いに浴びせても、浴びせられても目を離せない。なぜだろうか。なにも、わからない。二人の思考は同じ結論に至って尚、目を背けない。背けられない。有栖はここを紹介してくれた際の言葉を思い出す。そうして有栖も自分と言う存在に気づかされた。


 自分はどこまでいっても、人間だ。人間でしかない。それは覆すことのない、事実でしかない。それでも、あの月の紅くなった夜に、自身で安心してくれた。それだけで、十分だった。だからせめて、その時が来るまで、彼にとっての宿り木になろうと。


 白銀の彼の目は、有栖を射抜いて離さずに、ただ語りかけていく。




 

「私は、お前に傷ついてほしくないのだ。そして誰も、傷つけたくもない」



 王としての威厳だとか、権威に頓着などしていない。今まではそうであっても、取り繕うため、半ば諦めて暴君と断じられる行いを、してきた。いまさら、悔いることなどしない。だが、目の前の人間、有栖に傷ついてほしくないと、彼は願いはじめてしまった。それなら暴君であり続けていくのは、いかがなものか。こんな己に、不相応な願いを宿してしまった。



「だから進むべき道を、私が迷ったときに導てくれ。我が妃となって」



 彼は考える。人を恐怖の鎖で束ねるのではなく、人徳で束ねていくことが、せめてもの償いではないかと。心を無にして、人の望んだ在り方にしかなれない半端者が、冠を戴いてしまった咎。


(そうでないと欠片ではあるがこの幸せ望む、罪な私はあってはならない)


 少女は持ち上げられると、約束するように彼へと抱き着く。



「うん。私があなたを導けるのなら」



 かつての約束と同じ。彼女は、自分にとって、日輪にも等しい記憶を失くしている。それでもと、彼は思う。それでもこの大切な少女を、そばに置きたかった。たとえまた、記憶が消えるかもしれなくとも。


(また、紡げばいいのだ。何回忘れても。何十回、何百回とも忘れようとも)


 二人はお互いに微笑み合う。あたたかな時間を、時が過ぎるのも忘れて。それは日が落ち、月が二人を照らすしていた。

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