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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
王城
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十三 王妃顔見せ中編

 予め用意されていた料理を食べ、有栖はテーブルがいくつも並べられ、人で混雑している会場の全体を見渡していた。そこで不意に柔らかな声をかけられる。



「兄上と一緒に入ってきたときの姉上は、ご立派でしたよ」



 シェリルだった。この王妹はどうやら諸侯や重臣に紛れ、最初からこの部屋にいたようだ。宰相などはこちらへ歩み寄ってきたことで、やっと気が付いたという表情だ。今回の夜会は諸侯たちにお披露目させ、反感を買わすことにより、再考をさせるのが高官たちの思惑。だから王女は邪魔であったのだ。



「姫様、なぜこの場におわすのですか?出るならば席を用意します、とお話したはずですが」



 だからあえて下手に動けぬ席を用意する準備をしていた。当日までなにもなかったので、徒労に終わったと思っていたらしい。普段から青筋をたて、眉間に皺を刻んでいる隼のような男は、額らしきところをさする。ストレスがひどそうだ、そう有栖は眺めながら思った。その原因の一部を担っているというのとは、つゆ知らず。



「姉上あちらに珍しい物があったわ。一緒に行きませんか?」



 宰相が苦々しく睨んでくるのを気にも留めずに朗らかに少女へ笑顔を向けた。



「さ、行きましょ?」



 誘いを受け入れて、席を立つ。ちらりと白銀の彼へ目をやれば、じっと彼女を見ていた。



「私、行っても大丈夫?」


「ん?問題はないぞ、シェリルといれば大丈夫だろうからな」



 笑みをわずかに溢しながらの返答。それを確認して有栖は近くのテーブルへと行く。王妹がこちらにと、しきりに言って案内していた。





「あやつ、あんな迂闊なことを・・・」



 たとえ王の妹で、王女であるシェリルが自ら言い出した事でも、宰相には看過できないのか、連れ戻そうと一歩前へ出ていた。



「よい。あやつは私が止めたところで、決して止まらない。それがいつ、いかなる時でも」


「ですが・・・」



 なんとか抵抗を試みている。白銀の王はいつになく嬉しいのか、微笑みながら己の腹心を制していく。



「お前は私がことあるごとに制止しようとしているのは、知っているだろう。お前や私が完全に御しきれる者ではないのだ、有栖は」



 あまり見ない主君の姿に宰相は驚きつつも、そこまで言うならと引き下がった。それに満足したのかさらに柔和な顔つきへなり、歩き回っている有栖を見続ける。


(お前はそれぐらいがちょうどいい。型にも言葉にも縛られないぐらいが)


 そう彼は心中で思いながら、口元に笑みを溢していた。





「これは西方から来た物を使った・・・」



 シェリルは有栖を誘ってからといもの、うきうきと様々な知識を教えてくれていた。そのはつらつとした姿を、周りの者たちはどよめきながらも、静観している。王女が席も用意させず、自分たちに紛れてやり過ごしていたのもそうだが、妃と言われてた人間に対してやたらと親身なのがおかしかったのだろう。魔族の常識とは外れた行いをしてきていたらしい兄妹ではあるが、今回の件は度を越しているらしい。


 有栖が近づくたび至近距離に入られたくないからか、シェリルへ挨拶してすぐ退散していく。その場に留まっても直前までの賑やかな会話がぱったりと止み、横目でちらちらと見てきていた。有栖としてはすこしばかり居心地が悪かったが、シェリルの王国の至宝とまで称される微笑みでかき消されている。


 

「姫様ではありませんか。なぜこのような所に?」



 山羊のような男らしき人物がシェリルへ声をかけてきた。その見た目は山羊のようで、どこかコルキスにも似ていた。あのお針子と違うのは、全身の茶褐色の毛に金色の毛がメッシュのように交っているとこ。その金色はとても綺麗だった。綺麗ではあったが、なにかある。真っ先に浮かんだのは、あることわざ。


(綺麗な薔薇にも棘がある)


 まさにこの人物にピッタリだ。彼女の勘が囁いていた。一瞥することなく、シェリルだけを見据えている。まるで最初から眼中にないと暗に示すように。やがて二人を引き離すがごとく、距離を空けられていた。やがてポツンと有栖は取り残され、一人になっていた。


 一瞬、ピリリとした感覚が肌を支配する。なにかされたか。急いで全身に目配せしたが、なにもない。


(どうしよう)


 とりあえず気圧されたほどの説明にあった品物を、味わってみることにした。



「おいしい」



 声に出すほど美味であった。蜂蜜水と言っていた、西方からの献上品を使ったこの品は実に美味しい。実際は蜂蜜は使われていないそうだ。なんでも名残で蜂蜜と称しているのだと言っていた。それを物語るように、容器に注がれたのは薄紅色の液体。ほんのりと香るベリー系の風味とそれ由来の甘酸っぱさが実に心地よかった。ただ水と混ぜただけだと言っていたのに。どこか懐かしく、口にした気がする味。


 玉座にいる白銀の王へと、有栖が振り向く。視線が合ったが、恐らくずっと観察していたのだろう。

 

(王様もおいしいっていうかな?)


 素朴でその年にしては子供っぽい疑問。打算なく、とくにこれといった意図もない。このおいしさをただ共有したい。そんな事を有栖が思い浮かべていると、やっとこさ解放されたシェリルが、人混みを掻き分けてきていた。



「やっと戻れたわ。ごめんなさいね一人にしてしまって」


「大丈夫」



 申し訳なさそうな王妹。有栖にしてみれば何事もなかったので気にしていない。



「それより、これ王様もおいしいって言うかな?」



 気恥ずかしそうに出された言葉に、シェリルはぱちとぱちと瞬きをしている。なにかおかしかったのか。怪訝になりかけた有栖に、優しく言い含ませる。



「兄上は献上品に手を付けることなど、ほぼありません。ですけど物は試し、行ってみましょう」



 そういって注がれた杯を一つ有栖に持たせ、己の兄の方へ促す。王妹の言葉で不安になりながら、歩きだした。距離はそう遠くない。駆け足で行けば、ものの一分もかからない。それなのに少女はとぼとぼと、歩を進めていた。足が軽く竦み、震えていたのだ。


 近くなっていくのと比例して心臓の躍動が増す。そこはとなく、刺さる痛みも感じている。有栖は自分の体の変調について理解をできない。自身は何を思っている。何を考え、こんなことを思いついたのか。もうそこだ。早鐘のような鼓動が、体を震わしてしまいそうになる。何がこうさせるのか。どうすれば解消されるのか。なにもわからない。彼女の理解の範疇を越えていた。その体の変化に、気をとられた。足元がおざなりになり、気づけたものに、気づけなくなり。



「それはどうした?」


「おいしいから持ってきたんだけど、の」



 なにかに躓いた。彼の至近距離へと来た瞬間。躓いたとき、足元に目をやったがなにもなかった。障害物となるものはなにも。だというのに、なにに躓いたのか。少女の中の知識からは、原因となることは導き出されない。まるで足元を手で直接掬われたような。有栖にわかるのは足首にほのかに残る感覚だけ。


 魔族から見て小柄な体の有栖は、目の前にいた白銀の王に着く直前で転んだ。注がれていた果実水というべき品を自身と彼にかけながら。

 部屋一帯が静まり、息を呑んでいた。白銀の王へとかかった紅色の液体は、光を反射し眩い輝きを放つ毛並みを鮮やかに返り血がごとく色づけていた。宰相ですらなにが起きたわかっていない。色づいた白銀の王はただ目を細め、じっと目の前を凝視していた。なにか探るようで、咎めるとうともとれる。



「ご、ごめん!いま拭くから・・・」



 有栖が急いで体を起こして彼へと駆け寄る。声は震え、心臓は悪い動きをし、気持ちの悪い音を、胸の奥底から放つ。それは至近距離の人に伝わったほど大きく、聴こえた彼が微かに顰めていく。



「貴様わざとだな!陛下を陥れようとわざと転んだな!!」



 宰相ではない。その人物は騒ぎが起きてすぐに、硬直した人の波を割り、出てきた。有栖の目に山羊のように映っていた人物。金色が交った毛並みの男。



「陛下の威光を汚し、失墜させるためにしたのだな」



 断定した言い方。宰相がまずするべきことだろう。宰相はというとその言葉を発する者を、冷ややかな視線で傍観していた。助け船もないのは、彼としてはどちらでもよいのだろう。故意でも、事故でも、第三者の介入によって引き起こされだとしても。

 金毛山羊と称せた男は、猛然とたたみかけてゆく。事前に用意していたほど、手際がよい。



「そうか貴様、密偵(スパイ)だな!下等な人間が、妃になどおかしいと思ったんだ!」



 白銀の王はというと無言であった。なにかを思案しているのか、もしくはなにかを探っているのか。そんな時、騒ぎを見て急いで手ぬぐいを持ってきていた、一人の大柄な体格の兵士が手ぬぐいを彼へ渡そうと手を伸ばす。硬直した諸侯の群れなんとかを掻き分けてきた人物は、有栖にも見覚えのある男だった。



「ん、うまいな。感謝するぞ」



 有栖を抱えあげられ顔を舌で舐めていた。もかかった鮮やかで甘酸っぱい飲み物を。その行動は目撃した部屋中の有栖以外のほとんどを、啞然とさせていた。唯一手ぬぐいを渡そうと、近づいていた大男を除いて。

 伴侶となる相手の頬をなめる行為。それは魔族のとある種族の中では、最高の愛情表現の一つ。それこそが夜会の会場全域が、驚愕した理由。有栖にはうかがい知れぬことだったが。

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