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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
王城
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十二 王妃顔見せ前編

 そこは謁見の間とは別の部屋。大広間と通称されていた場所は普段使われる事があまりない。今回の顔見せの夜会のような催し事でしか、使われないらしい。王城へ諸侯が続々と着いているのが、王城の中から見えていた。いくつもの豪奢な荷車が城へと入っていく。

 ついにこの日がきてしまった。有栖は選定され、専用に合わせられたドレスを着始めていた。準備を進めながら、精神を研ぎ澄ましていく。白銀の彼の手を、煩わせることないよう。弱みは最小限に、付け入る隙を与えない立ち振る舞いが必須だ。


 有栖がドレス姿で衣装室を出ると、宰相がいた。隼に似た顔の輪郭は細く、軽蔑するかのような鋭い目は人間である彼女に向けられてる。神経質な男は、振り返ることなく歩を進める。はじめにただ短く



「私の後ろへついてこい」



 そう言われ、先導される。有栖は黙して、後ろへつくだけ。少しばかり歩いた先は、白銀の王が待機していた部屋だった。王と妃は今回のような特別な夜会などでは、入室までここで待機しておくらしい。扉の手前で止まった彼は開こうとした兵を手で止めて、有栖をちらりと一瞥する。その目は明らか敵意を帯びている。



「以前にも言ったが、貴様は王の弱点そのもの。そのこと、ゆめゆめ忘れるな」



 これからへの忠告なのだろう。言われずとも知っていた。宰相は何もなかったように、有栖と別れた。

 守衛の兵が躊躇いがちに扉を開ける。その先にはいつもと変わらぬ白銀の王が待っていた。静かに怒気を醸しだして。



 王妃顔見せの会場では、既に諸侯や普段は王城と離れた地に勤めている重臣たちが、会話を弾ませていた。彼らは主君たる王が、こんなにも豪勢な場で公開するとはと。あまりない事なのか、ここぞとばかりに様々な話が、そこかしこで飛び交っていた。ある者は



「陛下が、こんなにも多くの人数を招き、お見せしてくださるとは。それぐらい愛す寵姫なのでしょう」


 

 きっと美しい毛並みと、煌びやかな毛色の姫である。そうに違いにないと近くの多数が頷いていた。ではいったいどのような種族で、どんな外見なのだろうか。口々に自身の理想を語り、思いを馳せていく。美しく気高い方であると吹聴する者すらいた。

 

 共通しているのはきっと美しく王と並んでも一切霞まない美貌。そうであると微塵も疑っていない。そして今か今かと期待を膨らませ、主君の入室を待ちわびていたのだ。

 宰相はそんな諸侯を見下ろせる位置、王と王妃の椅子の近くに佇んでいた。およそ楽しそうな雰囲気に似つかわしくない、苦虫を嚙み潰したような顔つき。

 

 宰相へ門番役の兵が恐る恐る視線を交わす。事前に決めていた合図。朝議や謁見時と進行役は同じ。王の腹心であり、若くして国の二番手の地位を確固たるものしている執政官。



「皆様どうかご静粛に。陛下が御入来されます」



 しっかりと芯があり、張りのある声。文官の鑑とさえ言う者もいるのが納得の風格。彼がしっかりすればするほど、白銀の主君の名声も上がっていく。王の審美眼は間違いないと。なればこそ相応しくあろう。それが宰相としての彼の義務。


 ぎこちない音とともに、、ゆっくりと開け放たれる。開けきられた入口から現れる白銀の神秘的な王。絶対的な権力者であり、永久にも語り継がれるだろう神々しい容姿。天井の吊り照明の光を、白銀の毛皮が反射し、眩くも美しい煌めきとなって彼の全身を覆う。その場にいた人すべてが、目を奪われている。部屋の扉の正面から伸びた一本の道を歩んでゆく王に。


 玉座に続く赤絨毯を、三分の一ほど進んだとき、見惚れていた者たちが気づき始めた。王の傍らを共に歩む、人物がいると。一極に向いていた群衆の目は逸れていく。



「な、に・・・?」



 全体が紅く、金の縁取りをした外套。上半身に深い藍色の上衣。毛並みには劣るものの、綺麗な純白の下穿き。それを着こなす恵体。一度目にすれば、誰しもに王と納得させられる。本来であればその視線は、王に集中したはずだった。だが、歩みが進むと、共に波乱は大きくなっていく。王の隣に、威光を霞ませる汚点が、人間がいた。

 


「何故人間がっ!?」


「いったいどういう事だ!」


「あんなのが妃だと!?」


「魔族ですらない()()が・・・」



 鹿に似た者は動揺し回り出していた酔いが醒め、また馬に似ながら角が二本生えた者は取り乱しながらも玉座の方を仰ぎ見た。そして変わらず無表情な宰相を見て余計仰天している。これが普通の反応。いくつもの重臣やが止めるには十分すぎる事態。同じ人ですらない、と断言している人物さえ国にはいるのだ。市井の民ならばともかく、上流階級の貴族においてそういった思考は煮詰まりやすい。

 所詮現実は酷だ。成り上がりですらない身分の、人間の娘が妃になどありない話。おとぎ話ですらもっと現実味があった。それに人間。魔族と広く括っているが、魔族の中でも人種のような違いがあるのだ。種族と称される差異は、人種のそれよりあり、差別もまた根深い。だが人間はそれ以前の問題。


 その中心にありながら、有栖は動じない。いや動じることはできないのだ。彼女の経験がそうさせるのだろうか。はたまたシェリルやベフデティとの会話が全身を縛る鎖と化しているのか。我慢をしているという訳でもない。ただ事実をありのままに受け入れるだけ。 



「騒々しいな、黙れ」



 不機嫌だ。わからないでもない。自分が惚れている最愛の女性が罵倒されるなど、堪えろというのが無理な話だ。彼にそんな気持ちを自覚できる情緒が、あるかは別として。そして有栖もわかっていない。

 そこで彼女は白銀の王の思いやりに気づく。会場へ入る時も彼は抱えようとした。直接触れ続けることで安心させようとしていたのだろう。それともう一つ。手を離そうとしないことでの示威行為。正直な所そんなのは有栖にとってどうでもよいとすら思えていた。

 しかし、彼の白銀色の尻尾が忙しなく庇う動きをしていたのだ。せめてもの意思の主張。それを見抜いた者がほぼいなかったのが、不運であったが。


(私を庇えばどうなるかなんて、わかっているくせに)


 悪態をつくそんな思いとは裏腹に、体の奥から湧き上がってきた思いがある。嬉しい。嬉しくなっている自分に有栖は驚く。そこでやっと理解した。自身が彼を不安にさせていることを。


(私の隣にいるのはこの国の王様なんだ)


 ではどうするべきか?それはとっくに、提示されている。顔を上げ、前を見据え、しっかりと歩んでいく。それしか、できないのならするしかない。たとえ彼らの目には、醜い獣にしか見えなくとも。妃という背負うべきものを望んでしまったのだから。


 そこまで騒然そしていた会場はひと時の静寂を迎えた。主君たる白銀の王が、苛立っていたからでもあるが、人間の少女が存外に肝の座った人物であったから。



「では、ごゆるりとお楽しみください」



 玉座へと腰を据えた二人を確認し、宰相がその場を取り仕切る。ちょこんと座る有栖は、小さく息を吐いた。



「疲れたか?」



 それでも白銀の王の耳には聞こえたのか、心配そうに彼が声をかける。



「大丈夫。こんなに人が多いのが、あまり経験ないだけで」



 微かにはにかむ。有栖のわずかな笑顔を見て安心したのか、乗り出した体をまた玉座にもたれかかった。やがて用意されていた料理へと、手を付けはじめていく。人間の為に味を調整した品が有栖にはでてきており美味しそうに頬張っていく。彼へ先ほどの笑みとは異なった、屈託のない笑顔をして。





 玉座へ腰を下ろしている人物。やはり人間は人間だ。所詮下等な生き物で、魔族と釣り合うわけがない。そもそもが相互不可侵と不干渉という生ぬるい条件が、今回のような事態を招いたのだ。男は内心でそう思う。

 

 男の種族は金羊族。名はアルゴー。金色の毛が交っているのは種族、その中の王族としての特徴。幾人かの同伴者と共に妃顔見せへ赴いてみればこの始末。彼には王に対する叛意などない。だが許容できるかといえば否だ。彼も一端の魔族だ。こんなことは認められない。


(どうやって貶めるか)


 人間が妃になるなどありない。きっとなにかある。アルゴーは出された料理に舌鼓を打ち、思案していた。近くの弟と算段を練って機会を窺っていく。

 この男の思惑は一つ。それは白銀の王に近い妹を妃に擁立のための前準備。

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