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獣国のツァーリ  作者: のろま亀
王城
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十一 騒動前夜3

 白銀の彼が有栖をいつもより早くに迎えにきたのは訳があった。その訳とは



「動かないでくださいね」



 夜会で着る衣装を合わせる作業。確かに納得のいくものではあった。そして、有栖は山羊にも似た、お針子の言うがままになっている。お針子はコルキスとまず名前を名乗ってから、仕事を開始していた。

 中世にも似た、この世界は服飾に関しては時代があまり合わない。というより文化のどこか一部分を切り出し、時代を考察すると他の部分で時代が合わない。あくまでも有栖の知識の範囲の話であるが。それは王城を探索してわかったことでもあった。その他愛のない事実が、ここは異世界なのだと再確認させていた。


(今更そんなのわかっても)


 話を戻し有栖はまずドレスとなる服の下に着る肌着から、合わせられていた。シューミーズらしき肌着を合わせながらお針子がぼそりと呟く。



「人間なのがもったいない身体だわ」



  心底残念そうな呟き。彼女から見ても、有栖のスタイルは目を見張るものがあるらしい。可憐でありながら綺麗に伸びる四肢。無駄な脂肪のない体。どこか神秘的とさえ、お針子には見えたらしい。言われた本人だけは、ピンときてはいないみたいだが。そしてお針子とて魔族。どこか見下す言い方が混じっている。彼女もまた、人間に対する先入観を前提として生活しているのだ。無意識下に、刷り込まれた価値観。彼女自体は、仕事人としての感想が真っ先に浮かんでいたので、お針子という職に就いていながら、非凡であるのかもしれない。


 有栖が案内された場所は、王妃用の衣装室と説明された部屋。長らく使われていないのか、埃っぽくもあった。目に見えるような埃こそ日々の掃除でなくなっているが、使われた痕跡や匂いといったものがあまりしない。

 それはお針子の方もそうなのか、どこか嬉しそうに仕事に励んでいた。



「陛下は飾ることを好まないし、姫様や王太后さまの仕事は別の受け持ちだから、腕が鳴るわね」



 どうやらあまり仕事にありつけていなかったようだ。受け持っていた仕事はというと、王の衣装合わせぐらい。あの白銀の王が煌びやかに着飾ることをしないというのは、想像に難くない。いつも王として威厳が保てる、最低限の体裁を整えている。それで彼はよしとしているので、今回のような仕事は自身の腕を発揮できる、絶好の機会なのだろう。

 そうして、うきうきと仕事をしながらドレスの選択へと入っていた。有栖はなすがまま、目の前の輝きを放つ仕事人に任せていく。



「私、こんなのが似合うんじゃないかと思っていまして」



 次から次へと提案され目がまわるよう。そうして、ドレス合わせは終わった。決められたドレスは縁取りに装飾が施され、民族衣装のようであった。



「あの私の衣装合わせなんかをそこまで張り切ってしなくても・・・」



 冷や水を浴びせる行為だというのは、重々承知だ。そんなこと言われなくとも、有栖には理解できる。そうであっても聞かずにはいられない。彼女にはわからないのだ。どうしてそこまでするのかが。以前にも王城で聞いた。その時はお節介だと言っていた。では今回は、なんなのだろうか。お節介か、もしくは出世のためか。それを聞かれたお針子はしばし黙り、ゆっくりと喋りだす。



「あれはまだ駆け出しのころだったんです」



 そこそこの名家の生まれでありながら、才能に恵まれなく、お針子としてもまたまだ見習いから抜け出たばかりのころ。白銀の王が専属のお針子として召し抱えれたらしい。最初は失敗ばかりで、なんで自分なんかを専属にって毎日思っていたと、懐かしんでいく。手を止めず、口だけを動かしお針子を言葉を紡ぎ続けた。

 白銀の王は衣服はほぼ同じで、細かい変化でしかないことはあまり気がつかれずにいた。失敗も成功も。ある時彼女の会心の出来というぐらいにはうまく仕立てられたことがあった。しかし個人的にはそうあっても、小さな違いで自身でも気が付かれないと思っていたらしい。実際周りの人にはわかってもらえなかったそうだ。

 彼だけは、王だけは気が付いて直接褒めてきたそう。それだけ。それだけなのに、彼女にはとても誇らしく、自分を恥じることだったという。いままで気づいていたのだ。あえて言われなかっただけ。お針子でありながら、不満を解消するどころか甘えていた。そこで彼女は心を入れ替えたそうだ。いつもと変わらぬ服であっても、式典で使えるような出来にしてこうと。

 最後に彼女は張り切る理由をようやっと口にした。



「たとえ人間の王妃でも、陛下が選ばれたのなら、あなたは王妃です。貴方は王妃でなるであろう方で、年頃の女の子なのだから、私にできる最大の仕事をすることこそ同じ女としての役目なのです」



 有栖に向けてくる視線と声色は、王妃になると信じて疑っていないようだ。人間であっても、王妃ならば最高の物を仕上げるという、強い意志がこめらている。だからこそ、ここまで張り切っているのだ。有栖は今一度改めて知った。白銀の彼への強い忠誠心を。宰相もウィンディゴも、守備兵の隅々に至るまで、このお針子ですらそうだ。

 

(私はここまで人になにかを思わせることを、できるのかな)


 有栖は己が妃になるという意味を、王の隣に佇むという事を考える。それはどういった意味をもつのか。己が行くべき道はどうあるべきだろうか。


 結論が出るのを待たずして、時間は流れていき、2週間をあっという間に過ぎさっていた。王妃の顔見せの宴が行われると、告知されておよそ半月。王城には出仕している重臣はもとより、目立った諸侯が次々に集っていた。

 始まろうとしている。王妃顔見せの宴。宰相の策略。諸侯の思惑。様々な人の、幾多もの思いが、絡み合う醜くも美しい政争の場。

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