十 騒動前夜2
王城はにわかに慌ただしくなっていた。宰相が妃の顔見せとなる宴を催すと告知したため。各地の領邦や従属国を治める諸侯を招くのもあり、その準備に立場が上の者から下の者まで追われていたのだ。
そんな中にあって、有栖自身は全くの無風だ。白銀の彼が眉間の皺をより深くして部屋に戻ってきたとおもえば翌日には顔見せを伝えられた。なにかあると勘づいてはいたが、そんなこととは思ってもいなかった。だが準備において彼女は、蚊帳の外であるので暇もいいとこであった。主役であるのもそうだが、やはり人間ということで鬱陶しいというのは、簡単に理解させた。
「釈然としないという顔ですね」
相変わらずシェリルは茶会に呼んできていた。王妹である彼女にもなにかしらあるのかと有栖は訊いてみたが、にこりとしながら
「私が出しゃばることではないわ」
と言いはぐらかしていた。確かに王の妹であるシェリルだが、政治について口を出すことはないらしい。ティーカップを優雅に傾けるその様は、やはり美しいものだと有栖は感じる。
「人間がこの国にいるのをよくおもわない者は少なからずいるわ」
かといって今の自分になにか手伝えるとはおもっていない。そして己の無力さが嫌ではないと言えば、まったくの嘘だ。なにかできるといわけではないので、内に留めただけでいた。それがどうやら顔に出ていたらしい。有栖はそんな自分に反省する。そんなことでは宰相が言った通りになってしまう。
「別に私との会話でそこまで気をつかわなくてもいいんですよ、姉上」
シェリルはそう言ってくすりと笑う。心の底からそうおもっているのだろう。茶会に招待され、話しをしていくうちに白銀の彼と同類の聡明さが彼女にあるのに気が付いていた。その理知的な思考を向けるのは人付き合いの中で発揮する彼女に対し、ここにいない白銀の彼は王としての能力として使っているのだろうということも。
(そうは言っても)
ただ思い悩むまま。話しているというのに心ここにあらずというのは対面の王妹にもわかった。
「ではこの国おいての人間の扱いをかいつまんで説明します」
人間の国での魔族の扱いと同じでしょうけど、と付け加えてシェリルは話をはじめていく。
魔力が空気中に濃く漂い、その魔力を活かし生活している。生物が生きるには些か過酷な地。そんな地に定住する者たちはいつしか魔力を扱い、魔力と共に生きる種族という意味を込めて魔族と呼ばれだしたという。
年月が流れ、魔族の国が勃興したのと同時期に魔族ではない種族が隆盛してきた。それがいわゆる人間だった。国境を接すこととなるのは遅くなく、隣の異種族の国というのはどちらも嫌悪しだすのも早かった。やがて幾多の戦乱を経て、とある条約を結んだ。お互いの領内に侵入した者はどんな身分でも、不干渉で侵入された側の裁量に委ねるという条約。
ということで人間はこの国においてよくて愛玩動物、通常は人肉を好む者たちの食肉。それは人間の国でもそうらしい。あちらは魔族を食肉ではなく毛皮にするという違いはあれど。所詮人など同じ穴の狢だ、と王女はまとめた。
「だから人間はこの国おいて歓迎されないの。残念ながらね」
シェリルはそう言ってまたカップを傾ける。最後の一言が彼女個人の意見だろう。有栖はその話を聞かされて悩みは解消されたどころか余計深まっていく。
(私の顔見せだから出なければいけない。でも私が出ることはいいこと・・・?)
無責任に宰相に答えてしまったことへの報いか。それとも不相応な願いを抱いてしまった罰かはわからない。表情の変化にいち早く察知したシェリルは、両手で有栖の頬を挟む。
「そんなのでは余計騒がれますよ?あなたの隣には兄上がいるのですから、涼しい顔してればいいんです」
王妃だということを忘れずにいれば、それでよい。そう言いたいらしい。あくまでも王女であり、政治に口を挟まないスタンスの彼女にできる最大限の助言。
そこで有栖はやっと悩みを振り切れた。そうだ何故言われるまで自分の所為だと、過去を後悔していたのか。自分は、白銀の彼が王妃にしたいと宣言されたその人ではないか。隣にいるのは確かにそれだけで弱みになる。ならばせめてその弱みを最低限のものにしなければならない。
「よかった。私ができることはここまで。あとは姉上がどうするかだけですよ?」
王女は有栖に微笑をしながら手を離す。いまだ頬に残る感触を確かめながら少女は目の前を見据える。凛としていながらも可憐。自分にも勝れる美貌。王女には人間や魔族といった先入観はほぼない。平等に見れた彼女が対面したこその気づき。シェリルは第一印象が小動物であったのが嘘のようだ、と思いながらいた。そうしているといつもより早く白銀の王が来て茶会は閉会となった。