一 運命と偶然
初投稿です。お見苦しい所も多々あると思いますが思い描いてるもの少しでも良い作品にできるように頑張ってまいります。では第一話どうぞお楽しみください。
改稿しました。
ずっと出口のわからない迷路を彷徨ってる。出口を見つけようとしてるのに、なにもかもが裏目にでてる。もうなにもできない。私はただここでじっとしてるだけしかできない。そう思うと私は、なにもかもがどうでもよくなった。
■
星空を眺めながら、思考を巡らせている。しかし納得のいく答えが出てこないのか、時折呻いてる。やはり他の者に考えを訊くべきなのか。それが意味のないことだと分かっていても。
(さて、どうするべきか)
不満そうに項垂れる己の尻尾を見て見ぬふりをした。己の問いについての答えがでないまま、自室へ戻ろうと剥き出しの石畳を進みだす。あの部屋だけが、城で唯一の心安らぐ場所。唯一の居場所。空っぽの部屋。空虚な鳥籠。それ故の、居場所。彼がどこか軽い足どりでいると、自室に繋がる廊下の手前で足を止まった。
「人間・・・・・・?なぜ、ここまで来れた?」
そこには人間とおぼしき者が倒れていた。それは明らかにおかしい。城の門の警備を、掻い潜ったのか。城内を巡回している近衛兵も、出し抜いたことになる。部屋の周辺は近衛兵は配していないが、その外周には近衛兵が厳重な警備を敷いている。それらすべてを掻い潜り、ここに来たということになる。
不可能だと瞬時にわかる。手足は小枝のようで、明らかに非力。力が無くともそれを補える魔力を纏っていれば、話は違うかもしれない。魔力を纏い、操りさえすれば人間であろうと、最も厳しい警備の王城に忍び込むこともできる。しかし魔族はおろか、人間のものとして明らかに魔力が低い。もしくは無いに等しいのかもしれない。本来なら侵入できるはずがない。それでも、そこにある事実が、白銀の王を納得させる。
「とりあえず部屋に運ぶとするか」
兵士は近寄らないので、ここには彼一人しかいない。警備の兵に見られた心配はしなくともよい。だが、いつまでも隠せるわけではない。動けるようになれば、適当な人間の集落に逃し、なかったことにする。この国にいては命が危うい。そう思いながら、抱えようと腕を伸ばした彼はおかしなことに気づいた。
(かなり冷えているな)
抱えようとした体はかなり冷たい。いや、冷たすぎる。およそ人間どころか、生物が活動するための温度に達していないように感じる。異常だ。あまりにもおかしい。まさかと思い、息を確認して、脈を測る。この体温で生きている。少しばかり、彼は驚いた。いち早く、温める必要がある。この今にも消えそうな、か細い生命を助けるため。小柄な体躯をすぐに持ち上げ、足早に自室へ向かおうとする。ふと、持ち上げた人間の顔を見た。
その瞬間、白銀の彼の体は、凍りついたように動かなくなった。思考を一瞬にして停止させるには、その事実は十分すぎたもであった。
■
あまりにも深い、なにかを見た気がした。深淵を覗きこみ、自分がその深淵の一部になっていくのを、感じた。そんな所から目を背け、抜け出した。
目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。部屋自体は、どこかの国の宮殿のように豪華に見える。豪奢なつくりの部屋とは裏腹に、家具はいま寝ているキングサイズのベッドと、装飾が控えめ目なクローゼットしか見当たらない。ひと目見た彼女の感想は、質素。そんな思いを抱いて、周囲を見渡していると声が聞こえてきた。
「起きたか」
それは静かでありながら、威厳のある声だった。思わず声の方向へ振り向く。装飾の少ない両開き窓のそばにそれはいた。わずかな月明かりと、それに照された白銀色の毛並みの狼の頭。頭だけでなく、袖から見える手足も狼だ。違うのは二足歩行というだけ。この白銀色の彼は、誰なのか。状況を鑑みれば、助けられたというのは、彼女にもすぐ理解できる。
有栖がどぎまぎしていると、彼がまた声をかけた。
「どうかしたか?不思議なことでも、あったのか?」
先ほどより、気さくな様子だ。思考は混乱する。目の前の人物を知らない。誰かと勘違いでもしているのか。
有栖が困惑しているのを感じ取り、彼も動揺していく。うろたえ、鋭い目つきには
「私がわからないか?」
すこし距離が離れているが、白銀の彼は窺うように見ている。そこには先ほどまでの、王としての威厳はなくなりかけて。動揺しながらも、らを落ち着かせるためなのか、ゆっくりと近づいてくる。
現代の日本で生まれた有栖はごくごく一般的な家庭の出身。家族構成も父親と母親、自身と二人の妹。出身も育ちも、世間一般でいう普通であると他人からは思えるだろう。だからないのだ。こんな異世界で、眼前の空想上の生物と会ったことなど、ないずだ。
第一自分がここにどう来たか、そもそもなにをしていたかなどが、わからない。
「わからないのならよい」
そう言った姿は、すこし寂しげであった。有栖には彼との記憶など、欠片もないはずだ。しかし彼女の体の底からなにか、湧き上がってくる感情がある。その情動がなにかはわからない。ただもやもやとしたものが、渦巻いてるだけ。
目の前の人物はこの異世界にある王国、またはそれに類するものの君主だろう。物言いや佇まい、そしてなによりその神々しい見た目。古来より王族が神の子孫と謳ってきた例は、少なくない。故に王としての正当性を確保できてきた。
外見は白銀の狼。ただそれだけで、有栖が王と確信したのではない。夜闇が月明りで照らされながら、垣間見た紅い瞳。現代ではアルビノと言われるような特徴。彼女の元いた世界でも、幾つかの伝承すらある身体的な変異。そこに王としての資質さえあれば、圧倒的な信仰にも似た求心力を有するだろう。
「わたしのこと知っているの?」
知り合いだと思っていた者からの質問で改めて現実を突きつけられた。そこまでの反応で察しはついていたが、という表情でもある。
少し、申し訳ない。何者にもなれなかった自分が、王であろう彼を、似ているだけで落胆させてしまった。己は果たして誰に、似ているのか。有栖は俯いて力の入りづらい両手で寝具を掴んでいると、彼が不意に頭を撫でてきた。
「私に名前はない。生まれてからずっとな。しかしお前にある。そして私は知っている」
彼はやはりさびしそうでいる。イヌ科のようなその手は、ごつごつとしていていも、不器用なりにも優しく撫でていた。
「だから追々わかればよい、有栖」
どれだけ落胆しようと、どこまでいっても王だった。感情の起伏があまりない。それどころか意図的に抑えているようにすら見えた。そんな彼はいったい人間と、どう関わってきたのだろうか。
(そういえば声が聴こえない。なにも聴こえない)
そこで有栖は気づく。傍目にもわかるほどの驚愕。ここまで己の身に起きていることについて、驚きもしなかった彼女が、ただありのまま受け入れてきたというのに人目も憚らず。
「どうした?なにかあったのか?」
名前のない彼は、心配そうに声をかけてくる。彼もまた驚きを隠せないでいる。彼とて有栖のそんな様子は初めて、という反応だ。
「なにも、なにもない。私は何者でもない。私は、私、じゃない」
なにかに憑りつかれたように、錯乱している。思考の混濁は、時間を重ねるごとにひどさを増してく。俯き、手を強く握りしめている。冷汗にも似た嫌な汗が、全身を駆け巡っている。
過呼吸になり、記憶が思い起こされる。雑音と、切り捨てられない幾人の声。誰かのいつか。それらが、とめどなく脳内に流れ込む、日常。常人ではとうに気が触れてしまうもの。
なにもない。その言葉は偽りではない。なにもなく、何者にも、なれなかった。
心配していた彼とてそれは同じだったのだろう。手を伸ばしたと思えば、伸ばすのをやめてい。るだが、何回か反芻した有栖の言葉で我に返り、やっと踏ん切りをつけ抱き寄せる。
「いいのだ。何者でなくとも、有栖は有栖だ」
そこで有栖も落ち着いた。抱き寄せられている状態を確認した途端、あわあわと恥ずかしがる。
「それくらい人らしい方がよい。お互い前をむこうではないか。それに昔の元気なお前が私は・・・」
倍はある体躯で白銀の彼は抱きしめた。どこまでいっても王になるしかない彼には、そこまでで濁すことしかできない。それに彼にはいまの感情が理解できないでいる。
それでようやく正気に戻った。思わず彼女は仰ぎ見た。まっすぐで、目の前だけを捉えて離さない。その瞳を覗き込んでしまった彼は、なぜか気恥ずかしそうに顔を背ける。
「それでよい。それで」
ただそう言われた。その一言だけで、有栖には白銀の彼の気持ちが、伝わった。やっと安心し、体を預けて静かな寝息をもらしていく。そうして彼は指先でなにか合図したのか、壁に埋められ、部屋を明るく灯していたランプが消えてゆく。そのあまりにも質素で、鳥籠でしかない場所を明るく照らしていた温かい光が、消えた。
そこは一室。この国においては、最も高貴とされる王が住まう場所。そして、迷いこんだ人間の少女。偶然は、二人がここで会えたこと。だがこの邂逅は偶然であり、必然。人はそれを運命というのではないだろうか。
しがない少女と厳格なる王。二人は一体どこで出会い、どこへ行くのか。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。感想や改善点、誤字、脱字等などかあればコメントで教えていただけると幸いです。第二話の投稿はしばらく先になる見込みですが、できるだけ早い投稿を目指します。