両想いだったらいいのに。
「両想いだったらいいのに」
幾度となく彼女から聞いた言葉だ。電話してる時、一緒に遊んでいる時、お弁当を食べている時。その言葉は何度も何度も聞こえてきた。話の相手は大体部活の先輩だったり、クラス1のイケメンだったり、目立っている男子だった。私は彼女の独り言のような会話に耳を傾け、何も言わず手をとった。
彼女は発する度苦しんだような表情をしていた。まるで深い深い海の底に沈んで行き、「自分だけでは上がれないから助けて」と聞こえない中叫んでいる様だった。
正直、理解が出来なかった。
私は恋愛なんてしたことなんてなかった。彼女と一緒にお弁当を食べ、道草しながら帰り、家に着いても少し経ったら電話する。気心の知れた彼女との日常が何よりも楽しかった。
だから「両想い」だなんて、私には無縁の言葉だった。
そんな彼女に彼氏ができた。ある日の帰り道、CDショップの前で独り言のように「私、彼氏が出来たの」と彼女は言った。最初は冗談だと思った。でも彼女の顔はそれを否定するように、頬はうっすら桜色に染まっていた。
彼女は立て続け様に彼氏の名前を私に耳打ちし、恥ずかしがるように早足で歩き出した。その名前は彼女が度々言った「両想いだったらいいのに」に一度も出てきていないような、地味な男子の名前だった。
私は飼い主に置いて行かれた犬のように彼女の下に走って向かった。
それから、私は一人になった。彼女は彼氏と弁当を食べるようになった。彼女は彼氏と一緒に帰った。電話しても彼氏の話ばかり。まるで電話越しに彼女の彼氏と話しているかのような、そんな気がした。
彼女はどこに行ってしまったのか。私は破裂しそうになった。あの時、店から流れ出ていた恋愛ソングが頭の中をぐるぐると回った。
「私、彼氏が出来た」
たった7文字の日本語を恨み、妬み、消えそうになる。
「助けて」
小声で一人つぶやいてみたが、彼女はそこにいない。
まるで海の底に沈んでいっているようだった。声は陸には届かず、水の重みと暗闇だけがやってくる。どうして私の声は届かないのか。
彼女もこんな気持だったんだ。やっと、彼女の苦しさが理解できた瞬間だった。声も想いも届かない。だけど「好き」という想いだけはどんどんと重みを増し、身を暗闇へと沈ませていく。
「両想いだったらいいのに」
私の海の底では恋愛ソングだけがずっと鳴り響いていた。