毎朝告白してくる変な女の子と勢いに負けて仲良くなったお話
R18展開でない短編としては初作品
2022/9/14 ちょっと誤字修正
最近、朝のホームルームが始まるよりも早い時間。僕は毎日のように体育倉庫に呼び出される。別にイジメられているわけではない。これからカツアゲされるとかでもない。
体育倉庫ではセーラー服を着た一人の少女が僕を待っている。
手前にまとめられた黒く長い髪の左右を大きくカールさせ、ふわふわとしている髪型の少女。下手なアイドルより整った顔立ちをしている。
くりっとした大きな目に少し小さめの瞳。唇は口角が上がっており、常に微笑んでいるようだ。顔から下については起伏がなく、ストーンと言う効果音が似合いそうな感じだ。総評すると、胸は無いけど可愛らしい少女だ。女子高生に対して少女、と呼ぶのもどうかとは思うけど。
「今日も来てくれましたのね。嬉しいですわ」
落ち着いた、けれども何か変な口調で淡々と告げる。「今日も」と言われた通り、僕はここしばらく、彼女に呼ばれ毎日この場所に来ている。
「まぁ呼ばれたから。来たよ。要件はやっぱりいつもと同じかな」
そう僕は、若干の面倒臭さを滲ませながら答える。そんな僕に、彼女はにこりと笑いかける。そしてコホンと咳払いし僕に向かい姿勢をただす。
「好きです。お付き合いしてください」
お辞儀をしながら、真面目な声で僕に向かいそう告げる。そんな彼女に僕は間髪いれずに答える。
「ごめんなさい」
そう、彼女は僕に愛の告白をしているんだ。しかし僕はそれを一考するでもなく、にべもなく振る。
彼女は可愛い。そんな女の子に告白されれば、僕みたいなネクラなら普通なら、浮かれてしまうか、イタズラを疑うかの二択だろう。ちなみに僕は初めて告白されたときは一瞬、浮かれた後、罰ゲームなのではないかと疑った。そんな僕が彼女の告白を受け即答でお断りしているのは何故か。それは、彼女が毎日ここで告白をしてくるからだ。今週の月曜から、現在金曜まで5日間。彼女は毎朝僕をこの場所に呼び、同じように、僕に向け告白をしている。そんなんなので、流石の僕も断るのに慣れて来たわけだ。
「うぅ今日も駄目なのですわね……」
落ち込んだ様子で彼女は呟く。珍しい、と言って良いものか。実は彼女とは昨日まで告白を断られると、だいたい直ぐに走って逃げていってしまい、録に会話もしたことがなかったのだ。しかし今日は会話が続くようだ。
「そりゃ、そうだよ。昨日の告白から何も進展ないのに気持ちは変わりようがないよ?」
昨日まで、告白が終わって以降は学校でも会話することもなく、放課後に会って遊ぶでもなく。接触0なのだ。それでどうやって惚れろというのか、是非聞いてみたいものだ。
「ですが、振られたお相手とお話しするなんて、何だか恥ずかしいですわ」
頬に手を当て、わざとらしく体をくねらせ、照れている感じを出そうとしている。顔が赤いので本当に照れているのだろうが、あざといというか、なんというか。そもそも、振られた相手と話つらいなら、連続して毎日告白してくるのはなぜ良いと思うのか。
「恥ずかしいって、それなのに何で、毎日告白を続けるのさ」
「翌日になれば、気分も変わってお受けしてくれる気分になるかと思いまして。わたくし、結構ポジティブなのですよ」
たしかにポジティブだ。だがそのポジティブさを発揮するところが間違っている気がする。どうせなら振られた相手にでも好かれるようなアプローチをする方向でポジティブになればいいのに。
「流石に、何のイベントもなく、惚れることはないと思うよ?むしろ、今僕の中で君は、毎日振っても告白してくる変な人扱いになっててマイナスイメージだよ?」
そんな僕の言葉に彼女は「想像もしてなかった!」みたいな驚きの顔を浮かべている。
「そんな、わたくしがしていたことは無駄だったのでしょうか……」
ふらりと手を顔に添えふらつきながら、よよよと口にし、横に積んであるマットにもたれ掛かる。やはり、挙動や口調が演技臭いというか、わざとらしいというか、変な人だ。
「まぁ僕、君のこと何も知らないし惚れようがないよね。というか名前すら知らないよ?」
5日間も毎朝顔を会わせて、これである。僕の言葉に、ピシッと彼女は固まってしまう。
そんな彼女が復旧するまで、僕は今週の出来事を思い出す。最初の告白は、初めての告白イベントに一瞬浮かれた。だけどすぐに、こんな可愛い子が僕に告白するなんてきっと罰ゲームか何かだ、と思いおことわりした。その後は、罰ゲームなら別に誰だったのか調べなくても言いかなって思って、彼女に興味をもたなかった。二回目は、まさかの連日での告白に対し、イタズラ以外の何でもないと確信。さらに興味もなくなった。三回目、まさか三回目があるとは思わず、呆気にとられながらも告白を断った。流石に意図を聞いてみたくなったので、会話しようと引き留めるが、走って逃げてしまった。そして昨日の四回目。告白される前に話しかけ、何で告白するのか。僕を本当に好きなのかを聞いてみる。
「その、好きな理由は、恥ずかしいので、秘密です。ですが!わたくしはあなたの事が本当に好きですの!お付き合いしてくださいませ!」
と、結局告白されてしまい、その後逃げられた。そんな経緯なので、告白の後にこうして会話するのは初めてであり、少し新鮮である。
「えっわたくしの名前、知らなかったのですか?」
むしろクラスが違う?いや学年すら違うかもしれないのか…。なんにせよ、そんな話もしたことのない相手の名前なんて根暗な僕には知る余地がない。
「逆になんで知っていると思ったのか聞いてみたいんだけど。君、学校で有名だったりするの?」
話してみればみるほど、変な人だが、可愛いことは確かなのだ。実は校内で有名だったりするのだろうか。ネクラボッチな性格の僕は、そういうのには疎い。
「まぁ一年生の中では、4組の変人とか呼ばれてますので、有名ではありますわね」
後輩だった。僕は二年だ。あと駄目な方向で有名な人らしい。彼女は話てみると、しゃべり方や仕草が妙に芝居かかっていて独特だ。漫画やドラマだとこんな感じのお嬢様キャラを良くみるが、現実にいると、完全にただの変な人だ。
「他にも残念美人とかイタ嬢とか呼ばれてますわね」
残念美人はわからなくもないけど、イタ嬢って何だ?苛められてたりしないか心配になってきた。
「とりあえず、わかった。名前教えてもらってもいいかな」
「勿論です。花ケ崎 麗子と申します」
ペコリとおじぎをする。これだけだと普通に丁寧な挨拶を受けたように思われるかもしれないが、彼女は先程から反省をする猿のように、マットに片腕をもたれ掛かった姿勢である。そのままおじぎされても失礼な感じにしかなっていない。彼女は真面目な顔をしているので、きっと自分の姿勢に気付いていないのかもしれない。やはり変な人だ。
「花ケ崎さんは「麗子とお呼びになってください」……花ケ崎さんは僕と仲良くなりたいのは真剣なの?」
何か言われたきもするが、無視する。「イケズですわ」だの「れいちゃんとかでもいいですのよ」とか言っている気がするが、無視する。しばらくして、無視されたのが堪えたのか、ようやく名前を呼ばせることを諦めたようだ。
「勿論お付き合いしたいのですもの。仲良くしていただけますの?」
「まぁ友達としてなら、断る理由も無いし」
そう言うと僕はよろしく、と握手を求めてみる。彼女もよろしくお願いしますと握手を交わす。
「では今日からお友達ということで、実は一つお聞きしたいことがございますの」
嬉しそうに彼女は、何故か握手を放さないまま、僕に向かい問いかけてくる。意外に握力が強く、ちょった痛い。
「あなたのお名前、教えてもらえますでしょうか」
嘘だろコイツ……
「はぁ、夕暮 大気です」
――――――――――――
今日は土曜日、学校はない。だが僕は、何故かいつもの体育倉庫に早朝から呼び出されている。
「お慕い申しております。お付き合いしてください」
「ごめんなさい」
そして、何故かまた告白されている。
「よよよ、今日もダメですのね。イケズですわ」
「いや、昨日お友だちから始めたばかりだよね?」
「はい。昨日仲良くなれましたから。今日はもっと仲良くなれるはずです」
「うん?」
会話が成り立ってない気がする。
「だから今日こそ、恋人にもなれるかなと思いました」
「あぁそう繋がるのね。ポジティブすぎないかな……」
なんと言うか、この娘は会話のテンポとか、思考回路が独特な気位がある。
「流石に休みの日まで呼び出されるのは迷惑なんだけども」
とりあえずは苦情を申し立てておく。
「あら、そうなんですの?」
人の迷惑に思い当たってすらいなかったようだ。
「そうなんです。花ケ崎さんはこんな朝早くに学校来るの面倒じゃないの?」
「面倒ではありませんわね。後少ししたらテニス部の朝練も始まりますし。時間も丁度良い感じですわ」
まさかの部活のついでの告白だったよ。ついでで僕は土曜の朝8時に呼び出されたというのか。
「部活の後だとわたくし、汗臭いですから、告白するなら朝の方が良いと思いましてよ」
呼ばない、という選択肢は無いのだろうか。呼ばれたままに来てしまう僕もどうかとは思うが。……昨日、友達になったということで、彼女とはメッセージアプリのIDを交換していた。そして夜、このメッセージだ。
れいちゃん≫明日の朝、お話ししたいのでいつもの場所で待ってます。
これである。何時?とか何のよう?とかいつもの場所って体育倉庫の事?と返信を返してみたが、全部未読でスルーされてしまった。アカウント名は後で花ケ崎に変更しておく。さて、そんな訳で、無視するのも心苦しい事と、まさか今日も告白するつもりじゃ無いだろうな、とどうにも気になってしまい、僕は今日も体育倉庫に来たのだ。
「どうして土曜に体育倉庫開いてるのかと思ってたけど、部活で使ってたんだね」
「はい。これからネットとか持っていきますわ」
「そうなんだ。にしても部活始まるのにまだ制服何だね」
彼女はセーラー服のままである。彼女は僕の言葉に反応し、自分の身体に視線を向ける。何かに気付いたような顔をすると、唐突にセーラ服の裾へ手を掛けまくり上げた。
「はっ?ちょっ、なにしてんのさ?」
慌てて目を塞ぐ。いきなり脱ぎ出すとか、痴女かこの娘は。
「下に着てますので大丈夫ですわ」
目を塞いだ僕に、そう告げられる。そうか、下に体操着を来ていたのか。ホッとして目を開けるが、目の前には下着姿で体操着を着ようとしている彼女がいた。
「着てないじゃん?!」
思わず突っ込んでしまう。彼女はイソイソと着替えながら、「下には下着を着てますわ」と言っている。あれか?そういうのに大らかなのか?それとも色仕掛けのつもりなのか?混乱している僕を余所に、着替え終わった彼女は部活に行くからと、ネットを持って体育倉庫を出て行ってしまった。何だったのだ、いったい。
倉庫に一人取り残された僕は、とりあえず帰路に着くのだった。……ちなみに彼女の下着姿は白いスポーツブラに、キャラクターものの猫の描かれた子供っぽいパンツだった。・・・多分色仕掛ではなかったということだろう。
――――――――――――
しばらくし、家に戻り昼飯をすませた頃。メッセージアプリが鳴る。
花ケ崎≫これから会えませんか。遊びましょう。
部活が午前で終わったのだろう。そんなメッセージをいれてくる。特に用事はなく、誘いに乗っても良いのだが、土曜休みに、一日に二度も呼び出されて外に出るのは何だか、癪である。
タイキ≫今日はもう外出るのダルいのでパスで
そう返信すると直ぐに返信がくる。
花ケ崎≫よよよ
花ケ崎≫では外ではなく中で遊びましょう
タイキ≫中?
花ケ崎≫大気さんのお家、教えていただきたいです
タイキ≫へ?家に来るつもり?うち、女の子と遊ぶものとかないよ
花ケ崎≫では私が何か持っていきますわ
どうやら家に来る気満々のようだ。どうしよう。花ケ崎さんだから、とかでなく、そもそも女の子など一度も家に呼んだこともなければ、遊んだこともない。加えて僕は高校のために上京してきており、学生マンションで一人暮らしだ。やはり色々と不味い気がして、断ろうと思いメッセージを打ち込もうとする。
花ケ崎≫お友達の家初めてなので、すごく楽しみですわ
断り辛いメッセージで先手を打たれてしまった。わざと計算尽くでやっているのか、天然なのが、わかりづらい。本当に楽しみにしてるなら断るのは申し訳が無い。何となく罪悪感がある。結局まんまと、彼女に乗せられてしまう僕は、了承の猫スタンプと家の住所を送信した。
花ケ崎≫猫さんかわいいですわ
そんな返事が帰ってきた。チヤットを終え、僕は部屋の掃除を始めながら、彼女はチャットでもあの変な口調を貫くのかと、変なところに感心してしまっていた。ちなみに、スタンプは後でプレゼントしておいた。直ぐ様、感謝の意の猫スタンプが返ってきたので、多分、喜んでくれたのだろう。
――――――――――――――
ドアのベルが鳴る。ドアを開けようと玄関に向うため立ち上がる。するとドアの外から花ケ崎さんにしては大きめな声がする。
「たーいーきーさーん。あーそーびーまーしょー」
急いで玄関に向かう。ドアを開けるとそこには何故か体操着姿の花ケ崎さんが大きな袋を持って立っていた。
「花ケ崎さん?!声大きいから。近所の人に迷惑だから?!」
あと僕が恥ずかしいから名前を叫ぶのはやめていただきたい。
「てか、何で体操着?何で着替えてないの?えっ、そのまま来たの?」
突っ込みが止まらなかったのでつい捲し立ててしまう。
「あら、ごめんなさい。お友達の家に行く時はこう声掛けするものかと」
どこの常識だそれ?
「あと体操着なのは着替えるのが面倒だったからですわ」
面倒だったからかよ。というか、遊ぶもの持って来るって言ってたけど、彼女が手にもつそれは明らかに今買ってきたばかりの何かが沢山つまっていた。チラッと髭の海賊が串刺しにされる玩具が見えた。
「それ、今買ってきたの?」
「はい。駅の近くのお店で売ってましたので」
やはり今買ってきたらしい。とりあえず、玄関に立たせたままも悪いので、招き入れる。
ワンルームのぼくの部屋はそんなに家具がない。ベットが一つと中央に少し大きめの四角いテーブル。部屋に備え付けのクローゼット。こんなものだ。座布団など気の効いたものはないので、ベットにでも座ってもらう。
ベットの枕側に座った彼女は、キョロキョロと部屋を眺めている。
「あまりモノがないのですね」
「まぁ、一人暮らしだから無駄遣いあまり出来ないしね。こんなもんだと思うよ」
実際、僕は家では勉強するか寝るか、趣味の料理と料理動画撮影するかくらいしかしていない。趣味については置いておくとして、僕の生活スタイルはこんな程度のものだ。
「ベットの下は隙間がありませんが、この場合エッチなものはどこにありますの?」
「いきなり下ネタぶっ込むね?!ないよ。ない。あっても秘密です」
「あら、残念です」
見つけてからかえなかったことが残念なのだろうか、それとも、そういうものを見てみたかったのだろうか。
「せっかく男の人のお家に来たので、見てみたかったですのに」
後者だった。持ってたとしても見せないよ?
「ほ、ほらせっかく何か買ってきてくれたみたいだし、準備してよ。僕は飲み物とか持ってくるから」
そういってキッチンスペースへ向かい、飲み物と、クッキーがあったのでそれも用意してもっていくことに。
彼女のところへと戻ると、テーブルの上には髭の親父が樽に詰められ、小さなおもちゃの剣が散らばっていた。彼女はテーブルに向かうためベットを降り、床に座っているのだか、何かクッションのようなものをお尻敷いている。
「あ、タイキさん。すみませんがお尻が痛かったので枕をお借りいたしましたわ」
そうか、お尻の下のものは枕だったようだ。体操着姿の可愛い女の子が、僕の枕をクッション代わりにお尻に敷いて、髭の親父の詰まった樽の玩具をカチャカチャと遊んでいる。
なにやらシュールだ。考えるのが面倒になり、僕は彼女の横へ腰を降ろすと、飲み物などを手渡す。後は、とりあえずこの玩具で一緒に遊ぶことにした。
びょーん
髭の親父が彼女の刺した一本目の剣で勢いよく飛び出す。髭の親父の人形は実にムサイ顔をしており、体は肌色一色で股間の部分に葉っぱがつけてある。誰得のデザインだよこれ、と心の中で突っ込みながら、唖然としている彼女の顔を覗き込む。
「……こんなに沢山ある穴の中から。一つだけの当たりを引くのは、それこそ勝者の成せる技だと思いますの」
すごい理屈だ。確かにただ一つの当たりを引き当てる方が難しい気はする。彼女は負けず嫌いのようで直ぐ様再戦を挑んでくる。ちなみに余談だが、このゲームは今でこそ飛ばしたら負けで有名だが、昔は飛ばしたら勝ちだったようだ。
閑話休題
2人で何度か遊んでいると、ふと、いつもの自分の部屋には無かった匂いに気付く。彼女の方からなので、彼女の匂いなのだろう。よく考えたら、今朝彼女は言っていた。部活の後だと汗の匂いがするから朝に僕を呼ぶことにしたと。……つまりこれは汗の匂いなのだろうか。汗なんぞ臭いものだと思う。体育の後の男子更衣室はそれこそ地獄のような臭いだ。女の子は違うのだろうか。今感じる匂いは甘酸っぱい感じの、すごく安心する香りだ。香水でもつけているのだろうか、とも思うが着替えるのを面倒と言い切った彼女だ。多分そんな身だしなみは気にしていなさそうだ。というか、汗の匂い、嗅がれたくなかったんじゃないのか。悔しいが匂いをこれでもかと後いうくらいに意識してしまう。
「どうしたのかしら?タイキさんの番ですわよ」
彼女に促され、我に返る。慌てて取り繕いながらゲームを再開する。僕は少しだけ、この変な彼女を意識させられてしまっている。ちょっと悔しい。
……あれから、小さい人生双六ゲームや変な鳩のカードを使ったゲームなど、いくつかのボードゲームを一緒に遊んだ。おもしろいゲームもあったので、興味が出て聞いてみると、何でも全部100円ショップで買ってきたそうだ。すごいな、100均。今度、コーナーを見てみようと思う。普通に彼女との時間を楽しんでしまい、気付くと夕方の六時になってしまっていた。
「うわ、もうこんな時間だ。夕飯の支度をしないと」
一人暮らしだから適当に済ませても良いのかもしれないが、料理が趣味な僕は料理の勉強がてら食事は毎食しっかり作ることにしている。
「あら。本当ですわ。こんなにお友達と遊んだの初めてでしたのに、あっという間で残念ですわ」
度々言葉の端から彼女の交遊関係が狭そうで気になってしまうのだが、高校でボッチしている僕が言えることは、特にない。
「タイキさんはお一人暮らしのようですけど、お料理お得意なのですよね?」
「あーまぁ料理は趣味みたいなもので、それなりだよ」
おや?僕が料理するなんて話、彼女にしただろうか。学校の人にも、趣味について話したことはない。まぁきっと遊びながら無意識に語ってしまったのだろう。
「もしよろしければ、ご同伴にあずかれたりしませんこと?」
またしても予想外の言葉が彼女の口からもたらされる。別に料理を振る舞うことは、嫌ではない。むしろ料理する側からすると食べてくれる人がいるのは嬉しいくらいだ。僕は家族や親戚くらいにしか料理を食べてもらったことはない。一人暮らしを初めてからは専ら自分で食べる分しか作っていない。だからこそ、食べてもらいたい気持ちはある。あるが、どうにも今日1日で彼女との距離が縮まり過ぎている気がする。可愛い女の子と一緒に夕飯とか、リア充イベントだろう。僕にはまだ無理だ。彼女との適切な距離を測るためにも、今日のところは勘弁させてもらおうと思う。
「ごめん、今日は材料が一人分しかないから、また今度、ご馳走するよ」
そう嘘をついて後送りにする。
「そうですの。残念ですわ。では次を楽しみにしていますね」
彼女は残念そうな顔をしたと思うと、今度は嬉しそうに笑う。その笑顔が可愛くて、またしても僕の心の距離は彼女によって不本意ながら縮められてしまった。
彼女が帰宅した後、僕は趣味の料理動画を撮り、先程の料理振舞いたい欲を少しでも発散することにする。僕はいわゆる動画配信サイトで、男子学生のお一人様料理を作る動画を配信している。顔出しはしていないが、ディスカウントストアで購入した変な口許の空いたマスクを着け、口許以外を隠した状態で撮影している。小柄で童顔、華奢な僕は、ネットマダム達からの妙な人気に支えられて、それなりの配信者活動ができている。動画では明るい少年っぽさを演じているのも、人気の秘訣である。
そんなわけで料理と撮影をすませ、簡単に編集をしながら食事をすませる。今日のメニューは田舎雑炊だ。栄養もあり、胃にも優しく財布にも優しい。そんな感じで趣味の時間に没頭していたら、今日の彼女に掻き回されて浮わついてしまった感情も大分と落ち着いてきた。
風呂をすませ今日はもう寝よう、とベットに横になったというところで、本日最後の花ケ崎さんからの時限誘惑攻撃を受けることになる。
枕から濃厚な、花ケ崎さんの強すぎる香りが立ち昇ってくるのだ。
よく考えなくても当たり前だ。近くにいるだけでもいい匂いだったのに、そのお尻に敷かれた枕に頭を乗せれば、そりゃこうなる。あっという間に浮わついた感情が甦る。その濃厚な匂いに悶えながらも、枕を手放すことができなかった僕は、結局匂いと汗の染み付いたそれに、顔を埋めて寝てしまう。翌朝いろんな意味で後悔したのは言うまでもない。
――――――――――――――
朝、時間は8時くらいだろうか。僕は玄関でまたしても花ケ崎さんと見つめあっている。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
朝から何の用だろうか。昨日、忘れものでもしたのだろうか。正直枕の件があり、彼女の顔が真っ直ぐに見れない。気まずい空気のまま、しばらく沈黙した後、花ケ崎さんの口が開く。
「タイキさん。好きです。ご飯を食べさせてください」
今日も告白だった。これで一週間告白皆勤である。正直少しずつ、彼女に絆されそうになってしまってきているが、僕はまだ負けない。誰とも勝負しているわけではないが。
ごめんなさい、と返そうと口を開きかけたところで、いつもの告白と内容が違うこと思いあたる。
「えっ?ごはん?」
朝から押し掛けてご飯が食べたいと申すのか、この娘は。
「はい。昨日、今度ご馳走していただけるとお聞きしましたので。ご馳走にあずかりに参りました」
いや、確かに今度ご馳走すると言ったけども。普通は翌日の朝に自分からねだりには来ないだろう。だが、来てしまった以上、追い返すのは悪い気がして、コミュ力の低い僕には拒否することが出来ない。仕方なく僕は彼女を朝から迎え入れる事にした。
「はぁ、昨日の夜の残り物しかないけど、それでいい?」
「はい。むしろそれがいいですわ」
目を輝かせ喜んでいる。残り物でそんなに嬉しいって、やっぱこの人はよくわからない。彼女を招き入れ部屋の中へとつれていく。
「あ」
彼女は何かを見つけ、呟く。何か見つけたのかと、目線をおっていくとそこには枕があった。ドキりと胸が騒ぐ。
「楽しんでくれたみたいで良かったですわ」
楽しんで?!何を?!えっばれてる?花ケ崎さんの匂いの染み付いた枕で寝ちゃったのばれてる?!一気に心臓がバクバクと震え、冷や汗が吹き出る。
「昨日、一生懸命匂いを染み付かせたかいがありましたわ」
確信犯だったのかい!完全に掌の上で遊ばれてたみたいじゃないか……悔しいが欲望に負けてしまった自分が情けなく思えてきた。
「どうでしたか?」
「ど、どうってなにがかな」
「わたくしの匂い、どうでしたか?」
「/////」
やばい、何て返したら良いのかまるで解らない。だが、はっきりした。彼女は完全に計算付くて僕を惚れさせにきている。あるいは全力でからかいにきている。頭が回らず、何も答えられずにいる。
「どうでしたか?」
しつこく、聞いてくる。
「ど、う、で、し、た、か?」
かなりしつこい。恥ずかしすぎるので勘弁してほしい。
「……なるほど、きっと足りませんでしたのね。では補充をいたしましょう」
枕の方に進もうとする彼女の前を塞ぎ、止める。
「すごく良い匂いでしたので、勘弁してください」
項垂れながら告げる。何だろうこの辱しめられてる感じ。
「そうですか。気に入ってもらえたなら良かったですわ」
もう、なんなんだろうこの娘は。僕のこと好きなの?いや、好きなのか。今さらもう疑わないけどもさ。とりあえず僕の回答には満足してくれたようで、感想を追求されることは止まった。
「では、そろそろ、お雑炊を頂けませんでしょうか。おなかが減りましたわ」
「あー、わかった。用意するから待ってて」
ん?
「えっ?何で昨日の残り物が雑炊って知ってるの」
問いかけるが首をかしげて。きょとんとしている。
「だって、昨日の夜は田舎雑炊をお作りになられてましたよね?」
「え、何で知ってるの?ストーカー?「違いますわ」あ、はい、すみません」
今までにない迫力でズズイ、と詰め寄られてたじろいでしまう。えぇ、ストーカーじゃないなら、あれか……
「配信動画……」
「はい、いつも涎を流しながら楽しく拝見させて頂いておりましたわ」
涎の情報はいらなかったけども。よく見ると今も口元がキラリと光っているけども。
マジか。動画見られてる上に、身バレしてたのか。ヤバイ、恥ずかしい。自分が高いテンションで「よーし、今日はみんな大好きオムライスを作っちゃうよー!」とかノリノリで話ながら料理している動画を知り合いに見られていた。しかも僕だとばれていた。チキンな僕には死ぬ程恥ずかしい拷問のようだ。
「初投稿の動画からファンでしたわ」
ありがとうございます。でも穴があったら入りたいです。
「作る料理がシンプルなお料理ばかりですが、見てるだけで家庭の味、という感じが伝わってくるのがすごく大好きですの」
素直に感想を言われても、嬉しくはあるが恥ずかしすぎて頭がパンクしてしまう。
「お料理しているタイキさんも凄く楽しそうで、可愛くて、料理共々食べちゃいたくなる魅力がありますわ」
料理共々食べられてしまうらしい。恥ずかしいから、赤くなりながら言わないでほしい。
「動画をみてこの人に、わたくしのためにお料理を作ってほしいと。そう考えながらずっと見ていましたわ」
これって、僕を好きになった理由ってそこからってことなのかな。
「そして、高校に入って運命の出会いでしたわ。本人がいたのですもの」
一応顔隠していたし、実は撮影時にカツラも被ってたりもしたのだけど、よく気付いたな。学校での僕は無口な空気みたいな存在だというのに。
「わたくしは考えました。どうすればあなたがわたくしのために料理を作り続けてくれるものかと」
おや、料理を作ってほしいから、作り続けてほしいに変わったぞ?
「そして、わたくしは閃きました!あなたと結婚すればずっとご飯が作ってもらえると!」
片手を胸の前で、ぐっと拳を握りしめ、顔を少し上に傾ける。もう片方の手は劇などて観客の方へ伸ばし訴えかける感じのポーズを決めながら、力強く言い切った。……さっきからこの人は演劇かオペラかみたいな芝居チックな振る舞いで話続けている。芝居っぽい光景が少しアホらしく見えてきて、僕は少し冷静になりだした。うん、冷静に見てると、この人の方が僕より見てて恥ずかしい。やっぱ変な人だ……というか、結婚とか言うヤバイワードも出たぞ。流石に主夫になる気はないのだが。
「タイキさん、好きです!結婚してわたくしのために美味しい食事を作って下さいまし!!」
勢いのまま、本日二度目の告白が発生したようだ。いつもと違い、今回は芝居チックな語りから、テンションが上がっていたのか、熱のある告白だ。くるりと3回転ターンも決めている。
「……ま、まってほしい。花ケ崎さんが「麗子と呼んで下さいまし!」いや、だから「れ・い・こ」……れ、れいこさんが僕を好きな理由は伝わりました。」
くそう。このやり取り前にもあったが今日は勢いに負けてしまった。
「だけど、はな……レイコさんは僕の料理、まだ食べたことも無いよね?期待外れかもよ?」
「そんなことはないと思いますわ。わたくしは料理とお尻を見る目だけは自信がありますの」
お尻って何だよ。どうでもいいよ。とりあえず僕は彼女のために昨日の残りの雑炊と、付け合わせにいくつかを用意して振る舞った。
「ぅう、わたくしの目に狂いはありませんでした。素晴らしく、優しいとても安心するお味でした。やっぱり結婚いたしましょう!」
お口にはあったようだ。
涙を流しながら凄い勢いで食べていたかと思うと、食べ終わると同時に大声でこれである。少し引いたのは黙っていようと思う。というか、告白がランクアップしてプロボーズになっている。
「その、結婚はちょっと……」
まだ付き合った事も無いのにそんなことは考えられない。
「がーん。イケズですわぁ」
よよよ、と何時ものようにしなだれる。
「その、花ケさ「レイコ!」レイコさんが僕の料理好きなのは嬉しいです。食べたいなら、都合が良いときならご飯作るから、さ。結婚はもうちょっとお互いを知ってからというか、まだ早いというか……」
僕自身、何を彼女に伝えればいいか、よくわからなくなっている。ガールなフレンドすらいない歴=年齢の僕にはこの状況を捌く技術も経験も皆無なのだ。
「それはつまり、彼女なら良いということですの?!」
「えっ、いやそんなことは言ってな「そうですの?!」はい。えと僕でよければ」
テンションの上がった彼女は、何時もと違い押しが凄い。というか距離も近い。今は壁ドンされている。このまま流されては駄目な気はするが、今は勝てる気がしない。気付くと彼女はまた、ポロポロと泣いていた。
「苦節一週間、ようやくタイキさんがわたくしの告白を受け入れて頂いて、感無量ですわ」
「苦節の期間短いな?!」
まあ、実際一週間なんだけども。友達になってからまだ1日ちょいしかたってないけども。僕はこの変な彼女に落とされてしまったようだ。
「これはもう、直ぐにでも結婚するしかありませんわ!」
「いや、それはちょっと、ごめんなさい」
またしてものプロポーズを断る。「イケズですわー」と可愛らしくいじけてはいるが、嬉しそうだから、まぁほっといて良いだろう。
そんなこんなで、結局押しに負けてお付き合いすることになった訳だが、週明けの月曜日、早朝に僕はまたあの体育倉庫にいる。
「愛しています。結婚してください」
「ごめんなさい」
告白からパワーアップしたプロポーズが体育倉庫で行われた。「イケズですわ~」と聞こえるが、無視する。多分このままプロポーズを受けるまで毎日続くのかと思うと、ため息が溢れる。いじける彼女に朝から丹精込めて作ったお弁当を渡すと、凄い嬉しそうな顔をしてお礼を言いながら、スキップで教室に戻っていった。
一人体育倉庫に取り残された僕は、今後の彼女との関わり方を思うと、気が重くなりながらも、口元がにやけてしまっていた。