第15話:ビジネスの話
男性客の発言に一同揃って驚愕していると、向こうも俺たちが彼に注目していたのに気づいた。
「こ、これはもうしわけない……つい、感傷に浸ってしまって……」
涙を流している姿を見られたのが恥ずかしかったのか、ラハムーア人の孫は袖で目を拭いながらバツが悪そうにしている。
「お客さん、だいじょーぶ?」
「すいません……大丈夫です……懐かしい記憶を思い出してしまって……」
ラハムーア人の孫が再びフォークを手に取る。
ゆっくりとした一口目とは違い、ものすごい勢いで料理を平らげていく。
見ているこっちも気持ちが良いくらいの食べっぷりだ。
そうして、五分もしない内にソースの一滴も残らずに完食してしまった。
そのまま、ふぅ……と一息ついた彼はトシさんへと視線を向ける。
「こちらを作られたのはご主人ですか?」
「お、おう……せやけど……」
「それはありがとうございます! なんてお礼を言って良いのやら……」
そのまま勢いよく立ち上がったかと思えば、トシさんの手を取って感謝の言葉を述べ始めた。
「お、お礼って……そんなことワシに言われてもどういうことか……」
「あ、ああ……すいません……興奮のあまり説明を忘れてしまいました……」
またバツが悪そうにしながらラハムーア人の孫が謝罪する。
「……さっき、おばあちゃんの味だって言ってましたけど、それが理由っすか?」
当惑するトシさんに代わって尋ねる。
「はい……実は昔、亡くなった祖母がよく作ってくれた料理がこれだったんです……。ああ、本当に懐かしい……もう食べられないと思っていた祖母の味、そのものでした……。本当にありがとうございます!」
また泣き出しそうなほどの感傷に浸っているラハムーア人の孫。
ここまで喜んでくれたなら、一人だけの客とはいえ作った甲斐が多少はあったのかもしれない。
でも、テンガが助けたババァがでっち上げた料理じゃなくて本当に実在したんだな……。
幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノ……。
「そんなに喜んでもらたんなら良かったわ……これでまた最後にええ思い出が出来たな……」
「ん? 最後、とは……?」
トシさんの口から紡がれた不穏な言葉に男性が首を傾げる。
「そのままの意味……もう今日でこの店は閉めるらしいのよ。だから、今の内におばあちゃんの味を堪能しといた方がいいわよ……また食べられなくなるから……」
店主に代わってエイルが答える。
その泣き腫らした目を見て、止むに止まれぬ事情を察したのかラハムーア人の孫は顔を伏せて何かを思案し始めた。
そして、数秒ほどそうしていたかと思えばまた顔を上げて言った。
「ふむ……このような立派な店を今日で閉めるとは……何か事情がお有りのようですね。よければ聞かせてもらってもよろしいですか?」
「聞かせてって……あんた、何者なんだ……?」
突然の提案に訝しみながら聞き返す。
一見すると人の良さそうなオッサンだが、ブローカーの類が感動話を餌に潰れかけの店を土地ごと安く買い叩こうとしてる可能性だって否定できない。
「ああ、申し遅れました……私、こういう者です」
礼儀正しい所作で、俺達に一枚一枚名刺が差し出される。
そこに書かれていた名前よりも肩書の方に目が行った。
「酒場……哀伯亭グループの……社長!? 哀伯亭って言ったらミズガルド中に展開してる一大グループじゃねーか!」
大衆志向の手頃な値段と店員の女の子が着る今風の可愛い制服を武器にした大人気店。
そこから派生し、今やミズガルド中に系列店を数十件持つ一大グループだ。
俺も女の子目当てに行った回数は一度や二度じゃない。
「ほぇ……すっごーい……」
「確か……第四地区三番支店の看板娘さんはジルドくんのコレでしたね……」
ノアもお盆を胸に抱えて驚き、テンガは小指を立てている。
また余計なイラつく情報を知ってしまった。
「はい、恐れながらそういう者でして……上京して一旗揚げるというのが病床に伏した祖母との最後の約束でした……。今日、久しぶりに祖母の味を口にしてその初心を思い出させてもらったお礼と言ってはなんですが……是非、お力にならせてもらえればと……」
立場に反して低すぎる姿勢でペコペコしてくるラハムーア人の孫(社長)。
良い人そうには見えるが、それでもやはり疑念は拭い去れない。
「力にならせてくれって言われてもなぁ……」
当然のようにトシさんも難色を示す。
直接的な金銭支援は俺たちからですら断られている。
料理を食べさせただけの人から助けてもらうなんて、もし善意からの行動であっても簡単に首を縦に振れるもんじゃない
「流石に料理を食わせただけでそこまでしてもらうわけには……」
「いえ、うちの料理人たちでも再現出来なかったあの味を再び口に出来たのは私にとってまさに奇跡でした……どうかお力にならせてください……。そうでないと、私の中にはあるバベアスィデア・ピ・ヌ・クルッタ・ンパ!」
幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーア語だ……!!
興奮すると出ちゃうんだ……!!
「ああ、すいません……地元の方言が出てしまいました……これはツォムツォム……」
まだ微妙に出てる……!!
「し、しかしなぁ……やっぱり今日会ったばかりの人に施してもらうようなことは……」
「ああ、その点はご心配なく……私も商売人です。一方的な施しというお話ではなく、Win-Winの関係になるご提案をさせてもらいたいと思っています」
そう言いながら、彼は店内を値踏みするような目でグルっと見渡す。
「……とても大事にされてきたのがよく分かるいい店です。。それに立地も悪くありません」
「ちょっとちょっと……あんた、まさか自分とこの傘下にしようとしてるんじゃないわよね! この店はトシの大事な――」
「いえいえ、滅相もありません。実はちょうどゴニョゴニョゴニョで……」
立ち上がり、社長へと詰め寄るエイル。
対して社長の方は取り繕うようにそう言うと、トシさんとエイルにだけ聞こえるほどの声で何かを提案した。
「ふっむふむ……それは悪くないわね。で、どのくらいの予算を考えてるの?」
それも聞いたエイルも満更でもない様子を見せる。
さっきまで光を失っていた目にも、再び火が灯りはじめた。
親指と人差指で丸を作りながらまるで店のオーナーのような振る舞いをしている。
「う~ん……それは大体、このくらいが相場かと……」
手元のメモ用紙に書きなぐった何かをエイルとトシさんの二人に見せている。
「ん~……もう少し勉強できないの……?」
「いやぁ……流石にこれ以上となると……」
「それじゃあ、こういうのはどうかしら? ごにょごにょごにょ……」
「ううむ……それは魅力的な提案ですね……でしたら……」
二人の間で進んでいくビジネスの話。
そこで一体どんな取り決めがされたのか、完全に蚊帳の外に置かれた俺たちが知ったのは三日後のことだった。





