第14話:懐かしの味
――幻の以下略が完成した日の夕方。
客の居ない店内で、俺たち四人は死んだような顔を突き合わせていた。
途方も無い絶望に誰も声を発せないで居た中、エイルが口を開いた。
「えー……幻の以下略……注文数は今だゼロ……ゼロ……」
何度確認してもどうしようもない現実が改めて突きつけられる。
朝から客引きして、わざわざ新メニューの立て看板と張り紙まで作ったのにゼロ。
紛うことなきゼロ。
パセリとパクチーの盛り合わせ以下の注文数だ。
興味本位で頼む客すらおらず、苦労して集めた材料は冷蔵庫の肥やしになっている。
でも、そうだよな……そりゃそうだ……。
こんな街角の小さな料理屋であんな怪しさ満点の料理を注文する客がいるわけない。
食材を集めてる最中は熱病に浮かされたような心地になっていたが、改めて考えるまでもなく当然の結果だった。
「うっ……ううぅ……」
冷静になって状況を見つめ直していると、テーブルを挟んで向かい側から呻き声が聞こえてくる。
何だと思って顔を上げると、エイルが目から大粒の涙を流して泣いていた。
「うぅ……きっとこれで上手くいくって思ったのにぃ……トシぃ……ごめんねぇ……」
「エイル……」
いつものその場凌ぎの逃げとは違う本気の涙に思わずたじろいでしまう。
隣のノアもしゃくり上げているエイルの背をいつもより優しげに擦っている。
「やっぱり私はだめだめの四流女神なのよぉ……信者の一人も救えないなんてぇ……ぐすっ……」
「まだどうにもならないって決まったわけでもないんだから泣くなって。もしかしたら幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーア人の団体客がこぞって来てくれるかもしれないだろ。『こんなところにオフクロの味が!』ってさ」
かなり無理矢理な慰めの言葉をかけてやるが、エイルの涙は更に増えるばかりで泣き止む気配はない。
「すいません……私の持ってきたレシピがお役に立たなかったようで……」
「いやお前が謝る必要もないっての。実際、あの料理は本当に美味かったんだから」
深く頭を下げて謝罪するテンガに言ってやる。
そう、完成した幻の以下略は名前や調理過程が怪しいだけで味は文句なしに美味かった。
それこそもっと猶予さえあれば口コミで広まって店の看板メニューになりうるほどに。
だが結局、初見客の多い通りに面した店にまず求められるのは奇抜な料理よりも慣れ親しんだ味だったらしい。
「エイルちゃん……そんな泣かんとってくれや……」
調理場から出てきたトシさんが伏せられたエイルの頭にポンと手を置く。
「だって……私、あんなに大見得を切ったのに……結局、何もできなくて……」
「いや、元はと言えばワシに商売の才能がなかったんが全部悪いんや……。嬢ちゃんらはほんまによーしてくれた……。おかげで最後にええ思い出が出来たわ……これであいつも少しは許してくれるやろ……」
俺たちではなく、今は亡き奥さんの方を見るような遠い目。
そんな姿を見ていると、もしかしたら何か他に出来たんじゃないかという後悔はやはりある。
でも、もうどうしようもない無力感に苛まれていると……。
カランコロンと入り口のドアベルが鳴った。
入ってきたのはトシさんと同じ年頃、やや恰幅の良い中年男性の一人客。
「あっ、いらっしゃいませ~」
ノアが立ち上がり、一端の看板娘のように客を席へと案内する。
「あの、表の看板に出てた料理を注文したいんですけどやってますか?」
「うん、やってるよ! トシさ~ん、あのなんとかかんとかぼんぼろ~ん一つだって~!」
いや、やっぱり店員としてはかなり難があるな……。
……と、本題はそっちじゃない。
「ほら、ようやく一つだけど注文が入ったみたいだぞ」
俺たちの努力の結晶にようやく注文が入ったのをエイルに教えてやる。
「ぐすっ……どうせなら百皿くらい注文してくれればいいのに……」
多少の効果があったのか、まだぐずりながらも少しだけいつもの調子に戻っている。
調理場では注文を承ったトシさんが、昨晩エイルとの特訓で覚えた料理を手際よく作っていく。
もし店が失われても、二人で頑張って覚えたレシピは消えない。
腕前さえ残っていれば、また新しい店を開く機会だっていつか来るはずだ。
「お、お待たせしました~……えーっと、なんとか~かんとか~でーす」
見ているだけで危なっかしいノアの手によって、幻の以下略が初めてお客さんの前に出された。
向こうに悟られないように、その食事姿を横目で眺める。
初めて見る料理だからなのか、男性客は少し緊張しているように見える。
まず具材の一つにフォークが突き立てられ、ゆっくりと口元へと運ばれていく。
これで何かが変わるわけでもないのに、見ているだけで妙に緊張する。
俺だけでなく、エイルもノアも、テンガもトシさんもその反応を見守っている。
口に含まれた具材が一度、二度……とじっくり味わうように咀嚼され、喉を通って胃の中へと嚥下された。
だが、彼はそのまま二口目を食べずに、握っていたフォークをテーブルの上に置いた。
口に合わなかったのか……?
と思っていると、顔を伏せた客が目からポトリと大粒の涙を落とした。
そして、静寂の店内で呟く。
「こ、これは……間違いない……」
感動に打ち震えているような声。
更にポト……ポト……と涙が落ちる。
「お、おばあちゃんの味だ……!!」
ま、幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーア人の孫だ……!!





