第13話:メイド服と極小水着、そして縄跳び
「あーーーー疲れたッッ!! もう何を言われても絶対に行かないからな!!!」
周辺地域を駆けずり回った疲労を叫びに変えながら椅子に腰を落とす。
もう行かないと言ったのはこれで三回目だが、今度の今度は本当にもう行かない。
「ご、ご苦労さま……」
バツが悪そうに労いの言葉をかけてきたエイルをギロっと睨みつける。
今の俺は警戒心が野生の虎よりも強い。
こいつが近づいて来ただけでまた何かやらされるんじゃないかと思えてくる。
「そ、そんなに警戒しないでよ。ほんとにもう無いから……」
「本当だな?」
もう一度、視線で釘を差しておく。
無いと言っておいて、肩もみ&お酌のフルコースから追加の要求をしてきたのが前回だ。
流石にもう何をされても絶対に行かない。
まあ、どうしてもと言うなら行ってやらないでもないが……。
「ほ、ほんとのほんとによ……多分……」
自信なさげに付け足すエイルだが、とりあえずは何もないらしい。
「だったら少し休ませてくれ……流石にくたびれた……後、腹も減った……」
くたびれた身体を椅子に深く腰掛けさせる。
「トシー! このミズガルドが誇る英雄に何か元気の出る美味しい物を作ってあげてー! ほ、ほら他にも何かして欲しいことは?」
今回は自分でも無茶振りしすぎたと思っているのか、これ以上にないくらい気を使ってくる。
しかし、今の俺にはそれすらも何か裏があるんじゃないかと思えてくる。
「怪しいな……まだ何か企んでんのか?」
「た、企んでなんかないわよ! 心の底から生まれた労いの気持ちよ! ほら、なんでもしたげるから!」
「うんうん、なんでもしたげる。ルゼル、頑張ったし」
エイルの言葉に、軽い食事を持ってきてくれたノアも同調する。
……なんでもする。
メイド姿の二人の言葉に、桃色の妄想が頭の中を否応無しに駆け巡る。
特にノアの無垢な顔の下についた双子霊峰と『なんでも』の組み合わせはまさに無限の可能性を秘めている。
それはつまり、朝から晩まで水着姿でチアガール風に応援してもらうことさえ可能だということだ。
頭も疲れ切っているせいか、思考が妙な方向へとひた走っていく。
「別に、今回はお前らのためにやったわけじゃないんだから何かしてもらおうなんて――」
しかし、ここで何も言えないのがヘタレのヘタレたる所以。
理性的なフリをして断ろうとしたところ――
「ルゼルくん、本当にそれでいいんですか……?」
黒髪の奇妙な男がどこからともなくシュババっと現れた。
「うおっ! びっくりした……急に出てくんなよ……」
毎回毎回、音もなく登場するせいで心臓に悪い。
「すいません……ですが、ルゼルくんがあまりにもヘタレなので黙って見ていられませんでした……」
「へ、ヘタレってな……俺は別に――」
「いえ……こんな美女二人が何でもすると言ってるのに、何もしないなんて逆に失礼ですよ……! 例えば、エイルさん!」
ビシっと見た目に反して力強く指が突きつけられる。
「高慢ちきな彼女には敢えてこんな偽物ではないクラシカルな本物のメイド服を着せて、『おかえりなさいませ、御主人様』と淑やかに言わせたいとは思わないんですか……!? 最初は羞恥に堪えていた彼女が慣れていくにつれて、満更でもなくなっていく様を見たくないんですか……!?」
「いきなり出てきて何言ってんだよ……」
「なんでもたってそんなことするわけないでしょ……」
二人して呆れながらも心の中では――
意外と悪くないな……。
――と考えている自分がいた。
「次にノアさん!」
エイルの言葉を無視して、続いてノアにも細枝のような指が突きつけられる。
「こんな立派な武器を持っている彼女に、極小水着を着せた状態で縄跳びをさせたいとは思わないのですか!? 交差跳びなんてしたら腕に挟まれたお乳上が大フィーチャーで、もう大変なことになりますよ!? 頼りない紐だけで支えられた肉塊が縦横無尽に跳ね回る様と、出てはいけない部分が水着からはみ出しそうになるワクワクハラハラ感を同時に楽しみたいとは思わないんですか!?」
「馬鹿かお前は……」
と口では言いながら、心の中では――
……思う!
――と賛同してる自分がいた。
「水着……? 泳ぐにはまだ寒いと思うけど……」
ズレた心配をするノアを尻目に、テンガは更に語勢を強くする。
「ジルドくんと三人で一晩中飲み明かした時のルゼルくんはもっと自分に正直でしたよ……! さあ、今すぐその本心――爛れた欲望を曝け出して私へと申し付けてください……! 秘蔵コレクションの中からクラシカルなメイド服と極小水着、そして縄跳びを出してく――」
「出てけ、変態!」
そして、エイルに店外へと蹴り飛ばされていった。
「さて、妙な横やりが入ったけど材料は揃ったから明日からでも店に出せるように訓練開始よ!! トシ、やるわよ!!」
先の話を全てなかったことにするように切り替えたエイルがレシピを手に宣言する。
そう、俺たちの目的は極小水着着用縄跳びではなく幻の料理によるこの店の救済だ。
「立派な武器なんだ……」
隣でノアが自らのモノを左右から手でポヨンポヨンと挟みながら呟いた。
*****
そうして翌日のメニュー入りへと向けて、早速『幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノ』の製作が開始された。
調理役は店主でもあり、この店唯一の料理人であるトシさん。
その隣に立つのはレシピを手に指示を出すエイル。
そして、俺とノアはカウンター席に座って厨房の二人を見守る。
「そしたら次はおもむろにキノコを投入して、親の仇のように炒め……じゃなくて、親の仇の正体が実の兄だと判明し、それは全て祖国の指示に拠るものだと知った時の感情で以て炒める!」
「お、親の仇……こ、こうか?」
大きなフライパンを持ちながら、エイルの指示に従っているトシさん。
何とか店を存続させるため、この幻の料理へ賭ける強い想いが伝わってくる。
「んー……少し悲壮感が足りないわね……。もっと、こうして……こんな感じで……」
何故かレシピの指示を深いところで理解しているエイルが身振りを交えながら教えていく。
レシピ通りに作れるようになるまでの訓練を開始して、もう数時間が経つ。
伝説の料理なだけあって調理難度はかなり高いようだ。
既に何度も失敗を重ねて、集めてきた大量の食材も徐々に減ってきている。
あれだけ有った物量が急に頼りなく見えてきた。
「そうしてチーズがトロットロのテラッテラになったら塩を少々、胡椒を少々……十分掻き混ぜてから愛しさと切なさを大さじで一杯……最後は心強さでフランベ!」
「おう! 了解!」
エイルの熱量につられてか、トシさんの手付きにも徐々に熱がこもっていく。
俺にはこうして見ているだけしか出来ないのが少し歯がゆい。
「そう! いい感じよ!! そしたら次はソース作りね」
二人の戦いを見守っていると、また隣にふと奴が現れた。
「流石ですね、エイルさん。複雑なレシピをあそこまで読み込んでいるとは……」
さっき蹴り出された女へと向かって大きな歓心を見せるテンガ。
「そうなのか?」
「はい、本来ならエンセーテしたケベをネファトしてからムプレにするところなんですが、バリバルを代わりに使うことで、ニッター・ルヘをフォンケにしています」
「なるほど……」
全然、分からん。
「ここまで理解するのは一朝一夕のものではないはずです……エイルさんはこの店をそれほど大事に想っているみたいですね……」
「それは、まあそうなんだろうな……俺と会う前から二人は知り合いだったみたいだし」
調理場の熱で汗だくになりながらもレシピ片手に奮戦しているエイル。
トシさんが調理だけに集中できるように、食材出しから調理器具の準備もしている。
自分勝手で自己中かと思いきや、他人のためにここまで必死にもなれる一面も持つよく分からない女だ。
「何故か私には少し当たりが強いですが、良い人ですね……ルゼルくんが一緒にいる理由もよく分かります……」
「俺には未だによく分かってないけどな。どうしてあんな奴に付き合ってんのか……自分でも未だに不思議で仕方ねーよ……」
俺の言葉に、テンガはいつもの不気味な笑いで応える。
その後も途中で寝てしまったノアを家まで運んだり、無くなった調味料を深夜営業の店まで買いに行ったりしながらレシピと格闘し続ける二人を遅くまで見守った。
そうして熱戦の末、夜明けとほぼ同時に『幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノ』は完成した。





