第12話:解釈違い
――討伐隊によってヨルムンガンドの死亡が確認されてから数時間後。
綿密な周辺調査が行われたものの、結局それを行った何者かの痕跡は発見されなかった。
ミズガルドへと帰投した一行はまるで狐にでも摘まれた心地のまま解散し、ティタニアは最後まで忌々しげな表情を浮かべたまま一言も発さなかった。
その後、第一地区のギルド本部へと戻ったアイギスは事の顛末――ありのままの真実を上層部へと伝えた。
彼女からの報告に、最初は耳を疑ったギルド上層部や地区代表たち。
しかし、普段は感情をあまり表に出さない彼女の鬼気迫る説明を聞いてすぐにそれが事実なのだと理解した。
そうして行われた会議の結果、此度の件は一旦公にしない判断が成された。
伝説の巨大蛇が死亡した事実よりも、それを行った正体不明の何かが野放しで周辺に存在している方が大きな混乱を招くと判断したからだ。
そして、アイギスには新たにその正体を調査する任が与えられた。
嬉々として承った彼女は、すぐに部下を率いて本格的な調査へと乗り出した。
しかし、どれだけ聞き込みを重ねても、再び現場へと赴いても成果らしい成果は得られなかった。
ただ時間が経つにつれて、唯一の証拠と呼べるヨルムンガンドの死骸は自らの毒性によって骨も残らずに融解しつつあるだけ。
そこから更に追い打ちをかけるように多数の報告が彼女の元へと舞い込んだ。
それはヨルムンガンドとは別の、特別警戒対象に指定されていた魔物が死体で発見された報告だった。
それも一件だけではない。
『西の内海に生息し、巨大帆船さえも深淵へと引きずり込む悪魔の化身』
『東の森、その奥深くに踏み入れた旅人を魔法で幻惑し捕食する三つ目の怪鳥』
『北の荒野にある大亀裂、地獄の底へと繋がる断崖に巣を張る奈落蜘蛛』
西で東で、北で南で――ミズガルドの周辺地域で人々の安全を脅かしていた災害級の魔物たち。
それが何者かの手によって次々と討伐されていく。
ヨルムンガンドを討伐したのと同じ者の手に拠るものなのは明らかだった。
だが、その者は名乗り出ないどころか功績に対して僅かな痕跡すら残さない。
現場に残されるのは、常に何らかの一撃で討たれた魔物の死骸だけ。
王の息吹を間近で感じながらも、一向に正体へと迫れない彼女は大きな苛立ちを抱え始めていた。
「我らを導く者であるというのなら……何故、私たちの前に姿を表さない……」
大通りの端で立ち止まったアイギスの苦悩が溢す。
ミズガルドのために動いていながら、どうして自分たちの前には姿を現してくれないのか彼女には理解できなかった。
まるで砂漠に浮かぶ蜃気楼を追っているような手応えのなさに焦燥は限界を迎えつつあった。
そんな彼女を通りを挟んで向かい側の建物から見下ろす者がいた。
「見て見て、あの苦しそうな顔……堪んない……」
人の絶望を見るのが大好きな偏執クォーターエルフ――イルザ・ラズグリス。
第四地区ギルドのバルコニーでご満悦の表情を浮かべている彼女だけが、この一連の出来事の仔細を全て把握していた。
そう、全ては彼女が行ったルゼルへの嫌がらせに端を発している。
まず最初に、彼が南の湿地帯へと向かう情報を聞きつけた彼女は仕事を放り出してすぐに先回りした。
そこでちょうどよく見つけたのが昼寝中の巨大蛇ヨルムンガンド。
彼女は自らの手で蛇を上手く誘導して、のこのこと湿地帯を訪れたルゼルを丸呑みさせた。
その時点で気絶しそうな享楽を感じていたイルザだったが、当然彼はその程度で死ぬわけがないのも知っていた。
ルゼルはすぐに神斧の一撃を以て蛇の頭部を吹き飛ばし、何事もなかったかのように目的の植物を採集し始めた。
それに気をよくした彼女は、次から次へと同様の手法で彼を厄介な魔物と戦わせた。
西で東で、北で南で……。
「まさか、ルゼルくんが変な料理の材料を集めてるだけだなんて思いもしないよね。あー……おもしろ~……あっはっは……!」
事情も知らずに街中を奔走するアイギスを見下ろしながら、イルザは腹を抱えて笑い続ける。
だが、自分がルゼルを陥れるために仕組んだ策略がまさかこんな顛末へと転がっていくのは流石の彼女をしても予想外だった。
笑いすぎて流れ出てきた涙を拭いながら彼女は次の一手を考える。
さて、ここからどうすればもっと面白くなるのかな……。
最初に脳裏に浮かんだのは、アイギスに探し求めている者の正体がルゼルだと教えるべきか否か。
もし教えれば彼女はルゼルへの忠誠を誓い、彼を何としても王の座へと押し上げようとするだろう。
実際に王になれるかはともかく、彼の立場は今よりも遥かに向上するはず。
そうなった場合は彼にもっと大きくて面白い試練を与えられるかもしれない。
「白金S級のティタニアさんとも因縁が出来たし、どうにかして公の場で彼女と戦わせるのも良いかもしれないな~……それで勝って、本当に支持を集めて王様になっちゃったらどうしよ~……」
独りごちながら、もしそうなった場合の未来をイルザは更に深く夢想する。
最終的には大陸最大の脅威であるニブルヘイム帝国と覇権を賭けた大戦争へと臨む彼の姿を……。
「ルゼルくんvs帝国……想像するだけでイっちゃいそうな好カードだけど……う~ん……やっぱり、ダメ……解釈違い」
自らの夢想に興奮しながらも彼女はその未来を躊躇なく切り捨てた。
彼女が理想とするルゼルの姿との間に大きなズレが生じたからだ。
「ルゼルくんには王様とか全然似合わないもん。彼は小市民で、どれだけ頑張っても頑張ってもなかなか報われないところに強さとのギャップがあるからいいのよ。人気者になっちゃったら魅力減もいいとこ。……というわけで、ごめんねアイギスさん。心焦がれた彼とは会わせられません……残念でした~……」
くすくすと嘲笑しながら建物内へと戻っていくイルザ。
また大きなため息を付くアイギスは当然そんなことを知る由もない。
意中の人物が通りのすぐ先にいるとも知らずに、彼女はまた切に焦がれる王の影を追って街中を奔走する。





