第4話:天才魔法使い
「ルゼルくん、痛いです……」
「どう考えてもお前が悪いから甘んじて受け入れろ」
頭に出来た大きなコブを擦っているテンガを戒める。
怒りが最高潮に達したエイルに殴打されたもの……ではなく、絶叫に驚いて転げた拍子にぶつけたものだ。
徹頭徹尾自業自得なので擁護の余地もない。
「しかし、半年ぶりに会っても全く変わらねぇな……お前は……」
「いやぁ……それほどでもないですよ……」
「褒めてないからな。全く、そういうところだぞ」
「ああ、そうなんですか……すいません、そういうの良くわからなくて……」
コブが痛いからなのか、それとも申し訳無さからなのか、また頭を擦っている。
俺自身はこいつのこういうところを嫌いじゃないが人に紹介する場合は別問題。
少しは本音と建前の使い方を覚えろと言った回数は一度や二度じゃ効かないが、いつまで経ってもこの有様だ。
「……で、何でこいつがいるのよ」
並ぶ俺たちのテーブルを挟んで向かい側で、心の底から嫌そうな顔をしているエイル。
テンガに対する好感度は俺のギルド貢献点並にマイナスへと振り切れている。
「お腹が空いたのでご飯を食べにきました……」
「そうじゃないわよ! なんでついてきてんのかって話よ!」
真顔でとぼけるテンガに指が突きつけられる。
ここは食事処『三船亭』。
客が少なくて静かなのと、手頃な値段で旨い料理が食べられるので重宝している店だ。
今や俺たちの『聖域』と呼んでいい場所でもある。
「久しぶりに会ったので、ルゼルくんと旧交を温めようと思いまして……」
「だったら私たちの居ないところでやりなさいよ! 半径100m以内に近づいて欲しくないんだけど!」
歯に衣着せずに物言うエイル。
建前の使えない男に対して、それなら自分もと遠慮なく本音をぶつけているが……
「ルゼルくん……ここの料理、本当に美味しいですね……」
あっさり躱された。
「むきー! そういうとこよ! そういうとこ! ルゼル! あんたも友達は選びなさいよ!」
「まあまあエイル様、ちょっと変わってるけどテンガさんも悪い人じゃなさそうだし」
「そうそう、悪気があるわけじゃないんだよ。ここは俺が奢るから美味い飯でも食って機嫌を直せって」
まだ怒りの収まらないエイルをなんとかノアと一緒に宥める。
ノアにすら変わってると言われるのは大概だが、悪い奴じゃないのは事実だ。
色んな事が少し妙な方向にズレてるだけで。
「ノアさん、でしたっけ……? 優しいですね……でも、優しくされすぎると勘違いして好きになるかもしれないんで気をつけてくださいね……」
「そ、それはちょっと困るかも……」
苦々しい顔をしながらテンガから身体が離される。
基本警戒心が無のノアまで引かせるとかすげぇな、こいつ……。
ミズガルド中の女性に嫌われているという噂にも信憑性が出てきた。
「で、でもこいつ、魔法使いとしては本当にすごいんだぞ! なんたって、あのアルフェイム国立魔法大学を主席で卒業してるからな! しかも飛び級で!」
友人がただの奇人変人のまま終わってしまうのは忍びないと思って、その輝かしい実績を紹介する。
流石にこれには二人もさぞ驚くだろうと思ったが――
エイルもノアもノーリアクションで食事を続けている。
「……もしかして知らないのか?」
口に物を含んだまま、二人同時に小さな首肯を以て返答された。
「た、大陸の北東にある魔法大国アルフェイムの最高学府でだな……そこの主席といえば、あのティ――」
「別に大したことないですよ……もう何年も前のことですし……。今の実績は同期の人たちの方がすごいくらいです……」
スプーンでスープをすすりながら何の感慨もなく淡々と遮られた。
「お前……人がせっかく名誉挽回させてやろうとしたのに……」
本人の口から半ば自虐的に謙遜されてしまうと何も言えなくなる。
しかもこいつがそう言うってことは、本心から大したことないと思っているわけだ。
そうして結局、その後もエイルはテンガの存在を徹底的に無いものとして扱い続けた。
二人の間に立たされる俺の気まずさときたら言葉に出来ないほどだ。
「ルゼルくん……私、もしかしてめちゃくちゃ嫌われてます……?」
食事も中盤に差し掛かってきた頃、唐突に切り出された。
「い、今更気づいたのか?」
「はい、私にだけサラダを取り分けてくれなかったので気づきました……」
「そりゃなかなかの洞察眼だな」
「ありがとうございます……でも女性に嫌われてるのは慣れてますが、ルゼルくんのガールフレンドに嫌われるのは困りますね……」
億劫な口調に反して、本当に困ってそうなのは伝わってくる。
「だったら、人に任せてないで少しは自分でご機嫌取りでもしてみろよ。いつでも経ってもそれじゃ困るだろ」
「はぁ……ですが、女性の方ってどうすれば機嫌を直してくれるんでしょうか……私、そういうのに疎いんで是非経験豊富そうなルゼルくんにご教授願いたいです……」
「そ、それはお前……は、花とかをプレゼントすんだよ」
彼女いない歴=年齢の童貞が必死に絞り出した答えだった。
「花ですか……確か素材として収穫したのがいくつかありましたね……」
ボソっと呟きながら、対面に座って自分を無視しているエイルを見据える。
そのままエイルへと向かって手を差し出すと――
「エイルさん、怒らせてしまったお詫びと言ってはなんですが……これをどうぞ……」
ポンっと何もない空間から大きな花が飛び出してきた。
毒々しい色をした分厚い花びらが八個ほどついた不細工な花だ。
それを眼前で目撃したエイルが手に持っていたフォークを落とす。
「い、今の……それ、何をしたの……?」
目を丸く見開いて花を見つめるエイル。
もちろん驚いているのは不細工な花にではない。
まるで神の奇跡が如く、何もない空間からそれが出現したことにだ。
当然、俺も驚いて言葉が出なかった。
「それ手品!? すっごーい!」
「いえ、手品ではなくて花ですけど……」
拍手するノアに対して、丁寧にズレた返答をするテンガ。
「い、いや……そうじゃなくて、お前……今その花をどこから出したんだ?」
「どこって……単に収納用の亜空間から取り出しただけですが……?」
「しゅ、収納用の亜空間……?」
現実離れした言葉がさも当然のように語られていく。
そんな魔法、聞いたことがない。
「ルゼル……あんた前にそんな便利な魔法ないって言ったわよね……」
「あの時まではそんなもん見たことも聞いたこともなかったからな……」
そのまま驚愕している俺たちに向かってテンガが変わらぬ口調で説明し始めた。
「ああ、ええっと……一週間ほど前にアルフェイム大の新魔法学の教授が面白い論文を発表したんですよ……。確か……題名は『魔力による亜空間の創出とその活用方法』だったと思います……。それを読んでたらインスピレーションが湧いてきたんですよ……。『これで監禁愛好家のための魔法が作れるんじゃないか』って……」
「ほ、ほう……それで……?」
インスピレーションの湧き方が独特すぎるが、そこは一旦置いておく。
「それで……論文では極小規模の亜空間の作り方しか載ってなかったんですけど、私はそれをちょっと応用して10m四方くらいの空間を作ってみました……」
まるでレシピ本にアレンジを加えて料理を美味しくした程度の物言い。
「でも、作ったのは良いものの……魔力が干渉するのか、知性生物の出し入れがどうしても出来ないんですよね……。なので監禁部屋としては売りに出せず、今はとりあえず物置として使ってます……」
はあ……と心の底から残念そうにため息を漏らすテンガ。
「と、とりあえず物置……」
大きすぎるスケール感に俺も妙なため息が出る。
もしこんな魔法が世に氾濫すれば世界の理が変わってしまう可能性すらある。
まず間違いなく荷運びは失職する。
今のところはこいつ以外に使えなさそうなのが救いか。
一方、対面に座るエイルは腕を組んで顔を伏せている。
その姿からは『もしかしてこの変態男。めちゃくちゃ使える人材なんじゃないか』と死ぬほど苦悩しているのが見て取れる。
「エイルさん……どうしても許してもらえませんか……? 私、不能なんでルゼルくんのハーレム状態は阻害しないですけど……」
謎のカミングアウトと共に許しを求めるテンガ。
エイルはそっちではなくチラっと俺の方を一瞥してくる。
「言ったろ? 魔法に関しては本物の天才なんだよ。ちょっと方向性がズレてるだけで……」
「ちょっとどころじゃないでしょ……でも……うぅ……」
パーティに入れるべきかどうか、ものすごい形相で悩み続けている。
しかし、十分にも及ぶ熟考の末――
「や、役に立ちそうな時に限って半径5m以内に近寄らなければ存在を許してあげる……」
乾いた雑巾から水滴を絞り出すような口調で言った。
判定の末、僅差で実利の勝利。
魔法使いとして、テンガが俺たちのパーティへと加入(?)した。
「ルゼルくん、花ってすごいですねぇ……」
「すごいのはお前だよ。色んな意味でな……」
何はともあれ、半年ぶりとなる友人との再会を祝して乾杯。





