第18話:伝道師
俺たちが脱出してから数十秒も経たない内に洞窟は完全に崩壊した。
入り口があった崖下は崩落した岩で埋まり、洞窟があった痕跡すらほとんど残っていない。
中にいたアンデッド系の魔物も全滅したことだろう。
「さ、流石に少し疲れた……」
二人を降ろしながら一息つく。
体力的というよりかは精神的に疲弊しきっている身体を腰から地面に落とす。
洞窟が崩壊するほどの振動だったにも拘らず、外は全くの平穏だ。
あれがまさに神の御業によってなされたことの証でもある。
「あ、ああぁ……私の魔石ぃ……私の一攫千金がぁ……」
入り口があった場所の前で膝を折り、愕然としているエイル。
当然、魔物だけでなくあれだけ大量にあった魔石も全て埋まってしまった。
ここから掘り出すことはもう不可能だと言っていいだろう。
誰かに被害が出る前に解決するという目標は達成できたが、洞窟探索の成果は皆無だ。
まさに骨折り損のくたびれ儲け。
しかも、更にくたびれそうな事案がもう一つ残っている。
「愛しの君よ! どこだ!! 私はここにいるぞ!!!」
叫びながら辺りを歩き回っているフレイヤ。
さて、どうしたもんかと眺めていると彼女が俺の方へと振り返り、ズカズカと怒りを露わにした歩調で向かってきた。
そのまま胸ぐらを掴まれて、前後にぶんぶんと振られながら詰め寄られる。
「おい、お前! まさか嘘をついたのではないだろうな! 私の恋人をどこにやった! まさか洞窟に埋もれてしまったのではないだろうな!!」
「おち、おちおち落ち着いて落ち着いてください!!」
「これが落ち着いていられるか!! 遂に見つけた遥かなる高みだというのに!! 見失ったらどう責任を取ってくれる!!」
脳震盪になりそうなくらいぐわんぐわんと揺らされる。
このまま黙ってやり過ごせば一番楽だったが、納得するまで一生離してくれなさそうだ。
「あれは! 俺! 俺だったんですよ!」
仕方なく真実を告げると、胸ぐらを掴んでいる手がピタっと止まった。
「お前だと……? 嘘をつけ! あの腐りきって至るところに骨の露出した姿とは似ても似つかないぞ!」
「う、嘘じゃないです。実はかくかくしかじかで――」
まだ興奮しているフレイヤに、この洞窟で一体何があったのかを懇切丁寧に説明する。
しかし、一体どんな姿に見えてたんだ……。
「し、信じられん……まさかそんなことが……」
「それが本当なんですよ。ほら、この武器を見てください」
数多の打ち合いでボロボロになった手斧を掲げて見せる。
「こ、これは確かに彼の……であれば本当に貴様が……」
「そうだってさっきから言ってるじゃないですか……でも分かってくれたんなら、この手を――」
離してくれという前に、胸ぐらから手が離される。
これでようやく本当に一息つけると思って、手斧を腰帯に戻そうとして瞬間だった。
「はぁっ!!」
彼女が腰の剣を引き抜いて、俺の首筋へと向かって薙いできた。
「どわっ!!! あ、あぶねぇな!!! お前、何しやがる!!」
あわや首と胴体がサヨナラしそうになる一撃をすんでのところで防ぐ。
突然の攻撃に狼狽していると――
「き、君いいいッッ!!!」
剣をかなぐり捨てた彼女に、猛烈な勢いで抱きつかれた。
「ああ、良かった! 確かに今の動きは彼そのものだ! また相まみえることが出来た!」
胸元に頭を押し付けられてグリグリと暴力的に押し付けられる。
「ちょ、まっ……胸当てが……いてっ! いたっ!! 痛いっての!」
革の胸当てを付けているので、胸元ではあるが柔らかさは無い。
ただゴリゴリと頬が削られて痛い。
「さあ、もう一度死合おう! また私をあの高みへと導いてくれ!」
「ちょ、待った! 落ち着いてくだ、落ち着け!」
「ああ! また身体が熱くなってきた! もう我慢ならん!! 今すぐヤろう!!」
凄まじく興奮しているのが分かるほどの熱が装備越しにも伝わってくる。
あんなに激しい戦いを繰り広げた後だというのに、ほのかに良い匂いも……。
あっ、なんだかんだで胸当ての奥に少しだけおっぱいの柔らかさも感じる……
でも、このままでは圧死してしまう。
「の、ノア……た、助け……」
地面に座り、じっと俺たちの様子を眺めていたノアに助けを求めるが……。
数秒間、じっと訝しげな目で見られたかと思えば、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
「お、おま……なんで……え、エイル……助け……」
やむを得ず、まだ名残惜しそうに洞窟の入り口を眺めているエイルへと手を伸ばす。
「はぁ……仕方ないわね……。ちょっと、そこの白金級冒険者さん。そういうのは彼のジャーマネである私を通してからにしてもらえるかしら?」
「ジャーマネだと? ん? お前は……あの時の……」
動きをピタりと止め、エイルを半分睨む。
先刻、ギルドで集会に来ないかと誘われた時のことを覚えていたようだ。
「お前に何の権利があって私たちの逢瀬を邪魔するつもりだ?」
「何の権利があって? それはこっちの台詞よ! 私は上天の万神座が一柱にして禍福を司る女神のエイル!」
いつものようにビシっと指を突き立て、白金級にも物怖じすることなく決め台詞が紡がれる。
「そして、そこのルゼルも私を崇めるアビス教の使徒なんだから!」
「あ、アビス教だと……?」
「ええ、アビス教には百億のそれは厳しい厳しい戒律が存在するの。その中の一つに……『教団の利益になる場合を除いて他者へと武力を行使してはならない』というのがあるのよ!! そして、そのルゼルは戒律を破れば自ら命を絶つくらいの敬虔なアビス教徒なのよ!! 貴方はそれでも彼に戦いを挑むつもり!?」
「な、なんだと!!」
俺も初めて聞く戒律とやらに衝撃を受けているフレイヤ。
「し、しかし……さっきは私と刃を交えたではないか!」
「あれは場を収めるためにそうするしかなかったからよ。戒律には『ただし、どうしてもという場合は破っても良いとする』とも記されてるの」
「くっ……で、では……私のこの昂りはどうすればいいというのだ……もう他の者では到底満足出来ない身体になってしまったというのに……彼無しではもう生きては往けぬ……」
昂りとやらを抑えるように自らの胸へ手を当てるフレイヤ。
にしても人聞きの悪い言い方するなぁ……。
「う~ん……困ったわねぇ……私も悩める衆生の願いは聞いてあげたいし、やりようによっては出来なくもないんだけどぉ……」
小憎らしい笑みを浮かべながらもったいぶるエイル。
「な!? あるのか! だったら教えてくれ!!」
「う~ん、どうしようかしらぁ……これがなかなか難しいのよねぇ……」
「何でもいい! 彼ともう一度刃を交えられるのであれば、なんでもする!!」
フレイヤは俺から手を離し、今度はエイルへと掴みかかる。
誰かに被害が出る前に洞窟内の脅威をどうにかしようと思って来たら、いつの間にかエイルが白金級冒険者を手玉に取り始めた。
何を言っているのか分からないと思うが、俺にも何が起こったのか分からない。
「今……なんでもするって言ったわね?」
「ああ! 何でもする! このフレイヤ・ティフルに二言はない!!」
獲物を見つけた肉食獣のように、エイルが目をギラリを光らせた。
「じゃあ、はい」
そして、どこからともなく取り出した分厚い紙の束を彼女へと手渡した。
いや、本当にどこから取り出した!?
「……何だ、これは」
「アビス教の勧誘チラシよ。貴方は今日からうちの伝道師ってこと。そうね……貴方の手で信者を一万人増やせば、教団内で信徒同士の演習って形でルゼルと手合わせさせたげる」
悪どさを隠しもしていない笑顔で、ここぞとばかりに滅茶苦茶な要求を叩きつけるエイル。
対するフレイヤは考え込むように、少し顔を伏せた。
流石に話が荒唐無稽すぎて怒った……?
どうなっても俺は知らないからな、と二人から離れるように身を引く。
「一万人……本当に一万人集めれば手合わせさせれくれるのだな?」
「え、ええ……女神に二言はないわ」
「つまり百万人集めれば百回だな!? 百回、彼と殺し合えるのだな!?」
顔を上げた彼女が、まさかの大きすぎる意欲を見せた。
そのまま目を血走らせて、エイルへと詰め寄りだす。
「も、もちろんよ」
高すぎるモチベーションに、流石のエイルも数歩後方へとたじろく。
「お、おい……お前、他人事だからって好き勝手……ひゃ、百回は流石に……」
「うるさいわね。どうにかして欲しいって助けてを求めてきたのはあんたでしょ……」
「だからって限度が――」
「ならば承知した!!」
こそこそ言い争っていると、唐突に大きな声が張り上げられる。
朱色に染まり始めた静かな森から数羽の鳥が羽ばたく。
そのまま落とした剣を拾い上げ、先端が俺の鼻先へと突きつけられる。
「伝道師でもなんでもやってやろうではないか!」
真っ直ぐに俺を見据える真紅の双眸には、燃え盛る炎のような情熱の色がある。
この女、本気で一万人……いや、百万人集めるつもりだ。
「え、エイル……やっぱり、今の話はなかったことに――」
「さあ行きなさい! まだ見ぬ信徒たちが貴方を待ってるわ!」
「ああ、異形の君……いや、ルゼルよ! 私は必ずやお前の座する高みへと到達する! そして、その時は我が全霊の一撃を貴様に受け止めてもらうぞ!!」
そう言い残し、フレイヤは俺たちへと背を向けて信者集めに旅立って行った……。
と、思ったらすぐに戻ってきた。
「どうしたのよ。まさか、一回五千人にまけてくれなんて言わないわよね?」
「いや、違う。お前たちに渡さなければならないものを忘れていた」
そう言うと、服の内側からおもむろに一枚の紙を取り出された。
それは俺たち冒険者にとって最も馴染みのある紙片――依頼票だった。
「依頼票? なんでこれを俺たちに?」
「あの洞窟内に蔓延っていた魔物の掃討依頼だ。受けたのは私だが、実際に成したのはお前たちだ。世話をかけた詫び……というわけではないが、報酬を受け取る権利はお前たちにある」
「はあ、そういうことなら貰っといてあげる……はい」
依頼票を受け取ったエイルが中身を見もせずに俺に渡してくる。
「私の署名は認めておいた。事情を話せば受理してもらえるだろう。では、失礼する」
そうして、今度こそ彼女は俺たちに背を向けてどこかへと消えていった。
「お詫び、ねぇ……あの魔石の量からしたら微々たるものでしょうけど……」
また埋もれた大量の魔石を思い出したのか、大きく肩を落とすエイル。
「まあ、そう言うなよ。本当に骨折り損になるよりかはいくらかましだろ……って、はぁ!? ま、まじかよ……これ……」
受け取った依頼票を何気なく確認して絶句する。。
「どうしたのよ、素っ頓狂な声を出して」
「い、いや……お前……これ……み、見てみろ……」
説明の代わりに、エイルの眼前へとそれを差し出す。
「えー……なになに……報奨金が……ひゃ、百万ガルド!?」
「いや、確かにそれもすごいけど……こ、こっちの方を見ろ……」
報酬欄の隣にあるギルド貢献点の欄を指し示す。。
「こっちってギルド貢献点のこと……? 三万点を受諾人数で等分って書いてるけど……」
事の重大さが全く分かっていないのか、エイルが淡々と読み上げる。
まあ冒険者になったばかりのこいつが昇級制度に詳しくないのは仕方ない。
「なになに? どったの?」
俺たちの驚き様を見て、さっきまで妙に不機嫌だったノアも寄ってきた。
そのまま二人の姿を視界に収めながら衝撃の事実を伝える。
「お前ら二人とも、冒険者になったその日に揃って銀級昇格ってことだよ……」





