第16話:勝利条件(裏)
――飛竜山中心部にある人知れぬ洞窟の最奥。
一触即発の空気の中で向かい合うルゼルとフレイヤを岩陰から見守る者がいた。
彼女の名前はイルザ・ラズグリス。
ルゼルの狂信者であり、他者の絶望を見るのが何よりも好きな偏執者。
第四地区の冒険者ギルドに洞窟の噂を流し、ルゼルたちの後をフレイヤに追わせた者。
すなわち今この場で起こっている出来事を仕組んだ真の元凶である。
自分の目論見通りに動き出した事態を見て、イルザは無邪気にほくそ笑む。
さあ、楽しい楽しい観劇の始まり。
さてさて、今回は果たしてどんな結末を迎えるのかな~。
「行くぞ! 異形の者たちよ!」
二人の戦いの火蓋が切って落とされる。
まず最初に、大仰な叫びに合わせてフレイヤが仕掛けた。
突進の勢いと身体の回転を利用した斜め上からの二連袈裟斬り。
刀と呼ばれる東洋の剣と錆の浮いた斧がぶつかり、空洞内にけたたましい金属音を響かせる。
「くっ……やるな!」
あえなく防がれた初撃を省みることなく、フレイヤは息をつく暇もない連続攻撃を仕掛け続ける。
しかし、開幕からの数手だけで一対一の戦いにおける優劣はほぼ決していた。
変幻自在の華麗な剣技で攻め立てるフレイヤに対して、技術も何もなく斧を振るルゼルは反撃を行わずにひたすら守勢へと回っている。
だが、それはルゼルの実力がフレイヤを下回っているからではない。
実態はその真逆、銅級のルゼルの実力が白金級のフレイヤを遥かに上回っていた。
フレイヤが幾度となく術技を繰り出しても、その攻撃はルゼルの身体を掠りもしない。
これまでに幾多の強者を打ち破ってきた刃が切り裂くのは洞窟内の湿った空気だけ。
何故か時折名状しがたい苦悶の表情を見せているが、彼に苦戦の気配は微塵もない。
二人の優劣は大人と子供の喧嘩を見るよりも明白。
信奉者たるイルザからすればそれは、神と人の戦いを見るようなものでさえあった。
「やっぱり、下位の白金級程度じゃ相手にもならないか……」
歓喜と落胆が半々に入り混じった複雑な声を漏らす。
もっとも仕組んだイルザでさえ、フレイヤに勝機があるとは考えていなかった。
今回、彼女がルゼルの敵として用意したのはフレイヤではなく彼らを取り巻く状況そのもの。
どんなに絶望的状況であっても彼はきっと誰一人として見捨てないはず、という期待が込められた試練だった。
「さて、どうするのかな……」
イルザは期待を込めた眼差しでルゼルを見つめる。
守るべき対象が仲間だけであるなら、彼は単にフレイヤを打ち倒せばいい。
場所は人知れぬ洞窟の最奥。
加減を間違って殺めたとしてもその事実が外に漏れ出ることはない。
仮に露見して再びの大罰則を受けることになっても仲間の命には代えられない。
かつてギルドで同じ白金級を一撃で下した彼ならば、その選択を完遂するのは容易。
しかしルゼルは幾度となく攻撃の機会を得ながらも、その素振りを一切見せない。
それどころか、相手を出来るだけ傷つけないように立ち回っている風にさえ見える。
ひたすら守勢に回り、何かを待つように攻撃を受け続けているだけ。
その行動が意味するところはただ一つだった。
彼は仲間ではないフレイヤさえもこの場から無事に助けようとしている。
真の敵は目の前の相手ではなく、この狂気が満ちる魔窟であると考えている。
「なんなのよ、この青臭いお人好しは……もうほんとに無理……はぁ……尊すぎ……」
自らが抱く理想像と寸分違わないルゼルの姿にイルザは更に興奮を高める。
全ては自分が此処に纏わる噂を聞いた時に思い描いたシナリオ通り。
いや、想定を遥かに上回る危機が彼を襲っている。
それは彼女にとって、ともすれば絶頂に至るほどの昂り。
イルザはその場で悶絶しながらも嬌声だけは漏れないように手で口を抑えた。
今の自分が一観客に過ぎないことを彼女は弁えている。
ここで声を漏らして、せっかく整えた舞台を台無しにはしない。
本心では『きゃーーー!!! ルゼルくん、すごーーーーーい!!!』と叫びながらその場で狂ったように転げ回りたいのを我慢する。
今はただ事態の行く末を見届けるのが彼女の本懐。
彼は本当に誰一人として傷つけることなく、この危機を乗り越えるのか。
それとも仲間を守るため、苦渋の決断の末にフレイヤを討つのか。
あるいは青臭い信念に基づいた判断のせいで大事な仲間を失ってしまうのか。
しかし、どんな結末を迎えようが自分の敗北だけは無いと彼女は確信していた。
危機を乗り越えてくれれば、それは絶対者へのより揺るぎのない信仰に。
誰かを死なせて絶望の一端でも見せてくれれば、それは至上の快楽に。
二律背反の渇望を矛盾なく同居させているが故の不敗。
そして、その相反する認知が織りなす不協和こそが彼女の偏執をより強固にしていた。
さあ、貴方の絶望を見せて。
人造神遺物の根源たる狂気をも超える狂信の瞳はじっと信仰対象を凝望し続ける。





