第15話:勝利条件(表)
「の、登ってって……この岩壁をってコト!?」
背後からひどく情けない口調で返事が戻ってくる。
「そうだよ! さっさと登ってあの人造神遺物とかいうのを取って来てくれ!」
「むむむ無理よ! 清楚系の私にこんな高い壁、登れるわけないでしょ! それよりあんたがその人をサクっと倒してからピョンとひとっ飛びして取ってくればいいでしょ!」
まるで子供にお使いでも頼むような軽い調子で言われる。
確かに呪いの力を使えば、この人を倒して無力化することは出来るかもしれない。
そうすれば後は当初の予定通りに俺が登ってあれを破壊すればいい。
けれど……
「この人も俺らの不始末に巻き込まれただけだ。出来れば無事に助けたい」
自分でも甘いのは分かっている。
でも、この呪いは細かい加減が利く器用な力じゃない。
過去にはギルドを破壊し、この洞窟が見つかる原因の地割れを引き起こしたほどの力だ。
本気の白金級冒険者を行動不能にしようと思えば最低でも大怪我。
最悪の事態となれば再起不能に……いや、殺してしまう可能性も十分にある。
「エイル様! 私からもお願い! 私も頑張るから! んんっ……」
額から大粒の汗を流しながら、ノアも俺の意見を後押ししてくれる。
今の俺が最も優先すべきは仲間の命だ。
最後には強行手段を取らざるを得ないかもしれない。
でも、ここで彼女を倒すのは上の人造神遺物とかいう奴の思惑通りになる。
戦う理由のない人たちの同士討ちを誘うような底意地の悪い奴に負けるのは許せない。
それは俺だけじゃなくてこいつらも同じ気持ちのはず。
「んぎぎ……分かったわよ! 登ればいいんでしょ!? 登れば! その代わり! これで私のことを二度と役立たずなんて呼ばせないわよ!?」
「無事に帰ったら今回の冒険の第一功をお前にくれてやるよ!」
応答の代わりに、岩壁へと手をかけた音が後ろから聞こえる。
同時に、目の前にいたフレイヤがまるで軽業師のように宙を翻って俺から距離を取った。
「ふむ……魔物の言葉はさっぱり分からんが、同類で何か相談をしていたのか? 見た目とは裏腹にいくらかの知性を持っているようだな」
特徴的な剣を構え直しながら、眉をひそめて怪訝な表情を浮かべる。
やはり俺たちの姿が化物に見えているのは間違いないようだ。
「となれば不可解な行動にも意味があるようだ。まず光の障壁の中心で杖を掲げる者、次に岩壁を登り始めた者……そして、その両者を守護するように立ちはだかるもの……」
そのままノア、エイル、俺と順番に視線が動かされる。
「なるほど、状況を概ね掴めてきた。そういうことか……」
自らを取り巻く状況を考察するような口ぶり。
もしかして俺たちの不可解な行動からこの洞窟の仕掛けに気づいたのか?
そうだとしたら問題の全てが解決し、エイルに無茶な崖登りをさせる必要もなくなる。
流石は白金級冒険者。
なんて冷静で的確な洞察力を持っているんだ。
「この聖なる障壁の封印を解除し、おびただしい数の死霊に私を襲わせようとしているのだな!?」
「とんでもねぇ節穴だな!」
銅級以下の洞察力でよりによって真実とは真逆の理解を得ていた。
「この数の死霊を相手するのもそれはそれで面白そうではあるが……」
俺の落胆を知る由もなく、彼女が再び戦闘態勢を取る。
納刀状態だったもう一方の太刀が抜かれ、ここからが本領とばかりに二刀の構えが取られる。
「ここはまず、良からぬ陰謀を企てる貴様らと戦うのが正道と見たり!」
穏やかな波を思わせる刃紋が入った薄く靭やかな片刃の剣。
まるで東方の美女を彷彿とさせる品格を持った二振りの刃が空気を切り裂く刃鳴を立てる。
その流麗な一連の所作を見て、俺は思った。
か、かっこよすぎる……。
俺の理想を体現している戦闘スタイルに大きな感動を覚えてしまう。
その立ち姿は、決まっているなんて言葉では全く足りない。
服装の様式こそ冒険者だが、まるで一個旅団を率いる高潔な戦士のような貫禄がある。
対して俺はどうだ。
探索用の大荷物を背負い、木の棒に分厚い刃を付けただけのボロい手斧を持つ姿は火事場泥棒と紙一重。
小説なら出てきて三行で大した描写もなく主役に倒されるだけが見せ場の小物だ。
相手との歴然とした風格の差に、戦う前から圧倒的な劣等感に苛まれる。
もうダンジョン探索に見栄えは必要ないだなんて口が裂けても言えない。
「……でもな! 斧使いにだって意地があんだよ!」
目を背けたくなるほどに過酷で眩い現実を直視しながら相手の出方を伺う。
確かに俺は風格の差で完全敗北を喫した。
しかし、これは見栄えの良さだけで勝ち負けが決まる戦いじゃない。
俺たちの勝利条件はエイルが岩壁を登り切るまでの時間をやり過ごすことだ。
「行くぞ! 異形の者たちよ!」
地面の岩盤を蹴り、フレイヤが真正面から突貫してくる。
「旋空――」
強靭な弓から放たれた矢のように中空を翔びながら斜めに弧を描く斬撃。
それを地面に向かって受け流すように軽く弾く。
「双月閃!!」
いなした初撃の後ろから続けざまに同じ軌跡で二刀目の斬撃が振り下ろされる。
今度はそれを下から上方向へと弾き返して相手の態勢を崩す。
「くっ…やるな! 双襲挟破斬ッ!」
態勢が即座に立て直され、続けて間髪入れずに左右から同時の挟撃。
躊躇なく首を切り落とさんとする攻撃を今度は身を低くして回避する。
「これも避けるか! ならば……天竜双牙斬!!」
今度は最上段からの振り下ろし。
斧を頭上へと掲げてその二連撃を受け止める。
「……くっ!」
息をつく暇もない連続攻撃への対処に思わず苦悶の声が漏れる。
ダ、ダメだぁ……やっぱりカッコよすぎる……。
まるで流れる水を思わせる変幻自在の華麗な剣技。
起伏の荒い足場の悪さを物ともしない体捌きはさながら優雅な舞踊。
更に双剣を過不足なく使いこなしている事を合わせればその総カッコよさは二倍、いや三倍にまで膨れ上がる。
自らの理想を高いレベルで実現している戦型を見せつけられるのは心的負担が大きすぎる。
しかも、それだけじゃない。
更にもう一つ、俺の調子を大きく乱してくるものがあった。
それは――
「喰らえッ! 双牙穿裂衝ッ!!!」
なんで攻撃する度にいちいち技の名前を叫ぶんだ!?
しかも男心を絶妙にくすぐってくる感じのやつ!
攻撃を耐え凌ぐことはできているが、それが気になりすぎて集中力が削がれる。
「はぁ……はぁ……やるな……。今の連撃を凌ぎきったのはお前が初めてだ、異形の者よ。最初につまらぬと言ったのは撤回させてもらおう……貴様は稀に見る強敵だ……」
怒涛の連続攻撃がようやく治まる。
疲労で肩を大きく上下させながらも、心の底から楽しそうな笑みを浮かべている。
そんなに息を切らしてるのに、なんで……なんで技名を叫ぶんだよ……。
理に適わない謎の行動に心が乱され続けている。
あらゆる角度からの波状的精神攻撃。
ノアの体力よりも先に俺のメンタルが保たないかもしれない。
流石は白金級冒険者だ……。
「エイル! まだか!? 今どの辺りなんだ!?」
自身を取り巻く苦境から逃げるように崖登りの進捗を尋ねる。
「ま……まだ半分も……行ってな……い……んっしょ……し、しんどぉ……」
しかし、返ってきたのはあまり高くない位置からの芳しくない返事。
「いや、それどころではない。先の一瞬のやり取りで理解した。貴様は私がこれまで戦ってきた敵の中で最も強い! だが、強者との闘争こそが私を更に奮い立たせる! 滾る! 滾るぞッ! 血が滾るッ!!」
この変な人の相手する必要がもうしばらくあると考えるだけで俺もかなりしんどい。
それでも弱音を吐いている場合じゃない。
俺がやるしかないんだ。
決意を固めるように木製の柄をギュっと強く握りしめる。
木のささくれが手のひらに刺さって痛い。
もう踏んだり蹴ったりだ。
「長らく鈍していた神経衝動も蘇ってきた! もう一度行くぞ! 喰らえ! 旋空双月閃ッ!!」
今度はまるで独楽のように横回転しながらの斬撃が迫ってくる。
最初のと同じ技名なのに攻撃方法が変わってる!?
「内分泌物質が血流に乗って身体の隅々まで巡っているのが分かる! 身体が! 心が熱を持っていく! 双襲連脚!」
今度は宙を飛んでの連続蹴り。
いよいよ双剣が関係なくなってきた。
「異形の君よ! 私をさらなる高みへと導いてくれ! 血を滾らせてくれ! そして……」
もう何も考えるな。
無心でひたすら攻撃を受け止め続けろ。
この場における俺の役割はエイルが登り切るまでの時間を稼ぐこと。
それ以外の余計なことは何も考えるな。
「もっと濡らせてくれ!」
「何を!?」
もう本当に嫌だ、この人。





