第10話:糾う禍福の賽
「神遺物って……俺の斧みたいなやつのことか?」
「ふんっ、あんな使徒用の模造品と一緒にしないでくれる!? 今から見せるのは正真正銘、本物の神遺物よ!!」
「ほー……そんなら出してもらおうじゃねーか。その本物とやらを」
嘘泣きしていたさっきまでと打って変わった尊大な態度。
ここまで言うのならさぞ大層なモノが出てくるんだろう。
全く予想していなかった流れだが、何が飛び出してくるのか楽しみになってきた。
「言われなくても……刮目しなさい!!」
エイルの天に向かって手を突き上げられる。
すると、その指先が神々しく輝き出した。
ノアの光に負けずとも劣らない眩い光が一帯を照らす。
「そして、慄きなさい! これが私の神遺物よ!!」
輝きが収まると共に、エイルの手が俺へと向かって突き出される。
しかし、突き出された手の中に神遺物らしき物は見当たらなかった。
「……これがって、どれがだよ。お前の神遺物とやらはどこにあるんだ?」
「どこって、ここよ! こーこ! ちゃんと見なさいよ!」
上を向けて開かれた手のひらが、俺へと向かってずいっと突き出される。
「ここ……? んー……?」
背景の薄暗い洞窟と極端なコントラストになっている白い手のひらを注視する。
目を凝らしてよーく見てみると、そこには白い物体が乗せられていた。
持ち主の尊大な態度とは真逆の、幅が2cmほどしかない妙な模様の刻まれた多面体が。
「なんだこりゃ、この小さいのがお前の神遺物なのか?」
「そうよ! これが禍福を司る女神である私の神遺物! “糾える禍福の賽”よ!!」
「おおっ! ふぉーちゅん! なんかやばそー!」
鼻高々に胸を張るエイルの隣で大いに感心するノア。
前々から思っていたが持ち上げ上手にもほどがある。
「はぁ……このサイコロが神遺物ねぇ」
一方で、俺は小さなそれに大きな落胆の感情を禁じ得なかった。
こいつとはじめて出会った日の飛龍山。
あの時に初めて見た剣や斧の神遺物と比べて、今見せられたサイコロは露骨にショボい。
実は裏路地の小汚い雑貨屋で買ってきた物だと言われた方が納得出来る。
「ふふっ、見た目で判断するなんてあんたもまだまだ甘いわね」
俺の内心を察しているかのようにエイルがほくそ笑む。
「そこまで言うってことは、よっぽどすごいんだろうな。こいつは」
手を突き出したまま、ふんぞり返っているその立ち姿からは平時の三割増の自信が感じ取れる。
良い意味で期待を裏切ってくれるならそれは悪くない。
「ええ、当然じゃないの。これは天界に存在する数多の神遺物の中でも随一の品よ。なんてったって、この私が――」
「能書きはいいから、こいつで何が出来るのかさっさと教えろって」
放置すれば延々と続きそうな前口上を遮る。
まだ探索の最中だ。無駄な足止めは出来るだけ手早く済ませたい。
「ぐぬっ……でも、これの真価を知っても尚そんな口が聞けるかしらね。ごほん……えー、まず最初に任意の量の信仰力を注ぎます」
説明に合わせて、手のひらにあるサイコロがパァっと淡い光を放つ。
実際に力を注いでいるのかフリなのかは分からないが、人智を超えた道具なのは確からしい。
「ほう、それで?」
しかし、数々の超常現象を乗り越えてきた俺も今更このくらいで驚いたりはしない。
そのまま黙って次の動作を見守る。
「そうしたら、次は祈りを捧げて天高く投げます。むにゃむにゃ……ほい!」
エイルがサイコロを中空に向かって放り投げる真似を行う。
ここまでも感心するようなことは何もない。
天に祈りを捧げてからサイコロを投げる。
場末の賭場にでも行けば、やつれた中年たちが同じ事をしている光景がいくらでも見られる。
なんなら人生を賭けているあっちの方がまだ凄味がある。
「なるほど」
「そして転がった賽が目を示すと……なんと!!」
「なんと?」
「出目に応じて何かすごいことが起こるのよ!!」
「おおー! すっごーい!」
エビのように仰け反って胸を張るエイルと、それに向かって拍手を送るノア。
まるで接客有りの酒場で自慢話をする中年と、それを持ち上げる女性従業員のようだ。
行ったことないけど。
「すごいことってなんだよ」
「え? そ、それは……色んな奇跡よ……」
「良いことか?」
「えっと……何が起こるかは完全に出目次第っていうか……ほら、禍福は荒れ狂う賽の目が如くって言うじゃない?」
言わないし、どこまでも胡乱な説明。
まさに適当を司る女神のこいつにふさわしい道具だってのは分かった。
「つまり良くないことも起こるってことか? 例えば……大地震でこの洞窟が山もろとも崩壊したり……なんてことが?」
「まあ、そういうことも出目次第では……起こるかも……多分……もしかしたら……」
半ば冗談で聞いた例えが明確に否定されず、背筋に寒気が走った。
「とにかく! これで私だって貴方たちに負けないスペシャルなものを持ってるって理解し――」
「分かった。すごいすごい。すごいからそれはもう二度と出すんじゃねーぞ。一生しまっとけ」
「ふふん、分かればいいのよ、分かれ……え? 今、何て言ったの? に、にどと……?」
「やっぱり、お前は余計なことをせずに後ろでふんぞり返っとくのが一番似合ってる。何かやれだなんて言った俺が悪かった。すまん、許してくれ。この通りだ」
頭を大きく下げて、心の底から謝意を示す。
こいつに何かやらせようと思ったのが根本的に間違いだった。
まさに触らぬ女神に祟りなし。
どうしてこいつがこれまで信者を全く獲得出来なかったのか、その本質を理解した気がする。
「これからも今まで通りのお前で居てくれるのが俺らの……いや、世界のためだ」
華奢な両肩に手を置き、世界の平穏に向けた冷静で的確なアドバイスを送る。
「な、なんか妙に迂回してるけど……それって私のこと馬鹿にしてる……?」
「さあ、行くぞ!」
「ねぇ……私の神遺物のことをめちゃくちゃに貶してない……?」
「ルゼル&ノアwithエイルの出陣だ!」
「おー!」
鬨の声を上げて士気を高める。
対魔物の俺、対アンデッド兼照明のノア、そして後方腕組リーダー面のエイル。
こうして俺たち三人組がダンジョンの最深部へと挑む完璧な布陣は完成した。
「うぅ……何も変わってないはずなのに釈然としな~い……!」
さめざめと泣く危険な女を連れて、俺たちは再び洞窟の奥へと歩を進めだした。





