幕間:二人の白金級
ルゼルたちが洞窟に足を踏み入れた頃、第四地区冒険者ギルドでは――
「では、こちらがその特別依頼になります」
受付係の女性によってカウンター上に一枚の依頼票が差し出される。
彼女に促されて依頼票へと視線を落としたのは白金級冒険者――フレイヤ・ティフル。
抱えていた多くの依頼を完了させた直後でありながら、休む間もなく新しい依頼へと赴く。
この活力こそが彼女を若くして白金級の地位へと押し上げていた。
「ふむ、なるほどな……確かになかなか興味深い」
フレイヤは真紅の下げ髪を揺らしながら依頼票に記された文章を読んでいく。
そこには対象となる等級が『金F級以上』。
更にはギルドを依頼主とした特別な依頼である旨が記されていた。
「主旨は理解した。この依頼、承ろう」
大雑把に依頼の内容を読むと、フレイヤは報酬の項目を見ることもなく応えた。
それは世話になっているギルドからの依頼であれば報酬に関わらず快く受ける……などと言った義理からの振る舞いではない。
もとより彼女は金や名誉と言ったモノに興味を持っていないだけであった。
「あ、ありがとうございます! では――」
「まあ待て。ただし受けるにあたって一つだけこちらから条件がある」
受諾された依頼の事務手続きに移ろうとした受付係の言葉をフレイヤが遮る。
「じょ、条件ですか……? それは、どのような……?」
「特別依頼ということは、私以外の者にもまだ声をかけるつもりなのだろう?」
「は、はい……金級の方々を中心に4~5組ほど。想定している人数が集まらなかった場合は、銀級上位の方にも。洞窟内の掃討となると人手が必要になりますので……」
「それは必要ない。この依頼は私が一人で行う。未踏の洞窟に蔓延る魔物の掃討……面白そうじゃないか。出来れば誰にも邪魔をされたくない」
整った凛々しい顔立ちに、まるで新しい玩具を手に入れた子供のように無垢な微笑を浮かべるフレイヤ。
「え……えーっと……そうは言われましても……」
一方で突然の妙な要求に、受付係の女性は困惑するしかなかった。
ペンと書類を手に持ったまま、どうすればいいのかと固まっている
「無理強いなのは承知しているが、ここは頼まれてくれないか?」
「は、はい……分かりました……。では、そのように処理させて頂きます……」
しかし、さしもの白金級にそうまで言われては彼女も承諾するしかなかった。
元々、金級下位の冒険者数組が受けてくれれば御の字だと考えていた依頼を白金級が受けてくれるのならありがたい。
それにフレイヤなら一人であっても下手な金級冒険者パーティよりも確実に依頼を全うしてくれるはず。
何より、他の者に声をかける手間が省けるのは好都合だった。
受付係は依頼票の空白に受諾の判を押し、フレイヤの要求通りに手続きを行う。
「無理を言って申し訳ないな。だが、当然しくじるつもりはないから安心してくれ」
「は、はい。お気をつけてください……」
頼りがいのある言葉と共に爽やかな笑顔を見せたフレイヤに受付係は少し頬を赤らめる。
フレイヤはその場で翻り、事務処理を行う彼女へと背を向けてギルドを出発した。
その後ろ姿を見送りながら、奇妙にほくそ笑む存在に気づくことなく……。
*****
目的地のある北部へと向かって大通りを歩くフレイヤ。
北門の近くまで到達した彼女は、進行方向の奥にある妙なざわめきに気がつく。
少し遠くへ視線を向けると、まだ遠くだが身長2mはあろう大男の姿が彼女の目に映った。
そして、それはその巨体よりも更に大きな何かを後ろで引きずっていた。
住人たちのざわめきの原因がそれであることは明らかだった。
そのまま変わらぬ歩調で大通りを進行した二人が道の中央で相対する。
「相変わらずだな。ベルゲル」
最初に口を開いたのはフレイヤの方だった。
住人たちが緊張感を持って見守る中、馴染みの知人に話しかけるような気軽さで話しかける。
「フレイヤ……か……」
続いて巨体の男が応対する。
くぐもった声が発せられる口元は覆面で隠され、目の周辺は大きなゴーグルで覆われている。
一見すれば肌の露出が全く無い不審な巨人。
だが、その素性は彼が引きずる巨大な戦利品によって明かされていた。
“大物狩り”のベルゲル。
その名の通り、巨獣討伐の依頼を専門に請け負っている第二地区の白金級冒険者。
「お前はもう少し他人の迷惑というものを考えたらどうだ? そんな物を引きずっていては通行人たちの迷惑だ。それに道も傷む」
そう言ってフレイヤがベルゲルの後方を指差す。
薄汚れた布に包まれた乳白色の巨大な双牙。
彼は倒した獲物の物と思しきそれに、幾重にも紐を括り付けて引きずっていた。
通り道である石畳の地面を盛大に剥がしながら。
「……俺は頼まれた物を運んでいるだけだ」
「なら担げ!」
「……流石に無理だ。文句があるなら発注した職人ギルドに言え。そもそも道路を直すのも奴らの仕事だ」
悪びれずに言うベルゲルに対して、やれやれと呆れるフレイヤ。
あまり目にすることのない白金級冒険者の対峙に、通行人たちは足を止めて注視している。
「それより、お前は北に行くのか……?」
「ああ、そうだ。少し面白そうな依頼を受諾したのでな」
そう言って、フレイヤは指先に挟んだ依頼票をヒラヒラと見せつける。
「北……飛竜山の方へと行くなら気をつけた方がいい……」
「お前がそんなことを言うのは珍しいな。何の親切心だ? 下心か? ならば無駄だぞ。私を口説きたいのなら情ではなく力を示せ。決闘ならいつでも受け付けているぞ」
「……お前のような気の強い女は好かん。ただ、同じ単独行動者のよしみだ……。飛竜山……あそこには何かがいる……」
「何かがいる? 忠告にしては随分と曖昧だな」
同じ白金級冒険者の口から出たほんの僅かな怯えを含んだ言葉にフレイヤが関心を見せる。
「先日、俺が依頼の帰りに飛竜山の付近を通りかかった時のことだ……。突然、大きな揺れを感じた……。最初はただの地震だと思ったが、それにしては妙な揺れだったから発生源の調査へ向かった。そこには――」
ただでさえ緩慢な口調から更におずおずと言葉が紡がれていく。
「……一太刀で両断された飛竜の死骸があった」
「ほう……だが、飛竜など私やお前でも軽く討伐出来るだろう。何者の仕業にせよ、気をつけるほどには思えんな」
「いや、重要なのはもう一つ……巨大な地割れだ」
「地割れ?」
「ああ、飛竜を両断した余波が生んだものだろう……。全容を確認したわけではないが少なく見積もっても1km以上は伸びていた」
「……い、1km!? 流石にそれは自然災害じゃないのか?」
あまりにも現実感のない数字に、フレイヤは端正な顔を僅かに歪めて驚愕する。
「俺も最初はそう思ったが、地割れは飛竜の切断面に沿って出来ていた。あれは間違いなく何らかの生物によるものだ……。人か魔物のどちらによるものかは分からんが、それを為せる何かがいることは間違いない……」
「……なるほどな。だが――」
フレイヤが再び歩き出す。
「私の性質はお前もよく知っているだろう? 忠告は痛み入るが、むしろ更に心が踊ってきた」
ベルゲルとその荷物の隣を通り抜け、彼女は先程よりも速い歩調で北門へと向かう。
巨獣専門のハンターをして、そこまで言わせる“何か”の存在。
そんなものが本当に存在するのなら、是非相対してみたい。
より困難へと挑み続ける求道者たる彼女にとって、その忠告は興味を焚きつける結果にしかならなかった。
そうなることを予見していたベルゲルもこれ以上は何も言わずに再び歩き始める。
二人の白金級冒険者が姿を消し、剥がれた石畳以外は元の日常が再び動き出した。





