第6話:行けたら行くわ
「こ、孤高なる双刃!? 何それ!? カッコイイ! どういう意味なの!?」
「食いつくのそこかよ」
「いいから教えなさいよ!」
まるで玩具を前にした子供のように目を爛々と輝かせているエイル。
「なんでも、冒険者になってから一度もパーティを組まずにずっと単独で活動してるらしい。だから『孤高』なんだとよ」
「双刃は!? 双刃の方はどういう意味なの!?」
妙なところにやたらと食いついてくるな……。
会った時の独自用語乱発といい、そういうのが好きなんだろうか。
「そっちはよく知らないけど、多分あの武器のことだろ」
フレイヤが左右の腰から下げている二振りの剣を示す。
細い紐が何重にも巻かれた柄に、彼女の四肢のように細く反り返った鞘。
武器としては少し頼りなくに見えるが、あれが二つ名の由来となっているのは見て明らかだ。
「へ~……で、その二つ名みたいなのってどうやったらもらえるの? 大通りにある二つ名屋さんで売ってるの?」
「んなわけねーだろ。白金になったら自然発生的に付くんだよ……多分。誰が付けてるのかは知らねーけど」
「ふむふむ……じゃあ、私が白金になった暁には“光輝なる粛正”とでも名乗ろうかしら」
「自分で考えると一気に痛々しくなるな」
と言いつつ、実は俺も寝る前にベッドの中でよく考えていたりする。
「エイル様、私は?」
「貴方はそうね……“天真の双暁“なんてどうかしら?」
「おー……そーぎょー、かぁ……」
言葉の意味は分かっていなさそうだが、深く感心しているノア。
しかしエイルの奴、意外とセンスがあるな……。
よし、俺も付けてもらおう。
「……じゃ、じゃあ……俺は?」
「どすこい斧太郎」
「なんか俺だけ方向性が違くない!?」
「いいからさっさと依頼を受諾してきなさいな。それにしても、本当に良い女ね……」
失意の俺を余所に、エイルは尚も熱い視線をフレイヤの背中に向けている。
一方で彼女の方は見られることには慣れているのか、視線を気にする素振りも見せずに依頼の報告を行っている。
こうして近くで見るのは初めてだが、その颯然とした立ち姿にはエイルほどじゃないが確かに惹かれるものがある。
曲者揃いな白金連中の中でもかなり真っ当な人みたいだし、それだけで好感度は高くなる。
何よりスタイルの良さが素晴らしい。
高身長に、長い手足。
胸は普通サイズだが、服の上からでも分かるくらいに身体が引き絞られている。
美形という単語さえ陳腐に感じるほど整った顔立ちは男女を問わずに魅入らせそうだ。
でも少し……いや、かなり気が強そうだよな……。
けど、ああ見えて二人きりになると意外と甘えてくる性格だったらそれはそれで……。
そんな風に彼女を観察していると、エイルが唐突に切り出した。
「ちょっと、うちの伝道師にならないか勧誘してくるわね」
こいつの頭の中にはウッドデッキ付きのお花畑でも広がってんのか?
「勧誘って、無理に決まってんだろ。何のメリットがあって白金級の冒険者がお前の教団に入るんだよ」
「『お前の』じゃなくて『私たちの』でしょ。それに何事も試してみなきゃ分からないじゃないの……というわけで、まずは今度の集会に来ないか誘ってくるわ!」
「あっ、おい!」
引き止めも無視して、エイルがスタコラと小走りでフレイヤのもとへと駆け寄る。
「もし、そこの白金級冒険者さん! 助けてくれたお礼に耳寄り情報を教えたげる!」
そのまま物怖じすることなく、例の怪しい冊子を手に彼女へと話しかけた。
その恐れ知らずな行動力には感心するが無謀にもほどがある。
白金級の冒険者があいつの信者になるなんて、突然俺に可愛い恋人が出来るくらいの奇跡だ。
果たして何秒で撃沈してすごすごと逃げ帰ってくるか……と思って見ていると――
一言、二言……。
ほぼエイルが一方的に捲し立てている形ではあるが、意外と長く会話が続いている。
適当にあしらわれているような風でもなく、割と良い雰囲気にすら見える。
それから更に数十秒程の会話が続き、満を持して差し出された冊子をフレイヤがしっかりと受け取った。
その顔には微かではあるが、笑みのようなものが浮かんでいる。
数秒で突き返される予想からは想像も出来なかった光景だ。
思わず夢ではないかと頬を抓っている間に、満足げな表情のエイルがスタコラと小走りで戻ってきた。
「やったわよ!」
拳を掲げて勝利宣言とも取れる会心の言葉が紡がれる。
「やったって、集会に来てくれるって言ったのか?」
「ええ! 『行けたら行こう』って!」
うん、それは絶対に来ないやつだな。
流石は歴戦の白金級冒険者。
妙な奴のあしらい方もよく心得ていた。
「エイル様すっごーい! 私も見習ってがんばんないと……」
「ふふん、これがエイル流勧誘術よ。まずはお礼という形で下手に出てから――」
気を良くしたエイルとノアの二人がキャッキャと盛り上がる。
当人たちが満足しているなら水を差すのも野暮かと横目に見ていると、また不意に後ろから声をかけられた。
「ルゼルくん、おはよう!」
「う、受付さん!? お、おはようございます!」
薄い緑髪と細く尖った耳を認識した瞬間、最敬礼するように背筋がピンと伸びる。
久しぶりに聞くその声に全身の細胞が狂喜し始めた。
「もう、ヒラの事務員相手に何もそこまで畏まらなくてもいいのに」
そう言って、クスクスと上品に笑う受付さん。
一週間ぶりに摂取するその笑顔が、身体中に張り巡らされたあらゆる管を通して隅々まで染み渡っていく。
竜の背中に乗って空を飛んでいるようなフワフワとした多幸感が全身を支配する。
この人が後十人もいれば、きっと世界から戦争と病気が消えて無くなるに違いない。
「それにしても~……ルゼルくん、さっきのはカッコよかったぞ~……。身を挺して女の子を守るなんて、やるねぇ~……」
「いやはや……それほどでも、なはは」
「また謙遜しちゃって~。ルゼルくんが本当はすごいんだって私は知ってるんだからね」
うりうりと冷やかすように肘で身体を突かれる。
受付さんから褒められるのは素直に嬉しいが、こいつらとの関係性を微妙に勘違いされてないか心配になる。
「それで、そっちのお二人が例の新人さん? ルゼルくんが教導を務めてるっていう」
「あっ、はい! そうです! こっちがエイルで、こっちがノアです」
頼まれるよりも先に二人の紹介を行う。
「エイルさんに、ノアさんね。私は見ての通り、この第四地区冒険者ギルドの事務員です。ギルドの制度や設備に関して困ったことがあったらいつでも聞いてね」
百億万点。
まるで慈愛の女神から遍く衆生に等しく与えられる祝福のような笑顔だ。
「……どーも」
「どうも、ノア・グレイルです」
一方、二人の口から出たのははジルドの時と比べていやに素っ気ない挨拶だった。
「なんで今度は打って変わってそんなにテンションが低いんだよ……」
さっきみたいにいきなり勧誘を始めろとは言わないが、これはこれで調子が狂う。
「何よ、さっきは大人しくしろって言ってたくせに」
「それはそうだけど、事務局の人にはこれから長くお世話になるんだからもう少しちゃんと挨拶しとけよ……」
これは苦言というよりも助言だ。
このギルドは第四地区の冒険者である俺たちにとって長く過ごす拠点となる。
事務局側の方々とは出来るだけ良好な関係を築いておくに越したことはない。
「あっ、私なら全然大丈夫だから。初めてだとまだ色々と不慣れで緊張もしてると思うし、さっきの人たちの事とかもあったもんね」
失礼とも取れる態度を受けても笑顔のまま、逆に場をとりなしてくれる受付さん。
ああ、こんなに気が利く人に気を遣わせてしまった……と、少し自己嫌悪に陥る。
「その……なんか、すいません……」
「もう、謝ることなんてないわよ。それより、今から三人でどこかに行くんでしょ? だったら、その依頼は私の方で処理しといてあげるね」
「あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして。でも頑張るのはいいけど、新人さんがいるんだからくれぐれも気をつけてね?」
「は、はい! 十分に気をつけます!」
本当はその新人の一人に半ば無理やり危ない目に遭わされようとしているんですけどね。
しかし、そんなことは露とも知らない受付さんは可愛らしく手を振りながら受付の中へと戻っていった。
本当に素敵な人だな……と、その背中を見送っていると――
「あーやだやだ……。気持ち悪いくらいにデレデレしちゃって……あんたってああいう女が好みなのね……」
隣のエイルが反吐でも吐くかのような口調でそう言った。
「べ、別に好みとかそういうわけじゃねーよ! ああいう笑顔の素敵な優しい人が恋人だったらいいなー……とか、一緒に住むと裸エプロンとか喜んでやってくれそうだなー……なんて思ってねーし!」
「そこまで言ってないし、別にあんたがどんな女に入れ込もうが私はどうでもいいわよ」
と言いながらも、あからさまに不機嫌そうにしているエイル。
ジルドやフレイヤの時と全く違うその反応には、無礼への怒りよりも理由の分からない困惑の感情が湧いてくる。
「だったらなんでそんなに態度が悪いんだよ」
「何か、妙に引っかかっただけよ……あの作り物くさい笑顔とか……」
「何を言ってんだよ……流石に失礼にも程があるぞ」
「それを言うなら、人のことをあんな目で見る方が失礼よ」
流石に看過できないと注意した俺に対して、エイルは悪びれる様子もなく更に口答えしてくる。
「あんな目? どんな目だよ……」
言われて想起してみるが、おっとりとした優しげな目しか浮かばない。
少なくとも、こんな悪態をつかれるようなものではないはずだ。
「なんかこう……人のことを上から値踏みするような目よ……。それも、全身を舐め回すようなネチっこい感じの……あー、気持ちわるぅ……」
エイルが微かに身体をブルっと震わせる。
その心底不快そうな素振りは、血と臓物まみれになった俺を見た時以上だ。
「何だそりゃ、なんで受付さんがそんな目でお前を見るんだよ」
「それが分からないから気持ち悪いって言ってんでしょ」
「流石に思い込みが激しすぎだろ。ちゃんと見てみろ、どこにそんな感じがある? あの人の方がお前よりもよっぽど女神だぞ」
業務中も慈母を彷彿とさせる温和な表情を全く崩していない彼女を指差す。
こいつが言っているような雰囲気なんてこれっぽっちも見られない。
むしろ第四地区冒険者ギルドの女神の名に恥じない情に満ちた振る舞いだ。
そうかこいつ、自分には愛嬌が微塵もないからって嫉妬してるんだな。
あんなによく出来た女性に対して毒づく理由なんて、そのくらいしか考えられない。
「そんなこと言われたって感じたものは仕方ないでしょ。私だって別に好きで言ってるわけじゃないんだから」
「だから気のせいだっての。いいか? 俺は長年接してきた上でこれだけは確信を持って言える。受付さんは裏表のない素敵なひ、いてっ!」
強情な女を説き伏せようとしてる最中、後頭部にコツンと小さな衝撃が奔った。
なんだと思い振り返ると、ノアが頬をぷくっと膨らませて俺を見ていた。
「むー……」
少し吊り気味の目が何やらもの言いたげに細められている。
――コツン。
今度は正面から錫杖の先端部分で額を小突かれた。
身構えていれば痛くはないが、そうされる理由が全く分からない当惑の感情は強い。
「な、なんだよ……お前まで……」
「別にぃ……なんでもないけどぉ……」
――ゴツン。
何でもないという言葉に反して、さっきより強めに小突かれる。
今度は少し痛かった。





