第3話:アビス教って知ってる?
「……ってなんだ、お前かよ」
短く整えられた金髪に野性味のある男前な顔つき。
ナンパ男の正体が約一週間ぶりに会う友人だと分かったので一旦警戒を解く。
「なんだとはなんだよ。久しぶりだってのに冷てぇな……って、そんなことより……」
突然の乱入者を訝しげに見ているエイルとノア。
ジルドもそんな二人を値踏みするような視線で交互に眺めたかと思えば……。
「一週間ぶりに来たかと思えば、とんでもなく可愛い子を二人も連れて、お前もたまにはやるじゃねーか」
隣の席に腰を下ろし、肩をグっと引き寄せられて耳元で囁かれる。
「どっちの子が本命なんだ? それとも両方か? どこまでいったんだ? ちょっくら話を聞かせろよ」
下世話な笑みを浮かべながら、下世話な邪推をしてくる。
「お前な……こいつらとは別にそういう関係じゃねーよ。ちょっとした縁があってギルドに新人冒険者として推薦してやっただけだ」
「ほんとかぁ?」
「本当だよ。お前の思ってるような関係じゃないっての」
実はかなり複雑な関係ではあるが、当然真実を言うわけにはいかない。
そもそも天界を追い出された女神とリーヴァ教を脱走してきた元聖女とつるんでいるなんて信じてもらえるはずがない。
女運が無さすぎて、いよいよ頭がおかしくなったと思われるだけだ。
「じゃあ、俺が口説いても問題ないってことか?」
ジルドが獲物を狙う獣のような目線を二人に流す。
「あんまり調子に乗ってると魔物のエサにすんぞ?」
「じょ、冗談だっての……怖い顔すんなよ。お前が狙ってる女に手を出すほど落ちぶれちゃいねーって」
「だから……いや、もういい。それでいいから変な気は起こすなよ?」
ジロリと睨みつけて、釘を差しておく。
二人がこんな見るからに軽薄そうな男に引っかかるとは思えないが念の為だ。
「分かってる分かってる。んじゃ、改めて……どうもはじめまして、お二人さん」
俺の肩に回されていた腕が外れ、ジルドが対面の二人へと向き直る。
「俺はジルド・フリヴォラス。こいつとは新人の頃から三年の付き合いで……要は親友ってやつだな。この地区では色んなところに顔が利くから、困ったことがあったら何でも頼ってくれていいぜ」
「……というわけで、見ての通りの軽薄なナンパ男だから近づかないようにな」
若干キザな自己紹介を終えたジルドを指差して忠告しておく。
「んな邪険にしてくれんなよ。俺とお前の仲だろ? せっかくこうして同席してんだから軽く紹介くらいはしてくれたっていいじゃねーか」
「同席ってお前が勝手に座っただけだろ」
「かてぇこと言うなって」
「はぁ……しかたねーな……。まず、こっちがエイルだ」
杯に注がれた果汁をちびちびと飲んでいるエイルを指し示す。
目の前の男がどういう人間なのか、値踏みしているような色が瞳に浮かんでいる。
「ミズガルドに来たのは一ヶ月ほど前で、家賃が払えなくて困ってたのを助けてやったのがきっかけで知り合った。その後も色々あって、しばらくギルドに来れなかったのもこいつの世話をしてたからなんだよ」
天界関係の怪しい部分は除いて紹介しながら、『余計なことは言うなよ』と目配せしておく。
それを受けて、向こうも『分かってるわよ』と同じく目で返してきた。
「ごほんっ……えー、ただいま紹介に預かったように私の名前はエイル。天命を授かり、この地へと降り立った上天の万神座が一柱にして禍福を司る女神よ」
何も分かっちゃいない。
「じょ、じょうて……? なんだって?」
「上天の万神座が一柱にして禍福を司る女神。つまりは神、ゴッデスよ」
「へ、へぇ……そうなんだ……そりゃすごいなぁ……」
口の端を引き攣らせながら、憐憫混じりの視線を向けてくるジルド。
やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ。
「……で、そっちの子は? なんかどっかで見たことあるような格好してっけど……リーヴァ教関係者……?」
おかしな女との会話を早々に切り上げたジルドが、今度は隣のノアを指差す。
その身に纏っているのは、依然としてリーヴァ教時代の聖女服なのでかなり目立つ。
エイル曰く、新しい服を注文したがまだ出来ていないので仕方なく着てもらっているらしい。
「こっちはノアだ。こいつも最近ミズガルドに来たばかりで……服はだな……その……コスプレだ」
「コスプレ……?」
「ああ、コスプレだ……こいつはコスプレが趣味なんだ」
「へぇ……にしては本物みたいに凝ってんなぁ……」
感心しながら、ジルドがその細部を凝視する。
我ながら若干無理のある設定だと思うが、今はこれで押し通すしかない。
ノアにも『お前は分かってるよな?』と目配せすると、『了解!』と返ってくる。
「はじめまして! ノア・グレイル、17歳! 新人冒険者兼アビス教の聖女です!」
んー……了解!
テーブルに肘をついて頭を抱える。
「あ、アビス教? き、聞いたことない宗教だなぁ……」
二連発のトンデモ自己紹介に、ジルドは男前な顔を更に引き攣らせている。
「うん、エイル様とルゼルと私で創設したばかりだからね」
「へ、へぇ……作ったばかり……そ、そいつはすごいなぁ……」
「でしょ? 興味があるみたいだし、もっと詳しい話も聞きたいよね?」
「え? いやぁ……それはどうだろう……」
「遠慮しないでいいよ。はい、これをどうぞ! 教団の冊子ね! 私たちの理念やこれからの活動に関して、色々書いてるから是非読んでみて! 賛同してくれた人からは一口100ガルドからのお布施も受け付けてるし、もちろん入信も大歓迎だから!」
いつの間に作ったのか、『アビス教のここがすごい!』と書かれた怪しい冊子を笑顔で差し出すノア。
ジルドが俺を見る目は、完全にカルト集団に取り込まれた哀れな男を見るものになってしまっている。
「おい……ルゼル、確かに俺は教会で祓ってもらってこいとは言った。けど……流石にこれは段階を色々とぶっ飛ばしすぎだろ……お前、大丈夫か……?」
「心配してくれるのがありがたいし、その気持ちはよく分かるんだけど俺には俺の事情があるんだよ……分かってくれ……」
「俺はお前が心配だよ……まじで……」
この状況で心の底から心配をしてくれる厚き友情には感謝しかない。
詳しい事情を話せない心苦しさもあるが、だからといって諸々の問題に巻き込むわけにはいかない。
そう考えていると、エイルがまたぞろ唐突に切り出した。
「さて、貴方……ジルド・フリヴォラスって言ったわね。素敵な名前じゃないの」
「え? そ、そりゃどうも……」
少し警戒しつつも、褒め言葉を素直に受け取るジルド。
こいつが若い女を前にここまで怯えているのは初めて見る。
「その名前、どういう字で書くのかしら?」
「字……?」
「そう、ちょっとここに書いてもらえない?」
エイルがおもむろに一枚の紙と一本のペンを取り出し、ジルドへと差し出す。
「別に、そこまで変わった字面じゃねぇけどな……」
不審がりながらも、ジルドは指定された部分へと名前を書き始める。
今度は一体何をやらせようとしているのか、エイルの動きを注視していると。
差し出した紙の一部をわざとらしく手を覆っていることに気がつく。
何かを隠してる?
疑念を抱き、じっと目を凝らすと細い指の隙間からいくつかの文字が確認できた。
『入信届』『全財産』『寄付』
「って、おいッ!! お前、何書かせようとしてんだ!!」
「ちっ、気づかれた……」
「ちっ、じゃねぇよ! 初対面で人のダチをハメようとすんな!」
舌打ちしながら悪徳な表情を浮かべているエイルの手元から書類を奪い取る。
案の定、それはあくどい条件が山程記載されたアビス教の入信届だった。
「じょ、冗談よ。冗談。出会いを祝した可愛らしいジョークじゃないの」
「お前な……冗談って言えばなんでも許されると思ってないか?」
「お、思ってないわよ……ほら、こっちが本物の入信届だから。変なことは何も書かれてないでしょ? そっちはお遊びで一枚作っただけのジョーク用よ。うちは清廉潔白な団体だもの」
そう取り繕いながら、入信届と書かれた別の紙を摘んでヒラヒラとさせるエイル。
清廉潔白な団体がこんなドギツイジョークをするわけがない。
「というわけで……はい、名前の欄はフルネームで、住所は番地まで書いてね。実印がないならとりあえずは拇印でも大丈夫だから」
そして、もう一度ジルドへと差し出した。
ダメだこいつ……早くなんとかしないと……。
ジルドはどう反応すればいいのか分からずに、苦笑いを浮かべたまま固まっている。
冒険者登録を終えての休息の場は、いつの間にか新興宗教による勧誘の場と化してしまった。
机上に鎮座する入信届と小冊子には、衆生救済がどうとか様々なお題目がみっちりと記載されている。
しかし、数少ない友人からモテなさすぎておかしくなったと思われてる俺の心を救ってくれそうにはない。
「な、なかなか面白い子たちだな……ははは……」
頬を引き攣らせながらも、なんとか冷静を装って笑うジルド。
落とした女は数知れず。最速記録は初対面から三十分で連れ込み宿。
そんな第四地区が誇る神速のナンパ男が、女を前に言葉を失っている。
いや、今は狩られる側に回っていると言っていい。
エイル、改めて恐ろしい女だ。
「で、でも入信うんぬんの話はまた今度にしようか……それより今日はルゼル、お前に話があって探してたんだよ」
なんとか話題を逸し、窮地を脱したジルドが再び俺へと向き直る。
「俺に話? 何のだよ。まさか、お前まで金を貸せなんて言わねーよな?」
久しぶりに会って話があると言ってくる奴の大半は金目的だ。(俺調べ)
「違う違う。実はな……この近場で新しいダンジョンが見つかったって話がある筋から流れてきたんだよ。まだ公にはなってない情報なんだけどな……」
店内にいる他の連中に聞こえないようにか、潜められた声でジルドが言う。
「新しいダンジョン? 近場って、ガセネタじゃねーのか?」
この世界は広大だ。どこかで未踏の洞窟や遺跡が見つかることは珍しくない。
だが、ことミズガルド近郊に関してはほぼ全域が完全に探索済みと言っていい領域だ。
長い時間をかけて大勢の冒険者が周辺の脅威を排除したからこそ、ミズガルドはここまで大きく栄えた。
故に新しいダンジョンが今更近隣で見つかるとは思えない。
仮に見つかったとしても、大した旨みもない極小規模のものくらいのはずだ。
「それがマジなんだよ……。何日か前に飛竜山の辺りでかなり大規模な地殻変動があったって話は聞いたか……?」
その被害の甚大さを表すようにおずおずと紡がれた言葉には心当たりしかなかった。





