プロローグ:ある偏執者の独白
頭の中の皆さん、こんにちは!
突然ですが、人が挫折した瞬間の姿を見るのは好きですか?
私は大好きです!
腕自慢の人たちの心がポキッって折れて情けなく崩れ落ちるあの瞬間!
自信に満ち溢れた顔が絶望に染まっていく様を見ると、凄まじい快楽の波に襲われてゾクゾク~ってなっちゃいますよね。
……って、ああん……引かないでください……。
倒錯した趣味だっていうのは自覚してるけど、それでも止められないんです。
ほんとに、どうしてこうなったんだろう……。
偏執的と言えるほどの悪癖には、やっぱりそこに至る原体験が存在するんでしょうか?
失われた記憶を紐解けば、私がこの悪癖を獲得するに至った理由が分かるのかな?
……でも、正直そんなのはどうだっていい。
仮にあったところでそんなものは所詮、変えられない過去の出来事。
一番大切なのは、今。
今の自分がどれだけ深い享楽に耽けられるか……じゃないですか?
あっ……と、話が逸れてしまいましたね。
実は私が今の職場で働いているのも、人が挫折する姿をよく見られるからって理由なんです。
世界中から集まった腕自慢のおバカさんたち。
彼らが現実を、上には上がいると知って折れた姿がたまらなく愛おしい。
それを見ると心が潤い、身体が震えるほどの快楽が全身を駆け巡る。
そう、今からちょうど一年前のあの時も……私はそんな刹那的快楽が得たくてあの場にいた。
若い銅級冒険者が、歴戦の白金級冒険者に圧倒的な力の差を見せつけられて挫折する姿が見たくて……。
でも、その時の私が目の当たりにしたのは期待していたのとは真逆の光景でした。
それは完膚なきまでに敗北した白金級冒険者の無様な姿。
白金級はミズガルドにおいても数少ない至高の冒険者にのみ与えられる称号。
私にとっても彼らは他者に絶望を与える舞台装置であり、這いつくばる姿なんて想像もできない存在のはずでした。
そんな最上級の大物が目の前で見たこともない醜態を晒している。
それを認識した瞬間、私の脳内をこれまでにないくらいの快楽物質が駆け巡りました。
はしたない嬌声が漏れ、隠れて見ているのがバレそうになるくらいの興奮でした。
ふぅ……思い出すだけでイっちゃいそう……。
あっ、前置きが長くなってしまいましたが今回のお話の主役はその敗北者でもなければ当然、私でもありません。
それは多量の粉塵が舞う中、砕けた壁面から射し込む光を背にしたもう一つの存在。
これまでの人生で最大の快楽を私に与えてくれた彼の名は、ルゼル・アクスト。
一見すると、どこにでもいるような……いえ、平凡以下の銅級冒険者。
でも、その真の姿は一撃で白金級冒険者を塵芥のように吹き飛ばすこの世界の絶対者でした。
真理を知った私の中で芽生えた感情を一言で表すなら『狂信』。
遍く全ての強者の心を折りうる存在である彼に、私がその感情を抱くのは当然でした。
彼を観察していれば目の前の白金よりも、もっと良い絶望が見られるかもしれない。
これまでとは比べものにならない、もっともっと凄い快楽が得られるに違いない。
それって最高! こんなお酒臭い場所でずっと働いてた甲斐があった!
と、大喜びしたのも束の間……私の悪癖は一筋縄ではいきませんでした。
しばらく彼を追っている間に、ふつふつとまた別の想いが芽生えはじめたんです。
彼が絶望のままに崩れ落ちる姿を見たいという想いが……。
だって白金の無様な姿を見ただけで、あんなに気持ちよかったんですよ?
だったら絶対者である彼がそうなった時は、まさに天上へと至るくらいの快感を得られるはず。
最初は小さかった想いの芽が、偏執の大樹へと成長するのにさほど時間はかかりませんでした。
ある意味で当然の帰結とも言える願望に対抗する手段も意味も、私にはありませんから。
そうして私にとっての彼は無敵の主人公であり、打倒すべき敵となりました。
そうと決まれば手段を選んでいる場合ではありません。
私は彼の物語の演出家として、艱難辛苦の試練を与え続けます。
例えば三日前は上手く誘導した飛竜を差し向け、昨日は彼を探していたリーヴァ教の兵士に居場所を教えてあげました。
でも、どっちも全く相手になりませんでした……。
隠れて見ていましたが、やっぱり斧を持った彼は強いなんてもんじゃありません。
改めて目の当たりにすると、こっちの方が挫けそうになってしまいそうになるくらいに。
与えた試練を乗り越える彼を見る度に、私の中にある信仰はより強固になっていきます。
でも、それは彼の心が折れる瞬間が見たい気持ちが強くなっていることも意味する。
だから私は、彼が絶望にうちひしがれる姿を見るまでは絶対に諦めません。
まだまだ道は険しいですが、きっと最高の結末が待っていると信じて頑張ります。
以上、本日の演目は私――イルザ・ラズグリスの独白でした。
ご清聴頂いた頭の中の皆さん、是非楽しみにしていてください。
いつかきっと、至上の喜劇を貴方たちにお見せしてあげますから。





