第16話:自由の敵は
「ルゼル……そんなことしたら、また……」
「心配すんな。俺は大丈夫だから」
ノアは尚も俺を止めようとするが、その身体を手で避けて再び連中と対峙する。
「まだ立ち上がるか……大人しく眠っておけば余計な苦痛を味わわずに済んだものを……」
若干の憐憫を含んだ声色。
敵にまで情けをかけられるなんて、まじでダセぇ……。
「そもそもな! 女の子ひとりを捕まえるために大のオトナが雁首並べて来るなんてどういうこった! しかも率いてるのは同じ年頃の娘がいたっておかしくねぇ、しょぼくれたツラのおっさんときた! あまりに情けなくて涙が出るぜ!」
衛兵長のみならず、全教団兵へと向かって大声で叫ぶ。
しかし、連中からすればそれはただの負け犬の遠吠えにしか聞こえていないらしい。
堪える様子もなく、道化を眺めるようにニヤニヤと嘲笑っている。
「それにさっきから大人しく聞いてりゃ自分らの都合だけをチーピクパーチクと囀りやがって! テメーらの事情は知ったこっちゃねーが、ノアの意思は無視か!? ふざけんな! ここがどこだか知ってんのか! ここは世界で一番自由な場所! 冒険者都市ミズガルドだぞ! お前らに何の権利があってノアの自由を抑圧しようってんだ!」
それでも、俺は気勢を張り続ける。
何がリーヴァ教だ。
所詮は女の子に無理強いして泣かせるようなクズ教団じゃねーか。
そんなもんにあそこまでビビり散らしていたなんてダサすぎる。
ボコボコにやられて気絶してたのもダセェし、なんなら得意武器が斧ってのもダサい。
でも一番ダサいのは……
助けを求めてる誰かを前にして、自己保身ばかりを考えていたところだ。
「自由などという有りもせぬ幻想に縋る愚者の都だ。総員、もう一度戦闘態勢を取れ!」
衛兵長の言葉に応じた兵士たちが、再び武器を構えて俺たちを取り囲む。
それでも連中から視線を逸し、俺はもう一度ノアと向き合う。
「ノア、お前はこいつらのところに戻りたいのか?」
俺の言葉に、ノアはふるふると小さく首を振って拒絶の意思を示した。
「じゃあ、どうしたいんだ?」
「私……私は……でも、私がわがまま言ったら……またルゼルが……」
傷と土に塗れた俺を見て、何度も言葉を飲み込むノア。
「俺のことはいいから、お前の意思はどうなんだよ」
「私の意思……?」
「そうだ、自分の意思を示すのが大事だって言ったろ? もう自分の望まないことはしたくないんじゃなかったのか?」
そもそも俺は、この子のことをそこまで知っているわけでもない。
エイルに奇跡と言わしめた力は一体何なのか。
どうしてリーヴァ教で聖女をしていたのか。
何故その立場を捨てて逃げ出してきたのか、何も知らない。
知ってるのはおっぱいが大きいこと、後は料理が下手で、寝相が悪くて、笑顔が似合ってて……他人を笑顔にするのが好きだってことくらいだ。
「私は……私はもう誰かの欲を満たすためだけに、他の人たちの幸せを奪うようなことはしたくない……。そんな人たちばかりのあそこにはもう戻りたくない……」
声を震わせながらも、ノアは俺に向かって自分の意志を明確に示した。
「よっしゃ! そんなら、こいつらは自由の敵だ!」
よく言ったと、金髪の頭をガシガシと強く撫でる。
まだ会って一日と経っていない女の子のために命を賭けるなんて馬鹿げてる、と人は言うかもしれない。
実際、青臭い正義感なんて1ガルドの得にもならないことは自分が一番よく知っている。
だけど俺にとっての人助けの理由なんてのは、今の言葉だけで十分すぎた。
「約束通り、ミズガルドを代表して俺がぶっ飛ばしてやる!」
ここで女の子一人すら助けられない男に、モテまくりの人生なんて訪れるがわけない。
そうだろ? じいちゃん!!
目的と使命が一致し、身体の底から力が湧き上がってくる。
俺の決意に呼応するように、右手の紋章が煌々と輝きを放つ。
身体の芯から熱いモノがこみ上げてくる。
次の瞬間には、あの時と同じく右手の中に名もなき神斧が顕現した。
「ふっ……なんだ、それは? 新手の手品か? しかも出てきたのが斧とは、貴様のような口だけの雑魚にはふさわしい三流の武器だな」
光と共に現れた斧を一瞥して、鼻で笑い飛ばす衛兵長。
「貴様らも笑ってやれ。この哀れな男と、惨めな武器を」
衛兵長がそう言うと、部下の教団兵たちも堰を切ったように笑い始める。
リーヴァ教の連中にもここまで言われる世界規模での不遇さには泣けてくる。
でも、笑っていられるのは今の内だ。
「ルゼル……」
心配そうに俺の名前を呟くノア。
「全く、覚悟を決めるのが遅いのよ……。でも、こうなればもう心配しなくても大丈夫よ」
隙を見て包囲から逃れてきたエイルが、呆れつつも既に勝利を確信しているような力強い口調でノアを諭す。
「この期に及んでまだ愚かな選択をするとはつくづく救えぬ男だ……」
「うるせぇ! こっちは一昨日の馬鹿な女神からはじまって、そこから飛竜に、お次は聖女、更には馬鹿な女神ともうしっちゃかめっちゃかでいっぱいいっぱいなんだっての!」
「なんで私のことだけ二回も言うのよ」
「んなとこに強欲銭ゲバ腐敗教団まで絡んでくんじゃねーよ! 大人しく顔採用と噂のシスターの面接だけやってろや!!」
「この蒙昧な輩が……。今度は殺してもよい……かかれっ!」
衛兵長の号令に合わせて、連中がまた一斉に襲いかかってくる。
先刻とは違い、俺を舐めているかのような統制されていない散り散りの突撃。
「うぉおおおおっ! 女神リーヴァのご加護を!!」
猛烈な勢いで先頭を走る男の武器が天を衝くように高々と掲げられる。
「邪教徒には信仰の裁きをッ!!」
そのまま俺の頭部を狙って振り下ろされる。
だが今の俺にはその動きは限りなくスローに。
柄を握る指の毛穴まで明瞭に見えていた。
「テメーがさっき……一番笑ってやがったな?」
先刻、最も大きく口を開いて笑っていたその顔に向かって――
「斧パンチ!!!!」
拳を振り抜いた。
説明しよう。
斧パンチとは、柄を強く握りしめてすごく固くなった拳で敵をぶん殴る斧使いの必殺技である。
「ひでぶっ!!」
名前も知らない教団兵Aはまともに悲鳴を上げる間もなく、彼方へと吹き飛んでいった。
「さーて、次はどいつの番だ……?」
ボキボキと手の関節を鳴らしながら、連中の引き攣った顔を一人ずつ順番に眺めていく。
「さっきは良くもやってくれやがったな……」
「ひっ……」
さっきまでの勢いはどこへやら。
教団兵たちは完全に足を止め、彼方へと飛翔していった物体Aを見て固まっている。
「斧アッパー!!!!」
そんな連中を端から一人ずつ順番に、さっきのお返しも兼ねてぶっ倒していく。
「斧キック!!!!」
初撃でほぼ戦意を喪失した烏合の衆など、俺の敵ではなかった。
「斧ペンデュラム・バックブリーカー!!!!」
こうして俺は聖戦に勝利した。





