第12話:勘違い
「どうした? 川辺でアーヴァンクと死闘を繰り広げてるスライムみたいになって」
「あ、貴方……今の見てなかったの……? い、今の……いまの……」
震える指が指し示しているのは、ノアとその周囲に生まれた花畑。
「今のって……はは~ん、さてはお前……魔法を見るのが初めてだったのか?」
驚愕に震えているエイルの顔を覗き込む。
まるで水面で餌を待つ魚のように口をパクパクさせている。
普段は女神だのなんだのと偉そうにしておいて、初めて見る魔法にここまで驚く初心な一面を持っているとは。
でも俺もこの街に来て、魔法を初めて見た時には大いに驚いたもんだ。
その気持ちはよく理解できる。
天界出身も田舎の農家出身も大して変わらないんだな、と妙な親近感が生まれた。
「ま、魔法……? いえ、今のはそんなちゃちなもんじゃないわ……もっと恐ろしい何かの片鱗を……だって……ありえない……」
「はいはい……そりゃすごいな。おーい、ノア。他に何か出来ることはないのか?」
表情を強張らせたままブツブツと何かを呟いているエイルを無視してノアに催促する。
活性以外にも治癒や浄化の魔法が使えれば、冒険者として十分にやっていける。
それどころか俺の方からコンビの結成を頼みたいくらいの人材だ。
ルゼル&ノア、響きも悪くない。
こうなったら計画変更。
今のうちに唾を付けておく方向にしよう。
「えっ、他に……他に……」
「何でもいいぞ。こいつをもっと驚かせてやれ」
「もっと驚かせる……じゃあ、次はあれかな……よーし……」
気合を入れ直したノアが再び錫杖を真正面に構える。
「ちょ、ちょっとルゼル! 何を焚き付けてんのよ! ほんとにまずいんだってば!」
「大丈夫だって、落ち着け。心配しなくても聖属性の魔法ってのは生物に危害を加えないように出来てんだよ。お前の正体が実はアンデッド系の魔物じゃないならな」
恐慌状態のエイルを丁寧に諭してやる。
聖魔法は味方の補助がメインで、直接的な攻撃用途のものは存在しない。
一部の例外としてアンデッド系や死霊系の魔物に対して効果的なものが存在するだけだ。
「だから! あれは! 魔法じゃ! ないのよ!」
尚も顔を汗でびっしょりと濡らしながらズレたことを言い続けるエイル。
「は? あれが魔法じゃなかったら何なんだよ……高度な隠し芸か? だとしたらそれはそれですごいけどな」
「違うわよ! あれは強いていうなら、きせ――」
「現世に満つる信仰の光よ……」
エイルの言葉が遮られ、ノアが再び魔法の詠唱を開始する。
錫杖の先端についた透明の宝珠がまた仄かな光を纏っていく。
「神聖なる滅尽の閃光と成りて……」
詠唱が完成に近づくにつれて、杖の光が徐々に強くなりはじめる。
「万象を虚無へと還し給え! 神聖……」
「ま、待った! ノア、ストップ!! それはほんとに世界がやば――」
エイルが手を伸ばしてノアを必死に制止しようとする。
多量の汗と恐慌が浮かぶその顔を見て、流石に大げさすぎだろと笑った瞬間――
「解放!!!」
――――カッ!
掲げられた杖の先端から目が潰れる程の閃光が迸り、この世から全ての色と音が消失した。
直後、正面から凄まじい風圧と轟音を感じたのを最後に身体の全感覚が消――
身体の感覚が戻ってくると同時に、真っ白だった世界が徐々に色彩を取り戻していく。
しかし戻ってきた世界には、そこにあるはずの穏やかな平原の姿は無かった。
代わりに現れたのは、全く見覚えのない殺風景な焦げ茶色の荒野。
「な、何が起こった……? どこだ、ここ……? 二人とも無事か……?」
口から溢れた種々の疑問に対する答えは探すまでもなく、すぐに見つかった。
晴れた視界の先にあったのは、全く変わらぬ姿のままそびえ立つ巨大な山岳。
「飛竜山……? ってことは……」
後ろを振り向くと、そこには更に版図を広げようとしている都市の防衛壁があった。
そして隣ではエイルが馬鹿面のまま、まるで時間が停止したかのように固まっている。
そう、俺たちは世界があの閃光に包まれる前から一歩たりとも動いていなかった。
にも拘らず、周囲には全く見覚えのない荒野が広がっている。
それが意味するのは、ただ一つ。
先刻のあれが、単純に周囲の全てを消し飛ばしたということだった。
「てへっ、ちょっと加減間違えちゃった」
荒野の中心で可愛らしく舌を出しているノア。
そんな彼女の姿を見た瞬間、自分がとんでもない勘違いをしていたと理解した。





