第5話:揺れる想いと揺れる乳
「……こっち! 走って走って!」
通りの左右を確認したかと思えば、俺の手を取ったまま再び駆け出す謎の女の子。
「ちょ、ちょっと待て! どこに行くつもりだよ!」
元No.1嬢に手を引かれながら、楽園の通りを駆け抜ける。
「えーっと……とりあえず、あの人たちから離れる!」
中空を漂う金髪が夜の街の光を反射し、まるで星屑をまぶしたかのように輝いている。
だが、それよりも更に人目を惹きつけるのは上半身の一部身体的特徴。
一歩進む度にゆっさゆさと上下に揺れているそれは、道行く男どもの視線を釘付けにしている。
もちろん俺のもだ。
『坊主……お前、女連れだったのかよ……』
また頭の中に声が響いてきた。
この街に息づくおじさんたちの集合的無意識の声だ。
『それも若くて可愛い巨乳の……ぶち殺すぞ……裏切り者が……』
さっきは優しかったそれも、今は強い怨嗟の嘆きになっている。
心の中で『違う! 勘違いだ! 俺たちは仲間だろ!』と叫ぶが、もう誰も耳を貸してくれない。
店の人間とも揉め事を起こしてしまったし、俺はこの楽園の敵になってしまったんだ。
もう二度と此処の敷居を跨ぐことは叶わないかもしれない、と悲しい気持ちになる。
でも悔いはない。
それで一人の女の子を助けることが出来たなら安いもんだ。
身を知る雨を心から流しつつ、自由の身となった女の子に手を引かれながら追走する。
そうして何分くらい走っていただろうか、ようやく表の世界へと戻ってきた。
表通りはこの時間でも相変わらず人で溢れている。
そのまま往来を行き交う人混みの中に紛れると同時に、握られていた手がすっと離された。
「ここまで来ればだいじょーぶかな? ふぅ……流石にけっこー疲れたぁ……」
大きく息を吐きながら額の汗を拭っている元No.1嬢。
荘厳な格好に反して口調が軽いというか、今風の女の子って感じだ……って、着ているのは店の衣装なんだから当然か。
しかし、落ち着いた状況で改めて見てもメチャクチャ可愛い。
長いまつげに、幼さと妖艶さが入り混じった不思議な魅力の顔立ち。
顔は小さくて身体は華奢なのに、おっぱいだけはすごく大きい。
でも下品さは一切ない。
むしろどこか神聖な雰囲気すら漂わせている。
呼吸に合わせて上下に揺れるブツは、まるで神々の座する霊峰を想わせる壮観さだ。
あの男たちがあれほどまでに手放したくないと必死だったのもよく分かる。
「おにーさん、ありがと! 本当に危ないところだったから、すっごい助かった!」
屈託のない笑顔と共に感謝の言葉が告げられる。
「ん……まあ、あれくらいは男として当然というか……」
純真な瞳から視線を逸しつつ返事をする。
女の子にこうして真っ当に感謝されるというのが久しぶりで微妙に照れくさい。
「それよりあそこから逃げてきたのはいいけど、どこか行く当てはあんのか? 身内とか、友達のとことか」
「んー……無いかも!」
状況に対して能天気すぎる返事が間髪入れずに返ってくる。
「無いのに逃げ出してきたのかよ……」
その無計画さに思わず頭を抱えてしまう。
今は人混みに紛れているとはいえ、胸に衣装にと色んな意味で目立つ子だ。
あいつらがこれで諦めるとも思えないし、どこかに匿って貰わないとまだ安心出来ない。
「だったらどうすっかな……」
頭を捻って、どこか匿ってくれそうなところが無いか考える。
男の知り合いは論外として、まず最初に浮かんだのは馬鹿女神のエイル。
アビスなら連中も怖気づいて簡単に近づいてこれないかもしれない、と考えるがあいつの住んでいたボロ小屋を思い出してすぐに思い直す。
非常時とはいえ、あんな場所に避難させるのは流石にかわいそうだ。
あいつが何をやらかすかも分からないし、治安の悪い場所柄的な心配も増える。
だったら、他に考えられるのはあの人か……。
次に女性の知り合いで思い浮かんだのは、第四地区ギルドの女神こと受付さんだった。
急に知らない女の子を匿って欲しいなんて頼み事が出来るほど親しいとは言えない。
でも優しいあの人なら事情を話せば助けてくれるかもしれない。
この時間ならまだギルドにいるはず、今から急げば帰宅前に捕まえられる。
いや、でも待てよ……。
そんな相談をしたら、俺がその手の店に行こうとしていたのがバレてしまう。
それは困る。非常に困る。
これまで積み上げてきた俺の真面目で誠実な人物像が崩れる。
「ねえねえ、おにーさん」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……今、匿ってくれそうな知り合いを考えてるから」
受付さんに嫌われたくないが、だからといってこの子を放っておくわけにはいかない。
ここは恥をかいてでも……いや、でもなぁ……。
「おにーさんは、どうして私を助けてくれたの?」
頭をフル回転させて妙案を探していると、まるで童女のように純真な眼差しで尋ねられた。
「どうしてって……それ、今聞くようなことか……?」
「その……私、お金とか持って無くて何もお返しできないし……」
バツが悪そうに身を縮める女の子。
手には立派な錫杖が握られているが、それ以外に大きな荷物は見当たらない。
着の身着のままで飛び出して来た感じだ。
「お金って、別にそんな見返りを期待して助けたわけじゃねーよ」
「え? そうなの?」
まるで信じられない物でも見るような目を向けられる。
「むしろ、なんで急にそんな話になるんだ? もしかして俺ってそんな風に見えるか?」
だとしたら少しショックだ。
「あっ、おにーさんだからじゃなくて……その……外の人たちはみんな、自分の利益のためだけに生きてるのがふつーで……それが人の世の本質なんだって教えられてきたから……」
少し遠慮気味に、しかしまるでそれが公然の事実であるかのように言う。
若いのに何か妙に厭世的な思想に染められてる子だな。
いや、そうなるのも当然か……。
この豊満な胸で、一体どれだけの邪な欲望を受止めてきたのかを考えれば……。
「だから、助けてくれたのはすっごく感謝してるんだけど……」
「何か裏があるんじゃないかって?」
言葉を先回りして聞き返すと、女の子は無言で申し訳なさそうに小さく頷いた。
だが、その目は何かを期待するかのように俺の顔をじっと捉えている。
「まあ、知らない男にいきなり助けられたらそう思っても不思議じゃないか……。でも、本当に裏なんて何もねーよ。ただ、偶然見かけて困ってそうだったから助けたってだけだよ。それが自己満足っていう俺の利益のためとも言えなくはないけどな」
下心が全くなかったかと言われれば、多少はあったかもしれない。
だからと言って恩を着せて何かを要求しようだなんて考えすらしていない。
率直に言えば、俺はただ馬鹿でカッコつけなだけだ。
「それに助けたかも微妙なところだろ。結局あいつらを倒したのは俺じゃないし」
俺が作った不意を打ったとはいえ、杖でぶん殴って倒したのはこの子自身だ。
まあ、もう三秒もあれば俺が倒してたけどな。うん、間違いなく倒してた。
「そ、そんなことない! おにーさんがいなかったら私……きっと連れ戻されて……また嫌なことさせられてたし……」
「なら、その感謝の気持ちだけで十分だよ」
「ほんとに? それだけでいいの?」
「本当だよ。とにかく俺は普通のことをしただけで、別に裏なんてないから安心しな」
女の子に騙されずに感謝されただけで俺としちゃこれ以上にないご褒美だ。
他に望むことなんて何もない……ってのは、流石にちょっとカッコつけすぎか。
「ふつーのこと……?」
「ああ、困ってる人がいたら助ける。そんだけのことだろ」
「それで怪我しちゃっても……?」
あの時に汚れと擦り傷に塗れた服を見ながら再三の質問をされる。
「そりゃあ怪我は出来ればしたくねーけど、ああいう状況を見過ごすのはもっとしたくないからな」
「それでおにーさんは幸せになれるの?」
「幸せって……別にそんな大層な話じゃねーけど……それで助けられたんなら悪い気分にはならないんじゃないか?」
「なるほど……そういうふつーもあるんだ……」
「まあ目の届く範囲限定だし、お礼に何かくれるっていうならそれはありがたく貰うけどな」
少し戯けながら答える。
我ながら難儀な性格をしてると思うし、そのせいで随分と痛い目も見てきた。
この性格のおかげで得たモノよりも失ったモノの方が遥かに多い。
それでも稀にこうして感謝をされるなら悪くないと思って、いつまで経っても学習しない。
昨日はついにあんな天上級の馬鹿女にまで手を差し伸べてしまった始末だ。
「ぷっ……ふふっ……」
伏せられた顔の下から、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
「な、何かおかしかったか……?」
「うん、やっぱり外の世界にはおにーさんみたいな人もいるんだって思ったら嬉しくって……あははっ、やっぱり教えられてきたのと全然違うんだなぁ……」
そう言って上げられた顔にはまた朗らかな笑顔があった。
よく分からないけど、この子の悩みが今ので何か解決してくれたらしい。
それなら小っ恥ずかしい事を言った甲斐が多少はあったのかもしれない。
「納得してくれたんなら、今から知り合いの女性に一晩泊めてもらえないか相談しに――」
「あっ……だったら! ねっ! おにーさん!」
提案しようとした言葉が遮られる。
そして今度は手ではなく腕が取られ、ギュッと豊満な胸元へと抱きかかえられた。
「……はっ!? な、何して……えっ……!?」
腕がこの世のものとは思えない柔らかさに包まれた。
思考能力は一瞬にしてそれ以外を考えられないレベルまで低下する。
昨日の二の腕とは全く違う肉厚。
これが本物のおっぱいの感触。
ハレルヤ。
「私、まだ困ってるからさ。助けてもらってもいい?」
「た、助けて……?」
「うん、具体的にはー……今晩はおにーさんちに泊めてもらえないかなって」
その瑞々しい唇から予想もしていなかった大胆な追撃が発せられる。
「お、俺の家って……」
頭の中では、おっぱいと困惑と乳房と巨乳が目まぐるしく大回転し続けている。
お、落ち着け俺……。出会ってまだ一時間と経っていない女の子だぞ。
ここはきちんと断って、当初の予定通り受付さんに頼んで……。
四分の一だけ働いている正常な脳機能で対抗策を講じようとするが――
「ダメ……かな? ちゃんと助けてもらったお礼もしたいんだけど……」
とどめとばかりに放たれた甘えるような上目遣いの前に全てが一瞬にして霧散した。
「ち、散らかってるけど……それでもいいなら……」
畳み掛けられた連続攻撃に抵抗できる余地は、今の俺に残されていなかった。





